草食動物を引き連れて寮に戻ると寮にいた連中がわらわらと群がってくる。それを適当に遇いつつ、真っ直ぐ目的地へ向かった。
「……ここが調理場だ。好きに使え」
魔法で運んできた食材の箱に作業台の中央へ着地するよう命令指揮を加えると、木箱は音もなく一番大きな作業台の中央へ鎮座した。草食動物は不思議そうに調理場のなかを見渡して、細々と何かの確認をし始める。
「……あの……ここにある調理器具は私が使っても問題ないものでしょうか?」
ほんの少し、困惑が窺い見える表情で首を傾げた草食動物がこちらを振り返った。使用可能かを心配しているのではなく、草食動物でも扱える代物なのかを危惧しているんだろう。このか弱い草食動物が、何だかんだこの学園で命を繋げていられるのはその利発さが味方しているのかもしれないと目を見張った。
「……ここで魔法を使う意図は機材のサポートでしかない。だから魔法が使えないお前でも問題なく動かせるし、お前が使用しても全く問題は無い」
腕を組んでそう伝えると満足な答えが得られたからだろう、草食動物は安心したようにほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ問題ないですね」
草食動物はにっと笑って再びテキパキと調理場を物色し始める。包丁とかどこにあるんだろう、とぶつぶつ言っているのが嫌でも聞こえてきて、眉を寄せつつ、ハァ、と溜め息を吐いた。
「わからないことは寮生に聞け。ここの勝手はアイツらに任せてある」
おいお前ら! と寮内に声を掛ければ威勢の良い声を上げて男共が一斉に押し寄せてくる。集まってきた連中に向かって、あの草食動物に調理場の勝手を教えてやれ、と告げた。
「え……寮長、なんで監督生に調理場のこと教えなきゃなんねぇんすか?」
ある者は不思議そうに、ある者は訝しんだ顔で草食動物と俺の顔を見比べている。どうやら状況を理解していないらしい男達に眉を寄せたまま向き合った。
「今日の晩飯はアイツが作る」
そう淡々と告げれば、俺の周りに広がっていた輪が一斉にどよめき始める。
監督生が料理?
ってことは女の子が俺らのために料理してくれんの?
俺、女の手料理とか初めて喰う。
なんか可愛い料理が出てきたりすんのかな?
えー、俺は質より量がいいなー。
口々に好き勝手騒めいている連中に、ニヤリと口角を持ち上げて腕を組んだ。
「喜べ。今日は肉だ」
途端に耳も尻尾もピンと立ち上げた獣人属の寮生たちに加えて、ウチにも僅かに存在するヒトの寮生たちのギラリと獰猛な欲をぎらつかせた視線を受けて、ハハハと笑いが溢れた。
「メニューはローストビーフだ。期待しておけよ」
「「「「「ローストビーフ!!!」」」」」
うおおおおおお! と猛々しい雄叫びが上がる。マジフトの試合前のような士気で盛り上がる男たちの様子にほくそ笑んだ。
毎日毎日飽きもせず同じ物を食べて寮生たちも辟易していたんだろう。草食動物が俺たちの舌を満足させられるかはわからないが、メニューの内容だけはしっかりメイン料理を名乗れるものだ。ここ数日食傷気味だった寮生たちの料理とは違う、肉の味を感じられるメインディッシュを想像してぺろりと舌舐めずりをした。
「……でもさ……ローストビーフって素人が作れるモンなのか?」
高級レストランで出てくる料理じゃねぇの? と誰かが口にした途端、再びどよどよと寮生たちがざわつき始めた。
監督生、マスターシェフ受講したんじゃね?
え、俺そん時審査員したかったな!
でもアレって一年から履修できたっけ?
できるできる。お前は余裕なくて無理だっただろうけどなw
マジか。だから寮長の肥えまくった舌を満足させられんのか。監督生すげーじゃん。
俺やっと寮長の料理番から解放される!
