「……やぁ、獅子の君。君がこの授業に出ているなんて珍しいね」
教室の中段辺り。三人掛けの机の真ん中を一人で陣取る見慣れた後ろ姿。思わず音を立てずに近寄って彼の隣に腰掛けた。
朝から数えて丁度三つ目の授業。トレイン先生の魔法史に彼が参加しているなんてとても稀なこと。その稀なことに偶然遭遇できた私はなんて幸運なんだろう!
「チッ……昼寝しに来ただけだ。邪魔すんな」
確かに、この時間は彼の楽園で微睡むよりもこの教室で休息のひと時を過ごす方が快適だろう。私の登場に不快を示してはいるものの、レオナ君がこの程度で午睡を諦めたりする訳がない。この世界の年譜に触れるこの時間、ここで彼の様子を観察するとしよう。
「……おや、獅子の君。どうやら寝不足かな? いつもより眉の皺にハリがない」
横からレオナくんの顔を覗き込むと、眉間の皺が通常時のものよりも若干ぼやけている。普段濃く深く刻まれることが多い彼の皺が薄いように思えて何かあったのかと心配してしまった。少し考えたところでその『何か』にすぐ思い当たってしまい、フフ、と目を細める。
「君をここまで悩ませるものが憎いね。私もそれくらい君の熱意を向けられたいものだ」
それだけの情熱を一身に受け止めることができたら、どれほど心躍るひと時を過ごすことができるだろう。レオナくんの美しい瞳に燃え盛る炎が向けられていると想像するだけで気持ちが昂って弓を握る手に力がこもってしまいそうだ。その視線の先にいる彼女に自分が魔法で成り代わったとしても、恐らく彼はそこにいるのは彼女ではないと気付いてしまうんだろう。偽物へ向ける視線すら背筋をぞくぞくさせて堪らない。フフ、と思わず零れてしまう笑みを隠すことなくレオナくんに見せて、彼のアムールを惜しみなく受ける彼女の笑顔に心を震わせた。
「愛を睦み合う日にただ一つの愛を求めて彷徨う君は実に儚げで気高かった……ようやく手に入れたプティボヌールに心躍らせる君を、そばで見てみたかったよ」
二人でどんな放課後を過ごしたんだい?
そっと声を潜めて問い掛けると、レオナくんは私にはっきりと訝しむ目線をくれる。彼のことだ、そう簡単に教えてくれるわけがないと知りながらも聞かずにはいられない。
「……テメェが何の話をしてるのか、さっぱりだな」
呆れた目で私を見つめてくるレオナくんは、それきり私への興味を失ったのか視線を外して窓の外へと意識を向けてしまったようだ。何を見るでもなく、ぼんやりと青い空をレオナくんは見つめている。心ここに在らずと言っていいその横顔は、彼にしては非常に珍しい隙を見せていてますます私の興味関心を惹きつけて止まなかった。
「フフ……いいね、その表情。実に物憂げで美しい……まさか、この学園で君にそよぐ春風を目の当たりにできるとは思っていなかったよ」
彼のロマンスは国にいたときですら耳にしたことがない。彼の立場を考えると、そもそもロマンスの相手は限られていただろうし、難しい立場からそう簡単にロマンスへ身を任せることも許されなかっただろう。そんな彼が初めてのロマンスに身を焦がすのだから、物思いにふけって隙が生じてしまうのも仕方がないだろう。愛しき人を想って眠れぬ夜を過ごしているというのなら、私も彼の微睡みを邪魔する訳にはいかない。この時だけは身を呈して彼を護る盾となろうと心に誓いを立て、澄み渡る青空を見つめるレオナくんに意識を集中した。彼の心を乱す春風は、彼の目に一体どのように映っているんだろう。眩く可憐なあの花は、見事彼を射止めて日々美しく咲き誇っている。原石のような輝きを持つ彼女は、こちらが羨ましくなるほど彼だけを見つめて光を放っていた。その光に照らされる獅子の君もさぞ美しく歴史に残る煌めきを残すだろう。きっと後世に語られることになるだろうそれをこれ程の身近な場所から見守ることができる幸運に、神への感謝を捧げずにはいられない。
