君と僕の何でもない休日

また週末がやってくる。
チルドレンの三人と居を分けてから、週末が暇で暇で仕方がない。
子どもの数がたった三人減るだけで、家事の量がこんなにも減るとは思っていなかった。彼女たちが出ていったことで生じた部屋の模様替えなんかの大掛かりな家事も終わってしまい、本当に週末を手持ち無沙汰に過ごしている。
「……はぁ」
折角の週末なのに、憂鬱だなんて。
溜め息を吐きながらモソモソと定食を食べていると、一緒に食堂で昼食を摂っていた賢木が、もぐもぐと口の中の物を咀嚼してから、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「じゃあさ……久々に、俺んち、来ねぇ?」
少しだけ緊張しているのか、目を泳がせながらぽつりと呟いた賢木に少しだけ目を細めると、ぽりぽりと頬を掻いた賢木が照れたように笑った。
「ほら、俺、誕生日じゃん」
俯き加減で告げられた言葉に、自分が恋人の誕生日を失念していた事実を突き付けられて、頭が真っ白になった。

* * *

忙しそうだから忘れられててもしゃーねーかなって思ってた、と笑った賢木は、本当に僕には勿体無いくらい素晴らしい恋人だと思う。恋人の誕生日を忘れるなんて、普通だったら呆れたり怒ったりしてもいいはずなのに、賢木は最終的には一緒に過ごせることになったんだからいいんだよ、なんて笑って僕を許してくれた。
なんて出来のいい恋人なんだろう。
ただでさえ普段から放ったらかし気味なんだから、誕生日くらい甘えてくれたっていいのに。
――甘えられないような状況を作ってしまったのは自分か、と不甲斐なさに泣きたくなりながら、昨日の夜に仕込んでおいた惣菜を次々と完成させていく。
どれも賢木の好物ばかりを用意した。ケーキは昨日のうちに焼いておいたから、あとは箱に詰めるだけ。
惣菜を冷ましながらパック詰めをして、冷やしておいたケーキを箱に納める。それら全てをクーラーボックスに詰め込んで、玄関へと運んだ。
「じゃあ、バレット! ティム! 僕は出掛けるけど、戸締りはしっかりな! 泊まりだから帰らないけど、夜更かしはほどほどに!」
部屋の奥から、はーい、という間延びした返事を聞いて、ふぅ、と息を吐いてから玄関を飛び出す。早足で駐車場へ移動して、後部座席にクーラーボックスを積み込むと、忙しなく車を発進させた。
賢木と二人きりで週末を過ごすなんて、いつぶりだろう?
最近はいろいろありすぎて恋人同士の甘い時間、なんて全く持てていなかったから、久々に過ごす賢木との時間に期待が膨らんで、どうしても気が早って仕方がない。
誕生日を忘れてしまっていたお詫びに、この週末は存分に賢木を甘やかしてやりたい。ああ見えて甘えん坊の賢木のことだから、賢木もこの週末を楽しみにしていてくれるといいんだけれど。
車を賢木のマンションの来客用スペースに停めて、クーラーボックスを肩に下げてからエントランスへと向かう。エントランスの解除キーを押して、足早にエレベーターへと乗り込んだ。
扉が閉まると同時に少しだけ深呼吸をして気分を落ち着かせる。そわそわする気持ちを抑えつけながら、賢木の部屋へと向かう廊下を進んで。インターホンを押す前にもう一度深呼吸をして、ちょっとだけ身なりを整えてからインターホンを押した。
「……いらっしゃい」
がちゃり、とすぐに扉が開いて、優しい顔をした賢木が出迎えてくれる。それににこりと笑顔を返して、お邪魔します、と玄関に上がった。
僕の荷物に手を差し出してきた賢木に甘えてクーラーボックスを差し出すと、賢木からふわりと石鹸の香りが漂った。
「アレ、賢木。朝から風呂でも入ったのか?」
すん、と鼻を鳴らして賢木の首筋に顔を近付けると、かぁ、と顔を朱くした賢木が僕の肩を押した。
「……風呂、っつーか。その、アレだよ。えっと……準備、してた、っつーか」
僕から目を逸らして、前髪で表情を隠すように俯いた賢木は、続けて、ぽつり、と呟いた。
「……久々、だし。ちょっと、期待、してた」
髪の合間からチラリと見える賢木の耳は朱く染まっていて。そろそろと僕に伸ばされた手が、きゅ、と僕の袖を掴む。
「……嫌、だったか?」
ちろ、と俯き加減で問いかけてくる賢木の目は、こちらの様子を窺うように、少しだけ不安げにゆらゆらと揺れている。そんな可愛い甘え方に、きゅんと胸が鳴って、思わず賢木の頬に手を添えて賢木の綺麗に整った顔を包み込んだ。
「嫌なわけ、ないじゃないか。嬉しいよ」
こつり、と額を合わせて賢木の目を覗き込む。
飲み込まれてしまいそうな深い色をした賢木の目は、僕だけを映していて。そのまま吸い込まれるようにキスをした。
「楽しみにしていたのが、僕だけじゃなくて嬉しい」
そう告げて、もう一度、賢木の唇を食むように優しく口付ける。ん、と鼻に抜ける甘い声が聞こえて唇を解放した。
「冷蔵庫に持ってきた物を入れたら、お風呂、借りてもいいかい?」
そっと耳元で囁くと、賢木はこくりと頷いて。
「俺、やっとく、から」
風呂、使えよ、と、ごくごく小さな声で呟いた賢木は、クーラーボックスを引き受けてくるりと背を向けてしまった。すたすたとキッチンへ向かう賢木の後ろ姿が可愛くて、ふ、と口元を綻ばせてバスルームへと向かう。
「じゃあ、お言葉に甘えて。お風呂、借りるよ」
キッチンへと消えた賢木の、おう、という小さな返事を聞いて、緩む頬を押さえながらバスルームの扉を開けた。

