~ハーツラビュル寮の場合~

「さて、何故僕に呼び出されたかわかるかい?」
我が麗しの寮長がエーデュースちゃんたちを寮長室へ呼び出して穏やかに詰問している。
詰問するのに穏やかも何もないかもしれないけど、見せしめみたいに談話室で詰問するんじゃなくて、オレとトレイ君に頼んでこっそり寮長室に呼び出すようになっただけでも随分丸くなったなぁ、なんて思っちゃう。
「……すみません。わかりません」
「俺もわからないんすけど」
緊張した顔でちょっと落ち込んだように話すデュースちゃんと不満そうに答えているエースちゃんをトレイ君と横並びでそっと見守る。実を言うと、オレもどうして二人が呼び出されたのかわかってないんだけど。
「エース……君、レオナ先輩に呼び出されて怒られたんだってね」
リドル君の真偽を見極める真っ直ぐな目がエースちゃんに向く。ジッと見つめられてウッと顔を顰めたエースちゃんは、不満そうに唇を尖らせて答える。
「……呼び出されましたけど怒られてません。なんかよくわかんないうちに話は終わってました」
俺悪くねーもん、と言いたげなエースちゃんに、思わずトレイ君と目を合わせて苦笑する。
「そんなわけないだろう! わざわざあのレオナ先輩が君を呼び出したんだ、何も無いわけないんじゃないか?」
「でも呼び出しの内容も意味も全然わかんねぇんだもん。今も俺を呼び出した意味があったのかマジで疑問なくらいなんすよ」
珍しくリドル君に対して真っ直ぐ不平不満を訴えているエースちゃんに目をパチパチさせていると、デュースちゃんがひそひそとエースちゃんに耳打ちし始めた。
「……おいエース。なんで僕まで呼び出されてるんだ? 昼間の話なら僕は関係ないだろ」
「俺だって聞きたいっつの。マジであの時なんで俺が呼び出されたのか全くわかってねーんだから」
ふむ、と考え込んでいるリドルくんはこそこそと会話を続ける二人を注意する様子がない。どうやらリドルくんもどうしてレオナくんがエースちゃんを呼び出したのか、正確には把握できてないみたい?
「……デュースもエースがレオナに呼び出されたとき、その場にいたんだろう? 俺たちも詳細がわかってるわけじゃないから、二人に詳しく話を聞きたいと思ってな」
横からそっと副寮長らしく助け舟を出したトレイくんに続いて、俺もリドルくんから聞いたことを二人に伝えた。
「他寮の、しかも寮長にご迷惑を掛けたんだったらウチの一大事だからね。ちゃんと話を聞いて整理してからレオナくんに謝罪したいってリドルくんが」
だから二人を呼び出しただけなんだよ、と安心させるように言うと、二人は少し緊張が解れたのかホッとした顔で肩の力を抜いている。エースちゃんはリドルくんからの叱られに身構えていたのか本当にほっとしているみたいだった。デュースちゃんもどうして呼び出されているのかがわかったからか、硬かった表情が随分柔らかくなっていた。
「そういうことか……でも、エースがキングスカラー先輩に呼び出されたとき、僕はユウとその場に残ってました。だから二人の会話は聞いてないです。エースが戻ってきたあとも、エースから何の話かよくわからなかったって聞きました」
首を傾げて戻ってきてましたよ、とデュースちゃんがそのときの場面を思い出すように顎に手を当てて首を傾げていた。
「……本当に何の話でレオナ先輩に呼び出されたのかわからないっていうのかい? 会話をしたんだから、何の話かわからないなんてことはそうある訳ないだろう」
リドルくんが呆れた顔をしてエースちゃんに問いかける。質問されたエースちゃんもそのときのことを思い出すように、うーん、と唸ってから腕を組んで眉を寄せた。
「……それが、マジで意味わかんねぇことで詰め寄られたんすよ。途中でラギー先輩が止めに入ってくれたから解放されたっていうか……何の話なのか最後まで理解できなかったし、俺だけ置いてけぼり? みたいな」
エースちゃんの話を聞いて、ふむ、と一瞬考え込んだリドル君は何か思い至ったのか、真っ直ぐエースちゃんのことを見据えた。
「……ということは、ラギーとレオナ先輩の間では会話は成立していたんだね?」
「えっ……どうなんだろ。ほぼ喧嘩みたいな言い合いしてましたけど」
「どんな内容で言い争いをしていたのかは聞いていたんだろう?」
「えっとぉ……なんか、お金が重要? とか、常識が違う? とか? そんな感じの言い合いをしてたような」
