~デュース・スペードの場合~

「二人ともお待たせ! グリムもごめんね!」
中庭で待っていた俺たちの元へパタパタと駆け寄ってくるユウに片手を上げて返事をすると、エースがわざとらしく肩を竦めて唇を尖らせた。
「もーちょー待ったー! 待ちくたびれてもう俺立てないー!」
「ご、ゴメンってば。廊下でジャックとエペルに会って、ちょっと喋り込んじゃって……」
「ジャックとエペル? 何か用があったのか?」
「あー、えーっと、その……」
「ハイハイ俺わかっちゃったー。レオナ先輩のコトっしょ?」
「えっ、な、なんでわかったの」
「だってー、その三人が盛り上がる話題ってそれしかないじゃん。なかなか帰ってこないから薬草集め苦戦してんのかなって俺ちょー心配してたのにー。何かめっちゃ損したー」
「う……も、申し訳ない……」
「大丈夫だ、ユウ。エースは心配してたけど純粋に心配してただけだ。ユウはエースを困らせるようなことはしてない」
そんなことねぇし! とムキになって叫んでいるエースをいなしながら、本当にごめんね、と頭を下げるユウに大丈夫だ、と笑いかけた。
「それにしてもよくそんな話題尽きないね? ずっとレオナ先輩カッコイイーって言ってるだけじゃん?」
「そうなんだゾ! レオナがかっこいいのかどうかはオレ様よくわかんねぇけど、もうその話は聞き飽きたんだゾ!」
ぶーぶーと不平不満を漏らしているエースとグリムに苦笑いを浮かべつつユウの様子を窺うと、ユウはどうしようもないという困った表情でジャケットの裾を掴んでいた。
「……かっこいいでしょ、レオナ先輩。かっこいい人のことをかっこいいって言ったっていいじゃない」
不満そうに唇を尖らせながらブツブツと不満を述べるユウを見て、エースはニヤニヤと笑っている。
「そーね。ユウは女子だもんね、かっこいい男の先輩にワーキャーしたい年頃なんでしょ?」
あーあ俺も女子にワーキャー言われてー! とユウを揶揄っているエースに、ユウは頬をパンパンに膨らませてポコポコと可愛いパンチを繰り出している。
「自分で言われたいとか言ってる人に女子はワーキャー言ったりしませんー! エースなんてレオナ先輩の足元にも及ばないんだから!」
「ハァァ? 俺にもカッコいいって言ってくれる女子くらい居ますー! ユウの目が節穴なだけじゃねぇのー?」
「エースが何と言おうとレオナ先輩はかっこいいんだから! エースをかっこいいって言ってくれる女子とは趣味が違うだけ!」
「へぇぇ? お前自分が趣味悪いって認めるんだ?」
「なッ、はッ? なんでそうなるの!」
きゃんきゃんと言い合いを始めてしまったユウとエースに苦笑いをこぼしつつグリムと地面に落書きをしながら時間を潰していると、ふと、突き刺さるような視線を感じてパッと顔を上げた。
「……あれ、キングスカラー先輩じゃないか?」
ちょうど中庭を抜ける渡り廊下のところで先輩が腕を組んでこちらを見ている。ここから見てもすらりとした長身は、男から見ても確かに格好いいと思う。ユウがキングスカラー先輩に黄色い声を上げるのは仕方がない気もした。
「あっ、ホントだ。何か用かな?」
先輩を視界に入れた途端、パッと表情を明るくしてユウは立ち上がる。ジャケットの皺を伸ばすように引っ張りつつ膝に付いた埃をパタパタ落としていると、キングスカラー先輩は腕を組んだまま横に首を振った。そして、顎先と指で寸分の狂いなくエースを指差して、お前だ、とここからでもわかるくらい口パクで指名した。
「エッ? 俺ぇ?!」
指名されたエースはキングスカラー先輩に呼び出しされる心当たりがないらしく驚きと動揺で困惑している。いいから早く来い、という鋭い目線と口パクに急かされて、エースは慌ただしくキングスカラー先輩の元へ駆けていった。
なんだろう、と首を傾げながらもエースの背中を見守っていると、ユウが大きな溜め息を吐いてしゃがみこんだ。
「よく考えたら私、今、すごく恥ずかしいことしたよね? レオナ先輩が来たから私に用かも! って発想ヤバすぎない? 自意識過剰にもほどがある……」
うぅぅ、と小さく呻きながら両手で頬を押えるユウの顔は耳まで赤い。照れたように俯いて、バカみたい、とユウは呟いてから、ぷるぷると頭を振って膝を抱えた。
「いいなぁ……私も運動部に入れば、レオナ先輩に呼び出されたりするようになるのかな?」
もう一度、いいなぁ、と続けたユウに、そうか運動部の呼び出し、と納得する。
「じゃあ陸上部なんてどうだ? 思いっ切り走って風になるのは気持ちいいぞ」
「……やっぱりやめとくよ。どうせならマジフト部のマネージャーがいい。募集してないかなぁ……」
「……どうだろう……ブッチ先輩がいるから、マネージャーは足りてるんじゃないか」
「うぅ……そうだよねぇ……いいなぁ、一日でいいからラギー先輩になりたい」
ユウはガッカリと肩を落としてグリムに手を伸ばした。そのままグリムを膝に抱えたユウは嫌がるグリムも気にせずにグリムの首の下のふわふわした毛を擽り始めた。
「……なんでラギー先輩になりたいんだ?」
ブッチ先輩といえばキングスカラー先輩の周りでいつも忙しくキングスカラー先輩のお世話をしているイメージがある。うちの寮長と副寮長とは全然違う二人だな、とハーツラビュルの頭たちを頭に思い浮かべる。確かに副寮長が頭の世話をする部分もあるけれど、ブッチ先輩のように身の回りの世話までというわけではなく、あくまで寮長としての仕事のサポートという感じだ。
「だって……レオナ先輩のそばでレオナ先輩のお世話焼けるんだよ? それって素敵なことじゃない?」
「す、素敵……?」
「オレ様は頼まれたってあんな奴の面倒見るのは嫌なんだぞ!」
ユウはサバナクローの副寮長的な立場になりたいのかと想像してみたけれど、どうやらそれも違ったらしい。寮長の助けになりたいというよりも、キングスカラー先輩のそばにいたいという思いの方が強い気がする。それってつまり?