* * *

賢木の家に置いてある着替えを身に付けてリビングへ向かうと、賢木はもうそこには居なくて。
「賢木ー、風呂ありがとう」
賢木を探すように声を上げながら部屋を見渡すと、おー、という賢木の籠こもった声が寝室から聞こえる。
それに誘われるように、僕は寝室へと足を向けた。
「……ここに居たのか」
キィ、とドアの音が静かな部屋に響く。
カーテンが引かれた寝室の中は、午前中だというのに薄暗い。間接照明のぼんやりとした灯りがベッドの上に座る賢木を、ほんのりと浮かび上がらせている。
「惣菜、アリガト。ケーキまで用意してくれたんだな」
あと、俺の好物ばっかりだった、と賢木は嬉しそうに膝を抱えて。
「……何のプレゼントも用意できなかったから。せめてこれくらいは、と思って」
ゆっくりとした動きでベッドに腰掛けながら、賢木の頭を撫でる。癖のある髪の毛を指先で梳かしながら耳元を擽ると、まるで猫が喉を鳴らすように甘えながら賢木は口を開いた。
「俺は、お前とこうして過ごせるだけで、すっげぇ嬉しいよ」
賢木のその言葉に、普段我慢させてしまっていることを悟って、きゅっと胸が痛くなる。
甘えたがりの恋人が、他に優先することがある僕を受け入れてくれているだけでも感謝しかないのに、その上、恋人らしく甘やかしてやれないことを非難もせずに見守ってくれているなんて、本当に言葉に尽くせないほどの申し訳なさでいっぱいになってしまう。
せめて一緒に過ごせるこの週末は精一杯甘やかしてあげようと、そっと賢木を引き寄せた。
「今までゴメン。放っておいて」
ぎゅっと賢木を抱き寄せて背中に腕を回す。すると、それに応えるように僕の背中に手を這わせた賢木が、僕の肩に額を摺り寄せた。
「いーの。お前は今チルドレンのことで手一杯なんだから。大人の俺が我慢すんの」
そう言ってニッと笑う賢木の頬を撫でて、ちゅ、と頬に口付ける。
「なぁ、それより、早くシよ? 俺もう我慢の限界」

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