~スカラビア寮の場合~

 レオナ先輩とは、古代呪文語での授業の関わりであったり、カリムを含めた寮長絡みの関わりで学園ではよく顔を合わせる方だったと認識している。

 ただ、そうだとしても、今回のレオナ先輩からの接触は正直驚いたし、何故ウチを頼るんだ? と疑問に思った。

 恐らくレオナ先輩が求めるものは自国の物から選んだ方がいいのではと思うし、やっぱり何故スカラビア――いや、カリムの力を頼るのかと思わない方がおかしい。そもそも、誰かを頼らなくても、何とかできるだけの権力も財力も、この人は持ち合わせているはずだった。

「カリムはここです。カリム、レオナ先輩をお連れしたぞ」

 カリムの入学と共に増築されたスカラビア寮のこの場所。、わざわざ寮長室とは別に用意されている応接室にレオナ先輩を連れて行く。急遽商談用に整え直した部屋の中央で、カリムが待ち構えている筈だ。ゆっくり重厚なドアを開けると、ちょうど想像していた位置に座っていたカリムがニカッと笑った。

「待ってたぞレオナ!」

 さぁ座ってくれ! とレオナ先輩に向かってカリムは自身の前に置かれたクッションを指し示す。それに倣って俺は定位置でもあるカリムの後ろへ控え、レオナ先輩がゆっくりと入室してくるのを待った。重厚で豪奢な絨毯。豊かな刺繍と色とりどりのクッション。部屋の雰囲気に合わせて選んだアロマキャンドル。急な訪問に合わせてセッティングしたもののアジームの名に恥じないおもてなしができていることにホッと胸を撫で下ろした。

「……急な訪問依頼に応対いただき感謝申し上げます」

 客用の敷物が敷かれたちょうど真後ろ、カリムの真正面にあたる位置でレオナ先輩が熱砂式の挨拶をする。ゆったりとした優美な動作に一瞬目を見開いて、そういえばこの人王族だったな、と当たり前のことを思い出した。俺も副寮長からアジームの従者に切り替えてカリムの側に控えた。

「気にするな! オレとレオナの仲じゃないか! 堅苦しいのはナシでいこうぜ!」

「……お気遣い痛み入る」

 クッと笑ったレオナ先輩は熱砂スタイルに足を崩し賓客用のラグへ腰を落ち着けた。

(あくまでカリムの力を借りたい、ということか……)

 夕焼けの草原が国際社会的にはどういう扱いを受けているのかは自分の立場上一応把握しているつもりだ。国内外の噂も自然と耳に入る。その上で、あの国の外交はどう評価されているかも知っていて、今目の前にいる夕焼けの草原の第二王子が今どういうつもりでカリムの前に座っているのかの推察をしてみても、やはり熱砂の富豪の御曹司であるカリムの力を借りたいという結論はブレない。

(問題は友人の仮面を被るつもりなのかどうか、だな)

 熱砂の富豪御曹司のカリムと交友のある夕焼けの草原第二王子、とナイトレイブンカレッジでカリムの学友であり先輩であるレオナ先輩、では全く同じようで含まれる意味が変わってくる。相手がどの立場でカリムを頼ってくるのかで、金の出どころも用意されている金額も違うだろう。

(カリムはその辺のことをちゃんと理解しているのか?)

 コイツは一度知り合いになってしまえばうっかり易々と融資してしまいそうな迂闊さがあるから、俺がその辺りの調整を助言するしかあるまい。アズール相手より幾分マシだが、たとえレオナ先輩が相手であろうと|学《・》|友《・》|同《・》|士《・》|の《・》|会《・》|話《・》ですら気を抜くことができない自身の境遇を呪いたくなる。

「カリム、お前が相手だから率直に話す」

 ジ、と真摯なレオナ先輩の目がカリムを射抜く。一瞬カリムが固まったのを感じて頭を抱えたくなった。

「ある人へギフトを贈りたい。できれば女子どもが喜ぶモンで、何か珍しいモンがいい」

 何か知らないか、と続けるレオナ先輩の目は変わらずカリムに向けられていた。

 真正面から見なくてもわかる。カリムはきっとレオナ先輩が見せる姿に全幅の信頼を向けて、|友《・》|人《・》|を《・》|助《・》|け《・》|な《・》|け《・》|れ《・》|ば《・》|!《・》 という崇高な使命に燃え、爛々と純真さの象徴とも言うべき目を輝かせているはずだ。頼むから余計な事はひと言も言ってくれるなよ。それから絶対に張り切るんじゃないぞ。お前が持って帰ってくる厄介事を片付けるのは俺なんだ。レオナ先輩が何かを企んでいるのは明白だ、頼むから口車に乗せられるようなことはしないでくれ。

