「いらっしゃい、どうぞ」
「どうも、お邪魔しまーす」
皆本に招かれるまま、リビングへと足を進める。
紫穂は、チルドレンたちと一緒に、部屋に居るはずだ。
「チルドレンにケーキ買ってきた」
「ありがとう!皆喜ぶよ、早速食べようか」
「…あー、その前に、話、いいか?」
ケーキの箱を開けようとしていた、皆本の動きがピタリと止まる。
皆本はそのままキッチンへと消えて、冷蔵庫にケーキを入れているのだろう、パタンと扉の音がしたり、カチャカチャとお茶の準備をしている音が静寂の中に響く。
俺は気が重いのと緊張で、ぶっちゃけ吐きそう。
「ごめん、お待たせ。まぁ、座りなよ」
「…ああ」
皆本がお茶を並べて、差し向かいに座る。
どこかそわそわとした表情に、話の内容を知っているのかいないのか、不安になってくる。
「賢木が僕に相談なんて珍しいな。気楽に早く話せよ」
「…そうか?いや、まぁ、その、なんだ…」
何故か、皆本はキラキラとした目をこちらに向けてくる。
「…結婚、するんだろ?」
「へっ?」
「?…披露宴のスピーチ、頼みに来たんじゃないのか?」
「はぁっ?!」
皆本によると、一年前くらいから、俺が女遊びを止めたこと、つまりは遂に本命ができた、そして一年間のお付き合いを経て結婚、今日はそれの報告とスピーチの依頼、と推測していたらしい。
さすが皆本クン、話がブッ飛んでて、君らしい。
「相手は誰なんだ?僕の知らない人だろう?」
キラッキラした目で俺を見てくる皆本、そう言えば忘れてた。
コイツ、実は男の癖に乙女っぽいところがあるんだよな。
男にも乙女みたいな思考回路がない訳じゃないが、コイツのは飛び抜けたところがあることをうっかりしてた。
「あー…結婚するときは是非スピーチはお願いしたいんだけどさ、今日はそういう話じゃねぇんだ」
外れているようで、本筋は外れていない皆本の推測に一瞬ヒヤヒヤしたが、話を何とかこちらのペースに戻そうと軌道修正していく。
皆本の顔には、はてなマークがいっぱい浮かんでいるが、そんなの気にしねぇ。
「…交際相手と上手くいってないのか?」
「いや、そうでもなくてね…実は…」
途端に深刻そうな顔をする皆本に、いやまだその大本命とはお付き合いすら出来てない、と心の中でツッコミを入れる。
腹を決めて、予定通りに予定を実行するべく、深く深呼吸をした。
チルドレン達が籠っているはずの部屋に身体を向けて、もう一度深呼吸をする。
「紫穂ちゃん」
俺の呼ぶ声に、ガチャリ、と扉が開く音。
恐らく扉の前で待っていたのだろう、すぐに紫穂が部屋からゆっくりと出てきた。
その後ろにはチルドレンの二人が、ガンバレ、と紫穂の背中に小さく声援を投げ掛けている。
皆本は、顔のはてなを一気に増やして俺たち二人を見比べている。
どうやら、皆本の耳には、何の話も届いてないらしい。
紫穂が、俺の隣にゆっくりとした動作で座り、俺に向かって笑顔を向けた。
その目は、こちらの不安を吹き飛ばすような強い力を放っていて。
よし、俺も本格的に覚悟を決めるっきゃねぇな。
「紫穂?どうして…」
「あのさ、皆本。」
「え?あ、うん。」
「俺たちの交際を認めてくれないか」
空気がピタリと止まった音が、聞こえた気がする。
「え、っと、誰と、誰の、交際、だって?」
「俺と、紫穂ちゃんの、交際を、認めてくれないか」
皆本がピシリ、と音を立てた気がする。
固まってしまった皆本が早く現状復帰するように、じっと皆本を二人で見つめる。
紫穂の作戦では、回りくどい言葉は使わず、単刀直入にぶつかった方が、なし崩し的に壁を破壊できるのではないかということだった。