「お金……? ラギーがまた何かしたのかい?」
「うーん……ラギー先輩が何かしたっていうより、レオナ先輩がなんか風邪気味らしくってー」
だから全部水に流して許してくれーって嵐みたいに去っていったんすよ、と続けるエースちゃんは、やっぱり不満が残っているのか納得いかない表情で膨れている。それから、あーでも、と何か思い出した顔で更に続けた。
「俺に『お前個人資産どれくらい持ってる?』って聞いてくるから、俺カツアゲされてるーって思って! マジでビビってたらラギー先輩が止めに入ってくれたんすよ」
「カ、カツアゲ?」
「あとー、なんかユウへの態度が悪いとか? 女性はもっと敬え? みたいなことも言われたような……?」
「レオナ先輩はウチのエースにカツアゲしようとしたのかい!」
「おっ、落ち着けリドル! されてない! 未遂だ! それよりレオナが風邪気味だって!?」
「へっ、へぇ〜! そういえばレオナくんって草原出身だもんね! 女性は敬う文化だからそんなこと言われちゃったのかな〜?」
「……確かに、エースはすぐユウに突っかかるよな。もっと優しくしたらどうだ?」
「ハァー? デュースになんか言われたくないし! ていうか、俺なりに充分優しくしてるっつーの!」
顔を真っ赤にしたリドルくんを筆頭に、ぎゃあぎゃあと一気に部屋の中が騒がしくなった。何とかトレイ君と一緒にみんなを宥めて落ち着かせる。今にも喧嘩が始まりそうな空気はどうにかどこかへ行ってもらうことはできたけど、まだまだ不満そうなエースくんがワッと口を開いて叫んだ。
「とにかく! 俺、本当に何が何だかわかんなくってー……コレが噂の『王子様ジョーク』ってヤツ? って納得するしかなかったんすよぉ」
ホント、ラギー先輩が来てくれなかったらどうなってたんだろー俺、とエースくんはがっくりと肩を落としている。確かにレオナくんってすごく頭がいいから授業で困るところ見たことないけど、時々住む世界が違うな〜って感じるシーンがあるんだよね。
「……カツアゲはされてないんだね? 話をまとめると、レオナ先輩はエースに個人資産について問い合せた。そしてそれをエースはカツアゲだと咄嗟に判断した。それをラギーが止めて、ラギーとレオナ先輩が言い合いを始めた。内容はお金の重要性と常識の範囲について、かな。エース、差異はないかい?」
「……大体そんな感じっす……寮長に解説してもらってもまだ意味がわかんねー」
「……そうだね。僕も何故レオナ先輩がエースに個人資産について問い合わせたのかわからない。でも何かお金のことで譲れない何かがあったのかもしれないね……ああ見えて王族の方だからお金に困っている、というのはないと思うけれど」
流石の僕も訳が分からないな、と困ったように呟いているリドルくんは、うーんと腕を組んで考え込んでしまった。まぁリドルくんだけじゃなくて、この部屋にいる全員が困惑と疑問の渦に巻き込まれてはいるんだけど。
「……ユウは本当にそんなわけのわからない先輩のお世話をするのが羨ましいのかな」
リドル君同様にうーんと唸っていたデュースちゃんが難しいことを考えている顔で呟く。突然沸いた監督生ちゃんの名前にバッと顔ごと向けて反応する。
「えっ、ナニナニ? デュースちゃんどういうこと?」
「あっ、えっと……エースが呼び出されたとき、ユウと話をしてたんですけど、ユウはラギー先輩のことが羨ましいらしくて」
「ラギーくんが羨ましい?」
「キングスカラー先輩のお世話ができるラギー先輩のことが羨ましいとユウは言っていて……キングスカラー先輩が本物の王子様だとわかった上で、隣にいるのは難しくても、隣にいるための努力はしたい、みたいなことを言ってた、ような?」
眉を寄せたまま区切り区切り話すデュースちゃんは、記憶を言語化するのが難しかったのか、言い終えたあとも複雑な表情で首を傾げていた。
たとえ叶わないとわかっていても本物の王子様の隣にいるための努力はしたい、って何だかすごく一途で妬けちゃうな。
いつもキラキラした笑顔でレオナくんのあとを追いかけるユウちゃんのことは可愛いと思っていたけど、自分が思っていたよりもその想いは真っ直ぐなモノなんだと知って何だかちょっとドキドキしてしまう。
