そして素直に愛を伝える。 - 3/3

そして二人は朝を迎える。

「ちょっとここで待っててくれるか?」

そう言って先生は席を外してしまった。離れる直前にぎゅっと私の手を握った先生の手は、指先までとても熱くて。火傷してしまうかと思った。
赤くなった頬を冷ますように頬に手を添えると、バーテンダーがさり気なくグラスに入った水を出してくれて。ありがとう、と素直に受け取ってひとくち口に含んだ。冷たい水が心地よく喉を潤してくれる。火照った身体にはこの冷たさが丁度よかった。
先生に、好き、って言われた。言われてしまった。思い出すだけでもかぁぁっと体温が上がってくるのがわかる。ずっと、そうだったらいいなって思っていたことが、現実になってしまった。それに答えるように、自分の気持ちも、吐露してしまった。ずっと秘密にしてきた先生が好きだという気持ちを、伝えてしまった。これからどうなるんだろう。どうすれば、いいんだろう。赤くなった頬を隠すように顔を両手で覆う。未だ、ドキドキと心臓が煩い。

「ゴメン。お待たせ、紫穂ちゃん」

元座っていた席に再び腰掛けた先生は、バーテンダーが出してくれた水を口に含んでグラスをカウンターにコツリと置いた。

「……どうかした? 紫穂ちゃん」
「……大丈夫、何でもないの」

隠し切れないことを自覚しながら、ゆっくりと手を顔から外す。そろそろとカウンターに手を添えると、先生の手がそっと私の手に触れた。その指先はさっきの熱さとは違って、水のグラスに冷やされて冷たくなっていて。私の指にそろりと絡められる。

「あのさ、紫穂ちゃん」
「……なぁに? センセ」
「俺は、今日のこと、酒の席での虚言にしたくないと思ってる」

先生の指先にきゅっと力が入る。絡んだ指先から、甘くて熱い思念が、じわじわと広がっていく。

「紫穂ちゃんさえ、嫌じゃなければ……今夜、一緒に過ごさないか?」

痺れるような甘さの中に、少しの緊張が交じり合って伝わってきて。私は、どう答えるのが正解かわからなくて、ただ、こくりと頷くことしか出来なかった。先生の言っている言葉の意味がわからない程、子どもでもない。でも、このままなし崩しみたいになるのは嫌で、簡単に身体を許してしまっていいのかという不安もある。だけど、面倒くさい女だと思われるのも嫌だ。そもそも、先生にそんなつもりは無くて、ただ一緒に時間を過ごすという意味で私を誘っているのかもしれない。ぐるぐると空回りしている頭を何とか動かして、そろりと先生の目を見つめると、先生の目もゆらゆらと不安に揺れていて。先生は少し硬い表情から、ふ、と力を抜いて口許を緩めた。

「でさ……ここでカッコ良く、部屋取ってあるんだ、って言えたら良かったんだけど、フロントに聞いたら、やっぱり今日、クリスマスだし、空き部屋ないみたいでさ……もし良かったら……うちに来ないか?」

恐る恐る、といった様子で先生は問い掛けてくる。触れた指先から伝わってくるのは、ゆらゆら揺れる目と同じ、不安。絡む指に力を籠めると、甘えるように指先を撫でてきて。嫌か? ともう一度不安げに問い掛けられて、断れるわけがなかった。

「いや……じゃ、ないよ」

流されてしまっているかもしれない。でも、好きな気持ちを抑えられるわけがなくて。もし、明日にはやっぱりお酒の席のことだからって言われたらどうしよう。不安な気持ちを抱えたまま、席を立った先生に倣ってゆっくりと席から立ち上がる。
先生は、私と手を繋いだまま私を気遣うように歩いていく。二人とも無言のまま、フロントでタクシーを呼んでもらって、そのまま後部座席に乗り込んだ。
先生が行き先を伝えたきり、タクシーの中は静寂に包まれている。なのに、ドキドキと鼓動が煩くて。先生に赤い顔を見られたくなくて、窓の外に流れる風景を見ていた。ずっと繋いだままの手からは相変わらずふわふわとした甘い痺れが伝わってきて。これが好きっていう気持ちなのか、それとも一時の気の迷いなのか、どうしても判断できなかった。

