~サバナクロー寮の場合~

「おいジャック。ちょっとツラ貸せ」
ジャックと一緒に当番の仕事をこなしていると後ろから寮長の声がしてビクリと肩を震わせた。少し不機嫌な顔をしている寮長にヒェと小さく声を上げそうになるのを何とか堪えながらバッと頭を下げると、ジャックは返事もそこそこに寮長のもとへと駆けていった。
「何か用ですか」
寮内でも一際デカい身体をしてるジャックが寮長と一緒に壁際に寄る。寮長はスラっとしたカッケェ身体だけど、さすがにデカい二人が隅にいると存在感がすごいな、と思いつつこそこそと当番の作業を進める。一年生が当番を回す中庭の掃除は、サボるとすぐに雑草が生い茂ってしまうから真面目に取り組まないとあとでめちゃくちゃ怒られるからコワイ。寮の外はカラッカラだから草なんて生えねぇのに、寮の中は湿気がちょうどイイ感じだからすぐ草が生い茂るってなんか、設計間違ってねぇ? といつも首を傾げてしまう。ちまちまと雑草を根っこから引き抜いて草の山を作っていく。昨日隣の一角をやったから今日はこのエリアを綺麗にしようとジャックと決めてたのに、ジャックは行っちまったし俺ひとりでやりたくねぇなぁこんなん飽きるもんよぉとジャックと寮長がいる方へ耳をぴこぴこと動かした。
俺たち獣人属の前で内緒話なんてぶっちゃけ無理だ。草食系の奴らはめちゃくちゃ耳がイイし、肉食系だって負けちゃいない。聞くつもりがなくたってどうしたって俺たちの耳は音を拾っちまうから、本当に聞かれたくない話なら防音魔法の中でやるっていうのが俺たちサバナクロー寮の鉄則だ。
「……どうしたんすか、レオナ先輩」
お、なんかジャック困っとるやん。どしたどした。どうやら呼び出されたのになかなか話が始まっとらんぽいな。俺だったらその沈黙だけでチビっちまうし尻尾も股の間に入っちまうぜ。それなのにジャックときたら黙り込む寮長に声掛けちまうんだからスゴい。カッケェ。
「……お前」
寮長の低めのイケボが俺の耳に届く。マジで渋いぜ、俺もあんな声でお前って言われたい。多分チビって尻尾も巻くけど。
「お前……個人資産はどれくらいある」
「……は?」
「……は?」
おっと、うっかり俺も声が出ちまった。思わず土まみれの手で口を覆う。それでもピコピコと耳は動かして、必死に二人の会話に神経を集中した。
「だから……テメェの個人的な資産はどれくらい保有してるんだ」
「…………は?」
何て?
今寮長何て???
個人的な資産って貯金とか、ってコト……だよな? さすがに馬鹿なオレでもそれくらいはわかる。というか合ってなきゃ困る。いや、この場合は合ってても困るんだけど! なんで寮長がジャックの貯金の心配してんの? 意味わかんねぇ! 寮長、ひょっとして金に困って――いやそんなワケねぇじゃんだってあの人王子様よ?! おふざけになるんじゃねぇですわよ! って、うわやばいやばい、今寮で流行ってる雑なお嬢様言葉が出ちまった。寮長たちへまっすぐ向いた耳はピンとお行儀よく立ってひとつの言葉も聞き落とさねぇと気合いを入れている。俺はもう息するのすらコワイと口を塞いだままジッとしているしかなかった。
「……個人的な資産って……貯金とか、の話っすか」
戸惑うジャックの声が耳に届いてそりゃそうだよなと思わず頷いてしまう。俺が知らねえだけかもしれねぇが、何処の世界にいきなり貯金額を問い質されるシチュエーションが存在すんだろう。あっ、もしかしてコレはアレか、いつもの寮長の王族ジョーク?
「貯金だけじゃねぇよ。保有してる株とか不動産とか、いろいろあんだろ」
イライラした様子で寮長がジャックに答えてるけど、普通高校生で株やってるヤツはやべー奴だし不動産持ってるヤツはただの金持ちなんだってジャックはうまく寮長にツッコめんのかな。オクタの寮長とかなら両方有り得そうだけど、それ以外だったらスカラビアの寮長くらい規格外じゃねぇと正直有り得ねぇと思う。その規格外にウチの寮長も当てはまっちまうから、こうやって時々寮長の王族ジョークが炸裂しちまうんだよなぁ〜。寮長は何も悪くない。ただ、俺たちと住む世界が違いすぎるだけ。
「……株も不動産も持ってません。なんでアンタに俺の貯金額を言わなきゃなんねぇんすか」
あー、こっちはこっちでジャックの真面目ムーブが炸裂しちまったよ。そこはさりげなく寮長に庶民はそういうのあんまり直接相手に聞かねぇっすとか濁しとけよ〜、実際普通は聞かねぇのが常識じゃん。なんで真面目に返しちゃうかな〜、お前ホントそういうとこ。
「……あ゙ぁ゙? 番を養うのにテメェの懐事情を知るのは大事だろうが。っつーかひょっとして資産運用もしてねぇのか。そんなんでこれからどうするんだ」
「あぁ?! なんでアンタにそんなこと言われなきゃなんねぇんだ」
「養っていくのは番だけじゃねぇ。テメェの子どもだって養うんだぞ、何人産まれてもいいように準備するのは当たり前だろうが!」
「そんなのアンタに言われるまでもねぇし、なんでアンタにそんな心配されてんのかわかんねぇって言ってんだ!」
「なんだと!?」
ちょっと待ってこれヤバくね……? こんなとこで空気になってないで誰か呼んでこないとマズくね……?
