夏の思い出

高校最後の夏。はしゃぎたいという薫ちゃんに皆本が実に健康的な提案をしようとしてたもんだから、俺は海に行って花火でもするか?と声を掛けた。薫ちゃんは大賛成で、即決行の勢いで予定を決め始めた。渋る皆本を何とか説得して、ティムやバレットたちも誘って夜の海へ。道中、各々好みの花火を購入して、ワイワイキャッキャと楽しそうにしている。俺は花火用の蝋燭とマッチ、バケツを買って、ふと目についた線香花火も手に取った。
バベルで借りた白無地のワゴンに乗って、皆で近場の海へ向かう。道中も女子高生たちのワイワイキャッキャに車内か包まれて、あぁ、若いっていいなぁ、と感慨に耽っていると、バックミラー越しに紫穂と目が合って。にこりと微笑むと紫穂はプイとそっぽを向いてしまって。そんな可愛いげのない態度すら可愛く思える俺は、相当紫穂に参ってる。クスリと笑って窓に目を遣ると、こんなときだけ鋭い皆本がどうした?と聞いてきて。何もねぇよ、と皆本に向かって笑い掛けた。

「あまりはしゃぎすぎるなよ!もう夜なんだからな!」

皆本の声掛けにチルドレンたちはお行儀よく、ハーイと返事して。相変わらずワイワイキャッキャと楽しそうに花火を選んでいる薫ちゃんたちを横目にバケツやら蝋燭やらを準備していく。

「おーい、準備できたぞー。くれぐれも火傷には気を付けろよー」

やったー、とわらわらと各々花火を持って蝋燭に集まってくるチルドレンたちを皆本と肩を並べて見守る。
そのうちに、皆本は薫ちゃんに腕を取られて連れていかれた。その薫ちゃんの横顔は、キラキラと輝いていて。恋する女の子っていいなぁ、と鮮やかなその姿を見守っていると、急に肘鉄を喰らう。

「いって!何する」
「薫ちゃんに見惚れてた罰よ」

ふん、と鼻を鳴らして俺の隣に並んだ紫穂は、明らかに機嫌が悪そうで。いろんな意味で嫉妬してくれてたのかな、と少し優越感に浸る。

「そんなんじゃねぇよ。」
「嘘。目がいやらしかった!」
「はぁ?俺は恋する女の子っていいなぁ、と思ってただけで」

ぷぅ、と頬を膨らませた紫穂を宥めるように顔を覗き込む。少し頬を赤くした紫穂の頭を撫でてやると、子ども扱いしないで、と手を払われた。そんなところも可愛くて、顔が緩むのを何とか堪えながら、皆にバレないようにそっと指を絡める。

「皆が見てるわ」
「バレねぇよ。皆花火に夢中だ。」

本当は、薄々俺らの関係に気付いてるヤツがいるのは知ってる。でも、公にするのは恥ずかしいという紫穂の意思を尊重して、俺達のお付き合いは公表していない。本音は公表して可愛い紫穂を独り占めしたい気持ちもあるが、薫ちゃん同様、紫穂も皆の紫穂だから、バレるまではこのままでいいか、という俺もいて。流石に皆本と紫穂のご両親には付き合うことになったときに話を通してあるが。でも、もうそろそろバレるのも時間の問題だと思う。
口では嫌がってみせても、手を離そうとはしない紫穂に気を良くして、しっかり指を絡めて手の甲を親指で撫で回す。きゅっと握り返してきた紫穂の手を握り返した。

「そうだ。線香花火あるぞ」

やるか?と紫穂に向かって差し出すと、キラキラした笑顔でいいの?と聞いてきて。もちろん、と何本か取り出して紫穂に手渡す。
早速火をつけてその場にしゃがんだ紫穂の隣に俺もしゃがむ。パチパチと小さな音を立ててはぜる線香花火を二人して見つめて。
淡い炎に照らされる君の横顔があんまりにも愛しい。
火の玉がチリチリと、線香花火の終わりを知らせている。夢中になって、火の玉を落とさないようにしている君の邪魔をしないように、じっと横から見守って。ポトリ、と落ちた瞬間のあ、という表情はとんでもなく可愛い。
我慢しきれなくなって、目隠しするように君の目許に手をやってキスをした。抵抗はされなかった。手を退けると、潤んだ瞳の紫穂が俺を見ていて。

「…皆が見てる」
「だな」

ほんのり色付いた紫穂を皆に見せたくなくて、暗闇なのをいいことに、掌で顔を覆うようにしてからもう一度キスをした。

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