~エペル・フェルミエの場合~

「エペルくぅーん。ちょぉーっとお遣い頼まれてくんないかなぁ?」

「おつかい、ですか?」

「そーそー。お遣いのお駄賃にレオナさんが特別に練習付き合ってくれるらしいからさ〜」

 いいですけど、とラギーサンに答えながら、少しだけイヤな予感がして掴んでいた箒をぎゅっと握り締めて身構える。

「あのさー……明日の練習、監督生くんを連れて来てくんない?」

「えっ……監督生サン、ですか?」

「……理由は聞かないで! 明日の部活来たら全部わかるから!」

「わかり、ました……?」

 でも、明日は金曜日。監督生サンはバイトの日じゃなかったっけ?

「あの! 明日って監督生サンは」

 来れないかも、と続けようとすると、ラギーサンはとてもゲッソリした表情でふるふると首を振った。

「エペルくんが言いたいこと、わかってる。一時間、いや三十分でもいいから、何とか説得してユウくんのバイトまでの時間を確保してきて!」

「えっ!!!」

「じゃ、そういうことで! よろしく〜」

 これはただのお遣いじゃなくて、厄介事を任せられたんだと気付いたときにはもう遅かった。試合中も大活躍の逃げ足の速さで、ラギーサンはあっという間に目の前から消えてしまった。

「やらぃだ! 押す付げらぃだ!」

 でも部活内の下っ端一年生である自分に、先輩に頼まれたお遣いを断ることは許されない。とりあえず、ダメ元で頼むしかないか、と忘れないようスマホにメモを入力した。

 

***

 

「あっ、監督生サン! このあと、ちょっとだけ時間ある、かな?」

 翌日、最後の授業が終わったあと、急いで監督生サンたちがいる教室へ走った。ドアから中を覗き込むと、今にも帰ろうとしている監督生サンたちのグループが見えて慌てて駆け寄った。

「あれー、エペルじゃん。何か用?」

「えっと、その、ちょっと一緒に、来てほしくて」

 部活へ一緒に来てほしい、と伝えてしまっていいだろうかとモゴモゴしていると、監督生サンは手際良く片付けを済ませてパッと手を振った。

「ごめんね! 今日私アズール先輩からシフト追加で入ってほしいって頼まれてるの。もう行くね!」

「あっ! 待って!!!」

 声掛け虚しくパタパタと走り去ってしまう監督生サンの後ろ姿を呆気なく見送る。話す暇も作れなかった、と思っていたら、エースクンが教科書を片付けながら僕に話し掛けた。

「監督生に用だったの? 何か言付けとこっか?」

「いや……うん、だいじょうぶ……」

「ユウは金曜日モストロ・ラウンジでバイトだからな。用があるならマジカメに連絡してみてもいいと思う」

 ぐっすりと眠っているグリムクンをゆさゆさと起こしながら、デュースクンは僕を見上げた。

「あー、うん。そうだよね。でも今日はちょっと、ラギーサンに監督生サンを練習に連れてくるよう言われてて……」

「え? マジフト部に?」

 なんで? と首を傾げる二人と一緒に苦笑いして首を傾げる。

「わからないんだ。連れてくればわかるからって、ラギーサンが」

 嫌な予感だけはするけど、と続けて仕方なく二人と別れた。

 そのあとすぐ、マジフト部の練習に向かったのに、何故かもう練習が始まっていて、レオナサンの声がコート中に響いていた。

「テメェら! 今日は試合中の本気を出せっつってんだろ! テメェらの本気はそんなモンなのか!!!」

 レオナサンの怒号に返事する部員たちは、地べたに這いつくばりながらも何とか飛んでくる魔法とディスクに応えている。息も絶え絶えの部員たちの姿は、どこかスパルタ特訓後のポムフィオーレを思い出させた。

「じ、地獄だ……」

 思わず呟いてしまった僕の一番そばで倒れていた獣人の先輩がぴくりと耳を動かす。

「あ……エペルが来た……」

 これで解放、と呟いたまま動かなくなってしまった先輩の向こうから、背筋が凍るぐらいじゃ済まない怖い視線が僕に突き刺さった。

「よぉ、エペル。遅かったじゃねぇか」

 ドン! という効果音みたいなものを背負ったレオナサンが箒に乗ったまま僕の前に降り立つ。じろりと僕の周りを睨み付けたレオナサンは、そのままめちゃくちゃ怖い顔をしてニッと笑った。

