~リーチ兄弟の場合~

「ねぇジェイド〜、それって楽しい?」

「おや、ついに興味を持っていただけましたか? フロイド」

「そんなわけなくね? そ〜やってず〜っと写真をアルバムに貼ってるだけでもつまんなさそ〜なのに、山登りなんて一回すればもう充分じゃん」

「おやおや……山はひとつではないのに一度でいいとは、とても勿体無いと思いませんか?」

「高さとか形が違うだけでしょ〜。全部一緒じゃん」

「いえいえ、地域が違うだけで植生が違ったり、同じ高さの山でも険しさも違って楽しいんですよ。海底も深さが違うと生き物が変わってくるでしょう?」

「そうだけど〜……アレぇ? トド先輩じゃん」

 何か用? とフロイドが顔を向けた先には、本当に珍しい客人であるレオナさんの姿がありました。

「……少し知恵を借りたい。お前、この辺の植生詳しいんだろ?」

「おや……本当に珍しい。レオナさんが僕に頼ってくるなんて、明日は雨でも降るんでしょうか?」

「チッ……ただ詳しい奴に話を聞いたほうが早いってだけだ。花を探してる。できるだけ珍しいモンがいい。あんまり出回ってないような、手に入りにくい花だ」

 何か緊迫したものすら感じる真剣さで問い掛けてくるレオナさんに思わず目を軽く見開いてしまう。

「……お花、ですか?」

 魔法士を育てるこの学園で、花を求めること自体は珍しいことではありません。授業で使うもの、それ以外で使用する場合も、当然植物園にある植物だけでは賄いきれないものもあります。珍しいものであれば授業で使うものであれば学校が用意してくださる場合がほとんどですが、稀に自ら採集してくること自体も課題とされるときもあります。個人的に必要とする場合も、さまざまな手段で入手するのが魔法士という生き物です。

「サムさんを頼られては? 私程度で大変博識なレオナさんの助けになれるとは到底思えませんが……」

「……サムが取り扱ってるモンは大体頭に入ってるんでな。それじゃ足りねぇからお前に聞いてる」
「……サムさんですら用意できないものを、私がご用意できるでしょうか」

 お互いの腹を探り合う目が交錯し、じっとこちらを見下ろすレオナさんの目をしっかり見つめ返してニコリと微笑む。しばらくして、ハァ、と深い溜め息をレオナさんが吐きました。

「……これはタコ野郎抜きでの相談だ。取引の対価は『部活会での口利き』でどうだ」

「口利き、ですか?」

「ここの活動がちったぁマシに広報できるような部費が出るよう交渉してやる。お前は教師どもを誑し込む資料でおべっかの練習でもしてろ」

「……レオナさんのメリットは?」

「テメェの活動費を要求するついでにマジフト部の活動費の増額も要求する」
 最近スコアボードの調子が悪いんだ、と何処かでよく似た悪巧みの笑顔を浮かべたレオナさんはそっと僕に近付きました。

「欲しけりゃオマケにウチの国でしか生息してない菌類の資料を複製してやるよ」

 あァ、お前の言葉に訳せば『キノコ』って言うんだったか? とレオナさんは僕にだけ聞こえる音量で耳打ちしました。バッとレオナさんに顔を向けて真偽を確かめると、レオナさんは僕から顔を離してニヤリと頷きました。

「悪い条件じゃねぇと思うが?」

「やりましょう。お任せください」

 レオナさんの提案に、力強く頷いて笑顔を返します。

 夕焼けの草原は、正直陸に慣れてきたと言っても僕には相当厳しい気候のようで、訪れることができるまで何年かかるだろうと思っていました。資料も少なく、興味ばかり募っていましたが、資料だけでも手に入れることができるのであれば、協力する以外の選択肢はありません。

