『マンネリ』という言葉を耳にしたことはあるだろうか。
俺が初めて耳にしたのはほんの餓鬼の頃。無駄な会議に明け暮れているクセに、議題を進展させようともしない奴等が口にしたセリフ。子どもながらに、そう言う割には新しい提案もせず内容を改めて見直すこともしないなんて、コイツら実はただの莫迦なんじゃないかと感じたのを覚えている――まぁ、結果的にその後数年も待たずに、アイツらは中途半端な保守しかできないただの無能だと思い知ることになるんだが。
それから更に数年後。俺は僅かに籍を置いた学舎のなかで、改めてその言葉を耳にすることになる。
今はもう懐かしいサバナクロー寮の談話室。食後のがやがやと煩い群れの中、池の周りではなくわざわざ隅に集ったそいつらは、ある学生の相談に乗っているらしかった。
「初めてのカノジョで……俺、もうどうしたらいいかわからん!」
ひと思いに叫んだ後、ワッと顔を伏せてしまったその学生は、どうやら恋愛相談をしていて、その『カノジョ』とやらと上手くいっていないらしい。へぇ、ご苦労なことで、と鳥の囀りを聞き流すように目を閉じる。もうすぐ試験だとか、購買に新しい商品が並ぶとか雛鳥が餌を強請るように賑やかな語らいのなか、隅っこでヒソヒソと身を寄せ合っているその数人の集団に僅かばかり興味を惹いた。
「……それってさー、やっぱマンネリなんじゃね? 初めてだったら大体そうなっちまうモンだから気にすんなよ」
「じゃあ俺どうすりゃいいの? マンネリ打破って具体的には何すりゃいいんだよ! 教えてくれよ!!!」
「そりゃあよぉ……マンネリには新しい刺激。これが一番効くってモンよ」
マンネリには新しい刺激が効く。それは確かにそうだろう。だが、恋愛関係におけるマンネリってそもそも何なんだ。自分にとって恋愛はもう必要のないモノで経験することもないであろう代物だというのはわかっていた。だが、不明なことは潰しておきたい性分が顔を覗かせて、『恋愛関係におけるマンネリ』というものが一体何なのか、そのときは気になって仕方がなかった。残念ながらその後、ソイツらは自室に引っ込んでしまったのでそれ以上の聞き耳を立てることもできず、かと言って誰かに聞けるような内容でもない。調べるとしても何の資料を辿ればいいんだ? とまで考えて、その時の俺はそれ以上考えることを止めた。
まさかその数年後、時を経て『恋愛関係におけるマンネリ』について調べ、この身をもって実体験することになるなんて思いも寄らなかった。
「レオナさん、そろそろ起きて。会議に遅れちゃいますよ」
「……んンー……まだ……寝かせろ」
「もー! このやり取り朝からこれで五回目ですよ! 朝ごはん食べながら会議に出たら長老どもにバカにされちゃうって言ってたじゃないですかぁ!!!」
はやく起きてぇ! と叫んで布団を勢いよく引っぺがしたユウは、ついでとばかりに俺の腕をぺしぺしと叩いた。
「これ以上は待てませんからね! 私も遅刻するわけにはいかないので!」
「わぁった……わかったから……起き、りゃあいい、んだろ……」
眩しい陽の光に思いきり顔を顰めつつ、マットレスと枕に顔を埋めて何とか光から逃れる。背中の肌を直接陽の光に焼かれているようなあたたかさを感じて、ハッと顔を上げた。
「ユウ、ユウどこだ」
「私はここにいますよ?」
まだ寝ぼけてるんですか? と俺の顔を覗き込んだユウは不思議そうに俺を見つめてくる。もうすっかり身支度を整えているユウは、今にも朝食へ向かえそうな姿をしている。
「……お前、風呂は?」
「シャワー浴びちゃいましたよ? レオナさんを三回目に起こしたあとに」
「…………今からもう一回一緒に入ろうぜ」
「もうどう頑張ってもそんな時間作れませんよぉ! 今日は私も遅刻できないんですから!」
ベッドへ身を投げたまま甘えるようにユウに手を伸ばすと、応えるようにユウは手をいっぱいに広げて俺を抱き締めてくれる。そのまま抱き枕にしてしまおうと画策するも、物凄い抵抗とともに俺の目論見は破れてしまった。
「ちょっ、髪が崩れちゃいます! せっかくターシャが綺麗にまとめてくれたのに!」
僅かに乱れた髪を丁寧に撫で付けてユウはベッドから離れていく。その身のこなしに舌打ちしつつ、何とかマットレスから上半身を剥がした。
「……南の遺跡調査か」
「ハイ! 今日は教授も一緒の調査なので、たくさんお話し聞けるといいなって今からとっても楽しみなんです!」
パッと満面の笑みで返事をしたユウは本当に今日の予定を楽しみにしているようで、ウキウキという効果音が今にも聞こえてきそうだった。
「……俺もそっちがいい」
普段であれば、間違いなくユウとともに遺跡調査へ顔を出して俺も気の知れた教授と日が暮れるまで調査に励むのに、今日は参加できないことが非常に口惜しい。何ならとても浮かれているユウが恨めしく感じてしまうくらいに羨ましくて、ベッドサイドに立つユウを捕まえてうりうりと柔らかな身体に顔を擦り付けた。
「んふふ……その気持ちはよくわかります。だから会議が終わったら合流できるように予定を調整したんでしょ?」
ユウはよしよしと俺の頭を撫でながら、寝癖で乱れた鬣へ丁寧に指を通していく。あまりの心地良さにゴロゴロと喉を鳴らしながらもう一度ぎゅうとユウの細い身体を抱き締める。
「……会議サボる」
「ワガママ言わないの。今日の会議はどうしても抜けられないから午後から調査に合流するって決めた先々週のレオナさんが泣いちゃいますよ」
まるで子どもに言い聞かせるような口調なのに、嫌じゃないのが不思議だ。それでも離れる気はないと抱き締める力を強くすると、顎に両手を添えられて顔を持ち上げられる。ユウの細い指が険しく寄った眉間の皺を解すように撫でて、優しいその仕草にうっとりと目を閉じる。
「私のカッコイイ旦那様のレオナさんなら、チャチャッと会議終わらせてランチからご一緒できますよ。私、遺跡でレオナさんのこと待ってますね」
今日はレオナさんの好きなローストビーフのサンドイッチを用意しましたから、とユウは耳元で囁いて、俺の頬にそっと口付けた。
「会議頑張ってくださいね。じゃあ私はこれで」
朝食行ってきまーす! とユウは元気よく寝室を飛び出して行った。俺とのランチより、遺跡調査の方が楽しみなんじゃねぇか? と思わずにはいられない後ろ姿を見送って、身支度を整えるべく渋々ベッドから離れた。
「今日の遺跡調査は大収穫でしたねぇ」
ホクホクと満足気なユウは助手席で大人しく俺が運転する車に揺られながら今日の報告会を進めていた。
紆余曲折あったものの、そもそもユウがこの国に来た目的の根本はこの国のために役立つ人材になることだ。俺の隣に立ちたいというのはあくまで願望、目的のついでに達成できればいいなという程度で、最後の最後まで俺と結婚できるとは思っちゃいなかったらしい。まぁ、それに関しては俺自身もそうなので言い返すことができないのだが、それでもアレだけ好きだのかっこいいだの言っておいて俺だけに夢中ってワケじゃねぇのはどういうことだよ、と今でも少し詰め寄りたくなるときがある。
今日の調査だって、俺と一緒に過ごせることよりも遺跡調査の方が楽しみだったんじゃねぇのかと疑っている。