「監督生はどうした。女王様秘蔵の姫林檎チャンは満足にお遣いもできねぇのか?」

 あァ? とわかりやすくレオナサンに煽られて、カッとなった。

「は? そったわげね! わっきゃ最初がら監督生クンは来ぃねってしゃべった!」

「……何言ってんのかわかんねぇが、俺に歯向かう気概は買ってやる。来いよ。次はお前の番だ」

 ヒュオ、と勢いのある風の音と一緒にレオナサンが空高く飛んでいく。太陽を背中に背負って逆光で何も見えないけれど、レオナサンの獲物を狩る目が俺を狙っているのはわかった。

「ッ! よろしくお願いしますッ!!!」

 脇に抱えていた箒に飛び乗って、俺も空へ飛び出した。

 

***

 

 部活外の誰かが、マジフト場にたくさん死体が転がっていると職員室に報告したらしく、珍しく慌てた顔のバルガスが練習を見にやってきた。そのお陰でレオナサンのシゴキがやっと終わって、僕たち部員はボロボロになった身体を何とか動かしてロッカールームへ移動した。

 今日の部長はなんかいつも以上にすごかった。

 すごいというより、鬼だった。

 筋トレを忘れた上に食事制限も破ってニキビができてオマケに体重まで増えてむくんじゃったときのヴィルサンくらい怖かった。

 いや、ひょっとしたらそれよりも? うーん、鬼のヴィルサンには耐性がついちゃった、気もする。

「エペルく〜ん。やっぱ無理、だったよね……」

 そりゃそうだよ無理に決まってるっス〜、とボロボロのラギーサンがヘタリと床に座り込んだ。

「……ユウ、サンのことですか? 何だか、今日はアズール先輩から追加でシフトに入ってほしいって頼まれてたみたいで……僕と話をする前にバイトへ行っちゃいました」

「あ〜……アズールくんから頼まれたなら断れないよな〜……だから今日は無理だと思うっスよって言ったのにさ〜……」

 も〜ヤダ俺も転寮しちゃおっかな〜、とうんざりした顔で呟くラギーサンにギョッと目を開く。

「わいは! ラギーサン転寮するんだが!」

「なんて???」

 しわくちゃの顔で聞き返してきたラギーサンに、慌てて首を振りつつ言い直す。

「スミマセン! ラギーサンが、転寮するって言うから、驚いちゃって……」

「あー、冗談っスよ、冗談。だってあの人の面倒、誰も見れないでしょ〜……」

 メンドクセ〜なんであんなのの下についちゃったかな〜、とげっそりした顔で言うラギーサンは、本気なのか本気じゃないのかよくわからない口調で愚痴っている。ラギーサンがレオナサンを裏切るなんて考えられないから本気じゃないんだろう、多分。

「えっと……ラギーサンの転寮と、ユウサンのバイト、何か関係あるんですか?」

 僕が問い掛けると、ラギーサンは少しだけ考え込んでから、はぁぁ、と深く溜め息を吐いた。

「関係大アリ。でも、実際関係あるのは俺の転寮じゃなくて、レオナさんの傍若無人。あの人マジでいい加減にしてくんないかな~」

 もうついてけねぇっス、とさっきよりももっとしわくちゃな顔をしてラギーサンが呟く。それでも本当に転寮するわけじゃないとわかっているから落ち着いて話を聞いていられる。

「……レオナサンの傍若無人は今に始まったことじゃないんじゃ」

 言ってはいけないことかもしれないけれど、どうしても言いたくなってラギーサンに僕は言った。僕が『傍若無人』の正確な意味を覚えることができたのはレオナサンのおかげだと思う。それくらい、レオナサンは傍若無人な人だ。だから、ラギーサンの愚痴に思わず、今更? と思ってしまった。

