「今年は何くれんの?」
数日前からこの日が来るのを楽しみにしていた自分をはっきりと自覚していて。
こんなにバレンタインが楽しみなのは、ぶっちゃけ高校の時以来な気がする。
俺の研究室に入ってきた紫穂ちゃんの後ろ手に、小さな紙袋が見えて、心がウキウキと浮き足だった。
「別に、まだ、あげるなんて言ってないし…」
「マジで!俺何気に超楽しみにしてたんだけど!」
少しずつ少しずつ、距離を縮めてきた俺たちの、普段通りの言葉の応酬。
もう俺には、紫穂ちゃんの言葉が実は照れ隠しの意味だってわかってる。
「俺に、くれんじゃねぇの?」
ん?と両手を差し出して聞くと、おずおずと、年々ラッピングに気合いが入っていく紙袋が差し出された。
「先生に、あげるわ」
「サンキュ!」
うわー今年は何だろう、と周りから見たら多分引くくらいウキウキしながら、可愛らしいラッピングのリボンを解く。
紫穂ちゃんをイメージさせる薄紫のリボンを大切にデスクに置いてから中身を確認すると、おお、今年はガトーショコラ。
あとで珈琲入れて早速頂こう。
「紫穂ちゃん、今年もありがとな!嬉しいよ」
にっこり笑って紫穂ちゃんにお礼を言う。
今年のお返しは何が良いだろう?去年は学校でも使えるようなもの、と俺も愛用してるブランドのシャープペンシルを選んだ。
今年はもうすぐ卒業も待っているから、もう少し大人びたモノを送るのもイイ。
「…センセ」
いろいろと妄想していた俺の耳に、少しだけ震えた声色の紫穂ちゃんの声が届く。
「ん?どした?紫穂ちゃん」
「…あの、あのね。」
頬を染めた紫穂ちゃんが、俺を真っ直ぐに見つめてくる。
可愛いなぁ、と思うと同時に、本能的に俺の頭の中で警笛が鳴った。
「センセイが、好き。」
「…え」
警笛が警報へと変わる。
はぁ、っと深く息を吐いて、紫穂ちゃんは目をきゅっと閉じる。
両の指をスカートの前でもどかしげに組んで、ゆっくりと目を開く。
まるで睫毛がぱさりと音を立てるのが聞こえるような、スローモーション。
「私、先生が好きなの」
紫穂ちゃんらしい、意思の強い目が俺を射抜く。
身動きも、呼吸も、できない。
紫穂ちゃんは、目許まで赤らめて、目を潤ませている。
「私と、付き合って。」
「…っ」
俺らしくないが、何も言えない。
こんな場面、何度も経験してきたハズだ。
俺はその時、一体どうしていた?
「…何か言ってよ、センセイ」
「や、あ、うん、ゴメン…」
言ってしまってハッとする。
「あ!ゴメンってそういう意味じゃなくて!えっと…」
「知ってるわ。先生が私のこと好きなのも、まだ付き合うとかそういうの全く考えてないのも知ってる。」
「へっ?!」
「だって透視たもの、こっそり。」
紫穂ちゃんが手のひらをかざして申し訳なさげに笑う。
え、何?誰が誰を好きだって?
「…ちょっと待て。紫穂ちゃん、何だって?」
「だって仕方ないじゃない。いつまでも進展しなさそうだから。」
「いや、そういう話じゃなくてさ…」
「どうしても確信が欲しくて。負け戦はしたくないじゃない。」
だから、透視ちゃった、と紫穂ちゃんが告げる。
いや、だから、そういう話じゃなくて、だ。
「好き?俺が?紫穂ちゃんを?」
「…もしかして、自覚ないの?」
通りでかなり深層まで潜らないとわからなかったワケだわ、と呆れたような顔で紫穂ちゃんが俺を見ている。
深層まで潜ったって、一体いつそんなタイミングがあったんだ。
ツッコミたいところが山ほどあるんだが、まずは俺のプライドに掛けて訂正をしなければ。
「自覚ないワケねぇだろ。そういう意味で紫穂ちゃんのことちゃんと好きだよ」
前髪をくしゃりと掴んで頭を抱えながらも、何とか喋る。
「っていうか、いつ、どこで、俺に潜ったの?」
「…この前、当直明けで、ここで居眠りしてた時。」
テヘッと誤魔化すように笑う紫穂ちゃんの様子に、深く溜め息を吐く。
「やっていいことと悪いことがあるだろ…」
「……ごめんなさい」
確かに、当直明けのあの日、居眠りしてしまった記憶がある。
しかし、だ、俺、紫穂ちゃんに対して、警戒心無さすぎだろ!気付けよ!っていうか普通潜られたら気付くだろ!自分にツッコミながらも、紫穂ちゃんに対して警戒心を抱いてない理由も自覚があるから何とも言えない。
俺にとって、紫穂ちゃんは多分、初めてと言ってもいいくらい、気を遣わなくても、一緒に居ることに違和感ない女性で。
