「…賢木」
「どうした、皆本」
珍しく深刻な顔で皆本が俺の研究室にやって来た。
何事かとこちらも気を引き締めていると、眼鏡を押さえながら、皆本は振り絞るような声で言った。
「…相談が、あるんだ」
「相談?なんか研究でも煮詰まってんのか?」
「いや、仕事のことじゃなくて…」
皆本は顔を反らしながら所在なさげに呟く。
「プ、プライベートの話なんだけど…」
ものすごく、それはそれはとても言いにくそうに皆本は言った。
その様子に、俺の勘が働いた。
「薫ちゃんのことか?」
「な、なんでわかったッ!?」
「そりゃあ、お前、わかるだろ」
お前のプライベートって料理か薫ちゃんしかねぇじゃん、という心の呟きは音声にしないでおく。
「で、どした?薫ちゃんと今世紀最大の喧嘩でもしたのか?」
まぁたノロケでも聞かされんのかな?と仕事に戻りながら、話を聞く体をとる。
深刻な顔して部屋に入ってくるから、心配して損したぜ。
今日診察した患者のカルテを整理しつつ、皆本に意識を向けると、そこには何とも言えない表情をした皆本が突っ立っていて。
いつもみたいにマシンガンでノロケ始めない皆本の様子に疑問を覚えていると、思い詰めた表情に変わった皆本がぼそりと呟いた。
「ここじゃ、ちょっと、話しづらいんだ。」
だから、時間をくれないか?と聞いてくる皆本に、それはいいけど、と返す。
「じゃあ、夜にお前ん家行くか?」
「いや、今回は僕の家も避けたい」
また眼鏡の位置を直しながら皆本が言う。
皆本の家がアウトってことは、ティムやバレットにも聞かれたくないような話なのか?「じゃあ、今から個室の居酒屋でも探すか?」
「いや、外も避けたい。だから、」
お前の家じゃダメか?と再び深刻な顔をして皆本が聞いてくる。
いや、俺は構わねぇけど、今の俺ん家には俺以外のヘビーユーザーがいて、彼女の許可を取らないと、マズイ気がする。
「紫穂に聞いてみるから、少しだけ時間くれ」
「…賢木の家なのに、紫穂の許可がいるのか?」
「そこはつっこんでくれるな…」
プライベートの携帯を取り出しながら、皆本の憐れみの視線から逃れる。
メッセージアプリを起動して、たぷたぷと紫穂にメッセージを送る。
『学校おつかれ。あのさ、今日、俺ん家で皆本と呑んでもいい?』
すぐに返事が返ってくる可能性は五分五分だ。
いつもなら既読スルーだろうけど、皆本の話題だから多分確率は上がるハズ。
読み通り、フォン、という通知音と共にメッセージが返ってくる。
『いいわよ、皆本さんとならね』
普段であれば、一言しか返ってこないメッセージも、少し長めの文章が返ってきて少し嫉妬する。
そんなに皆本が大好きかよ、と心の中でつっこみながら、浮気の心配をしてくれているような文章にも読み取れて、少しだけ嬉しい。
皆本の深刻度を考えて、念のため紫穂が来ないようにメッセージを打つ。
『なんか皆本、相談があるらしいから。今日は皆本と二人にしてくれ、ゴメンな。またデートしようぜ』
たぷたぷとメッセージを打つと、紫穂から割とすぐに返事が来た。
『乱入したくても、今日は薫ちゃんとデートだから無理。二人で仲良くどうぞ』
薫ちゃんとデート、の後に珍しくハートの絵文字つき。
俺とのデートの時はハートどころかデートとも言ってくれない癖に。
俺、ホント嫉妬しちゃう。
『おっけー。そちらも仲良くどうぞ』
既読が付いたことを確認して、メッセージアプリを終了する。
紫穂の許可が取れたことを皆本に伝えようと向き直ると、ジト目でこちらを見ている。
「ホント、相変わらず仲良いよな、君たち」
「えー?だぁって、紫穂ちゃん可愛いもん」
ニヤリ、と皆本に笑いかけると、ハイハイわかった、とウンザリした顔をされてしまう。
「んで、俺ん家、紫穂から許可出たけど。何もないぜ?紫穂仕様になってるから」
「お前ら…ホントどういう関係性なんだ?」
家主は賢木だろう、とつっこまれつつ、今の紫穂との関係性に非常に満足している俺もいて、説明に窮してしまう。
「ま、俺らは俺らの付き合いだから。今は皆本の話だろ。」
「…そうだな。とにかく、僕が何か作るから、キッチンだけ貸してくれ。」
じゃあ、終業後に迎えに来るから、と皆本が去っていく。
久々の皆本との呑みにウキウキしながらも、そんな深刻な相談って何だろう?と首を傾げつつ、仕事に戻った。
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