結局、その日は腰が抜けてしまって、自分一人で帰ることができず、先生に送ってもらうことになってしまった。
仕事の邪魔にはならないようにと思っていたのに、結果こんな形になってしまって情けない、と落ち込んでいると、俺も途中から仕事どころじゃなかったから気にすんな、と慰められてしまって。
今日の出来事を思い出してまた真っ赤になってしまったのは私だけの秘密。
「おかえり、紫穂」
車を降りてからは何とか一人で歩けたけれど、心配性の先生が玄関までついてくる。
出迎えてくれた葵ちゃんにはニヤニヤされてしまったけれど、もうどうしようもない。
「じゃあな、紫穂。身体冷やすなよ」
そう残して車で去っていった先生を見送って、二人で家に入る。
「相変わらず、羨ましいくらいラブラブやなぁ?」
「…そうかしら?」
照れ隠しとバレているとわかっていても、誤魔化さずにはいられない。
何とか普通なフリをして、廊下を進んでいく。
「…なんや、自分、調子悪い?」
歩き方変やで、と突っ込まれてドキリと身体が跳ねる。
「そ、そんなことないわよ?」
頭のいい葵ちゃんのことだ、下手したら気付かれてしまう。
上手く隠さないと、質問攻撃からは逃れられない。
「ハハーン、さては、今日センセと何かあったな?」
「ッ!?」
ニヤリと顎に手を置いて笑う葵ちゃんは、私の努力虚しく何かに気付いてしまったらしい。
上手く隠せてなかった自覚しかないから、しょうがないけれど。
さてさてどう誤魔化そうかと悩んでいると、薫ちゃんが部屋からひょっこりと顔を出した。
「おかえり、紫穂。どしたの?そんなとこで」
「あっ、薫!実はな、紫穂、遂に先生と何かあったみたいやで」
「ちょっと待って葵ちゃん!」
「えっ!?紫穂、遂に賢木先生とエロいことしちゃったのッ!?」
薫ちゃんの言葉にズルリと肩から鞄がずり落ちる。
慌てて体勢を立て直して思い切り叫んだ。
「エロいことはしてないわよッ!…たぶん」
「うわ!多分ってなんやのん?!」
「エロくない何かはしたってこと?!」
二人に追い詰められて、白状するしかないと覚悟はしたけれど、あれはエロくないことにカテゴリーしてもいいのかしら、と首を傾げつつ。
何とか形勢逆転したいなと思いながら言葉を選ぶ。
「…キス、しただけよ。」
そのたった一言で二人はワーキャーと飛び跳ねて私に絡んできた。
素直に喜んでくれているのは嬉しいけれど、どうかこれで解放してほしい。
「なぁなぁ、紫穂?後学の為に教えて欲しいんやけど…」
やっぱり来た。
でも、ここで何とか形勢逆転狙いたい。
冷静な頭を取り戻しながら、葵ちゃんに顔を向ける。
「なぁに?葵ちゃん」
「やっぱり、ファーストキスはレモンとかライムの味やった?」
照れ照れと可愛らしく頬を染めて聞いてくる葵ちゃんに、いつもの調子が戻ってくる。
よし、いける。これならいつもの私で対応できる。
にこり、と笑って葵ちゃんに答えた。
「んー、内緒。」
「えーッ!そこをなんとか!」
「…バレットとなら、レモンとかライムの味がするんじゃないかしら?」
とびきりの笑顔で葵ちゃんに言うと、誰がバレットなんか!と顔を真っ赤にして叫んでいる。
その様子にくすりと笑いながら、もうひとつ爆弾を投下する。
「薫ちゃんは、何味だったのかしらね?」
「うぇッ!?」
私の質問に、薫ちゃんも顔を真っ赤にして、目を白黒させている。
してやったり、とほくそ笑みながら、二人を置いて廊下を歩き出す。
「や、やっぱり女子ってこわいわ」
「いや、女子って言うより紫穂でしょ」
「…せやな、確かに」
紫穂、こわい、と二人の声が重なったのを聞いて、私は笑って二人を振り返る。
「私は、葵ちゃんも薫ちゃんも大好きよ?」
大好きだから、いじめたくなるの、とにこやかに微笑む。
「そ、そんな言葉に騙されへんでッ!」
「そうだよ!恋愛プロの先生のキスはどんなだったのか、絶対に聞き出してやる!」
今日は、忘れられない一日になりそうだ。
追い掛けてくる二人から逃げながら、何だか嬉しくなって声を出して笑った。
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