なんか意味わからんうちに喧嘩に発展しちまいそうな雰囲気にゴクリと喉を鳴らす。今にも一触即発。マジでヤバい空気に尻尾はくるりと股のなかに収まっちまった。どうしよ、ラギー先輩呼んでこねぇと。それかせめて三年の先輩。この空気を何とかしてもらわねぇと俺動けねぇ。待てよ、俺今怖くて動けねぇってコトは誰かを呼びにいくの無理じゃん。詰んだ。
「ちょ! ちょちょちょ! ちょっとレオナさん!!!」
ひゃあああああ救世主様の声ぇぇぇぇぇ!
「アンタ本ッ当にそういうとこッ! 気を回す方向が方向音痴すぎるんスよォッ!!!」
なんかちょっぴり割り込み方がいつものラギー先輩らしくなくて不安になるけど、きっとラギー先輩ならなんとかしてくれるハズ!
「とにかくジャックくんとユウくんは絶対そういう関係じゃないから! いい加減そこから離れてほしいっス!」
どういうこと? とラギー先輩の発言に首を捻りつつ我慢しきれなくなってひょこりと茂みから顔を出した。ラギー先輩はジャックと寮長の間に入って寮長を宥めている。寮長はなんか意味わからんくらい不満そうで不機嫌そうな顔をしてめっちゃデカい舌打ちをしてた。こわい。
「ラギー先輩」
おいおいジャックー、そんな安心した顔しちゃってよ〜。お前本当にラギー先輩のコト好きだよな〜、ちょっと尻尾振っちゃってんじゃん。まぁこの状況だとラギー先輩が救世主に見えるのも仕方ねぇよな、俺だってそう見えるもん。
ラギー先輩は今にも噛み付いてきそうな寮長をドウドウと宥めてからジャックと寮長の距離を二メートルくらい引き離した。それから更にジャックの腕を引いてコソコソと寮長に背を向けてから二人で話し始めた。
「ごめんねジャックくん……今レオナさんちょーっとだけ自分の情緒を持て余しちゃっててぇ……」
「……? どういうことっすか」
ラギー先輩らしくない引き攣った笑顔を浮かべて、ヒソヒソとジャックに耳打ちしている。全部丸聞こえだしジャックは普通の声で喋ってるから普通に聞こえる。オマケになんだよそのキョトンとした顔はよぉ、そんなにラギー先輩のことが好きか。
「あー……ちょっと俺の口からはうまく説明できないんスけど……監督生くんのことで、ちょっとね」
「ユウ? ユウが何かしたんすか」
「いやーえっとそのー……何かしたと言えばしたんだろうし、してないって言えばしてないし……とにかく、レオナさんね、ユウくんのことが気になっちゃうってはっきり自覚しちゃえばイイのにさー」
ホントああいうの困るっス、とウンザリした表情で言ったラギー先輩は、本当に困っているのかめちゃくちゃ肩を落としている。なんかラギー先輩の言ってること、すげぇふわっとしてんなぁ。なんて言うんだっけ……そうそう、要領を得ないって言えばいいんだっけ? はっきり言えない何かがあるというか、でも寮長のことではっきり言えないコトって何? また王族ジョーク的なヤツ?
「ユウのことが気になる……? 今でも寮長は監督生のこと充分気に掛けてると思うんですけど」
「……ありゃー……ここにも鈍ちんが。そうなんだけどそういうことじゃないんスよ。まぁジャックくんはあの人たちのコトよく見てるから全部説明しなくてもそのうちちゃんとわかるでしょ」
「えっ、今全部説明してくださいよ」
「俺はそんなに優しくないっスよ〜。ま、とりあえずレオナさんは回収していくんで!」
当番掃除ガンバレ〜、とジャックの肩を叩いてラギー先輩は不貞腐れてる寮長を引っ張っていってしまった。
ここまで聞いてわかんねぇジャックは確かに鈍チンかもしれねぇ。
だって全部聞いちゃってた俺は心臓がバクバクしてるし疼く尻尾をとてもじゃねぇけど抑えられない。
俺ってそんなに頭は良くねぇ方なんだけど、そんな俺でもわかっちまった。
それってつまり……寮長に『春』が来た、ってコト?!
寮長とジャックの喧嘩、そこからラギー先輩が話してたこと、日頃から寮長が事あるごとに監督生のコト構い倒してたのも全部そういうことじゃん!!!
っていうか何で寮長に春が来てるのにジャックの番とか何とかの話になんの?!
俺バカだから全然わかんねぇ!!!
これが王族ジョークってヤツ?!
いつまで経っても慣れねぇよこんなの!
とりあえず俺はもう自分がバカすぎて考えるのを諦めるしかねぇみてぇだ。
まずは信頼できる先輩に、寮長の春は応援していいのかしちゃいけねぇのか相談しようと心に決めた。
意味がわからないジャック
意味が通じないジャックに苛立ち始めるレオナ
意味もわからずキレられて怒るジャック
一触即発の空気が漂いあわあわするサバナモブ
バタバタと慌ただしく掛けてきて止めに入るラギー
「ちょ、ちょっとレオナさん! アンタ本ッ当に気を回す方向が方向音痴すぎるんスよ!!!」
とりあえずレオナを宥めるラギー
レオナをまずは黙らせてから、ジャックにヒソヒソと事情説明するラギー
それを聞いてしまうサバナモブ

それってつまり……寮長に春が来た、ってコト?!

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