「……監督生ちゃん、もっとミーハーな感じでレオナ君のこと追っかけてるのかと思ってたけど……結構ガチめな感じでレオナくんのこと好きなんだ?」
「そうみたいだな……まぁでも、レオナはユウを構ってはいるけど応えるわけじゃないみたいだし、ユウの片思いで終わるんだろうな」
「だよねー。一生懸命レオナくんのこと追いかけてるユウちゃん、結構可愛いからすっごい応援したい気持ちになるけど、こればっかりはな〜……でもレオナくん、バレンタインのとき超面白いことになってたよね?」
「……確かにな。あのときのレオナは普段から考えられないくらい冷静さを失ってたよな」
今でも思い出してしまう、ユウちゃんからのチョコがもらえなくて一日中イジケていたレオナくんのこと。
朝イチにトレイくんとレオナくんを揶揄いに行ったときはそこまででもなかったのに、放課後になってもレオナくんだけが何ももらえなくてすっごい落ち込んでたんだよね。俺たちはレオナくんの分も用意してると聞かされていたから笑って見守っていられたけれど、それを知らない他の子達は不機嫌なレオナくんに一日中おっかなびっくりだったもんな~。渡せる自信がないっていうユウちゃんをみんなで励まして、朝からクッキーとキャラメルチョコを一生懸命作ったのは正直イイ思い出になってる。でも本命なのに手作りじゃないんだーってちょっとだけ思ってたんだよね。だからユウちゃんの好きって気持ちはどっちかと言うとアイドルを追いかけてるみたいな感じなのかなーって思ってた。だけど、どうやらユウちゃんは割と本気っぽいみたいで、王子様のレオナくん相手に自分の恋は叶わないっていうのもちゃんとわきまえてるみたいだし、何て言うか、逆にすっごい応援したくなっちゃう。身分差の恋なんて、物語のなかでしか成立しないってわかってるけど、やっぱり身近な人がそうだとどうか叶ってほしいって思っちゃうもんなんだね。
ふと、バレンタインのちょっとおかしかったレオナくんのことを思い浮かべる。確かにあの時のレオナくんはだいぶ様子がおかしかった。正直、あれだけ一日中好奇の目に晒されていたら、いつものレオナくんはならとっくに授業から抜け出していたと思う。なのにレオナくんはそれをせず、一日イイコに授業に出ていたらしい。ユウちゃんとニアミスしたのにチョコをもらえなかった授業でも、サボらず最後までイイコにしてたっていうのも聞いた。ひょっとして、実はチョコがすごく欲しかった、ってコト? 朝にはバレンタインのことも知らなかったのに? でもそれならいつものレオナくんだったら、きっと自分から奪いに行くくらいのことしてたよね? なんでそうしなかったんだろ? ユウちゃんから、手渡ししてほしかったから? あれ? 意外とレオナくんも、ユウちゃんのコト、本気だったりする?
「ねぇトレイくん……俺、ちょっとある可能性に思い至っちゃったんだけど」
気付いてしまった可能性にいてもたってもいられず、隣にいるトレイくんにこっそり声を掛けた。
「ユウちゃんがレオナくんが結構本気なのはわかったよね? レオナくんもそうだとしたら……?」
「……どういうことだ?」
「本当に仮定の話だよ? レオナくんって本物の王子様じゃん? だからユウちゃんのことが好きだとしても、ユウちゃんは一般女性っていうか、異世界から来た女の子でしょ? 王子様っていう立場の自分じゃ付き合えないからー、お金を持ってる男の子にユウちゃんのことを託そうとした、みたいな?」
だって例の噂の件もあるじゃん、とトレイくんにひそひそと耳打ちする。
火曜日の放課後、図書館の奥にある机で、レオナくんとユウちゃんは肩を並べて仲良くお勉強してるって噂。
言葉に起こすとそれほどでもないけれど、実際に目の当たりにした生徒達は二人があまりにも二人だけの世界にいるからドキドキしちゃって実は付き合ってるんじゃないかって噂になってる。でもみんな、図書館以外での二人の方がよく見てるから、あーやっぱり勘違いか、って思うらしいんだけど、どうやら図書館での二人はそれくらい仲睦まじくて羨ましくなっちゃうくらいらしい。俺はまだ見たことないし、もし本当なら邪魔するのも悪いからわざわざ覗きに行くのもって感じなんだけど、トレイくんだって噂くらいは耳にしたことあると思う。
トレイくんも噂に心当たりがあったのか、一瞬だけ目をパチパチしたあと、ハッとした表情で口元を押さえた。
「嘘だろ……そんなこと、有り得るのか?」
