「ホンマもう!朝から最悪や!」
移動中のバベルのワゴン車の中で、珍しく葵ちゃんが叫んだ。
「仕方ないわよ、葵ちゃん。私たち特務エスパーだもの」
学業より優先させなきゃいけない場合もあるわ、と不貞腐れている葵ちゃんを宥める。
「遅れた分の勉強は僕が見てやるから。申し訳ないが任務に集中してくれ」
皆本さんが困ったように笑うと、葵ちゃんは少し頬を染めてプイッとそっぽを向いた。
「……しゃーない。後で勉強教えてや」
「あっ!ズルーイ!私も教えて!皆本っ」
「……薫は普段からもっと勉強しろ」
「うっ……こ、高校からは頑張ってるもん。私だって紫穂みたいに専属の家庭教師が付いてくれたら頑張れるのに!」
急に話題を振られたことに驚いて目を見開くと、ニヤニヤ笑う薫ちゃんと目が合った。
「先生が家庭教師だと、アッチの勉強も捗っちゃって困るんじゃない?」
くふふ、と口許を手で隠しながら笑う薫ちゃんに、わなわなと唇を震わせながら答える。
「そ、そんなことあるわけないじゃない!!!ちゃんと普通に勉強教えてくれてるわよッ!!!」
「どうだかぁ?だって、アノ、先生だよ?」
あの、の部分を妙に強調する薫ちゃんに返す言葉が無くて、ぷぅと膨れて睨み返す。そんな私たちのやり取りを見ていた皆本さんまでも、本当にそうなのか?と問い質すような目で私を見ていて。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの。全て日頃の行いが悪い先生のせいなのに!
「あの……それより、詳しい状況はどうなってるんですか?皆本主任」
指揮官見習いの松風くんが、空気を読んだか読まないのかわからない微妙なタイミングで私たちの私を割って声を上げた。それに皆本さんは目をぱちくりとさせてから、いつもの真剣な表情を作る。
「あ、ああ。そうだね。事件の概要を説明するよ」
私たちが朝から召集された理由。その事件は昨日の夜に起こった。政府高官の娘さんが誘拐され、今朝になって誘拐犯がエスパー集団だと判明。バベルに救援の要請が来て、私たちが召集された、というのが事の流れ。
「その高官はどちらかというと反エスパー派でね。誘拐犯は金銭などは要求せずに、高官の態度を改めるように要求している」
「そんなん、余計に頑なになるに決まってるやん。こんな誘拐事件起こしたら」
「それがわからないから馬鹿な犯罪に走っちゃうのよ。葵ちゃん」
ふぅ、とうんざりしながら溜め息を吐くと、薫ちゃんが痛ましい表情で俯いた。
「なんで、そういう風に力を使っちゃうんだろうね。もっと、平和的なことに使えば、皆もわかってくれるハズなのに……」
薫ちゃんの言葉に、ワゴンの中の空気がしん、とする。重くなってしまった空気を払うように、皆本さんは薫ちゃんの頭をポンと撫でた。
「だから、僕達が居るんだ。僕たちは力で暴力を振るったりしないし、力で支配することもしない。僕たちが力を使って平和的に解決すれば、高官の態度も軟化するかもしれない」
ね、と優しく微笑む皆本さんに、それぞれが表情を改めて笑う。悪い方へと入っていた力が抜けて、ほっと肩を撫で下ろした。
「さぁ、そろそろ高官宅へ着くぞ。皆準備を整えるんだ」
「了解」
皆本さんの言葉にキリッと改めて緊張が走る。任務前の適度な緊張は嫌いじゃない。薫ちゃんと葵ちゃんの手をきゅっと掴んで、アイコンタクトを返した。
コメントを残す