LOVE YOU ONLY

「ねぇ、いくつだった?」
半ば恒例となりつつある問い掛けに深く溜め息を吐きながら答える。
「……13」
「今年も私の勝ちね。そろそろ落とし神サンも引退かしら?」
そんなのもうとっくに引退してるよと言えたらどんなに楽か。ヘッ、と悪態を吐くように笑って最後の書類に目を通してから顔を上げた。
「……ふぅーん。今年は本命も無いんだ? 不能になったの?」
「……ちげーよ。今年からは本命はその場で断って受け取らないようにしただけだ」
「へぇ……趣向を変えたの?」
「……変えたのは趣向じゃねぇよ。ポリシーを変えたの。本命は好きな子からしか受け取らない。それだけ」
まぁその本命は君なんですけどねと心の中でボヤきながら紫穂ちゃんが手に持っている紙袋をチラリと見た。明らかに本命らしい気合いの入ったチョコの箱。君が受け取るってことは食事くらいはしてもいい男なんだろうか。遂にそんなお眼鏡にかなう相手が現れたのかとゲッソリしたくなる気持ちをひた隠して紫穂ちゃんの様子を窺うと、紫穂ちゃんはびっくりしたように目を見開いてこちらを見ていた。
「え……なに、なんだよ」
「……べ、別に……何でもないわよ」
「……顔色悪いぞ? ちゃんと休憩取ってるか?」
「してる! ウルサイ! 構わないで!」
噛み付くように紫穂ちゃんは叫んでいるけれど、何処となくいつもの覇気が感じられず注意深く顔色を見る。こりゃ今日は早めに帰らせた方が良さそうだと判断して口を開こうとすると、紫穂ちゃんは何かを察したのか顔を顰めて俯いてしまう。
「……オイ、本当に大丈夫か? 無理すんなよ? 今日はもう帰るか?」
「甘やかさないで! 大丈夫だから!」
「別に甘やかしてるワケじゃねぇよ。心配してるんだ……あー、ひょっとして、このあとそのチョコの相手とデートか?」
「ちッ! 違うわよ! コレは! これは……そんなんじゃ、なくて」
きっと鋭い目を俺に向けていた紫穂ちゃんは、逃げるように俺から目を逸らして見るからに落ち込んでしまった。
「これはもう……必要無くなったの」
「は? 必要なくなった?」
「そうよ。だからもういいの」
「……見るからに本命だけど?」
「ウルサイ。見ないで。放っておいて」
ぷい、と顔を背けてしまった紫穂ちゃんは俺に背中を向けて表情すら窺うことができなくなった。小さな背中に何もできない自分が情けなくて仕方がない。でもとりあえず、必要ないってことはそのチョコの男と紫穂ちゃんがどうにかなることは無さそうだとほっと胸を撫で下ろした。
「あー……まぁ、君は他にも本命もらってるんだろ? それ以外にもさ」
自虐的にそう問い掛ければ、紫穂ちゃんは後ろを向いたままフンと鼻を鳴らした。
「ええ。面倒くさそうなのはその場で断って記念にチョコだけもらってやったわ」
「……えっぐ……お前……エグいことするな」
「ワンナイトラブに励む誰かさんとは違って誠実でしょ」
くるりと振り返った紫穂ちゃんはもう一度フンと鼻を鳴らして腕を組んでいる。それを言われちゃ言い返せないという内容をピンポイントで突いてくるから本当にこの子には敵わない。
「今は仕事が恋人なの。だからそのうち大人になって迎えに来てくれるカワイイ男の子たちに期待するわ」
病棟の男の子からもたくさん本命チョコ貰ったもの、と紫穂ちゃんは嬉しそうに笑っている。
「ハァ? ガキなんて気が変わっちまうに決まってんだろ?」
「そんなコトないわよ。ホラ、この子なんてとっても真剣」
そう言ってポケットから小さな袋入りのマシュマロを取り出した紫穂ちゃんは満足そうに笑ってソレを俺の目の高さに見せびらかしてくる。慌ててソレを奪って透視すれば、確かに紫穂ちゃんに割と本気で一目惚れしている男児の姿が見えた。
「うわ、マジかよ……」
入院してきたときから紫穂ちゃんが担当しているその男児と紫穂ちゃんが仲がいいのは知っている。むしろその子のことを紫穂ちゃんが可愛いがっているのも知っていた。意外と子ども好きなんだなー、なんて微笑ましい気持ちで見守っていたのに。
「そ、それがアリなら……俺のも受け取ってくれたってイイじゃん……」
ぽろりとこぼれた本音はあまりにもカッコ悪くて慌てて口を塞いだ。
実は俺自身も紫穂ちゃんへの本命チョコを用意している。今年で二回目だ。去年初めて用意した手作りチョコは渡す勇気が出なくて自分の胃袋に納まった。オンナノコがよく言っている『渡せなかった』を実体験して、来年からは本命チョコをくれる子にはちゃんと向き合って断らないと絶対ダメだと思い直したイイ経験になっている。今年は自分の被ダメージを減らすため、いわゆる本命ブランドのチョコを買って用意した。
渡せなかったのは自分なのに、ガキに嫉妬してるあたり最悪だ。
でも逆に、そんなまだ毛も生えて無さそうなガキでもオーケーが貰えるなら、カッコ悪くて情けない俺でも許してもらえるんじゃないか。
急に妙な自信が湧いてきて、机の中に隠していたチョコをおもむろに取り出した。
「なぁ紫穂ちゃん」
きっと今の自分の顔はすごく情けない。眉も下がってるし、縋るような目をしているんだろう。
「何年もその子のことを待つつもりなら、俺も立候補していいか?」
「……は?」
「やっぱりその子がイイってなったら潔く身を引くから! それまで君の隣に置いてください!」
バッと勢いよく頭を下げてチョコを紫穂ちゃんの前に勢いよく差し出す。フラれる前提で予防線を張ってしまうのはこの際仕方ないとして、数年の繋ぎくらいにはちょうどイイ男だと思うんだけどとチョコに思念を載せた。
「……は、ハァッ!? な、なに言ってんの?! バカじゃないの!!」
「バカでもいいよ! ガキでもいいなら俺でもイイじゃん!!」
「なッ?! ふ、ふざけないで!! 先生だからイイんでしょ!!!」
「グフッ……」
ゴスッ、と勢いよく腹にパンチを喰らって狼狽えているところにもう一発バシンと胸に平手を喰らった。痛い! と叫ぶ前にゴリゴリと何かを押し付けられて眉を寄せると、さっきまで紫穂ちゃんの手にあったハズのチョコの紙袋がそこにあった。
「え。な、なに……」
「ウルサイ! アゲルって言ってんの!!」
「……へ?」
「……バカ!!! コレは先生への本命チョコなの! もうキライッ!!!」
大っ嫌い!!! と叫んで俺に背を向けてしまった紫穂ちゃんは首筋まで真っ赤にして俯いている。昔みたいに髪を下ろしていたらわからない変化に思わず天を仰いだ。
「……ウンと甘やかしてくれなきゃ、許さないんだから」
消えてしまいそうな小さな声で告げた紫穂ちゃんを後ろからギュッと抱き締める。
「……もちろん。だからずっと俺を選んでよ」
やわらかい温もりに顔を埋めると、私はずっと先生だけよ、と嬉しそうな泣き声が聞こえた。

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