そう、これはたとえばの話。 - 2/22

僕が見かけた、あの誰も気付かないような仔猫を助けた賢木修二の人物像と、僕の集めた情報が作り上げる賢木修二の人物像は乖離していた。喧嘩っ早くて荒っぽい性格の人間が、樹の上から降りられなくなっている、まだ幼い仔猫を助けたりするだろうか。人間誰しも善意というものは持っているだろうから、たまたま見かけた仔猫を助けてやろうという気持ちが湧いて出たことも否定はできない。
でも、僕にはとてもそうとは思えなかった。誰も気に留めないような仔猫を気に掛けてやれる、優しい心を持つ人物像こそが賢木修二の人となりのように思えて、僕は噂が作り上げる人物像を否定したくて仕方がなかった。
だから、僕はまた調べ始めた。賢木修二の周辺に湧いてくる噂を、徹底的に一から十まで。もうそれは執着と言ってもよかったかもしれない。それでも、ちゃんと彼の事を知りたいと思う気持ちが、愚直に僕を突き動かしていた。そして、調べていくうちにきっと本物の彼に会えるという、細い細い蜘蛛の糸のような希望も胸に抱いていた。
僕の仮説とも呼ぶべき彼の人物像を少しでも正解へと導くために、僕は彼と喧嘩をしたという学生に片っ端から声を掛けて回った。そして賢木修二とはどんな男だとそれぞれに聞いて回った。
彼らの口から発せられるのは総じて、おっかないだとか敵わないだとか恐ろしいだとか、まるで口裏を合わせたかのように恐怖の言葉ばかり。具体的にはこちらが手を出す前にはもう攻撃を決められているのだとか、冷やかしてやろうと口を開いた瞬間に殴られていただとか。冷静に考えればサイコメトリーを使ったから先制を仕掛けられたのだろうというような内容ばかり。
どうして手を出そうとしたのだとか、冷やかそうとしたのだとかを被害者ぶっている彼らに聞いてみると、皆揃って口にするのは、だってアイツ、サイコメトリー使ってズルしてるだろ、という呆れて物が言えないような子どもじみたやっかみばかりだった。
いよいよ僕が作り上げた、賢木修二の本来の人物像が確立されたものになっていく。本当は心の優しい人で、自分に向けられる敵意に敵意でしか返せない不器用な人。とても優秀な人なのに、超能力のせいで真っ当に評価してもらえない、そのせいでひねくれてしまった子どもみたいな人。これは僕が勝手に思っていることだし、本人に確かめたわけでもないから、僕の見ている幻かもしれない。それでも、どうしても、僕の導き出した賢木修二という優しい男の人物像が嘘には思えなくて、僕は何とかして彼の暴力を止めたいと願うようになっていた。

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