「ただ……少しだけお待ちいただけますか? フロイドと話をさせてください」

 レオナさんの許可を得る前に素早くフロイドに近付いて逃げられないよう肩を掴みます。

「フロイド、ここでのことは絶対にアズールには秘密です。これはレオナさんと僕の内緒の取引です。アズールに横取りされては困りますから、絶対に秘密ですよ」

「言わねぇし。っていうかアズールはトド先輩の目的ならもう知ってるんじゃね? 今更強請りのネタなんか喜ばねぇじゃん。エサが手のひらにいるようなモンだし~」

「……どういうことでしょう。今僕は目の前の快楽に錯乱してしまっているようです。とにかく僕はレオナさんのために極上の珍しい花をお選びしなければなりません」

「うわっ、ジェイド目ぇイッてんじゃん……まぁいいや。おもしろそ~だから黙って見とくね」

 アハ、と笑ったフロイドは僕の手を無理矢理払って椅子に座り直しました。それをしっかり見届けてくるりとレオナさんに向き直ります。

「お待たせしました! さぁ、何をお手伝いいたしましょう? 昨日採取したばかりのキノコをご用意いたしましょうか」

 早速自分がこの活動で作り上げたキノコアルバムをレオナさんにお披露目すると、レオナさんは途端に険しい顔をして僕の大切なアルバムを押し返しました。

「珍しい花っつってんだろ!」

「おやおや……このキノコもこのキノコも、こーんなに可愛いのに、しくしく」

 下手な芝居すんじゃねぇ、と偽りの涙はすぐ見破られたものの、ほんの少し訝しむような目を向けてくるレオナさんには勝機を感じました。更に大袈裟に悲しむフリをしながら、色鮮やかなキノコの写真を次々とレオナさんの前に並べていきます。レオナさんは困惑しながらも『ウスキキヌガサタケ』の写真を見ながらゆっくりと目を細めました。

「…………これは……オンナがよろこぶ『かわいい』……なのか?」

「当然です! 今やキノコの人気は鰻登りです!」

 ここぞ! とばかりにベニテングダケやカエンタケ、シロタマゴテングタケの写真をレオナさんに押し付けていく。

「……これ、全部自然毒だぞ」

「毒があるくらいがかわいいんです! 女性だって小悪魔系美女って言うじゃないですか!」

 ほらほら! と特に写りが良く綺麗な色のキノコたちを見せつけると、レオナさんは、ウ、と唸り声を上げながらも険しい顔で写真を見つめました。

「……キノコは……かわいい」

「そうです! キノコはかわいいんです!」

 よし洗脳完了です! とレオナさんから見えない背中側で小さくガッツポーズすると、いよいよ耐えられなくなったのかフロイドがギャハハハハとここ一番の大声で笑いました。

「ブハッ! ね、ねぇジェイド~! もう止めたげなよ、トド先輩押し売り被害に遭ってるダメ男みたいじゃん」

 小エビちゃんの彼氏がこんなんとか俺ちょっと引くわ~、とヒィヒィ笑っているフロイドににこりと微笑みかけます。

「よく耐えてくれましたフロイド。でももうレオナさんはキノコの魅力に夢中ですよ」

「んなワケねぇだろ! ふざけんなよ!!!」

 荒々しく叫びながらも、レオナさんは丁寧に写真を集めて僕に突き返しました。

「それから」

「それから?」

「かっ、カッ……彼氏、じゃ、ねぇッ! うッ、ゴホっげほ……」

「おやおやおやおや……」

「アハ! やべ~、トド先輩ダンゴウオじゃん!」

 超真っ赤でおもしれ〜、とフロイドがお腹を抱えて笑い転げるなか、レオナさんは真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向いてしまいます。その姿があまりに幼子のようで、揶揄って虐めてしまいたくなりました。

「そうでした。レオナさんと監督生さんはまだお付き合いすらしていない清い関係でしたね。ついうっかり恋人だと認識しておりました。だって二人はとっても仲が良くていらっしゃいますから」

「そーそー。早く自分のモノにしちゃえばいいのにさ〜、ウダウダウダウダしててマジめんどくせ〜」

「……別に監督生の話はしてねぇだろ」

 精一杯冷静を装っているレオナさんは、眉間に皺を寄せて僕たちを睨みつけました。おや怖い、と笑う僕をよそに、フロイドはペラペラと僕が作った花のアルバムを捲ってレオナさんに写真を見せようと身を乗り出します。

「あー、コレとかいいんじゃん?ホラ、小エビちゃんみたいに小さくて、黄色い。それにめしべが青くて珍しい。まるでぇ、小エビちゃんみたいだね?」

 アハ、二回も言っちゃったぁ。だって、トド先輩、丸わかりなんだもん。

 フロイドは笑ってレオナさんの顔を覗き込みました。レオナさんは沈黙してフロイドの顔を睨みつけています。おやおや、一触触発とはこういうことを言うのでしょうか。フロイドは自慢の歯を剥き出しにしてニコニコ笑っています。