決して世話になっている教授との仲を疑っているワケじゃないのは理解してほしい。
ただ、俺が好きで結婚までしてくれたというのなら、もっと俺に対する何かが重視されてもいいんじゃないかと思わずにはいられない。この国に貢献する、という目的をまっしぐらに達成してくださっている俺の奥様は、俺と過ごすことよりも国を知り、国に尽くすことの方が楽しいと感じているんじゃねぇか? 恐らく世間一般では俺たちはまだ新婚と呼ばれる期間だと認識しているが、新婚ってもっとこう、もっと何かあるんじゃないのか。それともアレか、やっぱり交際期間がないまま、なし崩し的に結婚に漕ぎ着けたから、優先事項がおかしくなってるのか。
ふぅ、と隣にいるユウにバレないよう隠れて溜め息を吐くと、隣からジッとこちらを見ているユウの視線に気付いた。
「……どうした」
そんなに見られたら穴が開く。こっちは運転中で手を離せないっていうのに、急にそういう可愛いコトをしないでくれ。お前が俺を見つめてくれるのなら、俺だってお前の青い瞳に自分を映したい。どれだけ見つめていたって飽きることのない煌めきを自分だけのものにしてしまいたいのに、コイツはそんなところに留まっていてくれる女じゃないというのを思い知ってしまった今、果たしてユウは俺との結婚生活をどこまで優先してくれるんだろうか。立派に王族としての役目を果たしていると言えば聞こえがいい。ひょっとしたらずっとこの国の王になりたかった自分よりも真っ当にそのお役目を果たしているかもしれない。王族としてこの国のために動くことと、俺と夫婦で在り続けることを天秤にかけたとき、ユウの心の天秤は、一体どちらに傾くんだろう。
「……レオナさん、やっぱり運転うまいなぁ、と思って。私も免許取ろうかなぁ」
ふふ、と笑いながら、ユウは優しい声で呟く。ちらりと横目でユウの顔を確認すると、ユウは相変わらずこちらを見てふわふわと笑っていた。
「……車はダメだ」
車なんて渡したら、本当にどこかへ行ってしまいそうで恐ろしい。
俺をひとりあの王宮に残して、外の世界に飛び出していってしまうだろう。広いのに狭苦しいあんなところより、皆の顔がよく見えてのびのびできる場所で活動する方が良いとか何とか言って。
「え〜……免許があれば、運転代わってあげられるのに」
「……好きでやってるから代わらなくていい」
「でもいつも忙しいところに車出してもらうの申し訳ないです」
「気にするな。サボる口実だ」
「あはは、それもそうですね!」
じゃあこれからもレオナさんに運転してもらおう、とユウは笑った。女々しい独占欲はうまく誤魔化せたようでほっとしていると、あっという間に二人きりのドライブは終わってしまう。王宮の車庫にゆっくり車を納めると、ユウがシートベルトを外しながら俺の顔を覗き込んだ。
「レオナさんは今日もうお仕事上がりですか?」
一緒に部屋まで戻れます? と首を傾げてくるユウに、ゆるりと首を振る。
「いや……まだ少し残ってる。ラギーとジャックから頼んでる調査の報告も受けなきゃなんねぇしな」
「そっか……じゃあ私、先にお風呂いただきますね。夕食はレオナさんと一緒に食べたいです」
「あぁ、わかってる。それまでには戻る」
待ってます、と微笑んだユウに視線を合わせて顔を近付ける。するとくすぐったそうに頬を緩めてユウは目を閉じた。それを合図にそっと唇を合わせてゆっくりと触れるだけのキスをする。ただこうして俺を受け入れてくれるだけでも充分嬉しいのに、何処か物足りなくて手放せなくなってしまう。
これが、『マンネリ』ってやつなんだろうな。
もっと触れていたいという気持ちを抑えてユウから離れる。それでも離れがたいという欲望がユウの頭に手を伸ばして撫でることを止めてくれない。ユウが心地よさそうに身を任せてくれるのが嬉しくて、ユウのつるりとした額にも口付けを落とした。
「んふふ……レオナさん、さみしいですけど、そろそろ行かないとラギー先輩が呼びにきちゃいますよ?」
「……わかってる……あー……クソ」
最後にぎゅうと小さな身体を抱き締めればユウも俺の背中に手を回して抱き締め返してくれる。何もかもをグッと堪えて身体を引き剥がせば、困った顔で笑うユウと目が合った。
「お仕事、はやく終わらせて一緒にごはん食べましょう? 私、待ってますから」
「……あぁ。行ってくる」
車から降りてユウと別れると、頃合いを見計らったようにラギーとジャックが現れて俺を執務室へと連行した。
「|随《・》|分《・》|早《・》|い《・》|お《・》|帰《・》|り《・》|で《・》?」
ニヤニヤと俺を見ながら厭味ったらしくそう言うラギーに、思いっ切り顔を顰めて溜め息を吐く。
「ウルセェ……どっから見てやがった」
「ヤダなぁ、覗きなんてしてませんって~。むしろ誰も来ないように見張っててあげたんスよ~」
シシッと笑うラギーを睨み付けると、ジャックが真っ直ぐな目をしてこくりと頷いた。
「ちゃんと見張ってたんで安心してください。誰ひとり寄せ付けませんでした」
任せてください! と胸を張っているジャックに、頭が痛くなるのを感じながら、悪いな、と答えた。
俺の執務室に戻って書類を確認しながら二人の報告に耳を傾ける。進めている計画の重要性が裏付けられ、渋っている重鎮たちを黙らせる準備が整ってきた。あとは一番効果的なタイミングを狙って情報を出してやればいい。さて、いつがいいか、とその時を算段していると、レオナさん、とラギーが真剣な表情を俺に向けた。
「最近仕事熱心なのはいいっスけど……アンタ悩みあるでしょ? 何かあったんスか」
「ユウのことだったら、俺たちでよければ聞きますよ」
まるで示し合わせたように続けたジャックに、コイツらの本題は報告よりこっちだな、と溜め息を吐いた。
「別に何もねぇよ……俺はいつも通りだろうが」
「それ本気で言ってます? いつも以上にユウくんのこと目で追っかけてるクセに」
「……あと、普段の覇気を全然感じねぇ。今のアンタはちょっと腑抜けててカッコワリィ」
「テメェら……好き放題言ってくれるじゃねぇか」
学生の頃からの付き合いのせいか、コイツらは本当にこの王宮のなかでも遠慮というものを知らない。それを他の目がないところで確実にやってくるんだから、虎の威を借る狐も驚きの処世術だ。
ハァァ、と深く溜め息を吐いて頭を抱える。どうせ黙ってたってこちらが吐露するまで粘るんだろう。ここに来てからのコイツらは本当に学生の頃よりも遠慮がない。さて、どう打ち明けようか、と少しだけ考えて、今更格好を付けてもしょうがねぇか、と開き直った。
「……これが……マンネリ、ってヤツなんだろうな、と思ってな」
幼い頃に耳にしたソレではなく、学生の頃、何となく耳にすることになった『マンネリ』という言葉。そしてそれを恐らく今自らが体験している。ユウとの関係はもっと深く、密なものだと思っていたのはどうやら自分だけで、アイツは手綱を放してしまえばすぐに何処かへ走り去ってしまうようなじゃじゃ馬のごとく、俺の元には留まってくれていそうにない。学生の頃から目を離せば何かに巻き込まれその都度危機感を持て、好奇心のままに突っ走るな、もっと淑女らしくなれと口酸っぱく言い聞かせ見守ってきたが、ひょっとすればユウはあの頃から全く変わっていないのかもしれない。いっそ首輪でも付けたらおとなしくしていてくれるんだろうか、と溜め息を吐くと、呆れた顔で俺を見据えるラギーと驚いたように目を見開いて俺を見つめるジャックと目が合った。