神から与えられた祝福に思わず笑みをこぼすと、レオナくんは窓の外へと向けていた視線をこちらへ戻し眉を寄せて私と目を合わせた。
「……ハァ? 何言ってんだテメェ」
レオナくんの瞳に自らの姿が映り込んだことを確認して、その高揚感にゆるりと口角を持ち上げる。
「……君も、人並みに戸惑い迷うんだと知れて嬉しいんだ。美しい花を前にしてどうすればいいのか、君も私たちと同じように悩むのだとね。私でよければ相談に乗ろう」
「何が言いてぇのかサッパリだ。俺に構うな」
「フフ……恥じらうことはないよ。確かに秘めておきたい気持ちもよくわかる。そんなところまで一緒だとはね。実にボーテ!」
恋に胸を焦がし普段通りではいられないくらいに情熱を持て余したレオナくんはこの上なく美しい。この姿こそ肖像画にして後世まで残すべきだ。毒の君に次ぐ美しさはいつまでも語り継がれることだろう。ヴィルとレオナくんの絵姿が並ぶ様を想像するだけで昂る気持ちを抑えることはできなさそうだ。
フフフと思わず溢れてしまう笑みをそのままにしているとレオナくんが奇妙なものを見る目を私に向けてくる。
「ルーク、お前……前から確信してはいたが、本当に頭がおかしいんだな」
ここまで話が通じねぇ野郎だとは思ってなかったぜ、と続ける獅子の君は机に肘を突いて深々と息を吐いた。
「おや……これ以上隠そうとしても無駄だよ。私には何でもお見通しさ」
「……だから何の話だよ」
「フフフ……聞いているよ。監督生くんの近しい一年生たちに声を掛けては、君は心を痛めているのだとか」
私の耳打ちに僅かに眉を寄せたレオナくんと目が合う。それだけでぞくりと高揚してしまうのは仕方がない。こんなにも美しい彼が命を燃やし生命の営みに身を投じようとしているのだから、そこから目を離せなくなってしまうのはきっと私だけではないはずだ。
「ムシュー・タンポポも獅子の君に囚われて日々苦労しているようだ。どうやら訪れた春は平穏だけを運んできてくれたわけではないみたいだね」
我々が目の当たりにしている春は、穏やかなだけではなく見ている我々の胸すら切なく焦がしてしまう熱を孕んで学園中を賑わせている。彼と彼女が奏でる音楽はきっと聞いているだけで心が踊り出してしまう軽やかさと涙せずにはいられない感動を伴って私たちを捕らえて離さないだろう。
「でも……今のままではいくら手を伸ばしても恐らく輝く星へと届くことはない……そう思わないかい? レオナくんなりに最大限の幸せを考えた結果が今のアプローチなのかもしれないけれど、これでは君の求めるものには届かない……そうだろう?」
君のやり方はきっとそんなに甘く柔らかなものではないはずだ。
冷静に戦況を見抜き、勝ちを獲るための情熱を決して表に出さず虎視眈々と獲物の命を屠る瞬間を待ち続ける。
気を緩め隙を見せる一瞬を君は絶対に見逃さない。
孤高の王たる君はそうでなければならないはずだ。
「……全く何の話か理解できねぇな」
「そんなことはないはずだ。ムシュー・タフガイにムシュー・ハート……次はムシュー・姫林檎あたりかな? マジフト場でもムシュー・タンポポは後輩たちのために駆け回ることになるらしい」
目を細めてレオナくんの表情を窺えば、レオナくんはようやく合点がいったようでハッと目を見開き軽く溜め息を吐いた。