なし崩しってところが大人としては気になるが、取り敢えず、壁を崩して懐柔できる状態にしねぇと、前に進まないのは納得だ。
「…賢木、お前、紫穂に手を出したのか?」
「出してないし、お付き合いもまだしてない。俺たちはびっくりするくらい潔白だ」
まぁ手は繋いだけどね、と心の中でぼそりと呟く余裕が少し出てくる。
いつもみたいに茶化して話を進めると、進む話も進まなくなるのは明白なので、至って真面目に話を続ける。
「皆に、俺たちの交際を認めてもらうまで、俺たちは付き合わない。」
「…誰も認めるわけないじゃないか、紫穂は中学生だぞ」
「管理官と局長、紫穂ちゃんのご両親は認めてくださった」
「はぁぁ?」
嘘だろ、と呟く皆本。
それに、紫穂が鋭くツッコミを入れる。
「嘘じゃないわ。管理官と局長には、賢木先生が挨拶してくれたし、うちの両親にはこの前二人で挨拶に行ったわ」
「あの、急に実家に帰るって言い出した日か…」
「そう。二人で挨拶に行ってきたの」
畳み掛けるように、紫穂が事実を繰り返す。
それを聞いて、皆本もやっと話を信じたのか、崩れかけていた姿勢を正して、俺たちに向き直る。
「賢木、お前、今までみたいに遊びで手を出そうっていうんじゃないだろうな?」
「当たり前だろ。真剣だから、女遊びも止めたし、こうやって挨拶にも来てる。いくらなんでも、怒るぞ」
「いや…そうだな、賢木のことはこれでもよくわかってるつもりだ。お前が真剣なのは、わかる。」
はぁぁ、と息を吐きながら、皆本は言う。
伊達に長いこと親友やってるわけじゃない。
俺の態度が今までとは違うってこと、皆本は頭では理解しているようだ。
「認めてくれるか?」
「それとこれとは話が別だッ!」
どれとどれの話が別なんだよとツッコミを入れつつ、皆本の整理がつくのをひたすらに待つ。
「…紫穂」
「なぁに?皆本さん」
「本当に賢木でいいのか?」
うっわ、その言い方超傷つくッ!思わず声を上げそうになるが、ここはグッと我慢。
ひたすら、二人の会話を聞くことに没頭する。
「賢木先生がいいから、こうして二人で挨拶してるのよ」
「そうは言ってもだな、他にもいい男は沢山いるだろう?同年代の男の子とか…」
「いろいろ見てきた中で、賢木先生が一番いいなと思ったのよ」
「でも、一回りも歳上だし、あまり女癖は良くないぞ」
紫穂の発言には舞い上がりそうになるし、皆本の発言にはいろいろツッコミたい。
有頂天とどん底を一気に経験できるなんて、なんて素敵な体験!取り敢えず、皆本が男としては俺をあまり評価していないことがよくわかった。
それと、紫穂がちゃんと俺を選んでくれたことも。
「先生が、今は私しか見ていないって、私は知ってるもの」
「なんでそんなのわかる?口だけだと何とでも言えるぞ」
「潜ったもの、先生に」
手のひらをかざして紫穂は皆本に告げる。
皆本が信じられない、と言う顔で俺を見る。
「ホントだよ。研究室で居眠りしてるとこを、ヤラレタ。」
「賢木が?お前一応仮にもレベルシックスだろ」
「いやー、それが潜られたことにも気付いてなかったくらい、紫穂ちゃんには警戒心ゼロなんだよねぇ」
「…珍しく間抜けだな」
タハハ、と悲しくなりながら笑う。
皆本にまさかそんなツッコミを入れられるとは思ってなくて、地味に傷になっているそのことを遠慮なく抉られる。
力を認めてくれているからこその発言だとはわかるが、そういう風に言われると、本当に傷つく。
「でも、それくらい、私たちお互いが必要な存在なの。だから、認めて?皆本さん」
紫穂が真っ直ぐに皆本に思いをぶつける。
皆本はそれに気圧されているようだ。
「でもなぁ…紫穂、もうちょっと他を見てからでも」
「なんでっ!?」
バタンという扉の開く音と共に飛び出してくる影。