「……アンタが何を見て何をどう感じてるのかは知らないっスけど。ユウくんに限って、アンタに飽きるとか有り得ないっスよ」
いやホント有り得ねぇ、とラギーは顔を顰めて重ねてくる。
「……マンネリって……飽きてる状態を指すのか」
俺の問い掛けに、ラギーとジャックは顔を見合わせている。それから腕を組んでウーンと唸り始めた。
「飽きてるって言うより……刺激が欲しい? 足りない? とか? そういう感じ?」
「……確かに、純粋に飽きてるっていうより新鮮味がねぇって言った方がしっくりくる気がします」
ラギーとジャックの返答に、どきりと嫌な方向へ胸が跳ねる。
新鮮味ってなんだ。
いや、そもそも刺激が足りないってどういうことだ。
ざわざわと胸の内を何かが逆撫でていくのを感じて思わず胸を押さえる。
「ユウはアンタと一緒に過ごせればそれで充分幸せだと思います。ましてや結婚して夫婦になれたんすから、毎日刺激的だと思うんですけど……マンネリ、なんすか?」
まさか、とでも言いたげな目でジャックが俺を見つめてくる。その横でラギーは呆れすぎてもうどうしようもないというジト目を俺に向けていた。
「絶対余計な心配でしょ。ユウくんがレオナさんに飽きるなんて」
「……何を根拠にそう言える」
「美人は三日で飽きるって言うのにあの子アンタの顔未だに大好きじゃないっスか。根拠はそれで充分でしょ」
ラギーの指摘にぐぅと唸って奥歯を噛み締める。アイツは未だに俺の顔写真を撮りたがるが、アレだってもうきっと日課みたいなモンで習慣だからやめられないだけかもしれない。そうなってくるとまだ俺の顔が好き、という説も怪しくなってくるんじゃないか。
(アイツは今の|生《・》|活《・》が刺激的なんだろうな)
ジャックの言う『毎日刺激的』なのはここでの生活のことを指していて、そこに俺はいるのか、と問い質せば正直疑問があるとしか言えない。スラムへの慰問、遺跡の調査、条例の見直しやら政策提案、オマケにお義姉様とのお茶会、ターシャとのお喋り、エトセトラ、今思いついたなかでも絶対に俺とともに行動することを想定して楽しんでいるという予定がどれほどあるだろう。残念なことに、俺がいなくてもアイツが思いきり頭を使って楽しめるそれはそれは充実した日々の出来事ばかりだ。
ハァァァァ、と更に深く溜め息を吐いて眉を寄せると、ラギーはウンザリしたように顔を皺くちゃにしてげっそりと溜め息を吐いた。
「……アンタが一人で悩んでたって良い事ないっス。どうせ拗らせてダメになるだけなんスから、とっとと腹割ってユウくんに甘えればいいんじゃないスか?」
めんどくせぇ、と顔中に書き散らしてラギーは顔を顰めている。そう簡単にいくか、と口を引き結んでラギーから目を逸らした。
「……これ以上、ユウに格好悪いトコ見せられるか」
「ハァァァァ!? アンタ、ユウくんが絡むことで今までカッコよかったトコなんてありました?! 顔以外に?! 俺聞いたこと無いなぁ!!!」
目が零れ落ちるんじゃねぇかという勢いで目を見開いたラギーは、まるで俺を馬鹿にするように驚いたポーズを取って首を傾げている。
やっぱり俺は顔だけなのか。
そんなことはねぇと思いつつも、周りからこれだけ言われれば流石に落ち込んでしまってがっくりと肩を落とすしかなかった。
「そ、そんなことねぇと思いますけど……ユウはアンタのこと、ずっと好きっすよ。それこそ国を跨いで追っかけてくるくらいには」
宥めるように告げるジャックはオロオロしているものの、本心からそう言っているらしい。犬っころにフォローされるなんて、俺も遂に焼きが回ってしまったらしい。
「……ッ……それが……それが逆に不安なんだよ。国に興味があるのはありがたい。王族として貢献してくれるのも本当に助かってる。でもな、俺を追っかけてこんなトコまで来たんなら、もっと俺のコト見てくれてもいいだろ」
そこまで言って慌てて口を閉じる。気心の知れた後輩達を前にして、ついこぼれ出てしまった本音と弱音に頭を抱えた。何も聞かなかったことにはしてくれねぇんだろうな、と恐る恐る二人の様子を窺うと、死んだ目で俺を見ているラギーと不思議そうな表情で俺を見ているジャックと目が合った。
「アンタ……本当にバカだったんすね……」
「……? ユウはずっとアンタのこと見てるじゃないすか」
何言ってんだ? と奇妙なものを見るジャックの目が嫌に突き刺さって口元を歪める。
お前はそう言うが本当のところはわからねぇだろ、と言い返したいところだが、本当のところは誰も何もわからないんだから言い返したって仕方が無い。
本当に、本当にユウは俺を見てくれているんだろうか。
芽生えた不安はどうしようもなく自らを蝕んで、じわじわと心を侵していく。
「……そんなに言うなら、もう一回惚れさせてやるくらいの気概を見せりゃあいいんじゃないっスか〜。どうでもいいけど」
「ハァ?」
「晩飯食いっぱぐれるのはゴメンなんで。この話にはもう付き合ってらんないっス」
では殿下お疲れ様でございました~、とラギーは営業スマイルを顔に貼り付けて執務室から立ち去っていった。呆気にとられてその後ろ姿を見ていると、先輩、とジャックが頭を下げる。
「グリムが宿舎で待ってるんで、俺も失礼します」
「お、おい、ジャック、待て」
では、と改めて頭を下げたジャックを慌てて呼び止める。
「ユ、ユウは……本当に満足してるのか」
シン、と執務室のなかに沈黙が走る。ジャックは俺を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「……それは俺に聞くことじゃねぇ。アイツに直接聞けばいいだろ」
では失礼します、とジャックも執務室から出て行き、俺一人がここに取り残される。ハァァ、と深く溜め息を吐きながら背もたれに身体を投げ出した。
ジャックとラギーに相談してみたものの、何か的を射た答えが出たわけでもなかった。むしろやっぱり俺はつまらない男なんじゃねぇかという確信が増しただけだ。
夫婦生活に新鮮味を持たせるってどうすりゃいいんだろうな。
そもそも新鮮どころか交際期間もなく結婚した俺たちに、新鮮という言葉は一体何を指すんだと問いたい。
ふと思い立ってプライベート用の電子端末を取り出し検索を掛ける。
【夫婦生活 刺激】
たったこれだけのワード検索で何かにたどり着けるとも思えなかったが簡単なヒントくらいは見つかるかもしれない。
こんなことを検索しているとバレてしまったらと考えるだけでゾッとするが、バレる前に履歴を消してしまえば問題ないだろう。
どんな内容が引っ掛かるんだろうな、と半信半疑画面をスワイプしていくと、ドキリとするワードが目に飛び込んできて思わず画面を胸に伏せて隠した。誰もいないというのにキョロキョロと周囲を見渡してから隠れて恐る恐る画面を覗き見る。
知らないワケじゃないが、俺にとってはある種未知の世界。進んで知ってこようとも思わなかったし、必要になるとも思わなかったから敢えて知らぬまま通り過ぎてきたその知識。