「……エペルは駄目だ。将来性はあっても、アイツじゃ火に油を注ぐだけでお転婆を止められない」
「……そうか。そういう選定基準なんだね。だからムシュー・スペードも栄誉ある候補から外れたわけだ」
「当たり前だ。マジホイなんて危ないモン教えたらこの先どうなるか想像もつかねぇ」
「……では同じ学年ばかりから選出している理由は何かあるのかい? 身近という意味でなら、二年生や三年生だって候補に上がっていいはずだ」
「……? 何言ってんだ? こういうのは同じ年頃のモン同士で見繕うものだろ?」
まるでそれが当たり前でそれ以外の選択肢はないとでも言いたげな目をして、レオナくんは私のことを見返してくる。世界中にある不思議なものを見るようなその目は、私に奇妙な感覚を覚えさせた。
「確かにそうかもしれないが……僅かな歳の差は誤差というものさ。例えば私ならたった四つ程離れているだけ、それの何が問題だと言うんだい?」
「……お前は絶対に駄目だ。いくらお前の出身が由緒正しき良家のお家柄だとしてもな」
「おや……手厳しいね……では、君ならどうだい?」
私の問い掛けに一瞬だけ動揺を見せたレオナくんは、すぐに表情を改めて溜め息を吐いた。
「はぁ? なんで俺が選択肢に入るんだよ」
「獅子の君と纏まれば、すべてが丸く納まると思わないかい?」
「……思わねぇな」
「私こそ聞きたいね……どうしてそこまで拒むんだい? 身分の差という障壁はあれど、君にとってそれは壁と言うほど分厚いものでもないだろう?」
恐らく君は自らの手が届くものであれば、そんな障害も諸共せず手に入れてみせるだろう?
そんな期待を込めて投げ掛ければレオナくんは的を得ない表情を浮かべて眉を寄せた。
「……? 何言ってんだ……? 俺はただ……最後まで面倒見てやろうってだけで」
「それはどうして? どうしてそこまでするんだい?」
「それは……俺が、寮長で……群れのなかに入れちまったら、面倒見てやるのが義理ってモンだろ」
「……そこに他意はないのかい?」
「他意も何も……それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
言いながら、レオナくんは私からフイと目を逸らしてしまう。その行為が私に対してある種の答えを示しているとわからないはずがないだろうに、今の彼はそれ程に隙だらけで実に興味を唆って堪らない。それだけレオナくんが常の状態からかけ離れた位置にいると教えてくれているようで、ぞくぞくと背筋を駆け巡る興奮に身を震わせるしかなかった。
「君は……自分が胸の奥に秘めているものに気付いていないのかい? あんなにも情熱的にたったひとつの愛の証を追い求めていたというのに」
嗚呼、まさかそんな、そんなことがあるなんて!
気高き獅子の王たるレオナくんが、自分の心にある想いを認めることができていないとは流石の私も予想できていなかった。
あの日、誰よりも貪欲にソレを求めていたはずなのに、ただ『欲しい』というひと言が自ら言えずいじらしさを存分に振り撒いていた彼が、内に抱える情熱を自覚すらしていない。
燻る情熱に踊らされ、自分が取っている行動の真意にレオナくんが気付いていないというのなら、この状況に変化をもたらすべく行動してみるのも一興かもしれない。
「君の胸の内にあるもの……それは本当に『庇護欲』だけかい?」
隙だらけで無防備なレオナくんの胸板をピンと立てた人差し指で差す。
君が内に抱えているものは、庇護欲という|言い訳《オブラート》に包まれた熱情そのものだろう?
