「おはよ、レオナさん」
大丈夫? と問いかけてくるユウに、ぴこぴこと耳を動かして返事した。
「……あたまが……ばかになってる」
理解できるのは、太陽がまぶしいということと、どうやら朝らしいということ、それから目の前にユウの顔があるということだけだ。
「ふふ……レオナさん、いつもより寝惚けてる。かわいい」
ユウはくすくす笑いながら、俺の鬣に指を通して丁寧に前髪を整えている。
指が通る度にパリパリとした感触を感じて、アァ、と声を上げた。
「……昨日……そのまま、ねたんだな」
「そうみたいです。二人ともバタンキューってやつですね」
「ばたんきゅー」
「フフ。そう、バタンキュー。レオナさんが言うととってもかわいい」
ユウの世界の言葉は、まだまだ知らないものがいっぱいあるんだなぁ、とぼやけた頭で考える。
ぐっすり眠れたと感じるのに、まだダルさが残っている身体は、昨日無理をし過ぎたせいなのか、それともまだ眠いからなのか。
できれば後者であることを願いたい。
寝惚けたまま、ユウの体温を求めてもぞもぞと布団の中を移動すると、ユウの首筋が目に入って一気に脳が覚醒した。
「……痛く、ないか?」
思わず手を伸ばすものの、触れていいのか迷ってしまい、中途半端な位置で指が彷徨う。
昨日付けてしまった傷痕は、小さな窪みのようになっており、鬱血して紫色に変色していた。
「触らないと痛くないですよ? ちゃんとターシャに手当てしてもらいますね」
なんてことは無いと笑うユウは、事の重大さを理解していないらしい。
本当にコイツの危機意識の薄さはどうしようもない、と自分が傷をつけたクセに溜め息を吐いてしまった。
「……ちゃんと医者に見せろ。化膿したらどうする。俺が裁きを受ければ済む話だ」
謹慎程度の処分で済むだろうか。
ユウと離婚させられることだけは何とか避けたい。
結婚の継続に向けて、ユウ以外の証人を探さなくては、と気が重くなっていると、ユウは難しい顔をして首を傾げている。
「レオナさん、悪いことしてないですよ? ちょっと興奮して、勢い余って噛んじゃっただけです」
「……それを、現代の獣人はDVと呼ぶんだ。ましてや俺は王族で、そんな野蛮なことをするなんてバレたら批難どころじゃ済まない」
「でも……ターシャは女の人が男の人に傷を付けるのは勲章、みたいなこと言ってましたよ?」
「男と女は別だろ……女に傷を付けてもらうのは名誉なコトだが、逆は絶対ダメなんだ」
「……でもライオンの交尾ってオスがメスの首を噛んだりしますよね?」
「だからだよ! 俺たち獣人属は獣じゃねぇんだ。そんな野蛮なことはしない」
そっかぁ、と一応納得している様子のユウにもう一度溜め息を吐く。
そこが俺たちの誇りであり、人であるという証明だ。
ラギーに金を握らせれば買収できるだろうか。
いや、買収がバレたら不味いからもっと別の人選で。
チェスの戦術を考えるようにいろいろな想定を重ねていると、ユウは何か閃いたように手を叩いた。
「私、レオナさんの欲求不満の根本原因がわかりました!」
「……ハァ? 今そんな話してたか?」
あまりにも突拍子がない内容に呆れた目を向けると、ユウはニヤリと笑って、してましたよ? と首を傾げる。
「レオナさん、やっぱり我慢し過ぎだったんですよ」
「……は?」
「レオナさんの中に眠るライオンの血が騒いでたんですよ。それを無理矢理我慢して抑えつけようとして、ストレスが溜まっちゃった……要は欲求不満になっちゃった、ってことですね!」
たまにはライオンさんの本能を解放して、発散してあげましょう! とユウは能天気に続ける。
これで万事解決ですね! とひとりで解決した気になっているユウに、思わず頭を抱えたくなった。
何も解決してねぇよ、俺のDV問題はどうすんだ。
何より……お前、ライオンの交尾がどんなモンか知ってんのか。
にこにこ笑っているユウに、コイツ絶対何も知らねぇな、と諦めのような溜め息が出る。
そもそも、ユウは獣に対しての警戒心がひどく薄い。
獣の群れなんて映像や写真でしか見たことがない、なんて世間知らずなことを言っていたし、元の世界では動物園という奇妙な場所でしか本物の獣を見たことがないとも言っていた。
しかもそいつらはよくよく聞いてみると野生ではなくヒトに飼い慣らされていると言う。
本当に、ユウのいた世界ってとんでもねぇよな、というところまで考えて、昨日の名残でとろとろに蕩けた脳は再び俺を眠りの世界へ誘った。
欲求不満の向き合い方 - 4/5
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