色とりどりのアダルトグッズが画面いっぱいに並んでいる。
性の盛りだった頃ですらどうでもよくて、殆ど興味がなかったのに、何故か急に今それらの魅力に惹き付けられた。
これはどう使うんだ。これをユウに使ったら、ユウはどうなってしまうんだ。
艶やかな妄想が頭の中を駆け巡って、気付けば購入ボタンを押している自分がいた。
ハッとした瞬間、既に時は遅しで決済情報が登録された端末には『ありがとうございました。即日発送いたします』の文字が躍っている。
やってしまった。こんな愚かなことに走ってしまった自分が情けない。こんなものに頼るなんて、と思っている反面、全く興味を抑えることができていない自分も自覚してしまっていた。
ユウはこんな俺に退くだろうか。
だが、俺の腕のなかであられもなく乱れるユウも見てみたい。
もっと欲に塗れて俺に夢中になってほしい。
一度でいいから、俺以外要らないと縋ってほしい。
そこまで考えて、自分の欲の深さに絶望した。
自分の世界に帰れなくなったときですら、俺に向かって笑顔を見せたアイツがそんなこと言うわけがない。
どこまでも情けない自分に、自嘲するしかなかった。
「レオナさん。お話があります」
あれから数日経ったある日。夕食後、二人で部屋に戻り、あとは眠るだけというタイミングでユウが口を開いた。浮かべられた笑みが妙に恐怖を煽ってゴクリと喉を鳴らす。ここじゃアレですし、ベッドに行きましょうか、と誘われ素直についていくと、ユウが俺に向き合って座るよう笑顔のまま指示してくる。のそのそとベッドに上がって膝を突き合せたところで、もう一度ゴクリと喉を鳴らした。
コレはアレだ。オンボロ寮のゲストルームを喧嘩で散らかして、ユウに怒られたときと同じだ。ということは、俺は今から怒られるのか。一体何を? 心当たりがない、と焦っていると、ユウはおもむろに口を開いて笑った。
「レオナさん。私に隠し事してますよね?」
ニコニコと笑っているのに恐怖で背筋が震えてドキリと心臓が跳ねた。オマケに肩もびくりと跳ねて尻尾が自分の足に絡みついてくる。SEIZAというものをさせられてただでさえ足が辛いのにちゃんと反省したとユウが納得してくれるまで解放してはくれなかった苦痛の時間は細胞レベルで染み付いている。今の今まで忘れていたあの感覚が耳の先から足のつま先まで一瞬で思い出されて思わず身震いしてしまった。自然と耳も頭へ張り付くように寝そべってしまい夫としての威厳も何も無い状態になってしまう。
「耳を垂れてもダメです」
「……俺の耳は可愛いだろうが」
「……くっ……か、可愛いけどダメです。可愛いけど騙されません」
何だかんだ俺に弱いユウはこれで流されてくれると思ったのにうまくいかなかったらしい。うぅ、と何かを堪えるように目を閉じたユウはブンブンと頭を振って煩悩を払っているようだ。そのまま煩悩に流されてくれよと意図的に耳を動かしてみても、ユウはもう流されてはくれなかった。俺のコトが好きなら、もっと俺の耳を可愛がってくれてもいいんじゃねぇか。チッと舌打ちして非道な現実から目を背けると、オホン、とユウは咳払いをする。あっという間に取り戻されてしまった主導権に大人しく従うと、ユウは再びニッコリ笑って首を傾げた。
「……私には話せない内容ですか?」
「いや……そういうワケじゃねぇが……」
「じゃあ話してくれますよね? 隠し事をされて、私とっても寂しいです」
ユウは大袈裟に悲しい表情を浮かべて演技がかった仕草で落ち込んでみせる。その姿に俺が弱いことをわかってて敢えてやるとは良い度胸だ。お前が俺の耳に流されてくれなかったように、俺だってお前の演技に流されるわけにはいかない。クッと歯を噛み締めて天井を仰ぎ、ユウの姿を視界に入れないようギュッと目も瞑ってしまう。見なけりゃどうってことねぇ。俺だってお前に負けっぱなしの情けねぇ男は卒業してやる。
「……レオナさんの私物入れ。上から二段目の引出し。そこに何か隠してますよね。私に開けられたくなければ早めに秘密を打ち明けてください」
なんでバレてる。カッと目を見開いてユウの顔を見ると、ユウはニコニコ笑っているもののその顔にははっきりと最後通告はしましたよと書かれていた。
「……わかった。ここで待っててくれ」
これは負けを認めたんじゃねぇ。戦略的撤退だ。俺はまだ負けちゃいねぇからな。
ゆっくりベッドから降りて私物入れに使っているチェストの前に立つ。指示されるまま動いてみたものの、本当にコレをアイツの目の前に晒していいんだろうか。いや、そもそも二人で使うために買ったんだから、躊躇することなんてひとつもないはずだ。しかし、こういうモノを使ってみたいと打ち明けて、退かれたらどうする。だが、俺のことが本当に好きなら、こういうモノだってこんな俺だって受け入れてくれるんじゃないか。
ふぅー、と細く息を吐いて気合いを入れてから、勇気を出して引き出しの中にあるモノを手に掴んだ。できるだけ堂々と胸を張ってユウのそばまで戻る。先ほどまでと同じようにベッドの上にSEIZAして、ユウの前にそっと掴んできたモノを並べた。
「……これを隠してましたごめんなさい」
「素直でよろしい」
目を閉じたまま、ユウは腕を組んでこくりと頷いた。それからにこりと笑ってゆるゆると俺の頭を撫でる。ガキ扱いしやがって、と思いながらも指先の心地よさについ目を閉じてしまう。それでもまだ負けちゃいねぇんだからなと懸命に抗って歯を食い縛って無防備に全身を曝け出すのは堪えた。
俺ばっかり懐柔しやがって、と眉を寄せていると、ユウは俺の頭を撫でながら目の前に置かれたソレに首を傾げた。
「……何ですか? コレ」
不思議そうな声でそう告げたユウは、続けて、手に取ってもいいですか? と俺に尋ねてくる。
「……あぁ、いいぜ」
俺の頭を撫でる手を止めて、ユウは恐る恐るソレに手を伸ばし両手で掴んだ。ユウの細い指先に持ち上げられた淡いグレーのソレは、触れた場所が悪かったのか突然動き出しユウの手のなかで暴れ始める。
「わっ、動いた! え、何コレ……えぇ……?」
「……見たことないのか」
「ないです。初めて見ました。コレ、何ですか?」
わたわたと何とか電源を切ろうと悪銭苦闘しているユウは、困ったように俺を見上げている。
かわいいな、クソ。
まぁ、俺も実物は初めて見たし、数日前に箱が届いて開封したとき、意外とこんなモンなんだなと妙な感情になったんだが。
「……ローターだ」
ユウの手のひらで未だ振動を続けるソレを手に取り、スイッチに触れる。触れる回数で段階的に振動の強さが強くなったりランダムな振動になったりを繰り返し、最終的にスイッチが切れる仕組みになっている。しっかり説明書を読み込んだから抜かりはないし、何回スイッチに触れればどんな振動になるのかも完全に把握済みだ。
今度は俺の手のひらで転がる身動きしなくなったソレをじっと見つめて、ユウは再び首を傾げる。
「ろー、たー?」
「……知らないのか?」
「知らない、ですね……」
ひょっとしてこちらの世界の常識ですか、と落ち込んだようにユウは眉をハの字にする。
これは常識か?
