お別れの言葉

「これで、さよならだ。賢木」

君は、いや、君も、君を、君だけを見てくれる人と一緒になった方がいい。言外にそんな言葉を含ませて、君の肩を押す僕は、とことん卑怯者だ。君は何かを悟ったのか、目を真ん丸にした後、ふっと優しく微笑んで、言葉を探しているようで。その目にはうっすらと涙の膜が張られている。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに、と思いながら、これでよかったんだ、と君の顔を見て納得している僕もいて。
口を開けては閉じてを繰り返す賢木を少しだけ見つめてから、視線をそらして目をぎゅっと瞑り、視界をシャットアウトする。見ていられない、というより、自分の犯した罪から目を背けるような気分だ。差しのべた手を、自分から振り払う。それが、賢木にとって、僕にとって、どんな意味を持つのか。わかっていてやったことだ。それでも。

「さよならだよ。賢木」

僕も、君も、手を取り合うのはお互いよりも別の存在の方がいい。これは僕の決め付けじゃない。運命みたいなものなんだ。ただ、僕たちの歯車よりも、噛み合わせのいい歯車が存在しただけだ。噛み合わせが外れたとしても、僕らは親友という歯車が残っているじゃないか。それは、永遠に、摩擦もなく回転し続けるだろう?

口を一文字にした賢木が俯いて、暫く経ってから、僕に向かって普段通りの笑顔を見せた。

「ああ、さよならだな。皆本」

目尻に浮かぶ涙は見ない振りをして、僕も賢木に笑い掛けた。

「さよなら。賢木」
「さよなら、皆本」

大丈夫だ。僕らなら。きっと、幸せになれる。

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