 最近切々と『何かを相談されたら必ず俺に相談する』『相手が答えを急かしてきたら「一度持ち帰らって検討します」と言って逃げる』のふたつをカリムに言い聞かせていたからか、カリムはレオナ先輩の問い掛けにすぐに返答することはしなかった。よくできたな! カリム! と思い切り褒めてやりたいところだが、あまりにもぎこちない動きで振り返って俺に助けを求めるのは減点でしかない。ハァ、とバレないよう小さく溜め息を吐いて、断れ、とカリムの耳元に小さく囁いた。

「……あーっと……でもさ、レオナ? 誰……に贈ろうとしてるかわかんねぇ、けど、そういうのは、その……夕焼けの草原の物から……選んだ方がいいんじゃないか?」

 隠しようもないほど目をあちらこちらに泳がせてカリムは何とか答え切った。しどろもどろではあったものの、まぁ当たり障りのない断り文句ではあるだろう。かなり苦し紛れに出た切り返しだと指摘されればそれまでだが、そこはあとから俺がフォローすればいい。

 よしよしよくやったカリム、と表情を動かさずに心のなかで褒める。今度はもっとスラスラ断れるようになろうな。

 次に向けてどう指導していこうかとこのあとの事を考えていると、カリムの返答を聞いて珍しくポカンとしていたレオナ先輩がほんの少し眉を寄せてこちらを睨んだ。

「俺の国? なんでだよ」

 そう怒らないでください、レオナ先輩。

 カリムが外交で交渉できるようになったのは俺の教育の賜物なんです。

 どうですか? 貴方が勉強中だと仰ったカリムはここまで成長しました、|俺《・》|の《・》|手《・》|で《・》。 

「えーっと……だから……うーんと……そうだ! 大切な人に贈る物は、やっぱり自分の大切なものを贈る方が、きっと相手にもよく伝わると思うんだ!」

 閃いた!!! とばかりに手を叩いてカリムはレオナ先輩へ訴える。

 正直、かなりスレスレなところを攻めすぎていて冷や冷やしたが、レオナ先輩がプレゼントを贈ろうとしているのか明確にしているわけではないからセーフだろう。カリムにはもう少し表現力を身に着けさせるか、と思案していたら、黙ってカリムの言い分を聞いていたレオナ先輩がゆるりと首を振った。

「……いや、熱砂の流行り物のほうがいい。オンナはああいう華やかなモンのほうが喜ぶだろ」

 俺の国のはそういう意味での物珍しいモンなんてねぇからな、と目を細めてレオナ先輩は告げる。

 今、オンナ、とはっきり言ってしまったことをこの人は気付いているんだろうか。

 その『オンナ』は恐らく監督生のことを指しているんだろう。十中八九間違いないと思う。カリムもそれは気付いているはずだ。だからこそ、|自《・》|国《・》|の《・》|も《・》|の《・》|を《・》、と言ったんだろう。

 女性が喜ぶ喜ばないは正直好みの部分も大きいだろうから何とも言えないが、|あ《・》|の《・》監督生がレオナ先輩からの贈り物を喜ばないなんてこと自体想像できない。それなりに夕焼けの草原の品も知識として見聞はあるが、彼女に似合うものが全く存在しないとは言いづらい。大振りのウッドビーズで飾られた装飾品は、きっと彼女にも似合うだろう。淡い色も濃い色も着こなす監督生がカラフルな原色を多用する夕焼けの草原の品を嫌うとも思えなかった。

「うーん、でもなー。ヤーサミーナシルクはみんなお揃いでもう送っちまったんだよなぁ……ケイトやトレイ、マレウスもすごく喜んでくれてたし」

 確かに、あの衣装はみんな機能面だけでなく意匠的な意味でも歓迎してくれていた。何よりマレウス先輩に着こなしていただけたのは外交的な意味でも非常に大きかったし、カリムの功績としても華々しいものであるのは違いない。何ならカリムどころかアジーム家、さらには熱砂の国の功績と言っても過言ではないだろう。『あのマレウス・ドラコニアが学友であるカリムとともに熱砂の祭りを楽しんだ』なんて歴史書の一ページに載る未来も有り得るかもしれない。