あー、やっぱり我慢出来なかったか。
「お互い好き同士なんだよっ!?なんで皆本が反対するのっ!?」
「薫、好きだからってお付き合いに発展するとは限らないんだ」
「~~~ッ!皆本のわからず屋ッ!こんなにラブラブなのに、邪魔したら牛の頭にタックルされちゃうんだからッ!」
「薫、それを言うなら馬の足に蹴られる、や。でも、ホンマに、人の恋路を邪魔する奴は、やで。皆本ハン」
今にも皆本に飛び掛かりそうな薫ちゃんと、それを何とか抑えている葵ちゃん。
二人にも気圧されて、皆本はタジタジだ。
「でもだな、紫穂はまだ中学生で…」
「来週、卒業するわよ」
「ッ!」
紫穂の鋭いツッコミに、皆本は更にタジタジだ。
「認めてくれないなら、隠れてお付き合いしちゃうから」
「それは駄目だ、紫穂ちゃん。隠れてお付き合いするなら付き合えない。」
「どうして?私のモノになる、って言ったじゃない!」
「それは認めてもらってお付き合いできたら、の話だ。俺は正々堂々と君を俺のモンだって言える立場になりたいの!」
「バレなきゃ大丈夫よ」
「こういうのはバレるもんなんだよ!だから隠れてお付き合いするのは絶対ナシ!」
「ちょ、ちょっと落ち着くんだ二人とも…」
突然始まった俺たちの喧嘩。
皆本がオロオロと仲裁に入ろうとする。
「元はと言えば、皆本さんが悪いのよ!私たちを認めてくれないから!」
「へっ?僕のせいっ?」
「皆本さんが認めてくれないから、変なところで真面目な先生が気を遣っちゃうんじゃない!」
「ええっ!?」
急に矛先が自分へ向いた皆本は、面白いくらいに焦りだした。
「高校生になったら、歳上と付き合う子なんて五万と居るわよ!なんで私だけダメなのッ!?」
「そ、それは…」
「大体、皆本さんは私のお父さんでも何でもないのに、無意味に反対される理由がわからないわ!」
アカン、紫穂、それ言ったらアカンやつ。
そろり、と皆本を見遣ると、ああ、やっぱり、固まって砂になりかけてる。
おまけに頭の上には漫画のガーン、ていう描き文字が見えるようだ。
「おーい、皆本クーン、固まらないで、帰ってきてー」
テーブル越しに皆本の肩を叩きながら泣きそうになりながら呼び掛ける。
ここで話が止まってしまったら、元も子もない。
何とか俺たちの交際を認めさせてから、この家を出たい。
「なぁ、皆本、因みに反対する理由は何なんだ?」
やっぱり、俺自身か?とこちらの世界に帰ってきてもらえるように皆本に声をかける。
皆本は崩れてしまった姿勢を何とか立て直して、でも支えきれずにテーブルに突っ伏した。
「…何だろう。反対なのに、明白な理由が浮かんでこない。」
ううう、と唸りながら、皆本は答えた。
こういうところで理系脳が手助けしてくれるとは思わなかった。
そりゃそうだよな、理系脳的には、論理的に説明できないことは全てノーだ。
つまり、今回の場合は。
「それって、反対できる正当な理由がないってことだろ?」
「…そうなるな」
「…じゃあ、答えは1つだろ?」
「…そうなるな」
「俺たちはその解が聞きたいんだけど?」
「………………わかったよ。認めるよ、二人のこと」
ガクッと項垂れながら、皆本はずり落ちかけた眼鏡の位置を直した。
俺たちの後ろでは薫ちゃんと葵ちゃんが手を取り合って、やったぁと喜んでいる。
俺は内心、ガッツポーズを決めながらも、ホッとした気持ちの方が大きかった。
紫穂は、皆本の手を握って、優しく微笑んでいる。
えー、何それ、嫉妬する…
「認めてくれて、ありがとう。皆本さん」
「…約束と、門限は守るんだぞ」
「もちろんよ」
手を握りあって見つめあう二人。
マジで嫉妬しちゃうんだけど!この状況!