「ユウの目から見て、キングスカラー先輩のお世話をするラギー先輩が羨ましい、ってことか……?」
言葉にしてしまうとそういうことだけど、それって本当に羨ましいんだろうか、と思わず思ってしまう。僕だったら一日中、頭のパシリをしなきゃならないとしたら緊張でどうにかなってしまう気がする。よろこんで! なんて口だけでしかきっと言えない。
「う、羨ましい、よ? だってレオナ先輩のお洋服を洗濯したり畳んだり、お片付けしたり、お夜食用意したりできるんだよ? 自分の作ったものを食べてもらえるってだけでも嬉しいのに、私が手入れして準備した服をレオナ先輩が着てくれるってだけでもう、ドキドキで胸が苦しくなっちゃうっていうか」
控えめに言って最高、と続けたユウは頬をピンク色にしてうっとりしている。何を想像しているのか、んふふと嬉しそうな声を漏らして頬を手で包み込んでとても幸せそうだ。自分にはちょっとよくわからないな、と思いつつも、普段近付くことも難しい人のお世話ができると考えればユウが羨ましいと感じるのも少しは理解を示せる気がした。
「確かに……言われてみれば、あんなだけど、レオナ先輩って王子様なんだよな。俺たちの世界でも王族なんて遠い存在だから、そばで見ていられるだけでも充分すごいことなんじゃないか」
本物の王子様のお世話なんて、普通に生きていればそうそうできることじゃないと思う。この学園にいるから経験できることなんだとすれば、やっぱり羨ましいというユウの気持ちは間違っていないのかもしれない。
「そう……だね……」
「……え……ユ、ユウ?」
「うん……」
ついさっきまでいつも通りの元気なユウだったのに、急に花が萎れてしまったように落ち込んでしまった。
「ユ、ユウ? どうしたんだ? 腹が痛いのか?!」
「……ううん。そうじゃないよ。大丈夫」
ゴメンね、デュース、と三角座りの膝に顔を埋めてしまったユウは、どこからどう見ても大丈夫には見えなくて、慌てて背中を擦る。
「え、じゃあどこか他のところが痛いのか?」
「ううん。大丈夫、どこも痛くないよ。心配掛けてごめんね」
顔を上げて僕を見たユウはいつもと比べものにならないくらい弱々しい笑顔を浮かべていた。
「ユ、ユウ」
「……わかってるよ。私みたいな存在からは、レオナ先輩はすごく遠い場所にいる人だって、ちゃんとわかってる。見ていられるだけでもね、満足しなきゃいけないって。でも、隣には並べないってわかってても……隣に並ぶ努力くらい、私はしたいの」
そう言って、ユウは目を閉じてしまった。まるで自分に言い聞かせているようなユウの横顔にどきりとする。その顔は強い意志を秘めているように感じて、何故か心から応援したい気持ちになった。
「……そうか。そうだな。努力するのは、大事だ」
僕も優等生になるために努力している。それと一緒だと思えば、純粋な努力は応援する以外の選択肢はなかった。
「あっ、おかえりエース!」
ユウはパッと表情を切り替えて帰ってきたエースを迎えている。それに釣られてエースに視線を移すと、エースは何故か不満そうな顔をして僕たちの輪の中に戻ってきた。
「……どうしたんだエース。なんか、すごく不満そうだ」
「うーん……なんかー……俺もよくわかんねぇの」
「えっ、運動部の呼び出しじゃなかったの?」
「結論から言っていい? ぶっちゃけなんで呼び出されたんかまっっったくわかんねぇ!」
なにそれー、と不思議そうな声を上げたユウと、取り敢えず次の教室行こうぜー、と立ち上がったエースに合わせて荷物をまとめた。グリムを抱えたユウの荷物を二人で手分けして運ぶ。教室までの道を歩きながらエースの話を聞いたけれど、エースの言う通りよくわからない呼び出しで首を傾げてしまった。
「マジでビビって損したわー……」
「でもレオナ先輩とお喋りできてよかったでしょ?」
「それはユウだけじゃん! 俺は怖い先輩に急に呼び出されて泣きそうだったわ!」
「えー! レオナ先輩は怖くないもん!」
「あーはいはいそーね、レオナ先輩はやさしーもんねー」
ユウとエースのやり取りを聞き流しながら、キングスカラー先輩って意味の無い呼び出しをしたりするんだろうか? とちょっとだけ首を傾げた。

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