「君はまるで雛に羽ばたき方を教える親鳥のように、君の持つ全てを注いでいるじゃないか」
その縄張りへは誰一人近付けず、君たちの園へ一歩でも足を踏み入れようものなら身体の芯から震えが来る威圧感で君は我々を歓迎してくれるというのに、それをただの庇護欲として片付けてしまうなんて勿体ない。
「……どうも獅子の君はわかっていないらしい。君にとっても得意分野、違うかい?」
ジ、と真っ直ぐレオナくんの目を見つめる。
「……得意分野?」
僅かに眉を寄せたレオナくんに、ふわりと微笑みかけた。
「君にとってただひとりの麗しの君を手に入れる。これは『狩り』。そうだろう? レオナくん」
ハッとして目を見開いたレオナくんは、ゆらりと瞳を輝かせて私を見詰めている。
この学園で私だけではなく、君自身が愛の狩人となり、彼だけの獲物を追いかける。
素晴らしいじゃないか!
そしてそれをこんなにも間近で見ていられるなんて。
「フフ……君がどんな手を使って獲物を手に入れるのか……見させてもらうよ」
あぁ、どんなに美しいんだろう!
世界を越えて出逢った君たちが奏でる愛のメロディ。
想像するだけで興奮してしまうよ!
既に高鳴って仕方がない胸を押さえて高揚に身を任せると、レオナくんは途端に表情を険しくして私を睨みつけた。
「ウルセェ……アイツは……アイツはそんなんじゃねぇよ」
今にも私に噛み付いてきそうな獰猛さと抱えたものが溢れ出てしまいそうな動揺でレオナくんの瞳がゆらゆらと揺れている。その目に確かに自分が映されていることを確認して、ニヤリと笑った。
「今、君の胸を占めている『アイツ』とは誰の事だい? 私は『相手が|誰《・》|か《・》』までは言っていないよ」
そこまでの情熱を抱えていながらまだ認めようとしないレオナくんが何だかとても憎らしい。
彼がまだ自分の気持ちを否定すると言うのなら、少しくらい意地悪をしても許されるだろうか。
「……私が想定している『相手』とレオナくんが思い描いている『相手』の答え合わせをしてみようか」
「……テメェ……何が言いたい」
「君が愛しの君を見ているだけでいいと言うのなら、君の情熱を一心に受け止める美しい花をこの手で手折って愛でてみるのも良さそうだ」
レオナくんの目をしっかりと見つめ返してゆったりと告げる。ゆるりと持ち上がった口角に合わせて机に肘を突くと、レオナくんの目に炎が燃え上がった。
「……何のつもりだ」
音を立てて一瞬で大きな炎に成長したそれは私を焼き尽くす勢いで燃え盛り牙を剥いてくる。肌の表面を焦がすような緊張感が纏わり付いて全身の毛が逆立つような緊迫感に包まれる。思った以上に、これは効果がありそうだとレオナくんの目を見つめ返して笑った。
「君の心を奪った小さなシェリーに、興味があるだけさ」
「ふざけるな」
嗚呼、君にそんな顔をさせる彼女が羨ましい。
そこまでの情熱を傾けられる彼女の存在が興味深い。
彼女の本意ではないだろうし、誠実さに欠ける裏切り行為だろうけれど、レオナくんから彼女を奪ってみるのは、もっと彼を知るために必要なことかもしれない。
どうせなら彼の目の届く範囲で奪って、彼の一挙手一投足全てを観察したい。
さて、どうするか、と策を練りながらレオナくんの視線を受け止めていると、私たちの机の前に大きな陰が立ちはだかった。
「ルーク、やめなさい。寮長命令よ」
逆光で表情が見えにくいものの、ヴィルの美しい目許が私を鋭く射貫いてくる。
「まだ続けるつもりなら……週末のショッピング、アンタ抜きで行くことにするわ」
「あぁ、毒の君! それはあまりにも酷すぎる、考え直しておくれ!」
私だけ仲間はずれにするつもりかい、と立ち上がってヴィルへの忠誠を示せば、ヴィルは私から視線を外して軽く溜め息を吐いた。