正直毎日地獄だったよな……ラギー先輩ホントすげーや……
ところどころ妙なことを口にしている奴らもいるが、寛大な俺はそんなことで騒ぎ立てたりしない。
「とにかく、アイツに調理場のことを教えてやれ。ここのことはお前らの方が詳しい」
俺の命令にウス! と気合いの入った返事で寮生たちの何人かが調理場へ入っていった。残った奴らは俺とともに調理場の様子を見守っている。固唾を呑んで見守っているその様子から察するに、残った奴らは料理が苦手でそうじゃない奴らはラギーの下働きをしている奴らなんだろう。寮生たちはテキパキと道具や機材の使い方を説明し、草食動物はハキハキと追加の質問をぶつけている。草食動物の相手をしている寮生たちは大体全ての説明を終えたのか、俺の元に戻ってきて輪の中に混じった。そして腕捲りを始めた草食動物の様子を一緒に見守り始めている。コイツらが任せたということは、本当に料理の腕は安心できるものなんだろうと予想して、ドアに寄り掛かりながらちょこまかと調理場の中を動き回る草食動物を観察した。食材を置いた作業台の上にひとつずつ道具を集めてくる様子はまるで小動物のようで忙しない。一度に抱えて運べばいいものをと考えて、アイツの小さな身体と細く短い腕じゃ無理かと気付いた。せっせと道具を集め終わった草食動物をじっと見つめていると、草食動物は作業台に手を置いて道具を並べ替えたり作業台の前で首を傾げたり不思議な挙動を取っている。なんだ、ここに来てやっぱり料理なんてできないとか抜かすんじゃねぇだろうな、と眉を吊り上げると、草食動物は思い切り眉を八の字にして俺に振り返った。
「どうしましょう! この作業台、私の身長に合ってないみたいです! 作業台が高くてとっても作業しづらいから困ってます!」
このままじゃ包丁なんて危なくて使えません! と困窮しきった様子で草食動物は叫んでいる。予想していた内容から斜め上にかけ離れた言葉にポカンと口を開けていると、寮生の一人がパッと前に飛び出した。
「僕が使ってる作業台で良いなら貸すよ。サバナクローの寮生は平均身長が高いから作業台の高さも高めなんだ」
テキパキと調理場の奥から踏み台を持ってきた寮生は、サバナクロー唯一のガゼルの獣人だった。名前はバン・ビーゼル。入寮してきたときはガゼルなんかがウチでやっていけるのかと訝しんだが、草食動物のクセに向かってくる奴を噛み千切る勢いで噛み付く顎の持ち主で、気性が荒く、コイツと揉め事を起こした奴は大概いくつか歯形が付いていた。しかも的確に柔い肉の部分を狙ってくるという強かさだから恐れ入る。確かに身長は草食動物と相違なく、草食動物はバンの用意した踏み台に乗って満足そうに笑っている。
「ありがとうございます! ぴったりです!」
「背が高いってだけで見下ろしてくる奴らは伸していいんだからね」
早速物騒なことを草食動物に教え込んでいるバンは満面の笑みで握り拳を作っている。どうもまた背が低いことを揶揄われたらしい。俺の耳に何も入っていないから、喧嘩を吹っ掛けた奴はおそらく負けたんだろう。
「ハイっ! がんばりますっ!」
草食動物はバンと同じようにグッと両手で握り拳を作って顔の横に掲げている。ひどく不穏な同盟が生まれたな、と妙な笑顔で頷き合っている二人を見守っていると、草食動物は調理を開始すべく食材の箱へと手を伸ばした。玉ねぎを掴もうと懸命に手を伸ばしているものの、僅かに届かず指先が空を切っている。作業台に手を突いて再び身体を目一杯伸ばしてみても届かず、横で草食動物を見守っていたバンがガチガチと噛み合わせた歯を鳴らしてゆらりとこちらに振り返った。
「これはぁ……背が低い僕たちへのぉ……当て付けですカァ……?」
草食動物の隣で、バンがひらひらと腕を伸ばし箱まで手が届かないことをアピールしてくる。目が笑っていない上に目の色が黒くないバンの表情にビビった奴がヒッと悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。
「りょ、りょーちょー……あそこに置いたの寮長っすよね、何とかしてくださいよぉ……」