「だから可能性、仮定の話って言ったじゃん! 俺も大概無茶苦茶な話してるなって思うよ、でも……あのレオナくんじゃん?」
「でも……確かに……そう考えれば、レオナとラギーのやり取りの『お金は大事』と『常識が違う』って話に辻褄が合うよな」
「トレイくんまでそんなこと言い出したら……やっぱりレオナくんも、ってことになっちゃうじゃん!」
「いやいや、先に言い出したのはケイトだろ。ケイトが責任取れよ」
「責任とか言わないでよ俺はただちょっとだけ可能性の話をしただけじゃん!」
俺は責任なんて取らないからね! とトレイくんに念を押してから、改めて声を潜める。
「レオナくんってああ見えて寮生にも優しいし、単純にあれだけ一生懸命好きって言ってくれるユウちゃんに絆されちゃった結果、自分はそういう関係にはなれないけど、責任感じて将来を託せる相手を探そうって考えた可能性だってあるじゃん……それはそれでユウちゃんの気持ち考えると可哀想過ぎるけどさ」
「……そんな回りくどいことするか? いや、でも……あのレオナだもんな」
「そーだよー……あのレオナくんだもん。それこそどんな王子様ジョークが飛び出してくるかわかんないっていうか」
個人資産どれくらい持ってる? なんて普通他人に聞かないでしょ? と言えば、トレイくんも苦笑いしながらウンウンと頷いた。
俺はそこまでレオナくんと関わりがある方じゃないけれど、本当に時々レオナくんの言動にびっくりさせられたりすることがあるから、同じ高校生に見えてもやっぱりレオナくんは王族なんだな~ってたまーに思い出したりする。
「レオナが風邪気味っていうのも……いわゆる恋の病、だったりしてな」
「ちょ、ちょっと! トレイくんが言うとシャレになんないんだって!」
「トレイ! ケイト! また二人だけの間でわかる話をしているだろう! 僕を置いて話を進めないでくれと何度言ったらわかるんだい!」
ちょっとだけ怒った顔で俺とトレイくんに声を掛けたリドルくんは、仲間はずれにされた子どもみたいに頬を膨らませていた。
「ゴメンゴメン! 仲間はずれにしたわけじゃないよ! ちょっと、まだ可能性の域を出ない話をしてたっていうか……」
「そうそう。レオナはユウのことどう思ってるんだろうなって話をしてただけなんだ」
「つまりどういうことなんだい! 僕にもわかるように説明をしてほしい!」
キッと三角に目を釣り上げたリドルくんに迫られてタジタジになりつつ、トレイくんと目を合わせて苦笑いを浮かべる。一年生ちゃんたちもきょとんとした顔で俺たちを見ていたから、どこから話せばいいのやら、と指先で頬を掻いた。
「あー……エーデュースちゃんの話を聞いて思っただけなんだけどー……三人は図書館の噂って知ってる?」
「図書館の噂……?」
「……レオナとユウが、火曜日の放課後、図書館で勉強してるらしいんだが、その噂だ」
リドルくんは知らないかもしれないなーと様子を窺いながら一年生二人の様子も窺う。ひょっとしたらこの二人から新情報が聞けるかもしれない。
「……知らないね。でも勉強しているんだろう? 何か問題があるのかい?」
「俺は……噂? は知んねーけど、ユウが火曜日の放課後、レオナ先輩と秘密の勉強会してるのは知ってるっすよ」
「何の勉強してるのか一度聞いた事あるけど、難しくて僕にはちょっとついていけませんでした」
「えっ! 聞いたの?! どんな勉強!?」
「あー……えーっと、それが……」
ウッ、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたデュースちゃんに、そんなに難しい内容なの? と眉を寄せた。
「……夕焼けの草原について、あとは知らないどこかの国の言語、あとは魔法の基礎、この世界の歴史……勉強の内容自体は大体そんな感じらしいぞ」
「……トレイくん何で知ってるの?」
「ルークだよ……アイツ、たまに隠れて二人を観察してるらしい」
レオナには気付かれてるらしくてなかなか近付けないらしいがな、と苦笑いを浮かべるトレイくんは噂の真相をどこまで知っているのか気になった。ルークくんが近付けない、と言ってるから、それ以上のことは知らないのかもしれないけれど。
「でもユウは本当に勉強してるだけって言ってましたよ? 放課後デートなんじゃねぇのー? って揶揄ったら大真面目に今レオナ先輩に教わっているところはココだよって分厚い参考書広げて俺に教えてくれたもん」