「それはそうだけどさ〜……俺はちゃんと言ったんスよ。あの子月曜水曜金曜はモストロでバイトだから絶対来ないって」

 なのにアイツは来るとか意味わかんない自信でゴリ押ししちゃってさー、とラギーサンは唇を尖らせる。

「……え? ラギーサンやっぱり知ってたんですか? それなのに、僕に今日監督生サンを連れてこいって言ったんですか?!」

 厄介ごど押すつけだな! と思わず叫ぶと、ラギーサンは素直にごめんごめん、と手を合わせた。

「俺から頼むより、同期から頼んだほうが来てくれる確率上がるかな〜って思ったんスよ。俺じゃ無理だってわかってたし」

「俺にも無理ですよ!!! 監督生サン、モストロのバイト気に入ってるじゃないですか、休むはずがない!」

「だよね〜……俺も言ったんだよ? なのにさ〜、レオナさんが絶対連れてこいってホントウザいくらい譲んなくてさ〜」

「レオナサンが……ちょっと、珍しい、かな?」

 絶対に無理だと思っていることを無理矢理実行するなんて、普段のレオナサンからは考えられない。ラギーサンは、でしょ~、と大げさに手を振ってワシワシと頭を掻いた。

「あの人さ〜、何て言ったと思う? 『俺のことが本当に好きなら、俺が呼んでるんだから来るに決まってるだろ』だって。アンタがそんなんだから、ユウクンも本気で口説いて来ないんだって〜」

 妙に似ているラギーサンのモノマネに思わず吹き出してしまう。

 今日、監督生サンを練習に連れてこいって言い出したの、レオナサンだったんだ。

 それにしても、レオナサンがあの子のスケジュールを把握していなくて急に呼び出そうとした、とはちょっと考えづらい。サボるために先生たちの見回りスケジュールまで覚えている人だ。よく気に掛けている監督生サンのバイトのシフトどころか、選択している授業まで知っていそうなのに。

「なんでいきなり呼んだんだろう?」

 思わず口から出てしまった疑問に、ラギーサンはピクリと耳を立てた。あ~、と居心地悪そうな相づちを僕に返して、笑わないで聞いてあげてほしいっス、と耳打ちした。

「カッコイイとこをユウくんに見せるつもりだったんだって」

 詳しく聞くと、自分のかっこいいところを監督生サンに見せれば、監督生サンはもっとレオナサンに夢中になるだろうと聞いて、それを素直に実行しようとしたらしい。レオナサンが思いついたかっこいいところが『マジフト中の自分』だったらしくて、こんな強硬手段に出た結果が今日で、レオナサンにそんな入れ知恵をしたのがフロイドサン。全部の話を聞いてあまりにも単純だった話に納得はできた。確かにレオナサンにのかっこいいところを見たら、監督生サンはもっともっとレオナサンに夢中になると思う。

 でも、巻き込まれた僕はどうしてもひとつだけ叫びたかった。

「自分で呼べばよぐね?!?」

 ホントそれ、と思いっきり顔に書いているラギーサンは、何か諦めたようにぼんやりロッカールームの窓から空を見上げた。

「遅すぎる春に浮かれた男ってのは……こうも愚かなんスね」

 俺知らなかったや、とラギーサンは続ける。本当にそれだけで部員みんなを巻き込んだなら、確かに愚かなのかもしれない。ヴィルサンだったらあの怖いだけの笑顔で、無様ね、って言いそう。

 周りを巻き込んでまで恋愛するって、王族ってやっぱり恋のスケールも違うのかな?

 ユウサン、実はすごい人を好きになっちゃったんじゃ、とちょっとだけ心配になった。

 

***

 

「金曜日はごめんね。私に何か用だった?」

「僕こそごめん。急に呼び止めちゃったから」

 監督生サンと同じ選択授業のあと、次のコマがたまたま自習になったことで空き時間ができた。監督生サンから僕を誘ってくれて、中庭にある日陰のベンチへ二人でやってきた。

 申し訳なさそうに手を合わせたユウサンに首を振って、金曜日にマジフト部の練習に誘おうとしていたことを話す。ふんふんと相づちを打ちながら聞いてくれていた監督生サンは、そっかあ、と残念そうに肩を落とした。

「マジフトの練習を見に来てほしいなら、図書室で言ってくれればよかったのに……」

「あー……それは何か深い事情があるらしくて」

 そうなんだ? と監督生サンは首をかしげている。部員のみんながそう思っていることは言わないほうがいい気がして黙っておく。でも本当にどうしてレオナサンは自分で誘わなかったんだと言いたい。自分で誘ったほうがもっとかっこよかったと思う!