「小エビちゃんってさ〜、惚れっぽそうじゃね? トド先輩スキ〜って言ってんのも結局顔でしょ?」

「……ア?」

「トド先輩もそんなメスがいいなんて変わってんね。飽きられたらポイじゃん」

「お前にはアイツがそう見えるって言いたいのか」

「アハ、超怒ってる。イイ顔すんじゃん」

「テメェ……腹から捌いて喰ってやろうか」

「アァ?! ヤれるモンならやってみろよ!!!」

 ほとんど鼻と額がくっついていると言っていい状態の二人は、物凄い剣幕で今にも牙剥き出しの喧嘩をおっ始めてしまいそうです。二人がどういった結末を迎えるのか、このままここで諍いを見守っていたい。ですが、残念ながら次にここで暴れたら山を愛する会には教室を貸し出さないと宣告されてしまっています。キノコの魅力をどうしても理解してくれないフロイドが悪いんです。僕だって大切な双子の兄弟と殴り合うなんてことしたくありませんでした。でも仕方ないんです。人魚にだって自分の意志を押し通すために力を行使しなければならないときがあります。あの拳の対話は必要だったんです。だから仕方のなかったあの暴力とは違って今目の前で勃発しそうな抗争は、止めなくてもいい争いではあるのですが、この闘いを止めないと僕の大切な活動の場所がなくなってしまうので仕方がありません。気が進みませんが、二人を止めるしかないでしょう。あぁ、これから面白くなりそうなのに、勿体無い。

「フロイド、楽しんでいるところ申し訳ありませんがそのあたりでやめていただけますか? これ以上は僕の部室がなくなってしまいます」

「は? ふざけんなよこんな楽しい遊びを我慢しろって言ってんの?」

「なら仕方がありませんね……今日から僕とフロイドの寮部屋が山を愛する会の活動拠点です」

「それだけはやめてぇっ!!!」

 この世の終わりのような人魚の悲鳴が教室どころか廊下にまで響いてしまったようで、僅かに開いていたドアの隙間からこちらを覗く気配がひとつ、ふたつ、みっつーー数はどうでもいいです。教師にバレさえしなければ、これからも僕は教室を借りることができます。

「おやおや……僕としてはずっと山のことを考える生活ができるのでこの上なく有り難い状況なのですが」

「ホントやめてぇ……そもそもジェイドは山じゃなくてキノコのことしか考えてねーじゃん、これ以上ベッドがジメジメすんのもうヤダぁ」

「そんなこと言わないで……おや、レオナさん? 大丈夫ですか?」

「やば。トド先輩マジでトドみてーになってんじゃん。ウケる」

 レオナさんご自慢のお耳は両方ともぺたりと頭に貼り付いて、まるで怯えた仔猫のように肩を竦めぎゅっと目を瞑っています。ようやくぶるぶると身体を震わせて耳を起こしたレオナさんの姿はマジカメで見た犬が身震いする姿に少し似ています。動物に似ているなんて、獣人はやっぱり獣の血が濃いんでしょうか。

「クソッ……まだ耳がワンワンする……コレが人魚の悲鳴ってヤツか」

「あ、トド先輩初めて? そっか。コレって獣人の耳に効くんだぁ。覚えとこ」

「勘弁してくれ……う……頭までクラクラしてきやがった……」

 どうやら僕たち人魚には全く問題ない音域が、獣人の耳には致命的なダメージを与えるようです。海のなかにいる僕たちがコミュニケーションを取るためには必要なことですし、普通の人間の耳では拾うことができない音だとされています。なのでうっかり獣人属の方たちの前でこの声を披露してしまっても仕方がありません。僕たち陸に不慣れなので許してほしいです。

「さて。では一段落したところで、監督生さんにお贈りするキノコを選びましょう!」

「アハ。ジェイドどうしても小エビちゃんをキノコまみれにしたいんだ。ぜってー無理でしょ、全部美味しく料理してアザラシちゃんの腹ん中だって。諦めろよ」

 そんなひどい、しくしく、と泣いて見せてもフロイドは全く気にせず花の写真を集めたアルバムを再びめくり始めます。レオナさんもそのアルバムを覗き込んだところで、やーめた、とフロイドが勢いよくアルバムを閉じてしまいました。