知ってて当たり前の内容か?
自問自答してみても、自分自身もあまり詳しくはないのだから何と答えるべきか返答に迷ってしまう。
「いや……あー……『大人のオモチャ』って知らないか」
こちらの世界だけではなくユウが元いた世界も含めて、女性にとってセクシャルな知識というのはどこまでが常識なんだろうな?
そもそもコイツは男子校で保護されてきたある意味での箱入りだし、初夜でも臨戦態勢の男性器を初めて見たなんていう純粋培養の処女だったんだから、セクシャルな知識なんざほぼ皆無なのかもしれない。女の方が耳年増だなんて世間は言うが、俺たちにとってその世間の常識は当てはまらないことの方が多いから、ちゃんとした知識を身に着けるためにも教育が必要と考えた方がいい。教育係を付けるか、いや、俺が直接教育すればいいのか? それはそれで常識的に問題があるのか? いっそ夫婦で指導を受けるか? 世間の夫婦は一体どうするんだ? そもそも夫婦になる前にこういうのは済ませておくのか? 何もかもがわかんねぇな、とぐるぐる考え込んでいると、ユウの顔がじわじわと赤くなっていることに気付いてハッと意識を戻した。
「おい、どうした」
「……ます」
「ハ?」
「し、しってます……くるーうぇるせんせいに、ならいました……」
言い終えたあと、豊作村の林檎よりも真っ赤なんじゃねぇかと思うくらい、ユウは顔を赤らめてぎゅっと目を瞑ってしまう。
「ハ? おい、今何つった……?」
「く、クルーウェル先生に習ったので、アダルトグッズは知ってます」
「……ハァ?」
耳も首筋も赤く染めて逃げるように顔を背けたユウは今にも喰らい付いてしまいたくなるくらいに美味そうだ。だがしかし今はそんなユウに気を取られて居る場合ではない。
クルーウェルに習った?
アダルトグッズを?
それは一体どんな状況だよ?
「アァ?! 聞いてねぇぞそんなの!!!」
「言ってないです言うわけないじゃないですかだって特別講義だって!!!」
秘密の授業だからってクルーウェル先生が! と顔を赤くしたまま叫ぶユウに、ぎりりと奥歯を噛む。
秘密の授業だと?
ふざけるなよ、学園唯一の女子を捕まえて秘密の授業なんざ頭オカシイんじゃねぇのか?!
どうせ抵抗できねぇユウを準備室に連れ込んだんだろ最低野郎!
教員のクセに生徒に手を出したんだ、今から殺しに行っても、許されるよなァ?
俺の大事な大事な奥様の相手をしてくださったんだ、丁重にお礼してやらねぇと罰が当たるだろ?
さぁ、あの男をどんな風に料理してやろうか。
どろどろと湧き上がる名状し難い感情をそのままに、ユウの両肩をグッと掴んだ。
「テメェ……俺の知らねぇトコロで余所の雄とよろしく遣ってたなんて聞いてねぇぞ……しかも相手はあのいけ好かねぇ犬野郎……学舎で浮気に励むなんて、オンボロ寮の監督生サンはとんだ非行少女だったんだなァ?」
俺というものが在りながらとたっぷり恨めしく言ってやると、ユウは驚いたように目を見開いて青い目を更に大きくした。
「う! 浮気!? そんなのしてません! そもそも学生時代は私たち正式なお付き合いしてませんでしたよね!?」
違いましたか?! とユウも俺の肩を掴んで揺さぶってくる。ゆさゆさと揺られる身体に眉をしかめるとユウの揺さぶりが治まった。
「……でも毎日俺にスキスキ言ってたじゃねぇか」
ムッと口を尖らせて不平不満をアピールすると、ユウは気まずそうに目を逸らしてからもじもじと指先を絡め始めた。
「それはぁ……言ってましたけどぉ……ずっと私から一方通行の片想いだったじゃないですか……レオナ先輩から好きって言われたことないし、正式なお付き合いをしましょうとか、本命として誰かに紹介されるとかしてませんし……実は皆が知らないだけで私は先輩に一度振られてるっていうかぁ……」
思い出すだけでつらい、と顔をくしゃくしゃにしたユウは今にも泣いてしまいそうでドッと背中に冷や汗が流れる。ベッドの上でそっちの意味で泣かれるのはご免だと慰めようとしても、上手い文句が出てこなくてオロオロするしかできない。本当に俺はコイツの前では形無しなんだなと歯軋りするしかできない状況を悔やんでいると、ユウは勝手に立ち直ったらしく腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「クルーウェル先生と何かあったっていうのは全くの誤解ですけど、学生時代の恋愛で浮気とか言われるのは心外です。私たち付き合ってなかったんだから。ずっと私の片想いだったもん」
ツン、と釣れない表情を浮かべたユウはそう言って不貞腐れてしまう。その様子にこっちの気も知らねぇでと思わず叫んだ。
「んなことねぇ俺だってずっとお前が!」
「……お前が?」
真顔で問い返されてグッと息を呑む。じっとこちらを見つめてくるユウの目はまっすぐ俺を映していて、もう負けを認めるしかなかった。
「ず、ずっとお前が……す、好き、だった。言えなかっただけで、俺は、お前のこと、離したくないって、思ってた」
本当に、そう思っていた。叶わないとわかっていたから口にしなかっただけで、俺だってお前のことをずっと見ていた。
お前は知らないだろうがな、と恨めしい気持ちでユウを見ると、ユウは花が開いたように顔を綻ばせて俺の胸に飛び込んでくる。
「ンフ……うれしい……」
俺の胸にうりうりと顔を押しつけながら小さく呟くユウを受け止めてぎゅっと抱き締める。