「でもどのみちこの前の金曜日はバイトを優先させちゃってたかも。アズール先輩のお願いはあまり断りたくないし」

「……レオナサンよりアズールサンを優先するってこと?」

「えっ! 違うよ? アズール先輩に頼られたら断りたくないなってだけだもん。レオナ先輩は私よりラギー先輩や他の人を頼るでしょ? レオナ先輩は私のこと、そういう存在として見てないと思うし」

「そう、かな……?」

「私はそう思ってるけど……違うのかな? ひょっとして……私に何か頼みたいことがあってマジフトの練習に呼ばれてた!?」

「それは……ちがうみたい、だけど」

「そっかぁ……遂にマジフト部もマネージャーを募集し始めたのかなって思ったのに」

 違うのかー、と肩を落として監督生サンは落ち込んでいる。本当の理由は全然違う、なんて言えないし、何と声を掛ければいいかわからなくて見守るしかできなかった。

 マジフト部がマネージャーを募集しているという話は聞いたことがないし、これから募集することがあるのかどうかもわからない。他の部活は知らないけれど、マジフト部の雑用は大体ラギーサンに指示されて下っ端の一年生がやるか、レギュラーの負担にならないよう、レギュラー落ちの先輩たちがみんなに分担したりしてうまく回している。レオナサンが部長になる前はレギュラー落ちした先輩が自分の雑用をレギュラーに選ばれた後輩に押しつけたりして選手同士の潰し合いが平気で起きていたらしい。部長になったレオナサンが勝利のためにはあまりにも非効率、とそういうことを一切禁止するまで、雑用はみんなでやるものじゃなかったという話だから驚きだ。それだけレオナサンが強くて、たげかっこよくて、頭も良くて、すごいってことなんだろうけど、部活外のレオナサンしか知らないユウサンより、僕のほうがかっこいいレオナサンを知ってるって、何だか不思議だけどちょっと誇らしい。レオナサンをたげかっこいいと思ってるのはユウサンだけじゃないんだ、と胸を張った。それに、ユウサンは女の子で、僕ら男とは違う目線でレオナサンのことを見ているはず。レオナサンの本当のかっこよさは、きっと同性の僕たちのほうがよくわかっている。そう思うと、ユウサンがどうしてレオナサンに夢中なのか気になった。だって監督生サンの悪口を言う奴らが言うように、監督生サンがレオナサンのことを顔で選んだなら、ヴィルサンも顔はすごくいいし、正直ヴィルサンでもよぐね? ってことになる。それだけじゃない、この学園はやだら美形多ぇから、本当によりどりみどりだ。レオナサンがいいという何かが、ユウサンにはあるんだろうか?

「ねぇ、どうしてレオナサンのコトが好きなの?」

「えっ!?」

 大きな目をもっと大きく開いたユウサンは、一緒に大きく開いた口を両手で隠した。それからきょろきょろして周りの目が自分に向いていないことを確認してから、ほぅ、と息を吐いた。普段あんなにレオナサンの後ろを追いかけ回しているのに、まるで隠れるみたいな反応に首を傾げる。

「えっと……ユウサンはレオナサンのことが好き、だよね?」

「う、うん! そうだね! ごめん、エペルと恋バナするのはじめてでびっくりしちゃって!」

 ユウサンに言われて、確かにレオナサンへのユウサンの気持ちをちゃんと聞くのは初めてだと思い返す。

 いつもジャッククンとユウサン三人で集まってレオナサンのかっこいいところ談議をしているけれど、そのときに聞く話はレオナサンがいかにすごくてかっこいいかという話ばかりだから、ユウサンが具体的にレオナサンのどんなところが好きかなんて話はしたことがなかった。何だか照れるな、と熱くなってきた頬をパタパタと手のひらで仰いで冷ます。ユウサンも少し赤くなった頬を手のひらを当てて冷ましていた。

「どうして、って言われると……とっても難しいんだけど……」

 レオナ先輩に言わないでね?と続けながら、ユウサンはひそひそと普段からは考えられない声のボリュームで喋った。

「私、レオナ先輩のこと、独りにしたくないの」

「……どういうこと?」

「えっと、私のワガママだってわかってるんだけどね? レオナ先輩って、なんていうか……一人で好きなように生きてるように見せているけど、実は皆のことよく見てて、さり気なくサポートしてくれたり、必要なアドバイスだったりお小言を言ってくれたりするでしょう? レオナ先輩自身はそんなことないって言うけど、ちゃんと皆のことを群れの長として影で守ってくれてるっていうか」

