グッバイ ハルシオン デイズ

「……ちょーっとお邪魔しますよっと」

ようやっと見つけたシステムメンテナンスの穴。そこをちょっとばかし弄ってやれば何とかこの基地のセキュリティをダウンさせられることがわかって、俺の地道なスパイ活動もやっと実を結ぶはずだ。
ひっそりと身体を滑り込ませた皆本司令官の部屋。できるだけ物音を立てないようにベッドに沈んでいる皆本に近付くと、昔と変わらない、幼い顔で眠る皆本がいて。それだけでもホッとして、でも間違いなく今はギリアムの手に堕ちているコイツに悲しくなって、感傷に浸っている場合ではないと首を横に振った。

「はーい、じゃあちょっとお注射しますねー」

つい癖になっている文言を口にしてから皆本の腕をそっと手に取る。アルコール綿でサッと消毒して、迷いなく針を刺した。

「ん……ぅぅ……」

やべ、起きたか、と顔を覗くと眉を少し寄せただけで、皆本はまた気持ち良さそうに沈んでいった。そりゃそうだ。即効性のある薬を複数混ぜて意識を飛ばせるように調合したんだ。これでダメならギリアムは本当に皆本を変えちまったことになっちまう。

「じゃあちょっと潜らせてもらうぜ、皆本」

皆本の手を取って、大事なものを扱うように額に当てて、キィンと力を発動させた。うすぼんやりとした透視イメージが届いて、それに目を凝らす。何だか見たことがあるような風景に、見たことのあるシチュエーション。ぼやけてしか見えないのに、それが何だかわかってしまって、やっぱりな、と目を開けた。
どうやら自分の力ではこの程度の透視しか無理らしい。でも、皆本は何か理由があってやっぱりあの未来に囚われているという仮説は立てられそうだ。

「皆本……」

なんでありもしない未来に拘ってんだよ。証明できないことを信じるなんて、お前らしくないじゃんか。繋いだ手をそっと撫でて、元の位置に戻す。もう一度皆本の顔を覗き込むと、変わらずスヤスヤと眠る皆本がそこにいて。不覚にも、誰もいないこの状況にドキドキして、悪い自分がムクムクと顔を出した。

「……今なら、何やっても、バレねぇ、よ、な?」

じわじわと自分の頬が熱くなるのを感じつつ、皆本の顔にそっと顔を近付ける。柔らかそうな唇ばかりに目がいって、心拍数が跳ね上がっているのを何とか沈めつつ、ゆっくりと目を閉じて更に顔を近付ける。規則正しい皆本の寝息を感じるところまで近付いて、本当にあと少し、というところで耐えられなくなってバッと顔を上げた。へなへなと力なくベッドサイドにしゃがみこむ。

「やっぱ、ダメだ……できねぇよ……」

ハハ、と乾いた笑いと共に、じんわりと目頭が熱くなってしまって、ぎゅっと目を閉じる。ふぅ、と息を吐いていろいろ誤魔化して、何とか立ち上がってもう一度皆本を見つめた。

「……安心しろよ。お前が薫ちゃんを殺すなんて状況になったら、俺がお前を殺してやるから」

それで、俺もお前のあとを追ってやる。それは、ここに来るときに覚悟決めてきたことだ。俺がお前から目を離さねぇように監視しててやる。

「二人で死んで、生まれ変わって、また世界をやり直そうぜ」

そんときはまたよろしく頼むよ、なんて笑いかけて。

「同い年ってのも楽しそうだけど、今度は俺の方が年下でノーマルだったりしてな」

楽しげに想像して、やっぱりそんなの有り得ないと確信して。俺を引きつけて離さない光は、きっと生まれ変わっても変わるはずがない。

「多分……どんな状況だろうと、俺はお前を、好きになる」

確定要素とも言えるこの想いを、まるで誰かに聞かせるように口にする。目を覚まさない皆本をじっと見つめて、ふ、と顔を綻ばせる。

「さて、薬の効きは良好だな。もうちっと配合弄って、完成させるか」

簡単に皆本の様子を診て、そっとベッドから離れる。必ず、元に戻してやるからな。洗脳されたお前なんて、ホント見てらんねぇよ。だから、どうか。早く全てが元通りになりますように。ドアノブに手をかけてから、もう一度皆本に振り返って、笑い掛けた。

「おやすみ、皆本」

どうか、いい夢を。

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