「ちょっとちょっとお二人さん。いつまで手を握り合ってんの!」
「あ、ご、ごめん、紫穂」
「あら、男の嫉妬は醜いわよ?センセ」
ワタワタと手を離そうとする皆本に対して、わざと俺に見せつけるようにぎゅっと手を握る紫穂。
こりゃ、俺の反応で遊んでやがるな。
「…嫉妬して当然だろ?それだけ大事なんだから」
できるだけ声を低くして、甘く呟く。
この場にいる皆に敢えて聞かせるような声のボリュームを狙う。
すると、全員が顔を真っ赤にして固まっている。
その隙に、ていやっと皆本と紫穂の繋がれた手をほどいた。
「…な、何、言って」
「し、しほ、せっかく、せんせいとつきあえることになったのに、うわきはよくないとおもうな!」
顔を真っ赤にしたままの紫穂が、なけなしの抵抗をしてみせようとしたところに、これまた顔が真っ赤っかの薫ちゃんが片言でギクシャクしながら、俺がひっぺがした皆本の手を横から奪っていく。
「せ、せや!ここでいきなり浮気しとったら、先生のこと言われへんで!」
いや、俺が浮気する前提みたいな話し方止めてくれる?過去の行いで何か言われるのは仕方ないが、これから起こってもいないことで何か言われるのは心外だ。
「いや、俺、浮気しないよ?紫穂ちゃん一筋だから。」
俺としては当たり前のことを言っただけなのだが、これまた皆顔を更に赤くして固まってしまった。
「…ちょっと、もう、やめて。」
「え、何が?」
「賢木って本当に気障だよな」
「え?そうか?」
「ウチ、さっきから砂糖吐きそうや…」
「え?そんなにっ?」
「…アタシもいつか言われてみたい」
最後のセリフは聞かなかったことにしよう。
自分では当たり前だと思っていたことも、他人からすれば気障に見えるらしい。
紫穂ちゃんの前ではとびきり格好良い自分で居たいと思うから、いつもより何かいろいろ増してるかもしれないが。
「そうだ、賢木。」
「え?なに?皆本」
「論理的には認める。ただ、感情的には納得できない。」
「お、おう。」
「だから、一発殴らせろ」
やっぱりー?!やっぱり殴られるのは回避できないんだなー!?ゆらゆらと近付いてくる皆本に覚悟を決めて向き直ると、女の子たち三人が皆本の前に立ちはだかった。
「先生に殴られる理由はないわ」
「そーだそーだ!暴力反対ッ!」
「賢木センセ!今のうちに逃げるんや!」
「いや、ここで逃げたらスッゲー情けないし、男が廃るよっ?!」
「それでも、よ。先生が私を守ってくれるように、私だって先生を守るわ」
紫穂の言葉にハッとする。
俺は、紫穂のことが大事すぎて、守ることばかり考えていたが、お付き合いをするってことは対等になるってことで。
紫穂も同様に俺を守ろうとしてもおかしくないはずだ。
「…ありがとう。紫穂」
俺に比べて小さな身体を挺して皆本から守ろうとしてくれる紫穂に、心があつくなる。
今すぐにでも抱き締めたい。
身悶えていると、皆本が、構えていた拳をゆっくりと降ろした。
「わかった、わかったよ。これじゃあ、僕が悪者みたいだ…」
俺を感情的に殴ろうとしてた時点でちょっとは悪者だというツッコミは敢えてしない。
そして、ホッとしたのも束の間、ここにこのまま居残ると、きっと薫ちゃんと葵ちゃんにいろいろと質問攻めにされそうな予感がしたので、とっとと退散することにする。
「じゃあ、俺、話も済んだし、帰るわ」
そそくさと帰り支度を始めると、思った通り、薫ちゃんの残念そうな声が聞こえてくる。
「えーっ!今日こそは二人の話を聞けると思ったのにーっ」
「ハハ…また今度な」
ぶーぶーという薫ちゃんの非難を背中に受けながら、玄関へと向かう。
そのまま靴を履いて、見送りで玄関に付いてきた全員に向き直る。
「…また今度、ゆっくり来いよ」
「ああ、そうする。またケーキ買ってくるな」
チルドレン三人のやった、という小さな歓声にクスリと笑みが零れる。
その微笑ましい様子の中に、紫穂の姿を確認して、あたたかい気持ちのまま、扉を開ける。
「じゃあ、お邪魔しました。」
「またね、先生」
晴れてお付き合いできるようになった俺たち。
恋人らしい別れの挨拶は、これから覚えていってもらうことにして、今日は素直に家路につく。
少しずつ少しずつ、恋人らしくなれるように、今までみたいに時間を掛けていけばいい。
まずは、バレンタインのお返し。ホワイトデー。
紫穂にとって、忘れられない思い出の日にしてやれるよう、俺は頭を廻し始めた。
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