どうも言わされた気がするなと負けを認めつつ、嬉しそうなユウの顔を見ていると、いやこれはむしろ俺が負けてやったんだと思い直した。鼻を擽る甘いユウの匂いは相変わらず俺の脳から理性を奪ってくらくらと俺を惑わせる。本能が牙を剥きそうになるのを堪えて胸いっぱいユウを吸い込んだ。ユウが嫌がることなく俺を受け入れていることに甘えて頬に口付けを落とすと、ユウは擽ったそうにクスクスと笑って俺の胸板に頬を寄せた。
「……クルーウェル先生の特別講義は、マブとか他の一年生みんなと受けたんですよ。私は学園唯一の女の子だったじゃないですか。だからみんながちゃんと女性を知る良い機会だ、ってクルーウェル先生が」
だから心配要らないとでも言いたげなユウに思い切り眉を寄せる。
「……理解できねぇな。んなもんセクハラと同等だろ」
「だからそういうのじゃないんですってば。女性の身体の仕組みを学んで……まぁ、生理の不調とか、そういうのを近くにいるメンバーが気付いたり、気遣えるようになると、私も男子校のなかでも生活しやすくなるだろうって」
「へぇ……?」
全くもって疑わしさしかないが? と一生懸命俺に説明を続けるユウに懐疑的な目を送る。ユウは心外だとばかりに、ちゃんと学園長にも許可を取ったってクルーウェル先生言ってました! と反論してくる。
学園長に許可を取ったからってあの鴉自体が全く信用ならねぇだろうが。
「その流れでセーファーセックスについてとか、逆に男性の生理現象についても教えてもらったんです。クルーウェル先生の体験談も交えつつの授業だったので、男の子たちはすごく勉強になったみたいですよ? あと、私にもこういうところに警戒しろって。お互い間違いが起きないようにって指導されました。そもそもマブたちと間違いが起きるわけがないのに、クルーウェル先生って本当に過保護ですよねぇ」
ふふ、と授業内容を思い出して笑うユウは本当に平和そのもので幾度となく警戒しろ危機感を持てと俺が伝えてきたことも全く身についていないらしいということがわかる。
コイツ、男を信用しすぎだろ。お前のそういうところが周囲を不安にさせてますます過保護にさせるんだ。
どうやらクルーウェル先生も|そ《・》|ち《・》|ら《・》側の立場であったらしいというのはユウの話でよくわかった。しかし己の体験談を曝してまでガキ共への躾を優先するとは、教師というのも大変な職業だなと辟易していると、ふと疑問点が浮かび上がりユウの身体をそっと剥がして真相を確かめるべくジッと目を見つめた。
「……ちょっと待て。男の生理現象について学んだって言うなら、なんでお前男性器を見たことなかったんだよ」
そんだけの授業内容なら逆に知らねぇのはオカシイんじゃないか?
むしろ、クルーウェルがそんなところで手を抜くような男だとは思えない。
変にボカして伝えるくらいなら、いっそ潔いほどに完璧な資料を作って講義をしたに違いない。
だからこそ、実践だとか何とか言ってユウを部屋に連れ込んだんじゃねぇかと疑った部分もあった。
するとユウは、ぽっと頬を赤く染めてしどろもどろになりながらも懸命に弁明をし始めた。
「だって具体的な画像とかそういうのはナシって学園長とかトレイン先生から指示が出てたみたいで……全部口頭で習いましたもん……だから状態は言葉で知ってるけど、実物は見たことなくて……初めてのときはやっぱり、驚いちゃったっていうか……アダルトグッズだって、あの授業でエースが話題に出したから名前は知ってるけど、目の前にあるソレは何なのか全くわからないです」
ピ、と細く白い指で恐る恐るソレを指差して、怯えたように俺の胸板に顔を埋めて隠れたフリをしている。ぎゅうと必死に抱き付いてくるのが可愛くて、片手でユウの身体を抱き寄せながら空いた手でローターを手に取った。俺の胸元でぷるぷると震える様は狩られることに怯える野ウサギのようで本当に可愛い。そんなに怯えなくても何もしねぇよ――いや、するな?
「ていうか……レオナさん、こういうの、興味あったんですね……」
俺のローブをきゅっと掴みながら目許を赤くしてユウは上目遣いに俺を見てくる。
俺と同じモンを食ってるハズなのに、どうしてこんな可愛い生き物ができあがるんだ?
どうやら世界にはまだまだ俺の知らない理論が存在するらしい。
もっと貪欲にいろんなことを学ばないとダメだな、と反省しながら、ユウの腰のあたりを撫であげユウの好きな顔で微笑みかける。そっと小さな耳に口を寄せて、できるだけ声を低くして囁いた。
「使い方は知ってるか」
まさかそこまでの内容を講義でカバーしているとは思えないが、念の為確認すると、ユウはキュッと目を瞑ってからふるりと首を振って答えた。
「知らないです……お互いが気持ちよくなるためのもの、としか」
かぁ、とますます赤くなっていく頬は熟れ時を俺に教えてくれているようで、思わず舌舐めずりをしてしまう。
コレは、間違いなくイケる雰囲気だと理解していいだろ?
ここで押せば、きっとユウなら俺に流されてくれる。
俺と試す新しい刺激に魅了されて、もっと俺に目を向けてくれるようになるハズだ。
「……使って、みるか?」
「いやです」
即答かよ!!!
思わずきゅっと皺くちゃになってしまいそうな顔を何とかコイツの好きな顔に留めたまま、取り敢えず天を仰いで顔を見られないよう誤魔化す。
今のは照れながら頷く場面じゃねぇのかよ何でイヤって即答なんだよ!
