真夏の攻防戦 - 3/3

「やっぱ、流石に混んでるなぁー」

会場に着いて、あまりの人の多さに辟易する。
これじゃあ花火どころか立っていることもままならない。

「花火大会なんて久し振りに来たけど、こんなに混むものなのね」

流石の紫穂も、はぐれてしまいそうな人混みに大人しく手を繋がれていて。
絡めた指にきゅっと力を込めてから、耳許で囁く。

「じゃ、行こうか?」
「え、どこに?」

そっと手を引いて歩き出した俺に、紫穂が訝しげな顔を俺に向けてくる。
そんな紫穂に、くすりと笑って、俺は上機嫌に呟いた。

「二人で花火が観られる、イイトコロ」

花火が始まってしまう前に移動しないと、折角の場所が勿体無い。
若干の抵抗を見せた紫穂に、如何わしい所じゃねぇよと軽く説得をしながら目的の場所へと向かう。

「ちょっとした小料理屋だって。縁側みたいになってて、そこから花火が観られんの」
「……ホントでしょうね?」
「ホントホント。混んでる所で観るよりそっちのがいいかなって予約捩じ込んだの」

使える人脈は全部使って、紫穂とのデートを盛り上げる為に頑張った。
かなり無理は聞いてもらったけど、顔馴染みのよしみってヤツで席を確保してもらって。
イベント当日なのに話を通してくれた女将には本当に頭が上がらない。
本命の彼女を連れていくと約束して席を取ってもらったんだから、こんなところで紫穂の機嫌を損ねて席をキャンセルするなんてことは何としても避けなければなるまい。

「半個室みたいになっててさ、二人で座って花火が観れるんだぜ? こんな混雑したとこで観るよりよっぽど良いだろ?」
「確かに、そうだけど……」
「料理も旨いし、ホントおすすめだから! な!」
「……他の女と使い古した場所なんてやぁよ、私」

ふん、と高飛車な態度で言い放った紫穂。
紫穂がどうして渋っていたのかが透視まなくてもわかってしまって、思わず顔が綻んだ。

「俺の秘密の店だから。彼女連れていくのは紫穂が初めてだよ」

耳許でそっと囁いてやると、紫穂は目を見開きながら頬を赤らめて。
あぁ、もう、そんな可愛い顔、外ですんじゃねぇよ、と心の中でブー垂れながら、周囲から紫穂を隠すように囲う。

「何なら透視んでみる?」

繋いだ手の甲にキスを落として紫穂を見遣ると、紫穂は照れを誤魔化すようにそっぽを向いて言った。

「そこまで言うなら信じてあげてもいいわ。早く行きましょ」

するりと俺の腕に手を絡めてきた紫穂ににやりと笑いながら歩を進める。
透視する気のない紫穂に自己満悦を感じながら、会場傍の暖簾を潜った。

「お待ちしておりました、賢木先生」
「今日は無理言ってスミマセンでした」
「いえいえ、日頃お世話になってるお礼ですよ」

中から出てきた女将とのやり取りに、紫穂がきゅっと俺の手を握ってそっと距離を取った。
お?と思っていると、女将がにこりと笑って紫穂に挨拶をする。

「初めまして。いつも賢木先生にお世話になっております」
「あっ、いえ、こちらこそ、初めまして」

急に声を掛けられて驚いたのか、紫穂は少し挙動不審になりながら女将に挨拶をしている。

「賢木先生、こんなに素敵な方がいらっしゃっただなんて、早くご紹介くだされば良かったのに」

ふふ、と笑いながら女将さんが奥の部屋へと案内してくれた。
部屋は中央に小さな座卓が置かれた三畳の小ぢんまりとした座敷。

「さ、こちらへどうぞ。ごゆっくりお過ごしくださいませ」

女将に案内されるまま、奥へ進んで閉じられた障子を開くと、先程の花火会場が目の前に広がる。
足元は板間になっていて、縁側みたく足を下ろせるようになっていて。
敷居のところで固まってしまっている紫穂を手招きして側に呼び寄せると、キラキラと目を輝かせて俺を見上げた。

「本当に、こんな特等席があるのね……」

ほぅ、と溜め息を吐いた紫穂の腰にそっと手を沿わせて身体を寄せると、感動に気を取られているせいか抵抗なくぴとりと寄り添ってくれて。
漂う良い雰囲気ににやけそうになりながら、女将さんに感謝を告げる。

「本当に無理聞いてもらってありがとうございます。」
「いえいえ。お品書きはそちらにございますので。ごゆっくりどうぞ」

立ち去る間際にニヤリと笑いながら親指を立てていった女将さんに苦笑いを返しながら紫穂を見ると、紫穂は風景を見るのに夢中になっていてその様子には気付いてないらしい。

「花火始まる前に注文決めちまおうぜ」

紫穂の意識をこちらへ引き戻すように耳許に吹き込んでやると、ハッとしたように覚醒して、紫穂はぐいっと俺の身体を押した。

「そうね、誰かさんが変態にならない内にゆっくりご飯食べたいわ」

くるりと俺に背を向けて座卓に正座した紫穂の後ろ姿もとても可愛い。
ねぇ、その言い方だと、俺がそのうち手を出しちまっても良いって風に聞こえるんだけど、わかってる?

