そう、これはたとえばの話。 - 13/22

「シャワー浴びてかないの?」
素肌にパーカーだけを纏った女の子がひたひたと後ろから歩いてくる。緩んだ靴紐を縛り直して、ゆっくりと立ち上がりながら振り返って女の子に笑いかける。
「玄関にそんなカッコで出てきちゃ危ないよ」
そっとパーカーの合わせを直してあげると、恥ずかしそうに少し頬を染めた女の子が俺を見上げてくる。
「……優しいのね」
その言葉にツキリと胸に痛みを覚えながら、その視線にふわりと微笑み返す。
「……昨日のお礼、かな」
当たり障りのない返事で、本当に欲しい言葉を有耶無耶にして。
「家近いから、シャワーは家で浴びるよ。じゃあ、また」
次、なんてきっともう無いのに、軽い調子で別れの言葉を口にする。笑顔で女の子に手を振ってドアを開けた。
ここを出てしまえば、この甘い時間も終わる。ドアの隙間から女の子が手を振っているのを確認して、静かにドアを閉めた。鍵の音がしたのを確認してから、ゆっくりと歩き出す。
非日常から日常へと戻る為の、俺は独りだと思い出す為の、切ない時間。目に眩しい朝焼けに照らされながら、自分の部屋の前に立つ。難しいことは考えてはいけない。その無駄な行為は、悲しいことを思い出してしまうだけだから。
「ただいまー……」
誰も居ない静かな部屋に向かって声を掛ける。沈黙に声が呑まれていって、更に沈黙を生み出した。靴紐を緩めながらそのままバスルームへと向かう。身体に残る甘ったるい痕跡を全部洗い流して、今日こそは来るかもしれない皆本からの連絡を待たなくては。
バスルームの冷えた空気に身体を震わせながら、シャワーのコックを捻る。熱いお湯が供給されて、バスルームの中に湯気が立ち上った。頭からシャワーを被ると、チリリと背中に痛みが走って、そういえば傷を作ったこと今更ながらに思い出した。
「クッソ……痕なんか付けんなよな……」
一夜限りの関係のくせに、消えないかもしれない痕を残すなんて馬鹿げている。背中の傷に指で触れて、慣れない力を発動させた。
「イッテェ……くっ……」
まだ上手く扱いきれない、生体制御。それを使って自らの傷を治していく。傷口が火傷をしたように熱い。じりじりとした痛みが治まって、バスルームの鏡に背中を映すと、綺麗さっぱり痕なんてなかったみたいに、傷ひとつない背中がそこに映っていた。
「……相変わらず、気持ちわりぃ」
サイコメトリーだけでも嫌われるのに、中途半端な生体制御まで扱うなんて、自分から嫌われる種を作っているようなもんだ。
「クソッ……」
シャワーで重たくなった髪が顔に貼り付いて鬱陶しい。イライラした気分を吐き出すように、ダンッと思い切り壁のタイルに拳を打ち付けた。ザー、と雨のように次から次へとシャワーの雫が足元を流れていく。排水口に吸い込まれていく水流を見つめながら、苦しくなって目をぎゅっと瞑った。
自分だけを見てほしい。
そんなの、俺には過ぎた我が儘だ。
この子なら俺のことを受け入れてくれるかもしれない、なんていう期待はもう、とうの昔に捨てたはずなのに。それでもなお、女の子たちに誘われるまま、その手を掴んでは離す、それの繰り返し。
マリアに言われなくたって、薄々気付いていた。
女の子たちのキモチいいコトを透視してあげて、その通りに動いてあげる。
俺は所詮、女の子たちのオナニーの道具にしかなれないってこと。
「……セックスは二人ですること、か」
二人でするセックスなんて、俺は知らない。
好きだった女の子たちは、いつも俺の力に興味津々だった。俺のコトを見てくれた女の子なんて、ただの一人もいなかった。
ああ、でも。皆本は俺のコトを見てくれて、力なんて関係なく俺を俺として受け入れてくれて、俺の名前を呼んでくれた。
「……はやく、皆本に会いてぇなぁ」
コツ、とタイル張りの壁に頭を押し付ける。頭からぽたぽたと落ちる水滴の音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

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