しかしながら強引にコトを進めるのは主義に反しているし、ここから何とか状況をひっくり返せるほどこういったことのスキルも高くなく、果たしてどうしたものかと考え込んでいると、もじもじと俺のローブを弄りながら、ユウがモタモタと喋り始めた。
「だって……こーいうのは、機械の力を使うから、いつもとは違う快感を得るためのものだ、ってクルーウェル先生が……それに、お互いの同意も大事ってクルーウェル先生言ってました」
何故かユウの後ろに『簡単に手を出せると思うなよ』と高笑いする犬野郎が立ちはだかっているように見える。
もう卒業して数年経つというのに、あまりにも高い教師の壁というのを感じて膝から崩れ落ちたくなった。
だからと言って、こんなところでユウ以外に負けているワケにはいかない。
自分はもうユウの伴侶であり、彼女を知る唯一の男なんだ。
いくらコイツの恩師とはいえ、今は明らかに俺の方が優位に立っている。
何としてもコイツが受けてきた性教育だけが世界の全てじゃないと納得してもらって新たな刺激に触れさせなければ、ユウは本当に俺に飽きてしまって何処か遠いところへ旅立ってしまうかもしれない。
それだけは何としても避けなくては、とローターをぎゅっと握り締める。
「……確かに、|い《・》|つ《・》|も《・》|と《・》|は《・》|違《・》|う《・》、だろうなァ」
そりゃそうだろ、コレはいつもとは違う新しい刺激をもたらす為に用意したんだ。
コレを使ってもいつもと変わらないようじゃあ、いよいよ俺はそのうち飽きてポイ捨てされる男の仲間入りだ。
さてどうしたモンか、と思考を巡らせていると、困ったように眉を八の字にしたユウが、おっかなびっくり俺を上目遣いに見つめてくる。
「いつもと違うって……えっちで大変なことになる、ってコト、ですよね?」
カァ、と耳の先を赤くしてそう問い掛けてくるユウの破壊力は恐ろしく、一刻もはやく頭からぺろりと喰べてしまいたいのに大人しく待てを守っている俺は偉すぎないか。
ハァァァァ、と深呼吸するように溜め息を吐いて、ユウの耳を擽りながら口を開いた。
「まぁ……そういうコトだな」
「そんな……そんなの無理です……今でも充分なのに、これ以上なんて」
堪えきれないとでも言うようにきゅっと目を瞑ったユウは、ふるりと震えて俺にしがみ付いた。気弱になっているユウは可愛すぎて今にも擦り切れそうな理性がどうにかなってしまいそうで、天を仰いでしまいたいが可愛いユウから視線が離せずグッと何かを堪えてユウの身体を更に抱き寄せる。
「ハァ? 充分っつったって、お前最近結構余裕になってきてるじゃねぇか」
「そっ、そんなことないですっ! 今でも充分大変ですっ!」
「んなコトねぇだろ。俺の目には余裕すぎて物足りねぇのかと思うくらいに映ってるんだがなァ」
「そ、そんなぁ……そんなことないですよぉ……私いっぱいいっぱいなのにぃ……」
「へぇ?」
「ぎゃっ! 顔がイイッ!」
気が触れたように後ろに仰け反ったユウの身体を支えながら、ユウの顔を覗き込むようにしてコイツが好きで好きで堪らない顔を思い切り見せつけてやる。今日も神に感謝、とかワケのわかんねぇことを呟いて両手で顔を隠してしまったユウを咎めるように手の甲へキスを落としてやわく皮膚を甘噛みする。
「顔見せろよ」
「無理ですぅ……ホントいっぱいいっぱいだからぁ……」
「……そのいっぱいいっぱいなのと、最近俺へのマーキングがあっさりしてきたのは関係あるのか」
指の隙間から覗く青い目をじっと見つめてユウに問い掛けると、ユウは恐る恐る顔から手を剥がして俺の顔を凝視した。
「あ、あっさり……? そんなこと……ない、でしょ?」
「あっさりしてんだろ。最初の頃は、もっと熱烈だったじゃねぇか」
最近はちょっと額を擦り付ける程度のすっかり適当なマーキングしやがって、と眉を寄せると、ユウは困ったように俺から目を背けてしまった。
「だ、だって……毎日、してたら……しつこいかな、って……ベタベタされるの、あんまり好きじゃない、って、学生の頃、聞いたことがあるし……」
お前は別枠だろうがそんなコトもわかんねぇのか、と思わず叫びそうになるのを何とか堪えてユウが続きを話し始めるのを待つ。
「で、でも……そんな、毎日マーキングしたら、私のにおいが移っちゃって、よくないかな、と思って……」
ぽぽぽ、と頬を染め上げ俺の様子を窺うようにちらりと上目遣いで俺を見上げたユウは、何故か申し訳無さそうに眉を下げている。なんでお前が悪いことしてるみたいになってんだよ、と首を傾げつつ、甘えるようにユウの首筋に顔を埋めた。
「……俺は新婚早々、番にたっぷりマーキングもしてもらえない可哀想な雄だって噂されればいいのか?」
「はえっ?! レオナさんそんな噂されてるんですか!? 私聞いたことないです!!!」
「そりゃお前には言わねぇだろう。お前は|そ《・》|の《・》当事者だもんなァ」
「え、えぇ~……いつもラブラブで羨ましいって言われてたの、実は厭味だったってコトですかぁ……」
オイ、俺はそんなの言われたコトねぇぞ。
お前は普段からそんなコトを言ってもらっているのか、と眉を寄せてユウの顔を窺い見ると、ユウは何を勘違いしたのかますます申し訳無さそうな顔をして身体を小さくした。
「も、もっと、私が……この国……獣人さんたちの愛情表現を覚えて、それを実行すればいいんでしょうか……?」
頼りなげに俺のローブを掴んでくるユウは、俺に正解を求めるような目を向けてくる。
この状況をうまく利用できれば、俺の望む展開へ難なく進めるような気がして思わずゴクリと喉を鳴らした。
「できんのか」
「ウッ……わかんないですけど、頑張れるだけ頑張りたいです」
がんばりまふ、と噛みながらも何とか答えたユウにバレないよう、ニヤリと口元を歪めた。
「じゃあ……コレ、使ってみようぜ」
わざとユウに見せつけるようにしてローターを差し出すと、ユウはびっくりしたように身を退いて俺から逃げようとする。逃すまいと腰に回していた腕に力を込めると、ぷるぷると首を振って俺の身体を突っぱねようと俺の胸に手を突いた。残念ながらその程度の力で俺から逃れられるわけもなく、ユウはますます眉尻を下げて俺を見つめた。
「そ、それはいやですっ!」
「何でだよ。頑張るんじゃねぇのかよ」
「が、頑張りますけどぉ……」
頑張るんだけど、がんばるんだけどね、と泣きそうな表情をしているユウはとても可愛らしく、赤く染まった部分へ丁寧に口付けてひとつひとつ味を確かめていきたいほど熟れている。俺はこんなに我慢してやっているというのに、どうしてそう頑ななんだと奥歯を噛み締めていると、ユウは目尻にうっすらと涙を溜めて、とにかく、と続けた。
「えっちで大変な目にあってわけがわからなくなるなんて私はイヤです!」
そんなの困ります! とユウは叫ぶ。困るってなんだよ、と不満に口を引き結びつつ、ユウの耳許へ囁く。
「俺は……えっちで大変な目にあってわけがわからなくなってるお前が見たい」
~同人誌に収録~
「あのぉ、レオナさん? アンタ、今日は耳をどこにやったんスか?」
「ア? 俺の可愛い耳はちゃんと俺の頭に付いてんだろうが」
「あぁ~、いや……まぁ、そうなんスけどぉ……朝からずっとペッタンコ! そんなんで俺たちの話聞こえてるんスかぁ?!」
人払いしたあと、突然ガミガミと叫び出したラギーは、どうせユウくんと喧嘩でもしたんでしょ! と眉を吊り上げて俺の執務机をバンと叩いた。
「うるっせぇなぁ……ちゃんと聞いてんだろ」
「聞いてるし仕事もちゃんとしてんスけど、いつもの傍若無人はどうしたんスか! 不遜じゃねぇアンタなんてレオナさんらしくねぇんスよぉ!!!」
焦ったり顔を青褪めさせたりと忙しい百面相を繰り広げながら、ラギーはワッと叫んで苦情めいたことを抜かしている。
