「……なぁ、最近紫穂ちゃん見ねぇけど。どうしたんだ?」
「え? 紫穂? ちゃんと任務とか訓練には顔出してるぞ? 薫たちと一緒なんじゃないのか?」
何変なこと聞いてるんだ? とでも言いたげな顔をした皆本に見つめられて、ん? と俺も首を傾げた。そんなに変なこと聞いたかな、と思いながら、やっぱり最近紫穂ちゃんの顔を見ていないと思い至る。携帯端末の時計を見ると、この後少しだけなら時間が取れそうだと算段して、ポンと皆本の肩を叩いた。
「俺ちょっと探してくるわ。薫ちゃんたちと一緒にいるんだよな?」
「そうだと思うってだけで確証はないぞ! 何か紫穂に用事があるなら僕からも伝えるけど」
皆本にそう言われて、はたと立ち止まる。俺は一体何の用事があって紫穂ちゃんに会いに行くんだろう? あれ? ただ顔が見たいだけ?
「あー……いいや、自分で探す! 会えなくても問題ないから!」
なんかあったら携帯鳴らしてくれ、と首を傾げている皆本に伝えてからもう一度歩き始めた。薫ちゃんたちと一緒だというのなら、待機室辺りにいるだろう。最短ルートを早歩きしながらただひたすらに目的地を目指す。辿り着いた場所で一旦深呼吸をしてから、インターホンを押した。
「賢木先生? どしたの?」
シュンと開いた扉から顔を出したのは薫ちゃんで、パッと部屋の中を覗くとそこには葵ちゃんしかいなくて。あれ、と拍子抜けして部屋を見渡してみても何処にも紫穂ちゃんらしき姿は見えない。
「何かあったの? 先生が直接ここに来るなんて珍しいじゃん」
「あ……いや、えっと」
急に自分の行動が訳のわからないものに思えてきて、何と答えればいいのかと焦る。紫穂ちゃんに会いに来た、なんて、一体どうして。理解できない自分の行動に言い訳を探そうとして失敗した。
「……紫穂ちゃん、いないのか?」
「紫穂?」
不思議そうに首を傾げている薫ちゃんに、そりゃそうだよなと自分も心の中で納得する。自分でもどうして、紫穂ちゃんの顔を見に、なんて行動を起こしたのかわからない。普段なら有り得ない、寧ろ今までにしたことが無い行動。間抜けた問いを薫ちゃんに投げかけて、薫ちゃんまで困惑させて。本当に俺は何がしたいんだ?
「……紫穂やったら学校やけど。まだ帰ってこぉへん思うよ?」
「え? 学校? この前夏休みに入ったとか言ってなかったか?」
葵ちゃんまでが首を傾げて俺を見つめている。そんな葵ちゃんの返答に眉を寄せて更に問いかけると、薫ちゃんと葵ちゃんはハッとしたように顔を見合わせてニヤリと笑った。
「紫穂ねぇ、今ピアノ習ってるんだよ」
「そーそー。毎日熱心にやっとるみたいやで」
「ピアノ?」
「先生覚えてる? 終業式の日に紫穂が出会った男子生徒!」
「……え? あー……確か、ふかみ、とか言う」
「深見悟先輩。ウチらはまだ会うたことないけど、紫穂は毎日悟先輩にレッスンしてもろてるんよ」
「だから夏休みも毎日学校行ってるんだ。ナニナニ、先生気になっちゃう感じ?」
「あ、いや、そんなんじゃなくて……ただ、最近紫穂ちゃんの顔見てねぇな、と思って」
「それでわざわざ探しに来たん? 先生も暇やないのに?」
にやにやした表情を浮かべた二人に立て続けに自分の不可解な行動を指摘されてドキリとする。確かに、ちょっとできた隙間時間を、紫穂ちゃんに会うために使うなんてどうかしている。別に会えなくたって何の問題も無いはずなのに。ここに居れば同じ場所にいるわけだからいつか会えるわけで。わざわざ自分から足を向けなくたって。
そこまで考えてはたとあることに気付いた。確かにいつか会えるけれど、業務内容が違う俺たちが偶然に顔を合わせるなんてこと、この広いバベルの中じゃ余程の偶然が重ならないと起こりえない。それなのに今まで普通に紫穂ちゃんと顔を合わせる機会は頻繁にあった。自分は特に意識して行動していたわけではない。ということはつまり、紫穂ちゃんが俺に会う為の努力を重ねてくれていたということではないのか。そうすれば夏休みに入ってから紫穂ちゃんと会えていないことにも頷ける。
だって彼女はここには居ない。別の場所で、他の男に会っている。
その事実に思い当たって、もやりと胸の奥に何かが燻った。それに少しだけ眉を寄せてから、ふと、紫穂ちゃんのことを思い返す。
紫穂ちゃんはなんで俺に会いに来てたんだ? いや、会いに来ていたなんて思うのは自意識過剰かもしれないけれど、こうもぱったり顔を見せなくなったなんて、一体どうした何があった? と思うのが普通じゃないか? それともやっぱり俺が自意識過剰なのか? ただ、顔を合わせていない。それだけなのに。無性に胸の奥がもやもやして、俺を落ち着かない気分にさせた。
「あー、いや、いないんならいいんだ。ごめん、邪魔したな!」
にやにやと俺を見ながら意味ありげな表情を向けている二人から逃げ出すように、慌ててその場から立ち去った。
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