複数の寮生が涙目になりながら俺に助けを求めてくる。流石の俺もバンの歯形を身体に刻みたくはないので、大人しく箱の位置を動かしに向かった。
「悪いな。調理場の勝手がわかっていない俺が置いたんだ。俺の無知に免じて許してくれ」
マジカルペンをくるりと動かして箱の位置を作業台の端に移動させると、磨き上げた白い歯を剥き出しにしていたバンが剣を鞘に納めるようにして表情を整えた。
「……寮長でしたか。なら仕方ないですね」
バンも俺が犯人だとは想定していなかったんだろう。まぁ、コイツの場合、本当に自分より背が高い男、つまりココにいるほとんどの寮生は一回くらい噛み跡を残してやらないと気が済まないと思っていそうだが。
気を取り直して作業を再開したバンと草食動物を一歩離れた場所で見守っていると、ドアのところで固まっていた寮生のうちの一人がそろそろと俺に向かって挙手した。
「……あのー……寮長、俺も手伝っていいスか?」
こちらの様子を窺うような表情に眉を寄せると、その寮生は喧嘩に負けたみたいな頼りない顔になってしまう。
「なんて言うか……妹みたい、っつーか」
「……妹みたい?」
「アッ、変な意味じゃねぇんです! 監督生がすげー俺の妹に似てるんスよ。しっかりしてるけど小っちゃいから危なっかしいトコがもうそっくりで……」
オマケに可愛いからホント放っておけないんスよ、と眉を下げる寮生に、アイツはお前の妹じゃないハズだが? と軽く首を傾げる。すると、寮生の言葉にどこか納得できるものを感じたのか、ドアに群がっていた寮生たちが口々に是を唱え始めた。
「そっか……あの子小っちゃいもんな……」
「確かに……監督生って妹っぽいよな」
「わかるわー……気の強い妹って感じ」
「なんつーかさ、朝寝てたら叩き起こしに来てくれる妹ってイメージあるわ」
「それはお前の性癖だろーがよ」
ひそひそと交わされる会話は草食動物には聞こえていないようで、草食動物はバンに指示を出しながらセロリに何かしら手を加えている。
「……手伝いが必要かどうかはアイツに直接聞け。俺の範疇外だ」
そう言うと、ピンと耳を立てて表情を明るくした寮生は草食動物のもとへ駆け寄っていく。すると、他の寮生たちも何人か草食動物へ話しかけて指示を請い始めた。残った二人は余程料理に自信がないのか、顔を見合わせてどうしようかと考えあぐねている様子だった。
「どうする? 俺らが行ったら邪魔になるじゃん?」
「それなー……でもさー、なんか、こう……監督生は俺が守ってあげなきゃ、って思わん? 小っちぇし、女の子だからかな?」
「俺に聞かれてもわかんねぇよ。でも多分そんな感じ」
守ってあげたくなるよな、とウンウン頷いていた二人は、何かしらの決意を固めたようで、二人で元気よく挙手しながら草食動物へ近付いた。
「あの! 俺ら、ラギー先輩から調理場の出禁喰らうくらい何もできねぇけど! できることねぇかな!」
「何か重たい物運ぶとか! 力仕事なら何でも任せろ!」
尻尾をブンブンと振り回す忠犬のように身を乗り出してきた二人に、監督生は目をまん丸にして驚いてみせたが、すぐに顔を綻ばせて手を叩いた。
「お手伝いしてもらえて嬉しいです! みんなでお料理作るなんて、私も初めてなので、こちらこそ宜しくお願いしますね!」
「うん! 任せろ!」
「よろしくな!」
いつの間にか寮生の輪の中心になっていた監督生は、じゃあ玉ねぎの皮むきをお願いしますね、と手本を見せながら最後に集まってきた二人に指示を出している。他の寮生たちは既に仕事を与えられたのか、黙々と自分の作業に取り掛かっていた。和気藹々と表現するのが正しいのであろうその空気を、調理場の壁に凭れ掛かりながら見守る。
デカい図体の男の群れのなかにか弱い草食動物が一人、どうしても目立つ存在だ。
そもそも、獣人属にとって、身体の大きさは力の強さに等しい。そして弱肉強食が当たり前の世界。強き者に従い、弱き者はひれ伏すしかない。小さいというだけで、食いっぱぐれて死ぬこともある。俺たちの常識では『小さい』ということはただそれだけで『負け』を意味していた。バンはその弱みをカバーするために己の歯を磨き、負けん気と研鑽によって肉食獣顔負けの力を手に入れた。
だがあの草食動物はどうだ?