何をそんなに騒ぐ必要があるんだと眉を寄せつつ、何故か必死になっているラギーをぼんやりと見つめた。
「……別に、いつも通りだろ」
「今日のアンタのどこがいつも通りなんスか? 大体、一日中王宮にいるのに昼飯もユウくんが一緒じゃないって時点でもうバレバレ! 早く謝って仲直りしてくださいよ〜」
何したかは知らないっスけど、とラギーはジト目で俺を睨みつけた。なんで俺が悪い前提で話が進んでんだよ、とラギーを睨み返したものの、違うと言い返すことができない以上、ラギーの言い分を認めるしかなかった。
「俺は、もう……死ぬんだろ」
ユウに嫌われて、拒否された。
それは俺にとって死に等しい。
たった一人と誓った相手に、ようやく手に入れた唯一に、この世界でただ一人欲しいと願って与えてもらった存在に、俺は拒絶されてしまった。
「……俺は……離縁を申し渡されて、そのまま朽ちていくんだろうよ」
「……え? 何があったんスか?」
たった一晩でそんな話になることある? と困惑しているラギーに、昨夜の出来事を掻い摘んで説明した。全てを話す必要はないだろうと大方のところを端折ったのに、ラギーは話の途中で血相を変えたと思ったらみるみるうちに顔を真っ赤にしてブルブルと肩を震わせている。最後まで話し終えると、もう我慢ならないとでも言いたげにラギーは怒りを爆発させた。
「ホラ~!!! ほぼ童貞が拗らせて調子に乗るから~!!! そんなんだからユウくん怒っちゃったんスよ! もうホント最悪! こんなんが上司な俺って本当にかわいそう!!!」
なーんでこんなトコに就職しちゃったかな〜、とラギーは大袈裟に嘆いているものの、もうここから逃げられないと理解しているからか恨めしそうに俺を見るだけに留まっている。確かに選択肢を与えず無理矢理この魔窟へ引き込んだのは俺だ。だが最終的にここで働くと決めたのもテメェじゃねえか。まだまだ文句は出てくるぞとでも言いたげなラギーに、チッ! と盛大に舌打ちをして、唯一反論できることを叫んだ。
「俺は童貞じゃねぇ!!!」
「ユウくんしか知らないアンタはほぼ童貞なんスよ!!!」
間髪入れずに切り返された文言の攻撃力は凄まじく、思い切りボディブローを喰らったに等しくただただ机に突っ伏すしかなかった。
「今すぐ謝れ。とにかく謝って許してもらうしかないっス」
今日一日、何とか保ってきた体裁もラギーに勢いよく剥ぎ取られ、机の上でただひたすら小さく身体を丸めるしかできない。
「謝れって……ユウはきっともう俺の話なんて聞くワケねぇだろ」
「あーあーあーあーあー、コレだから奥さんに甘やかされて育っちまった旦那はダメなんス!!! 性的同意って知ってます? 『押せばイケる』は獣人属のなかでも最低野郎の代表格でしょ! 大体ユウくんなんてレオナさんの言うことなら疑うこともせずになーんでもオールオッケー♡なおバカさんなんスから! そんなユウくんが即答でノーって言ったんならそれはもう百パーセント『いいえ』『ノー』『私はしたくありません』なんスよわかったッ!?!」
ギャンギャンと吼えて噛み付いてくるラギーに眉を寄せつつ、言われっぱなしで済ませられるかとコチラも牙を剥いて立ち向かった。
「ひっ、人の嫁捕まえてバカバカバカバカ言うんじゃねぇ!!!」
「俺はユウくんのこと馬鹿って言った覚えはねぇっス馬鹿なのはアンタだよ大馬鹿ヤリチン野郎!!!」
ガウ! と思い切り噛みつきに行ったのに、逆にガウ! と思い切り牙を剥かれた挙句、近付けた顔に勢いよく頭突きまで喰らってしまいグラグラと視界が揺れる。朝からフラフラだった身体はどうやらトドメを喰らってしまったようで、ふらつくままチェアにドサリと身体を預けた。
「……ヤリチンじゃねぇ。俺は本当にアイツしか知らない」
「……それはそう」
怒りに任せた先程までとは違う、哀れみたっぷりの目線をラギーは俺に向けてくる。
クソッ、コイツ本気で遠慮ってモンがなくなっちまいやがった!
ギリギリと悔しさに奥歯を噛み締めていると、コンコンとノックの音が俺たちの間に割り込んだ。
「レオナ殿下、少しよろしいですか?」
すぐに聞こえてきたターシャの声に慌ててラギーに執務室のドアを開けさせる。ラギーに招かれてドアから部屋へと身体を滑り込ませたターシャは『ユウの侍女』としての仮面を被っていて、咄嗟に身を引き締める。
「ご歓談中に申し訳ございません。少しお時間よろしいでしょうか?」
「あ、あぁ……構わない。どうした」
|ご《・》|歓《・》|談《・》と言われた以上、半分程度は内容を聞かれていたと想定した方がいいだろう。ということは、これからターシャにもチクチクと小言を言われる羽目になるんだろうかとげっそりしつつ、何とか威厳を保とうとなけなしの気力体力に鞭を打って姿勢を正した。
「ユウの友人として、そして奥様の侍女として、精一杯のことはさせていただきました」
ターシャは俺に向かって丁寧に今日一日のユウの様子を報告し、体調は問題ないことを伝えてくる。そのことだけでもほっと安心して胸を撫で下ろしていると、ふぅ、と息を吐いたターシャがまっすぐ俺を見つめた。
「僭越ながら、最後にひとつだけよろしいでしょうか」
その目はいつもの情勢を見極め常に有益なモノを選び取ろうとしている侍女のターシャの目ではない。
ユウがこの世界に来て初めてできた、かけがえのない同性の友人。
ユウのためならと、侍女としてこの城へ残ることを決めてくれたユウの親友。
言葉で是を伝えることができず、ゴクリと喉を鳴らして頷いてみせると、ターシャはキッと鋭い目を俺に向けて口を開いた。
「ユウを泣かすな」
猫科らしい牙がちらりと唇から覗いていて背筋が冷える。
「……心配を掛けてすまない」
ターシャが怖いからではなく、ユウに心から寄り添って心配して支えてくれる存在が有り難かった。そんな彼女からの信頼をも、自分は裏切ってしまったんだな、と悟れば、口から出るのは素直な謝罪しかなかった。
俺の謝罪を受け入れたのか、ターシャはふわりと笑ってからいつもの侍女の顔をして淡々と告げる。
「ユウ様は寝室でお待ちです。お夕食はもう済ませられました。今夜、お二人で話し合うことをおすすめいたします」
「……わかった。ちゃんと、ユウと話をする」
「今度やらかしてユウのこと泣かしたら、アタシがユウを独り占めしちゃいますからね」
ターシャは茶目っ気たっぷりに笑ってきゅっと瞳孔が細くなった猫目を俺に向ける。冗談ではなく実際にそれを実行できるだけの力を持っているから、ターシャの発言を笑って済ますことができない。
「……それは、困る」
「なら頑張ってくださいませ。じゃないと承知しませんよ」
「……肝に銘じておく」
俺の返答に満足したのか、むふぅ、と鼻を鳴らして、では、とターシャは頭を下げた。入ってきたときと同じように退室していくターシャをラギーと二人で見送る。ターシャが居てくれてよかった。仲裁してくれたのかどうかはわからないが、今日一日、首の皮一枚で何とか繋がっていると知り、ハァァ、と深く溜め息を吐く。
「……そうか……レオナさんがどうしても言うこと聞いてくれなくて困ったなぁ〜ってときは、ユウくんを人質に取ればいいんスね」
そっかそっか、と妙に納得したように頷いているラギーを下からギロリと睨み付ける。
「テメェ……調子乗んなよ」
「オォ、こわ。俺に弱みを見せたアンタが悪いんでしょ? まぁそれは最終手段にしときます。他にもアンタを動かす方法、ねぇワケじゃねぇし」
俺だってアンタの下について長いんスから、とラギーは笑った。
ラギーもターシャも、ジャックだっているから、俺はユウと一緒にいられるのかもしれない、と痛感した。
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