「アンタがレオナに興味があるのはわかるけど、この件に関してこれ以上手を出したら許さない。人の恋路を邪魔するヤツは何とやら、よ」
わかったわね、と続け、ヴィルはレオナくんの隣の座席へ座る。ちょうど私とヴィルでレオナくんを挟むような形になり、私もヴィルに倣って再び座席へと着席した。突然の出来事に怒りを削がれてしまったレオナくんは困惑しながらも私への警戒を緩めない。そういうところが堪らないよと胸に手を当てながらレオナくんの視線に答えていると、ヴィルはもう一度大きく溜め息を吐いてレオナくんを睨み付けた。
「まぁ……今のレオナを見ていたら、外野がとやかく口を出したくなるのもわかるけど」
だからって本当に口を出すのは野暮だと思うわ。
はっきりそう告げたヴィルも、レオナくんへ何か言いたいことがあるようで、美しい所作で机に肘を突きながら机の下でレオナくんのふくらはぎを蹴り上げた。
「いつまでも春の空気にフワフワ浮かれてないで、レオナもはっきりアピールすればいいのよ」
ナーサリーに通う子どもじゃないんだから、と呆れた目をしてヴィルは空いた指先をレオナくんの前でひらひらと揺らした。
「……ハ? 俺は、浮かれてなんて」
ヴィルの指先に気を取られつつも、レオナくんははっきりと我々に動揺を見せて答える。落ち着きのない尻尾が揺れて椅子の後ろでリズムを奏で、いつもなら音を拾うため聳え立つ耳が弱々しく周囲の気配を窺っていた。
「適当なコト言わないで。アンタ、このままじゃ本当に顔がいいだけのダメ男よ」
「チッ……なんでテメェにそんなコト言われなきゃなんねぇんだよ」
「好きなんでしょ。ユウのこと」
「……………………ハ?」
ヴィルの言葉に大きく目を見開いたレオナくんは、見たことがない気の抜けた表情でヴィルを凝視していた。今ならその開いた口に野菜を入れても気付かないのではないかと思うくらい、今のレオナくんは何処もかしこも隙だらけだった。
ヴィルは、呆れた、と小さく溢して僅かに肩を落としている。それから、綺麗な仕草でスッと人差し指をレオナくんの鼻に突き付けた。
「もう一度言うわ。レオナ・キングスカラーは、オンボロ寮の監督生であるユウのことが好き。持ち前の冷静さを失うほどにね」
「……嘘だろ?」
「アタシに嘘を吐くメリットがどこにあるの? 本当に、コレじゃあ|本《・》|物《・》|の《・》王子様も形無しね」
フン、とレオナくんのことを鼻で笑ったヴィルは、この世の全てが傅くだろうと思わせる女王の笑みを浮かべてみせた。
少し前から教室中の注目がレオナくんに向けられていることを、どうやら本人は気付いていないらしい。身体から力が抜けて椅子に凭れかかっていたレオナくんは、ハッとしたように表情を改めてヴィルの肩に縋り付いた。
「お、おい、ヴィル。おれはどうすればいい」
「ハァ? だからさっき言ったじゃない! とっととアピールすればいいのよ!」
鬱陶しいわね! とその手を華麗に払い除けたヴィルはテキストを開いて授業の準備に取り掛かっている。
「あ、あぴーるってなんだ……雄らしさを見せればいいのか……?」
わなわなと震えながら独り言を唱え始めたレオナくんは、どうやら自分の気持ちというものをようやく自覚し、受け入れ、納得したらしい。すぐに行動へ移ろうとするその姿勢が素晴らしい、と目を細めて観察していると、ヴィルはもう興味がないとでも言うように美しい指先でペンをくるりと回した。
「さぁね……男らしく『好きだ!』とでも言えばいいんじゃない」
おや、ヴィルはもっと情熱的なアピールがお好みではなかったかい、と首を傾げていると、ひそひそと小鳥の囀りが聞こえてくる。
(キングスカラーって……マジの天然王子様やったん?)
(バレンタインのとき、あんなオモロいコトになってたのに無自覚だったってコト?)