「ここはこうしてください、こうやって刃を入れて、スッと……細かくて大変なんですけど、この下拵えをやるやらないで舌触りが変わるので! 宜しくお願いします!」
自分の作業をテキパキとこなしながら、戸惑いや疑問に的確に答え、各々に指示を出していく。ここにいる誰かより強いワケじゃない、か弱くて非力な草食動物が、だ。それなのにここにいる寮生たちは皆アイツの言うことを聞いて指示通りに行動していた。それがアイツの『猛獣使い』と呼ばれる由縁なのだとしても、何も持たないアイツに従う理由なんて存在しないはずだ。
今日の飯の支度をするから。
女だから。
ウチの寮を以前荒らしたから。
確かに飯は最優先かもしれない。ウチの寮生は割と単純だ。美味い飯が喰えるなら従うというところはあるのかもしれない。だが女だからといい顔するような奴はいたか? ウチの寮で暴れたと言っても、他所の奴らも引き連れてのことだ――まぁ、そのあとの夜通し暴れ回ったアレのせいで、あの女に対する認識が変化したことは否めないが。
本当にそれだけのことだろうか?
本当に、たったそれだけで、アイツはコイツらの中心にいるんだろうか。
あの女には、俺にはまだ見えていない何かが隠されているのかもしれない。
「皆さんありがとうございます! 正直この量の下拵えはキツいなと思ってたので、手伝ってもらえてとっても捗りました!」
あとはお肉の下拵えだけですね、と笑う草食動物の一挙手一投足を丁寧に観察する。
寮生たちの言う『妹』と感じさせる何かが寮生の行動を指揮しているんだろうか。
しかし、『弟』は、『兄』の言うことを聞かなければならないものだろう?
「やば……二キロの塊肉が重くて下拵えどころじゃない……」
たったひとつの塊肉を運ぶだけで草食動物の身体は弱々しくフラフラと揺れている。見かねた男たちがそれぞれに手を出して肉を運び、草食動物に指示を乞い、あの女の代わりに肉を切り分けて並べていく。助かったとばかりに笑う草食動物は、寮生たちにありがとうと感謝を述べ、下味の塩胡椒を肉に振り始めた。
まるで下働きのように動き回る寮生たちとその中心で堂々とオーナーシェフを気取る監督生。
ガラの悪いコイツらに対しての求心力は、この女の何処から沸いてくるんだろう。
「りょ……りょーちょー……ちょっと相談に乗ってほしいっす……」
どうも考え込んでしまっていたらしく、弱々しい寮生の声にふと顔を上げると、何故か全員が弱り切った顔でこちらの様子を窺っていた。
「……なんだ。どうした」
「そ、それがぁ……」
表情を変えないまま作業台へ近づくと、薄切りにされた野菜の上へ等分された肉の塊が綺麗に並んでいる。その様子から、あとは焼くだけじゃないのかと首を傾げていると、さっき助けを求めてきた寮生が苦々しげに口を開いた。
「監督生の言ってることはわかるんス……でも、俺らじゃどうにもできないっていうか、難しすぎてワケわかんねぇっていうか、理解できても実現不可能っていうか……」
もうすぐ完成なのにこんなのあんまりっすよぉ、と顔をしわくちゃにして落ち込み始めた寮生に釣られて、他の寮生たちも肩を落としている。その中心で、困ったように眉を下げている草食動物は、うーん、と唸りながら腕を組んでいた。
「……やっぱり……順番に焼いていきますから、出来上がった順に食べていただくしか」
「それはどうしたってあんまりだってぇ! 隣の奴が食べてるのに自分だけ我慢とか、俺だったら耐えられねぇよぉ!」
「そうは言っても……仕方ないじゃないですか。待てば食べられるんだから、待ってください」
「お前は俺らにガチンコ血みどろの勝負を強要しようってのか!」
「いや、大袈裟ですよ。大人しく待っててくださいよ」
キャンキャンと泣き喚く寮生たちと草食動物のやり取りがやかましくなってきて、うんざりしながらも仕方なく間に割って入った。
「おいお前ら、落ち着け。ちゃんと状況を説明しろ」