ちょっとだけつまらなさそうにエースちゃんが唇を尖らせたのは、揶揄いに対して思っていた反応が得られなかったからかもしれない。でも、エースちゃんが揶揄いたくなるくらいには、レオナくんとユウちゃんがそういう関係に見えるということでもあるわけで。やっぱり噂になるくらいには、二人はみんなが知らないところで親密な関係を築いているのかもしれない。
「……一年生の、特にあの子と仲のいい二人から見て、レオナくんとユウちゃんってぶっちゃけどうなの?」
一番近くであの二人を見ているエーデュースちゃんたちは、レオナくんとユウちゃんの関係をどう見ているんだろう。変に噂なんかに惑わされるより、この2人の意見を聞く方がよっぽど信憑性は高いと思う。
ごくりと息を呑みながら、一年生二人の答えをジッと待った。
「……ユウは相変わらずキャーキャー言ってますよ? レオナ先輩のどこがカッコイイってジャックやエペルとお話するのが楽しいみたいっすよ。ジャックとエペルのカッコイイとユウのカッコイイはちょっとだけ種類が違うけど、恋バナしてるみたいで楽しいんじゃないすかね」
レオナ先輩を見かける度にキャーキャー黄色い声上げてるもんなー、と遠い目でエースちゃんは日頃のユウちゃんを思い出しているらしい。
それを聞いてデュースちゃんも日頃の様子を思い出して首を傾げた。
「ユウとキングスカラー先輩は……仲のいい先輩後輩、じゃないのか?」
「でもさー、ただ仲がいいだけじゃ説明できないくらい親密なんじゃねえの? って思うときはあるんだよなー。仲が良すぎっていうより、友達以上恋人未満、みたいな?」
「そ、それって恋人とはどう違うんだ?」
「えー……付き合う、手前?」
エースちゃんの言葉にドキンと心臓が跳ねる。
「エ、エースちゃんから見て、レオナくんは結構ユウちゃんのコト気に入ってように見える、ってコト?」
思わず二人に割って入るようにして問いかけると、エースちゃんが首を傾げながら答えてくれる。
「気に入ってんじゃないっすか。だってレオナ先輩、ユウのこと他寮なのにめっちゃ面倒見てるじゃん」
確かに、と思わず答えそうになるけれど、いやまだ確証はないない、と頭のなかで首を振った。
でもエースちゃんが『付き合う手前』って感じるってことは、もう結構親密なんじゃないの? とどうしても想像してしまう。トレイくんも同じだったのか、ちょっとだけ汗を掻きながらエースちゃんに問い掛けた。
「それは……レオナが意外と世話焼きだからじゃないか?」
「うーん……確かにそうかもしれないっすけど、俺とデュースにはそうでもねぇし、グリムに対しても微妙に違うっつーか」
「デュースはどう思う?」
更なる確証を得ようとトレイくんはデュースちゃんにも問いかける。俺も慌ててデュースちゃんの方へ振り向くと、部屋に居た全員が固唾を呑んでデュースちゃんを見守っていた。
デュースちゃんは一身に注目を受けて戸惑いながらも、うーん、と唸りながら答える。
「僕は……こういうの疎いから、何とも言えない……ですけど、確かにキングスカラー先輩は、監督生を守ってやらなきゃ、っていうのを一番に行動してる……気がします」
言いながら、カァァ、と頬を赤く染めて俯いてしまったデュースちゃんは、耐えられなくなったのか両手で顔を覆ってしまった。
「え、なんだよその反応。気持ち悪い」
「仕方ないだろ! ユウのことを見るキングスカラー先輩の顔を思い出したんだ! あんな顔見たら誰だって顔が熱くなる!」
俯いたままエースちゃんにワッと叫んだデュースちゃんは、耳まで赤くしてその場に蹲ってしまった。その反応を見て、いよいよ動揺が確信に変わってしまう。
「それってやっぱり……」
「……両想い、だろうな」
トレイくんと目を合わせると、トレイくんはわざわざ俺の目を見てから深々と頷いてみせた。
「でもさでもさー……両想いっていうかー、両片想いってヤツじゃない? レオナくんと監督生ちゃん、実はお互いちゃんと想い合ってるのに完全に擦れ違っちゃってるっていうか……」
言いながら何だか自分も顔が熱くなってきている気がして思わず頬を手のひらで隠す。
だってさ! 正真正銘男だらけの男子校で、こんな焦れったい恋バナを間近で見守ることになるとは思わないじゃん!