 まだほんの少し赤い頬でユウサンは何かを思い出しながら微笑む。いつも三人で話をしているときと変わらない内容だなと驚き半分、そうだそうだと同意半分で聞いていた。

「でも、本当は……レオナ先輩自身が、そうしてほしかったのかなって、思うことがあるの」

「レオナサンが?」

「うん、でもこれは私が勝手にそうかもなって思ってるだけだよ。誰かに聞いたわけでもないし、レオナ先輩から聞いたわけでもないから」

 でも、何となくそう思うの、とユウサンは続ける。今まで一度も聞かなかった話だ、と目を開きながらウンウンと相づちを打ってユウサンの話の続きを聞きたいと身を乗り出す。

「レオナ先輩からすれば、異世界から来た魔法も使えない弱っちくてチビの私なんて何の力にもなれないかもしれないけれど……何の力になれなくても、私はレオナ先輩のそばにいたいなって」

 何もできないから、そばにいることしかできないけど、絶対誰かがそばにいるってだけでも安心できるでしょ?

 ユウサンは、そう言ってにこりと笑った。

「いっぱい、いーっぱいね、レオナ先輩に好きって伝えたい。そばにいるだけじゃ、きっとレオナ先輩には伝わらないから。私のスキで、ちょっとでもレオナ先輩を満たしてあげたいの」

 私一人の好きじゃ多分全然足りないけどね、と笑うユウサンは、何だかすごく輝いて見えた。自信を持って、好きと伝える勇気が、こんなにキラキラしているなんて知らなかったし、そんな好きも今まで見たことがない。これだけの好きを全力で注いでもらえるレオナ先輩がすごく羨ましくて、どうしてレオナ先輩はユウサンの手を掴んでおかないんだろうとも思った。ユウサンはずっとレオナサンのことを見ているし、今さら気を引くようなことをしなくたって、絶対に離れていかないと僕が見てもわかる。もうあとはレオナサンがユウサンの手を掴むだけなのに、どうしてあんなにまどろっこしいことをしているんだろう? 自分のことじゃないのに、とてももどかしくて悔しい。今すぐレオナサンを説得しに行きたいくらい、モヤモヤした気持ちが爆発しそうだった。

 ユウサンの隣で暴れ出しそうな気持ちを抑えていると、ユウサンは空を見上げながら眉を下げて笑った。

「レオナ先輩は本当の王子様だから……きっともう婚約者とかいるのかもしれなくて、私がチョロチョロしてるのを本当は迷惑だなって感じてるのかもしれないし、仕方なく相手してくれてるのかもしれない……でも、本気で拒否されるまでは、ワガママ言い倒して、レオナ先輩に好きって言えるといいな……」

 えへへ、なんてね、と笑っているユウサンはいつもの元気な姿からは考えられないくらい弱々しい。自分のことを好きだと言ってくれる女の子をこんな風にするレオナサンが許せない。でも、ユウサンが言うようにレオナサンは本物の王子様で、僕らが想像するよりももっと複雑な何かを抱えているから、ユウサンの手を掴めないのかもしれない。そう考えたら本当に何もかも悔しくて、何もできないちっぽけな自分を見せつけられているようで、悔しくて悔しくて堪らなかった。

「好ぎなら好ぎでいべさ!遠慮なんて必要ね!堂々どすてろ!」

 さっきは我慢できたけれど、もう我慢できなかった。考えるよりも前に思い切り叫んでいた。だって悔しい。こんなにまっすぐ好きだと言ってくれる女の子がいるのに、それに答えられないなんて。レオナサンも、ユウサンのことをよく気に掛けているんだから、嫌だと思っているわけがなかった。だって、部員みんなを巻き込んでユウサンにかっこいいところを見せつけたいと思うくらい、ユウサンのこと気に入っているのに。男らしいレオナサンが、こんな女々しい態度でユウサンを泣かせるなんて考えたくない。あんな変な行動に出ちゃうくらいには、ユウサンのことが好きなんだと思いたかった。

「……そうだよね。好きなら好き、でもいいよね」

 僕の叫びに元気が出たのか、ユウサンはいつもみたいに元気な笑顔で頷いた。友達に笑顔が戻ったことが嬉しくて、僕も気分がスッキリする。ぐーんと空に向かって手を伸ばし、ひょいっとベンチから立ち上がった。

「ヨシ! 僕から、ユウサンをマジフト部のマネージャーにできませんか? って頼んでみるよ!」

 そうしたら、もっとレオナサンと一緒にいられるでしょ?