「何食いたい?何でも旨いよ、このお店」

変に気取られたりしないように話をスルーして、紫穂の隣に並んで注文を決める。
注文を女将さんに伝えて、紫穂にちょっかいをかけたりして適当に時間を潰しているとすぐに注文の品が座卓に並んだ。
いつもより華やかな内容に、花火仕様なんですよと説明する女将さんにありがとうと伝えて、早速二人で箸をつけていく。
食べ物、特に肉が目の前にあると気が緩んで隙だらけになってしまう紫穂は特別可愛い。
モグモグと夢中になって咀嚼している紫穂を見つめながら、俺も食を進めていった。
ある程度食事が落ち着いたところで、花火大会のアナウンスが始まって、外を見ると、早速花火が打ち上がる。
ドォンという音と共に、夜空に色とりどりの火花が弾けていく。
キラキラと明るく光る花火に照らされて、部屋の中の色も多彩に変わる。
灯りを落として、花火の明るさがよく見えるようにしてやると、紫穂の大きな目もちらちらと輝いて。
そっと障子の側に促してやると、花火に見惚れるように俺の隣にやってきた。

「きれい……」

白い肌が花火色に染まる。
浴衣の色っぽさに相まって、あんまりにも艶っぽく俺の目に映るもんだから、もうなんかいろいろ我慢できなくなってぎゅうと後ろから抱き締めた。

「ここに来て、良かっただろ?」

するり、と浴衣の上から身体のラインをなぞると、紫穂がごそりと何かを取り出して。
俺に思いっきり当てようとするのを寸でのところで回避した。

「お前ッ!なんつー危ないモン持ってんだよッ!」
「……誰とは言わないけど痴漢対策よ」

しれっと言い放った紫穂が手に持っていたのは小型のスタンガン。
それを躊躇なく彼氏に向けられる紫穂ちゃんってホントすごい!ひやりとしたものが背中を伝うのを感じながら、つつ、と紫穂から距離を取る。

「そーいうのはマジもんの痴漢相手にして欲しいなぁ、なんて…」
「あら、受ける側が嫌だと思ったら、それは全部セクハラだし痴漢行為よ」

例え相手が彼氏であろうともね、と紫穂は綺麗な笑顔で言い放つ。

「私は花火が観たいの」

にこり、と笑う紫穂ちゃんに、ぶるりと身体が震えた。
恐怖すら感じる美しいその笑顔に負けじと紫穂に向き合う。

「……わかった。花火観よう。その代わり」

紫穂の手を引っ張ってストンと俺の膝に座らせる。

「これくらい、いいだろ?」

紫穂の腰に腕をまとわりつかせて、抜け出せないように拘束する。
すると、紫穂は少しだけ頬を染めて、ふいと顔を背けた。
そして俺から少しでも距離を取るように、俺の腕に手を添えて身体を前に預ける。

「帯が崩れちゃうわ」

まるで言い訳をするように呟いた紫穂は、大きな目を縁取る睫毛をふるりと震わせながら目を臥せた。
そんな紫穂の緊張を解すようにそっと頬を撫でてキスを落とす。

「帯くらい、俺が直してやるよ」

さらりとした浴衣の生地に触れながら、つ、と帯に手を這わす。
その手をピシャリと叩かれて、大人しく腰に腕を絡め直した。

「今は花火が観たいって言ったわよね?」
「……はい、スミマセン」

ねぇ、ホントその言い方だと、花火の後ならいいって受け取れるんだけど、気付いてる?揚げ足取りなんてして、紫穂の機嫌を損ねたりしたら最悪だから、黙って大人しく時を待つ。
紫穂は一応俺を信用してくれたのか、そろり、と俺に凭れて身体を預けてきた。
それに気を好くして、少しだけ腰に纏わりつかせた腕にきゅっと力を込めた。
俺の手に指を絡めるように紫穂が手を添える。
ドォン、と打ち上げ花火の音だけが、俺達を包んでいる。
相変わらず、花火に照らされる紫穂の肌は色っぽくて。
どこまで我慢すれば、ご褒美に辿り着けるんだろう?紫穂のキラキラした目を横目で見ながら、紫穂の手に指を絡めた。

「センセ?」
「ん?なに?」
「連れてきてくれて、アリガト」

ほんのりと頬を染めた紫穂が、花火の煌めきに照らされる。
少し俯き加減で伏し目がちに下を向いている紫穂の顎に指を這わせて、つい、と俺の方に向けさせた。
一瞬だけ視線が絡んで、照れたように目を伏せた紫穂にそっと口付ける。
触れた唇はぽってりと甘くて、何度も、何度でも味わいたくなるもので。
ちゅ、ちゅ、と音を立てながら角度を変えて繰り返し口付ける。
紫穂が苦しげに眉を寄せたのを見て、名残惜しげに水っぽい音を立てながらゆっくりと離れた。

「……花火、みてる、のに」
「もう、終わるよ」

その証拠に、他の部屋でのイチャイチャが、襖越しに聞こえてくる。
そろそろ、強引にいってもいいタイミングじゃねぇか?絡めた指にきゅっと力を込めて、顎を撫でていた手をそのまま煽るように頬に這わす。
触れるか触れないかのタッチでさわさわと撫でてやると、ふるりと震えた紫穂が下から睨み付けてきた。

「ナニするつもり?」

そんなに潤んだ目で睨み付けられても、こちらを煽る結果にしかならないと、いい加減学習して欲しい。
でも、そんな君が可愛くてずっと見ていたいから、いつまでも知らないままで俺を煽ってと思う自分も居て。
相反する自分の感情にくすりと笑いながら、にやりと紫穂に微笑んだ。

「ナニって……いやらしいこと?」
「ふ、ふざけないでよ、こんな場所で!」

バッと俺の手を払って俺から逃れようとした紫穂の手首を掴んでそっと抵抗を封じる。
ぐい、と自分の身体に引き寄せて再び腰に腕を回した。

「ふざけてねぇよ。もう花火終わるんだし、そろそろいいかなって」

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