(恋を自覚したレオナ・キングスカラーのこれからに乞うご期待、ってか?)
(俺も女の子に毎日スキスキ言われてぇなぁー!)
(それな。まぁでも俺は本物の王子様が女の子を口説く方法の方が気になるわ。やっぱ白馬に乗ってくるんかな?)
(いやー、そこはアレじゃん。お金っしょ)
(うわwそれは露骨すぎん? でもなー、アレは見たいかも。ホラ、肩を抱いて『俺の女になれよ』ってヤツ)
(キングスカラーがやると、それもう十八禁じゃんwユウちゃんのイメージが崩れるわwお兄ちゃんは許しませんよw)
ケラケラと品のない笑い声に眉を寄せると、ダメよルーク、とヴィルが私を嗜める。
「大人しくしてて。ああいうのは言わせておけばいいの。レオナは何を言われても仕方がない見た目がいいだけのジャガイモに成り果てたようなものなんだから」
好きな女の子相手にちゃんと向き合えないなんて男としてダメ、とヴィルはレオナくんのことを酷評した。
ヴィルはロマンチストなんだね。そんなところも君の美しさを演出していて素晴らしいよ。
本当はこの感動を今すぐにでも君に伝えたいけれど、恐らくこの場で伝えることをヴィルは望まないだろうからまたの機会にしておこう。
落ち着かない視線と共にちらほらと漏れ聞こえる醜聞に、表情を変えずヴィルへ問いかける。
「……いいのかい? 少し好き放題に言われ過ぎていると思うんだけれど」
「嫌なら本人が何とかするわよ。聞こえてないだろうけれど、ちゃんと聞いてるだろうし」
授業が始まったことで私たちも声を潜めたけれど、僅かに浮ついた教室内の空気はまだしばらく落ち着きそうにない。そして渦中のレオナくんも、未だ立ち直る様子を見せず、ただひとり口を閉ざして何か考え込んでいるようだった。どこか遠いところを見つめていろいろなことを思案しているレオナくんのことは時折見掛けるけれど、今目の前にいるレオナくんのように隙を見せてくれることなんて殆どなかった。今の彼なら、美しい鬣から友情の証として一房頂戴しても、気付かれないような気がした。
「……本当にこの学園は面白いよ。興味深いものをたくさん観察することができる……レオナくんのこんな姿、自国にいたままでは想像すらできなかった」
独り言のように呟くと、ヴィルは前を向いて授業を受けている姿勢を崩さないままクスリと笑った。そして、アタシもよ、とこっそり打ち明けるように小さく呟いた。楽しそうなヴィルの姿に満足しつつ、ちらりとレオナくんの様子を窺う。
「レオナくんはどこか遠いところへ行ってしまっているのかな」
「そうね。サバンナの真ん中にでもいるんじゃない?」
私の問い掛けにそう返事したヴィルは果たして本気なのか冗談なのか。
けれど、レオナくんの様子から考えると、あながち彼が今サバンナの真っ只中で大自然の恩恵を浴びているというのも外れだとは思えなかった。ふと思いつき、魔法で指先に小さな花を咲かせレオナくんの鬣を彩っていく。レオナくんは気付いた様子がなく、ただ何処か遠くを見たまま、物思いに耽っていた。いくつもの色とりどりの花でレオナくんの三つ編みや豊かな鬣を飾り付ける。さながら物語に登場するプリンスのようだ。
「ちょっと。そんな楽しそうな遊び一体どうやって思いつくの? アタシもやるわ」
ここがポムフィオーレならメイクだってコーディネートだってできるのに。
不満そうにそう呟いたヴィルは、花冠を魔法で編んでレオナくんの耳を装飾した。
「折角ならヘアスタイルだって完璧にしたいと思わない?」
私に笑いかけたヴィルはとても楽しそうで、美しかった。
~ルーク・ハントの場合~
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