 ユウサンに振り返りながら僕は胸を張った。僕の大切な友人を、僕が尊敬する人にもっと近付けて、二人の周りにある面倒くさいこと全部ぶっ壊して、世界に二人を認めさせたい。この二人なら何だか何でも乗り越えられる。そんな気がする。だって、僕の知ってる二人はたげかっこよくてすごいから!

「……私利私欲にまみれたマネージャーは要らねぇってレオナ先輩に断られそう」

「そしたら僕が、いつでもかっこいいところを見せつけられる一番の特等席ですよってレオナサンをそそのかしてあげる!」

「どうしよう! 本当にマネージャーになれたら、私心臓がいくつあっても足りないかも!」

 きゃー、と黄色い声を上げるユウサンは今まで見たなかで一番女の子していてすごく微笑ましかった。この顔を見たら、レオナサンだってもっと監督生サンに夢中になるんだろうな、と思っていると、あ! と何か閃いた監督生サンが声を上げた。

「でも……部活のお手伝いにお呼ばれしてるのって、金曜日、だよね?」

「そう、だね……でもずっと金曜日かはわからないよ? ほら、レオナサン、気まぐれだから……」

「うぅ、確かに……実はね、モストロラウンジのバイト、アズール先輩と相談して決めたシフトなの。勉強と、オンボロ寮の家事と、他にもいろいろ負担にならないようにって」

 普段のアズール先輩からは考えられないくらいキチンと話し合いをしてそのあとのフォローしてもらってて、と監督生サンは眉間にシワを寄せて続ける。

「私のためにすごく考える時間を作ってもらって決めたことだから……変更の相談は、断られるかもしれない。それか、対価を要求されちゃうかも」

「それは……確かに困る、よね」

 アズールサンはいい人だから、お願いすれば聞いてくれるとは思うけど、タダのお願いを簡単に聞いてはいけないと僕も普段からアズールサンに何度も言い聞かされている。お願いを聞くときはそれに見合った対価を、それか必ず恩を売って自分の利益となるように、それが賢く生きる術だとデュースクンと習った。すぐ実行するのは難しくて失敗しがちだけど、困ったら力を見せつければいいとジェイドサンからアドバイスをもらってデュースクンとすごく感動したのは今でも覚えている。アズールサンはあまりいい顔をしていなかったけれど、最終手段ですよ、と言っていたから力を鍛えることも大事なんだと思う。今回の場合は、既に成立した契約を修正する、しかもその契約を結ぶためにとても時間を使ったらしいから、確かに対価や何か代わりのものを求められるかもしれない。

「……僕からもアズールサンに頼んでみようか?」

 事情を説明すれば、アズールサンも対価の割引とか、対価の分割払いとか、いろいろ提案してくれるかもしれない。みんなはアズールサンのことを悪徳だって言うけど、実は優しいところもあるって知ってもらう機会になるかも!

「うーん、どうだろう……ただ、マジフト部のマネージャーになるだけじゃなくて、私の恋愛ゴトも絡んでるから、やめたほうがいいと思う。絶対何か押し売りされそう」

「そっかぁ……確かに、そうだね……」

 よくよく考えると、確かにユウサンはアズールサンがよく言っている『大切なお客様』になる気がした。カモからは搾り取れるだけ搾り取って引き際を見極めるのが大事ってアズールサンに習ったし、ユウサンも引き際を大切にしているのかもしれない。

「ダメもとだけど、自分で相談してみるよ。曜日は金曜日でいいのかな?」

「多分……一度、確認してみるね。あと、僕も一応マネージャーのこと聞いてみるよ」

「ありがと、エペル! やっぱり持つべきものは友だち、だね!」

 またレオナ先輩のお話聞かせてね! と満面の笑みでユウサンはベンチから立ち上がった。そろそろ次の授業行かなきゃだね、と歩き出した監督生サンの横に僕も並ぶ。

「……僕も、僕のことが世界で一番好きって言ってくれる彼女がほしい、かも」

 まっすぐに自分だけを見てくれる存在って、すごくいい。レオナサンが羨ましいな、と素直に思ってしまう。すると、監督生サンがこっちを向いて言った。

「きっとすぐできるよ。エペル、女の子にモテると思う。美形だし、男前だし」

「ホント?!」

「ホントだよ? やっぱりね〜、内面がイケメンなのは大事だよ!」

 エペルは顔に似合わず男らしいしね、と笑った監督生サンに、それってどんだば〜? と思わず僕も笑ってしまった。

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