俺の鶴の一声に、バッと振り向いた寮生たちの縋るような視線に面倒ごとの予感を感じて思わず一歩後退りしそうになるのを耐える。
「あー……すみません。私が説明してもいいですか?」
スッと手を挙げて俺の表情を窺った草食動物に、ゆっくりと頷いた。
「えっとですね。あとは焼き目を付けて、オーブンで焼くだけなんです。でも、私が普段作る分量が五〇〇グラムなんですよ。それに使うオーブンも小さくて、こんな大きなオーブンじゃ、熱の入り方がわからないし、均一に熱が入るかもわからなくてですね。オーブンの中を、このお肉ごとに区切って温度を均一にできたら、一度に焼けるかもしれないってお話したんです」
手のひらを使って空間を仕切る仕草をしながら、草食動物は説明していく。それの何が問題なんだ? と首を傾げていると、草食動物は再び困ったように眉を下げて腕を組んだ。
「天板の上に、熱を通す小さな個室をそれぞれのお肉ごとに作って、オーブンに入れればいいだけだと思うんですけど、それがちょっと難しいみたいで……じゃあもう様子を見ながらひとつずつ焼いていくしかないって伝えたら、それはそれで困るみたいで……どうすればいいんでしょうね?」
もうあとは焼くだけなのに、と唇を尖らせる草食動物に、もう一度首を傾げた。
「……は? 何がそんなに難しいんだ? 空間制御魔法と熱伝導魔法の応用だろうが」
俺の言葉に、耳も尻尾も垂れて項垂れていた寮生たちがバッと顔を上げて俺の方を見る。
「まさか……お前ら、こんだけ魔法士がいて、わからなかったとか言うんじゃねぇだろうな?」
頭が痛くなってきそうな事実に眉を寄せると、顔を青ざめさせた寮生たちがブンブンと首を振りながら起立した。
「わ、わかったとしてもそんな高等魔法俺たちには扱えないっす!!!」
「そ、そうっすよ! そんな簡単に言えるのは寮長だからッス!」
お前ら絶対わかってなかったな、と詰問してやりたくなったが今はどうでもいい。ハァァァァ、と深く溜め息を吐いてガシガシと頭を掻いた。
「……まずは空間を固定してそれぞれの肉ごとに個室を作れ。それからその空間のそれぞれに熱伝導魔法を掛けろ。最後に空間の固定を解きつつ、空気の流れを個室毎に、それぞれの個室内にある肉に向かうようにしてやれば終わりだ。それらの魔法を順番を間違えず同時に発動する、何も難しい話じゃねぇ」
話し終えて、もう一度深く溜め息を吐くと、急にビクビクおどおどと尻尾を巻いた寮生たちがひそひそと肘を突き合い始めた。
お前がやれよ、お前実践魔法得意だろ。
む、無理だって……俺、同時に発動できる魔法二つまでだしよ。
そもそも一体いくつの魔法を発動しなきゃなんねぇのかもわかんねぇ。
俺から目を背けてコソコソとデカい図体を隠そうとしている連中は、それはそれは可愛い小動物たちと見紛うようで本格的に痛み始めた頭を支えるように額へ手を遣った。
コイツらは確かに実践魔法だけで評価すればレベルは高い。だからマジフトチームの主戦力を張れているのだし、その腕を疑っちゃあいない。マジフトはああ見えて実は単純な飛行魔法を扱えればプレイできる。ただ、マジフトの選手はその単純な飛行魔法が恐ろしく高度に扱えるというだけの話だ。そして単純な飛行魔法に、繊細さや理論は必要ない。
「……俺がやる。どけ」
更に溜め息を吐いてマジカルペンを手に取ろうとすると、あ、と草食動物が手を挙げて俺を制止した。
「すみません、先に焼き目を付けたいです! じゃないと見た目が悪くなっちゃうし肉汁も全部外に流れちゃう!」
そう言って慌ててフライパンをコンロに並べた草食動物は、尻尾を丸めてビビっている寮生たちに向かって能天気な声を掛けた。
「わーどうしよう! お肉がこんなにあると焼くのも大変だし、そもそも重たくて運べない! 誰か運んでくれないかなー?」