「っていうかさ~。花とかまどろっこしいモンで気ぃ惹くより、カッコイイとこ見せつけてやればいいんじゃね? メスなんてそれで簡単に堕ちるんじゃねぇの?」

 人魚も人間もそんな変わんないでしょ、とフロイドは僕とレオナさんに目を向けました。

「人間のメスはよくわかんねぇけど~、サクッとヤッた獲物プレゼントしたほうがコロッとヤらせてくれんじゃね?」

 あー小エビちゃんまだミセーネンだから手ぇ出したらダメなんだっけぇ、と面倒くさそうにフロイドは机に肘を突きます。確かに人間の世界には僕たち人魚の世界の理とは違う性規範があったと記憶しています。生殖活動の基準が違うと言われればそれまでですが、大層面倒なルールに囚われているんだなぁと感心した覚えがあります。僕たちの感覚では到底理解できませんが、フロイドの言っていることは理解できます。そして、アズールは確か人間の女性の方々も、男性のかっこいいところに惹かれるのだと言っていました。つまり、レオナさんが本能に従って狩りをする様を監督生さんに見せれば、監督生さんは更にレオナさんに夢中になるはず、ということです。確かにここで花を選んでお渡しするより遙かにそちらの方が容易に思えます。でも、その程度のことはもう既に実行していそうです。レオナさんほどの方がそのようなエレメンタリースクールに通う子どもでもできることを試していないとは思えません。もしかして、もう実行したあとで、更にプレゼントを贈ろうとしているのでしょうか。不思議に思ってレオナさんの表情を窺うと、レオナさんは苦汁を舐め尽くしたような顔をして、渋々口を開きました。

「……前に……捕まえた鳥を渡したら…………逃げられた」

「ギャハハハハ! ダッセェ! トド先輩フラれてんじゃん!!!」

 それならもう花とか贈っても意味なくね? とフロイドのケラケラ笑う声が教室に響きます。

「俺らよりアズールに相談したほうがよくない? アズールの惚れ薬、ウケるくらい超効くからめっちゃヤバいよ?」

 ヒィヒィとお腹を抱えているフロイドの背中を擦りながら、僕は諭すようにフロイドへ話しかけました。

「ジェイド、レオナさんがそういうモノに頼るとは思えません。だってプライドを捨てて僕のところまでご相談に来るような方ですよ? そのような子ども騙しの安楽安直な手段を取るわけがありません」

 レオナさんはお金で何でも買える方なんですからそれができるならとっくにアズールから薬を購入しています、と付け足すと、レオナさんはギリギリと奥歯を噛み締めて牙を剥き出しにしました。

「テメェら……俺を馬鹿にしてんのか」

「馬鹿にするなんてとんでもない! 大変可愛らしいと思っているだけですよ」

「そーそー。稚魚の初恋とか超かわいいじゃん。ホントは邪魔してやりたいけど~、邪魔しちゃダメってアズールに言われてっし~」

「そうなんですか? そういえば僕も言われていたような……」

 監督生さんがモストロ・ラウンジで働き始めて少しした頃、アズールにわざわざ呼び出されて何か忠告されたような記憶が朧気にあります。えっと、何と言われたんでしょうか。確か、マムシ? 犬? どちらでしたっけ。

「とにかくさぁ、小エビちゃんにトド先輩のカッコイイとこ見せたら充分じゃね? あんだけ毎日好き好き好き好き好き好き好き言っててさ~」

 飽きねぇの? ってマジ呆れるわー、と本気で飽き飽きした表情で言ったフロイドが、ピンと何か閃いたように背筋を伸ばし、レオナさんに顔を近付けます。

「アハ、トド先輩も超かわいいね? 俺が邪魔してやろっか? 恋にはスパイスが大事って言うじゃん?」

 そう、スパイス! ではありませんでした。恋にスパイスは必要なんでしょうか。何だか違うような気もしますが、今はアズールが言っていた言葉を思い出すことで忙しいです。再び目の前で戦争が勃発しそうな状況もつい見逃してしまいそうだ。

「俺が小エビちゃんと遊んだら~……トド先輩も俺と本気で遊んでくれる?」

 二、と笑ってフロイドがレオナさんのことを挑発するように見つめた瞬間、ビュ! とすごい勢いでレオナさんの右手がフロイドの首に掛かりました。

「思い出しました!」

 ドターン!!!

 フロイドはレオナさんの一瞬のスピードに気を取られ床に倒されています。いってぇ! とフロイドが叫ぶのを、レオナさんは冷徹な目で見下ろしていました。

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまうんですよ!」

 あ、この場合は獅子でしたか。

 助けてジェイド~、という情けない声は、全て思い出してスッキリした僕のところへ届くまでに儚く力尽きていきました。

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