「着いたよ、紫穂ちゃん」

先生が繋いだ手を離してお会計を済ませる。それをボーッとした頭で見つめていると、またそっと手を繋がれて。優しく手を引かれてタクシーから降りた。足許までが何だかふわふわしているようで、先生に手を引かれるままマンションのエントランスへ足を踏み入れた。
何度か訪ねたことのある先生の部屋。当たり前だけど、その時と変わらない道筋を辿ってエレベーターホールへと向かう。二人でエレベーターに乗り込むと、先生がそっと身を寄せてきてぐっと距離が縮まった。ドキリと心臓が跳ねるのを何とか誤魔化していると、繋いだ手に先生がそろりと指を絡めてきて。俗に言う恋人繋ぎをされて、思わず耐えきれなくて俯いてしまった。
チン、とエレベーターがフロアに到着したことを告げて、先生がゆっくりと私を促すように歩き始める。ばくばくと煩い心臓を何とか鎮めながら、顔を俯けたまま先生についていくと、あっという間に先生の部屋の前に着いて。電子ロックを外した後に、ガチャリと鍵の開く音が響いて先生がゆっくりとドアを開いた。

「どうぞ。入って」
「……お邪魔、します」

ふわふわした気持ちのまま、そろそろと玄関に足を踏み入れた。先生と手は繋いだまま。静かすぎる空間に、バタン、と扉の音が響いて、先生が鍵を閉める。それをじっと見守っていると、こちらに視線を移した先生と目が合って。ドキリと高鳴る胸に震えると、見た事ないくらい甘い顔で先生が笑った。

「紫穂ちゃん」

離れていた一歩分の距離を詰めるように、先生が歩み寄る。

「抱き締めていい?」

そっと囁くように呟かれて、ふるりと身体が震える。そろりと先生を見上げると、ふわりと笑った先生が返事をする前にそろそろと腕を私の腰に廻してゆっくりと距離を縮めた。ぽすり、と先生の身体に触れて、ふわふわした空気に混じって先生から甘くて芯が蕩けるような想いが伝わってきて。想いと同じ優しい抱擁にじわりと涙が浮かんだ。

「好きだよ、紫穂ちゃん」

耳元で先生の声が響いて、きゅっと先生の服を掴む。じわりと指先に広がる熱に、眩暈がしそうだった。

「……ホント? 信じていいの?」

震える声を誤魔化すように、先生の胸にトン、と額を預ける。触れたところから伝わってくる緊張に、同じように緊張していることがわかって、恐る恐る顔を上げると、まるで壊れ物を扱うように、先生の手のひらが私の頬を包んだ。

「自分でもびっくりするくらい、君に夢中なんだ」
「……誰にでも、言ってるんでしょ」
「どうすりゃ信じてくれる?」
「……だって、こんな」
「君こそ……明日になったら夢でした、とか言わないだろうな?」

甘えるように、こつり、と額を合わせてきた先生の目は、やっぱり不安でゆらゆら揺れていて。先生の存在を確かめるように、頬に触れる手をぎゅっと掴んだ。

「……ずっと、先生とこうなれたらいいなって、思ってたの」

震える声で先生に伝える。触れた手からきっと私の想いも伝わってしまってる。

「先生が、私だけ見てくれるなんて、きっとないんだろうなって」

きゅ、と指先に力を込めると、それに応えるように先生が私の頬を撫でた。するすると先生の指先が私の肌の感触を楽しむように頬を伝う。それに指を絡めるように先生の指に手を這わせて口許へと寄せた。

「こうして触れることができるなんて、夢のまた夢だと思ってた」

先生の手のひらにキスを落とすと、先生がクスリと笑って私の顔を包み込んだ。

「俺の気持ちなんて、もうとっくにバレてると思ってた」
「……口にしてくれなきゃわかんないわ」
「レベルセブンなのに?」
「先生の気持ちの形が私と一緒なのかなんて、わかんないもの……先生こそ、私の気持ち、透視み取ってたんじゃないの?」
「……君が俺と同じ気持ちでいてくれるなんて、俺の妄想か何かだと思ってたから。君から言葉にしてくれなきゃ、わかんなかった」

ずっとずっと、二人とも相手が言葉にするのを今か今かと待ち望んでいた。それこそ我慢比べみたいに。蓋を開けてみればそんな簡単なこと。

「君が好きだ。君だけなんだ。紫穂ちゃん」
「私も……先生だけ、だよ」
「好きって言ってくれよ、紫穂ちゃん」
「好き……先生が、好き」

二人で額を合わせて睦言を囁き合う。ふわふわとした空気がお互い言葉にすることではっきりと形を伴った気持ちに変化して。触れたところから伝わってきていた甘い刺激の意味が手に取るようにわかる。今までにない濃密な接触が、更にお互いの心を丸裸にして。

「寝室、行かないか」

つづきはくるっぷへ

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