ヴィルが見たらマイナス五〇点をつけそうな嘘くさい演技に思わず笑いそうになるのを堪える。こんなヤラセでも寮生たちは励まされたようで、垂れ下がった耳をじわじわと立ち上がらせてモタモタしながら草食動物のもとへ肉を運び始めた。草食動物はそれを焼いてはひっくり返し焼いてはひっくり返しをひたすら繰り返して塊肉の全面に焼き目を付けていく。最後の肉が終わったところで、ふぅ、と草食動物は疲れた顔を見せた。
「おい」
大丈夫か、と声を掛けようとして思わず口を噤む。どうして俺がコイツの心配をしてやらなくちゃあならない。それでも一度開いてしまった口を適当に誤魔化すのも不愉快で、とりあえず目に飛び込んできた情報を頼りにそのまま続けた。
「……どうしてこんなに草がいる。肉の下に敷く意味はあるのか」
何とか絞り出した問い掛けに、一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた草食動物は、プッと笑って首を傾げてみせる。
「実はね、これがとっても大事なんですよ。我が家秘伝のグレービーソースになります」
ふふふ、と笑う草食動物は、肉が綺麗に並んでいることを再確認してから、ヨシ、と頷いて俺に振り返った。
「レオナ先輩、よろしくお願いします!」
草食動物は歯を見せて無防備に笑う。自分が知っているどんな女とも違うその笑顔に戸惑いつつ、マジカルペンをくるりと回転させてイメージを魔法に落とし込んだ。
「……これで問題ない。あとは焼くだけか?」
「ハイ! レオナ先輩ありがとうございます! とっても助かりました!」
草食動物の賑やかな声と一緒に長い金の毛先が揺れる。軽やかなソレが妙に目に焼き付いて鬱陶しい。真っ直ぐ向けられた視線から逃れるように目を閉じる。そのままひらりと手を振って俺は調理場をあとにした。
わあいムラコさんのレオ監ちゃんだ〜🥰🥰🥰とウキウキしながら読み始めましたが、そうだったこれは「ムラコさん」の「レオ監」ちゃんだ───…!!と思い出しました。もちろん良い意味でですよ!!!
相変わらずムラコさんの魔法に対する解像度が高すぎて背景が宇宙になりかけましたが、私のようなものにも伝わるさすがの語彙…よくよく伝わりました!
たった一言「ご飯作って」を言うまでの時間も、食材を買っている時間も、作っている時間も全てが尊くてこの顔☺️で読んでいました。サバナ寮生たちの監督生に対する態度も素敵で、良いなぁ、かわいいなぁ!と思いました!
監督生さんのご両親のことが明かされて謝罪するところも、監督生さんを儚くて尊いと思いながらもその内にある芯の強さも分かっているレオナさんの心情が、今回がレオナさん視点で描かれているのも相まって素晴らしかったです。(感想を伝えるための語彙が無さすぎる。。)
…そして、このお話にまだ続きがあるんですか……?もしかしてムラコさんって神様でいらっしゃる…??新刊心から楽しみにしております🥳いつも心救済(たす)かる素敵な作品をありがとうございます〜!!!!
わあい💕めりかさんお読みくださりありがとうございます~!!!
そうです、【弊学舎】のレオ監ちゃんです~www捏造盛り盛りwwwww
魔法の解像度は絶チルの超能力の仕組みとか、魔法科の魔法とかをめちゃくちゃ参考にしてますー!
お肉食べたい、とフォークとナイフを持って待ってる(語弊)レオナ殿下は尊いですね😊
今回時系列的には一番始めのお話で、全力でレオナ殿下の情緒を揺さぶっていったので、受け入れていただけて本当に嬉しいです~😂
弊学舎の殿下は二〇歳児()なので…こんなんレオナ先輩じゃない!!!って言われるかもなー、でも弊学舎の殿下はこうなんだよ!!!!!と元気よくお読みくださる方々に殴りかかってみました💕www
WEB版はCパートとオマケの部分が丸々カットされているので、是非新刊に収録している部分の展開も楽しんでいただけると嬉しいです!!!
こちらこそ、いつも読んでくださりありがとうございます~!!!!!