親友(というには近過ぎる距離感) - 1/2

 カルテを辿る指先が、綺麗だ、とふと思った。
 医者という職業柄だからか、綺麗に整えられた爪、しっかり保湿ケアされているのであろう、柔らかそうな指先、武器を握るごつごつとした男の手のはずなのに、しなやかさすら感じる長い指。
 サラサラとボールペンでカルテに書き込んでいるその様をじっと見つめて、改めて、綺麗だ、と見惚れる。その手で柔らかな女の身体に触れているんだろうな、と思うと、何だか無性にむしゃくしゃとした気持ちになって、僕もその指先に触れたいと思った。

「んだよ、じっと見て。なんか気になることでもあんのか?」
「……いや、別に。何でもないよ」

 そう言いながらも視線は、艶めかしくすら見えてきたその指先から外すことはできなくて。何とかしてそれに触れることはできないかと頭の中で作戦を練り始める。違和感なくその指に触れて、あわよくば、賢木の指を堪能したい。触れるだけじゃ足りない。僕の知らない女にしてるみたいに、その手の全てを感じたい。
 仕事中だというのに、ぐるぐるとそんなことを考えているなんて表にも出さずに、じっと賢木の様子を見守る。賢木はそんな僕の様子を気にした風もなく、黙々とカルテに記録する作業を続けて、ふぅ、と一息吐いた。書き終えたカルテを纏めてフォルダに仕舞う。それから机の上に散らばった書類に目を通しながら処理の優先度順に分別してそれぞれの場所に書類を納めていく。そんな手付きですらいやらしいなと思いながら、じっとその作業を見つめていると、アッ、と声を上げて賢木が手を押さえた。

「どうした?」
「イッテェ……紙で指、切っちまった」

 隠された指先を覗き込むと、賢木の人差し指の腹に、ぷつり、と血の雫が浮き出していて。これだ、と思わずにはいられなかった。こんなタイミングでこんなことが起きるなんて、きっと日頃の行いがいいおかげだ、と神様に感謝して、賢木の手を取る。慌てている賢木に有無を言わせる間を与えずに、今にも血が滴りそうなソレを口に含んだ。

「ちょッ! 皆本ッ? 何すんだ!」

 ぎょっとしている賢木を無視して、ちゅ、と指先に吸い付く。ぴくり、と反応した指に気を好くして、傷口を舐め取るように舌を這わせた。

「皆本クンッ? ソレ、応急処置的には間違ってるよ?!」

 口の中に広がる鉄錆の味に少しだけ眉を寄せながら、何とか手を引こうとする賢木の手首を抑えて指を深く銜え込む。きゅ、と口を窄ませて吸い付きながら賢木の指の節をひとつひとつ確かめるように舌を絡めていく。少し長めのその指を口に含むのは少し苦しい気もしたけれど、喉の奥を突くほどではなかったから、構わずに指に吸い付き続けた。時折舌を使って指の腹を撫でるように愛撫して、水音を立てながら指を抜き差しする。唇に感じる賢木の指の節に、何とも言えないぞくぞくしたものが背筋を駆け上がっていくのを感じた。

「……いやいや皆本クン? なんか、応急処置とは違う、いやらしい思惑が見え隠れして仕方ないんですけど?」

 困ったように口元を歪めて、少し目元を赤らめている賢木と目が合った。ちゅぽ、と音を立てて口から指を引き抜いて、濡れた口元を手の甲で拭う。

「……気のせいじゃないか?」
「気のせいって……お前ね」

 赤くなった顔を隠すように、賢木は手の平で顔を覆ってしまった。指の隙間からチラチラ見える、隠しきれていない赤い頬が僕を誘っているように見えて堪らない。指を開かせるように賢木の手に指を絡ませて、ぎゅっと力を込める。愛おしむように手の平を合わせて、賢木の少し蕩けた目をうっとりと見つめる。

「……いやいやお前、それは仕事中にしていい顔じゃねぇだろ」
「……それを言うなら君だって」

 拒絶されないのを良いことに、ひとつひとつ丁寧に指先の感触を確かめるように口付けていく。その度にひくひくと指先を震わせている賢木の反応が可愛くて、時折舌先で舐めてやるとふるふると長い睫毛を震わせながら恨めしそうにこちらを見てくる。そんな抵抗とも言えない小さな抵抗すら甘やかしい雰囲気を纏わせて、ぞくぞくと毛が逆立つような興奮を覚えた。

「……わかったよ。もういい、好きにしろよ」

 はぁ、と諦めたように溜め息を吐いた賢木は、ぐったりと机に腰を預けて、まるで身体そのものを僕に預けるように腕から力を抜いた。指先までピンと張りつめられていた賢木の指がふにゃりと力ないものへと変わり、僕は心の底で言い様のない喜びに笑ってしまった。

「ありがとう、賢木。そうさせてもらうよ」

 ちゅ、ともう一度指先に口付けを落として、賢木の美味しそうな指を口に含んだ。もう賢木の血の味はしなくて、舌先でさっきまで傷口だったところをねっとりと辿ると、傷は跡形もなく消えてしまっていて。生体制御で治したのか、と思いながらなくなった傷口を愛撫するように舌先を絡めた。何だか勿体無いな、と思った。きっとこの気持ちも賢木には透視られているんだろうけど。直に感じた賢木の味が忘れられなくて、執拗なくらいに指先に吸い付いて舐め回し続けた。

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