「どういうことか説明を!」
ケイト! と眉を釣り上げた大真面目に俺を問い詰める。ンンッ、と喉を鳴らしてから、一度深呼吸をして口を開いた。
「……レオナくんはユウちゃんのことが好きだけど、自分は付き合えないから将来有望な相手を自分で探そうとしてるんじゃないかなって」
ちらりとトレイくんを見ると、トレイくんはうっすらと苦笑いを浮かべたまま頷いている。リドルくんはというと、まだピンと来ていないのかちょっと困ったような表情を浮かべていた。ふぅ、と息を吐きつつ、頬を冷ますようにパタパタと顔を仰ぐ。
「……王子様のレオナくん相手じゃ自分の恋は叶わないけど、ただ諦めるだけじゃなくて努力はしたいっていうユウちゃんと、自分の立場じゃどうにもできないから自分の目でユウちゃんのことを任せられる相手を探そうとしてるレオナくん。どう考えてもすれ違ってるじゃん」
でしょ? と同意を求めるように首を傾げると、リドルくんは、確かに、と軽く頷いて考え込むように顎に手を当てている。
「そこで自分が選択肢に入らないのがレオナらしいよな」
眉を下げて困ったように笑ったトレイくんに、ホントにねー、と軽く同意して頷く。すると俺たちの説明をジッと聞いていたエースちゃんがハッと閃いたように目を見開いて叫んだ。
「結局二人は両想いってコトでしょ? じゃあもう付き合っちゃえばいいじゃん!」
「こらエース!女性のプライベートに口を出すものじゃないよ!」
逆になんで付き合ってねーの!? と今にも叫び出しそうなエースちゃんにリドルくんがキッと目を三角にして叫ぶ。わーまた大騒ぎになっちゃう、と心配していたら、ゴホン、とリドルくんが居住いを正して腕を組んだ。
「……でも、確かに。想い合っているというのなら、交際を申し込んで堂々とすればいい」
そういうものだろう? と俺とトレイくんに同意を求めてくるリドルくんに、うーん、と苦笑いを返した。
「そこはホラ……レオナくん一応王子様だから、そう簡単にはいかないんじゃない?」
「まぁそうだろうな。そう簡単に男女交際できるような立場でもないだろうし」
だから、自分以外の相手を探そうとしてるんだろうって推測して、なんて焦ったいすれ違いなんだろうって思った。
「寧ろ……レオナくんあー見えて優しいトコあるから……距離感ちゃんとしてそうじゃない?」
「……そうだな……それに、監督生もあんなだけど意外といろいろわきまえているというか……遠慮しそうだよな」
だよねぇ、と想い合っているのに結ばれない二人のことを思ってちょっとだけ落ち込んでいると、キッと目を釣り上げて前髪をピンと立てたリドルくんが勢いよく立ち上がった。
「勝手に話を進めるなと何度言えばおわかりだい! 君たちは結局、ユウの恋は叶わない。そう言いたいのかい!」
怒ったように顔を赤くしているリドルくんの顔はほんの少し歪んでいて、何だか胸が痛いと叫んでいるのが聞こえるようだった。
「うーん……叶わないって言うより……」
「お互いが『高嶺の花』っていうのが正しいんじゃないか……?」
「……二人とも……叶わない相手に恋をしている、んだろうね」
レオナくんが王族じゃなかったら。
ユウちゃんがこの世界の人間だったら。
きっとここまで届かない相手だとお互いに手を伸ばすことを諦めたりはしなかったと思う。
本当、世の中うまくいかないなー、とちょっとだけウンザリしていると、悔しげに顔を歪めたリドルくんが叫んだ。
「僕は許さないよ! たとえ叶わない恋だとしても、僕はユウを応援する! いいね!」
まっすぐと俺たちを見つめる目は、いつものリドルくんらしい、誰にも負けないという自信に溢れていた。
「……そうだね」
眩しいくらいキラキラしたこの恋が悲しい結末を迎えるなんて信じたくない。
例えば本当に悲しい結末を迎えることになっても、俺たちが最後にあの子を笑顔にしてあげれば、それでハッピーな結末にできる気がした。

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