 その輝かしい未来を裏で支えた自分の存在の素晴らしさに感極まっていると、何故か不穏な空気が漂ってきていることに気付いて眉を寄せた。

「……オイ。それは事実か」

「え? それってみんなお揃いの服ってコトか?」

「……トカゲ野郎も……アイツと同じ服貰ってはしゃいでんのか」

 急激に低下した部屋の温度にゾッと背筋が強張る。ツ、と頬に冷や汗が伝うのを感じて雰囲気の変化に身構えた。友だちのフリにもう限界が来たのかとも思ったが、いきなり一触即発とも言える状態になってしまった対談をどうフォローしようかと思考を巡らせる。

「じゃ、じゃみる……どうしよう」

 いらふわのノリだけでNRC生たちとの窮地場面を乗り切ってきたカリムもさすがにどう反応すればいいのか困っているらしい、笑顔を顔に貼り付けたまま汗を流して俺に助言を求めている。俺に聞くなよと思わず返したくなるものの、レオナ先輩の機嫌が悪くなった原因に心当たりがある以上、何とか主人の助けになる何かを思いつかねばならない。

「……おそらく、レオナ先輩はユウとマレウス先輩が同じ服を持っているというのが気に入らないんだろう」

 なら猫被ってないでさっさと王族らしく囲い込んでしまえと心のなかで悪態を吐きつつ、はぁ、と溜め息を吐く。あとはカリムが俺の助言をもとに別のプレゼント提案をすれば万事解決だ。うまくいけば夕焼けの草原にも恩を売った功績を作れるかもしれない。

「えっと、ふ、服はダメなんだろ……じゃ、じゃあ! お揃いのアクセサリーなんてどうだ?! お互いの目の色の宝石と金で装飾してオーダーすれば……何ならウチの職人に頼んでやるよ! デザインもウチに任せてくれ! お代も気にするな、全部俺からのプレゼントだ!」

「カ、カリム! 落ち着け!」

 方向性は合っているがそれは正解じゃない! と続けてしまいそうになったのを無理矢理飲み込んでカリムの暴走を止める。レオナ先輩の表情から、おそらくアクセサリーを贈ること自体はハズレじゃないんだろう。だがそのアクセサリーのデザインから使う石、なんならそれらに掛かる費用までカリムが関わるのは野暮どころの話じゃない。何より二月にあれだけの騒ぎを起こしておいてまだ交際自体していないという二人に、他人からお揃いのアクセサリーを贈られる状況というのも意味がわからない。下手すればカリムのその行いが厭味や皮肉に取られてしまう。そうなると今まで俺が積み上げてきたモノが一気に崩れ去ってしまうとできる限り焦りを包み隠して口を開いた。

「……あの。女性ということでしたので……やはり、花が定番ではないでしょうか?」

 美しい花を女性にプレゼントするのは、どこの国でもある文化だ。そして交際している男女だけの特別な文化というわけでもない。

「どうしても、と仰るなら、熱砂の花を用意しても構いません。ですが、夕焼けの草原には花嫁に花輪を贈る文化があったのでは?」

 暗にさっさとプロポーズしてしまえと匂わせてにこりと完璧な従者の顔で笑う。監督生は日頃あれだけ熱烈にアピールしてるんだ。花輪のエピソードも付け加えてプロポーズすれば二つ返事でYESと返すだろう。学園中に響く大きな声で。

 そのあとはカリムが宴だ祭りだと大騒ぎするだろうから、料理の支度にパレードの準備も必要だろう。祝祭なのだから山ほどの花弁も用意して、スカラビアのみんなでフラワーシャワーにしてもいい。祝い事は華やかであればあるほどよく、過度なんてことはないんだから、準備期間にできる限りのことをやりたい。そのほうがカリムも喜ぶ。

「……花は……もう贈ったな」

 言われてみればそうだな、とでも言いたげな顔でレオナ先輩は耳を立てている。

「おっ! どんな花を贈ったんだ?」

 パッと表情を明るくしてカリムがレオナ先輩に問い掛ける。深く考えての発言ではないだろうが、このタイミングでその質問はナイスアシストだ。あとで復習と一緒にシチュエーショントレーニングもしなければ。

(まぁでもこの人も一応王子だし、花を贈るぐらいの芸当は易々とこなすか)

 俺たちだって親交も兼ねて相手を喜ばせるために花を贈ることはよくあることだ。一国の王子ともなれば公務で関わる女性陣に向けて花を選ぶなんて日常茶飯事だろう。それに、贈る花の意味も念頭に置いておかなければならないのもわかっているはずだ……本人がやらなければならない公務の準備をサボって従者に任せていなければの話だが。

「……別に、普通の花だ」

「普通って、うーん……バラ、とかか?」

 カリムの問いに少し考える仕草を返したレオナ先輩は、何故か小さく鼻を鳴らして目を細めた。

「……いや、バラはまだ渡したことないな」

「そ、そっかぁ〜。バラはまだなんだな!」

「……普通に考えてバラはダメだろ」

 そんなコトも知らねぇのか、と言いたげな目を逆に寧ろまだ渡してないのかよという皮肉を込めて見つめ返す。俺がついているカリムが知らないわけがないし、そもそも知っているから敢えてカリムはバラじゃないかと聞いたんだ。

(だってそうだろう? この人があの監督生に好意を抱いているのは明白じゃないか)

 じゃなきゃあんな、あんなティーンみたいなバレンタインを二十歳になる男が過ごすわけがないだろ?

「じゃあ何を渡したんだ?」

「……ガーベラだな。オレンジの。二人で食事して……食事をするにしてもテーブルの上が寂しかったからな、一輪花を飾ったんだ。もったいねぇから、それをアイツに渡しただけだ」

「へぇ〜、他にはないのか?」

「……カモミール……あと、ピンクのラナンキュラス、だな」

 麓の花屋で良い切花を見かけたからな、と耳を忙しなく動かして言ったレオナ先輩は、どこかふわふわとした雰囲気を纏ってここじゃない何処かを見ている。王族だとか富豪だとか、金を持っている奴はみんなこんな感じなのか? カリムならまだしも、目の前にいる捻くれた王族までが頭のなかにお花畑を飼っているなんて誰が想像できる? そもそもその顔でこの世に生まれ落ちたんだから、王族じゃなくても相手に困ったことなんてないだろう。だというのに、あんな幼さの残る小さな少女に懸想して、無駄に俺たちを巻き込んでプレゼントのひとつも決められないと言うのか。

「ガーベラとカモミール、あとはラナンキュラスかぁ。結構良い趣味だと思うぜ! ユウも喜んだんじゃないか?」

 ナハハ、と笑いながら告げるカリムの言葉に、レオナ先輩はフンと鼻を鳴らして笑う。当然だ、とでも言いたげだが、たった今あなたが秘匿していたプレゼントを贈る相手がカリムによって明かされてしまったのは大丈夫なんだろうか。レオナ先輩くらい頭のいい人でも、頭に花が咲くと聡明さが失われてしまうのか。半ばげっそりとした気持ちになりながら、既に贈られたという花たちを頭に思い浮かべる。

 カモミールの花言葉はその特性から『あなたを癒す』とされることが多いが『逆境に負けない強さ』というのもある。そして、ラナンキュラスの花言葉は『晴れやかな魅力』だが、ピンクに限定すると『飾らない美しさ』になる。

 そして、オレンジのガーベラは『神秘』や『忍耐強さ』、または『あなたは私の輝く太陽』ーー

「ちゃんとやることやってるじゃないか!!!」

 どこからどう見ても全部、異世界からやってきたあの少女を指しているんではと邪推してしまう花ばかり。オマケに敢えて言葉にせず告白染みた花言葉ばかりチョイスしてそれを無自覚に、意識せず、当たり前のようにやってのけているあたり如何にも王子様然としていて腹が立つ。

(なんでそれだけの花を選べて彼女に贈るプレゼントが選べないんだよ! そもそもそこまでやっててなんでまだ付き合ってないんだ! アンタもう二十歳だろう、ある程度そのあたりの裁量は認められているんじゃないのか?!)

 これならいっそ、監督生と婚姻を結びたいからアジームの養子にしてほしいと相談されたほうが余程納得がいく。

(アジームは他国の王族と繋がりが持てるし、夕焼けの草原はアジームの富という後ろ盾を得られる。双方にとって良い話じゃないか)

 レオナ先輩は一体何がしたいんだ。これじゃあほぼティーン同等だった二月から何も変わってないじゃないか。

(それなのにどうしてオレンジのガーベラなんてモノを渡せるんだよ!!!)

 夕焼けの草原では太陽は象徴的なモノとして扱われていたはずだ。『あなたは私の輝く太陽』だなんて告白どころかほぼプロポーズみたいなモノだろ!?

 相手が監督生じゃなければきっとバレンタインを越える大騒動になっていた!!!

 監督生も監督生だ。花言葉を知らないのか、知らないフリをしているのか、それともプロポーズだと気付かなかったのか。日頃あんなにレオナ先輩のことを追いかけているくせに、いざ告白されたらスルーするとか、一体どういう思考回路をしているんだ。レオナ先輩の手を取れば、シンデレラストーリーまっしぐらだというのに。

 ぐるぐると廻る脳内に眩暈までしてきてしまい、ふらふらと足元が覚束ない。カリムが座っている傍で何とか持ち堪えていると、顔を真っ青にしたカリムが慌てて俺の身体を支えた。

「じっ、じゃみうッ! うぇっ、噛んじまった。フラついてるけど大丈夫か……じゃなくて! その言い方はちょっとまずいんじゃないか!?」

「……は? ちょっと受け止めきれない現実にフラついただけだ……で? 何の話だ?」

「えッ! 気付いてないのか? だって、ジャミルの言い方じゃ、ホラ、その……な? ちょっとマズイと思うんだ」

 いつも考えてから発言しろってジャミルも言ってるだろ? とカリムは冷や汗をかいて顔を引き攣らせている。

(俺の言い方? どういうことだ?)

 自分が言ったことを思い返そうとして、ハッとカリムの言いたいことを理解した。すぐさま膝をついてレオナ先輩に頭を下げる。

「申し訳ございません。先ほどの発言は少々誤解を与える表現でした」

「……別に何も思ってねぇよ。つーか言ってる意味がわからねぇ。お前らは俺が誤解されるようなコトでもしでかしたって言いたいのか?」

 俺は至極真っ当に生きているんだがなァ、とレオナ先輩はわざとらしい声で嘆いている。それをどう受け止めたのか、カリムはもっと慌てた様子で目を見開いた。

「え!? ひょっとしてもうしちゃったのか?! レオナとユウはえっちなことしちゃったあとなのか!?!」

 わわわわわ、と目を白黒させてカリムは動揺して、どうしようどうしようとますます顔を真っ青にしていく。まだ何か喋ろうとしているカリムを焦って押さえようとすると、珍しくカリムが俺に抵抗して暴れた。

「えっちなことは結婚するまで絶対ダメなんだってとーちゃんが言ってたぞ! レオナは夕焼けの草原の王族だろ? マズイんじゃないのか?!」

「なッ! カリム! そういうのは本人に直接言うもんじゃない!!!」

 いくらお前でも相手は王族なんだから下手すれば首が飛ぶんだぞ!

 果たして謝罪で済むのか、何とかこの場が学友との談話の場であったことを主張して場を納める方向へ持っていくしかない。レオナ先輩は理不尽でもないし訳の分からない理屈を無理に通そうとするタイプでもない。そして意外にも面倒見がよく流されやすい人だから、カリムと二人で誠心誠意謝罪すれば押し切れる。もし無理でも、監督生を懐柔すればいい。最悪の事態を回避する手段まで想定してレオナ先輩に向き直ると、レオナ先輩はワナワナと唇を震わせてぶわりと毛を逆立てていた。

「し、しッ……ッ、してねぇッ! そんなことするわけねぇだろッ!!!」

 有り得ねぇッ! と叫びながら、耳も尻尾もピンと立ててフーフーこちらを威嚇している。

(この人……こんな顔して童貞か)

 何となく気付いてしまった嘘みたいな事実と、懸命に身体を大きく見せて威嚇してくる可愛い子猫が目の前に見えて、何だか居た堪れない気持ちになった。

「よかったぁ〜。そうだよな。レオナが欲に流されるなんて有り得ないよな! レオナは大人だし、俺みたいに突っ走っちゃうタイプじゃないもんな。レディファーストもしっかり身に付いてるし、俺もレオナを見習わなきゃな!」

 自分の主人がいらふわでよかったとほんの少しだけ思う。本当に少しだけ、今に限ってだが。レオナ先輩の秘密は、同じ男同士として俺の心に留めるだけにして黙っていよう。何かの機会があればうっかり口にしてしまうかもしれないが。

「じゃあさ、ユウには珍しい花をプレゼントするなんてどうだ? 見たコトない花を貰って嬉しくない女の子はいないと思うんだ!」

 どうだ? と満面の笑みで問い掛けるカリムのメンタルが今だけは本当にありがたい。流石の俺でも、この展開でプレゼントの花について話を戻せる度量はなかった。

「……珍しい花か。確かに一理あるな」

(……やっぱり俺には王族やら富豪やらの感性は理解できないのかもしれない)

 深い深い溜め息を吐きたくなっている俺をよそに、レオナ先輩は何かを思い出したようにふわりと笑った。

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