楽しいけれど、時々ちょっと疲れるなと感じていた女性とのお付き合いだが、紫穂ちゃんとは何もかもが楽しくて、それこそ恋を知ったばかりのような初々しさがむず痒く心地いい日々、だったはずだ。
「勝手に透視るのは反則だろ…」
「でも、ほら、結果的には両想いだったんだからいいじゃない!」
ね!と可愛く小首を傾げて上目遣いを駆使する紫穂ちゃん。
うん、あざとい。
「そういうワケにはいかねぇよ…」
この恋は、秘めた恋だと、自覚したときから決めている。
それこそ、ゆっくりゆっくりとあたためて、告げるのは紫穂ちゃんが大人になってからでいい、と思っていたんだ。
こちらを向いてくれていることに浮かれている自覚もあった。
その代わり、余所者にかっさらわれないように、慎重に慎重に距離を詰めていた。
それを、こんな形で崩されるとは。
「悪いけど、紫穂ちゃんとは付き合えない。」
紫穂ちゃんが、弾かれたように俺を見上げる。
その表情は、信じられない、と驚きに見開かれている。
「嘘、なんで?私が勝手に透視たから?」
紫穂ちゃんが、俺に突っ掛かってくる。
「それはまた別の話だ。」
「じゃあ、どうして?!お互い好きなんだから、お付き合いしましょうって流れになるんじゃないの?!」
わからない、といった様子で俺に詰め寄る紫穂ちゃんを宥めながら、ふぅ、と軽く溜め息を吐く。
「大人は、そう簡単にお付き合いしましょうかってならないの」
「…私が子供だって言いたいの?」
「そうは言ってない」
「言ってるわ!他の女の人とはホイホイ遊んでたじゃない!」
キッと睨み付けてくる紫穂ちゃんに、痛いトコ突かれてんなと思いながらもどう説明すべきか頭を巡らせる。
「遊びとマジなのは違うの。俺にとって、紫穂ちゃんはすっげぇ大切で、そう簡単にお付き合いしましょうかって言えないの。わかる?」
これで伝わるだろうか、自分なりに噛み砕きながら言葉を選んだつもりだ。
紫穂ちゃんは眉間に皺を寄せながら俺の話を聞いていた。
「まだ今はお互い好きってだけでいいんじゃねぇかって思う、俺としては。お付き合いはまだ早いって思ってる。わかるか?」
諭すように紫穂ちゃんの肩に手を置いて、紫穂ちゃんの顔を真正面から見つめる。
紫穂ちゃんは肩を震わせて、まだ俺を睨んでいた。
「…わからない。わかるわけないわよ!そんなの先生の自分勝手な気持ちじゃない!」
「自分勝手って…そうじゃなくて、俺は紫穂ちゃんを守る立場としてだな…」
「それが子供扱いだって言ってるの!」
パシン、と肩に置いた手を払われる。
鋭い視線のまま、紫穂ちゃんは俺に背を向けた。
「もういいよ、バイバイ、センセ」
「っ!おい!紫穂ちゃんッ!」
紫穂ちゃんは震えるような声で呟いて、勢いよく研究室を飛び出していった。
一瞬呆然としてしまったが、すぐに閉まりかけたドアをこじ開けて廊下に飛び出す。
紫穂ちゃんはどっちへ行った?早く追い掛けてちゃんと話をしねぇと、いろいろと拗れちまう。
左右を見渡しても、紫穂ちゃんの姿が見付けられない。
クソッ、透視して探すしかねぇか。
リミッターの解除をしようと壁に手をつき、一呼吸吐く。
「賢木修二、かいき」
「あっれー?賢木クン、どうしたの?こんなところで」
「…管理官」
「何か探し物?手伝ってあげよっか?」
探し物だけど、管理官にお願いするのは違う気がする。
というより、余計に話がややこしくなるのでどうにか避けたい。
ていうか、何でこんな絶妙なタイミングでいつもいつもやってくるんだ!
「いや、大丈夫。ちょっと込み入った話なんで…」
「あ、もしかして紫穂ちゃんでしょ?」
ビシッと人差し指を差してウインク。
当たりだけど何でバレた。
「紫穂ちゃんと上手くいった???」
「は?上手くいった、とは?」
「ちゃんと交際に発展した?」
キャーキャーと少女のように跳び跳ねる管理官。
まさか、と思いながら、管理官に確認する。
「もしかして、紫穂ちゃんを焚き付けたりしたんですか?」
「うん!私のアドバイス、上手くいったかしら?」
いや、全然上手くいってねぇよ、と心の中でツッコミながら、力なく壁に凭れる。
ズルズルとそのまま床にしゃがみこんでしまった。
「あれ?何か上手くいってない感じ?」
少し顔をひきつらせて俺の様子を伺っていた管理官に、はぁ、と大きく溜め息を吐く。
「…上手く、っていうのが交際って意味なら、全然上手くいってないっすね」
「え!?賢木クン、紫穂ちゃんのこと好きなんでしょ?何で上手くいってないの?!」
「まず、何でそれを知ってるのか俺が聞きたいっす…」
「いやー、紫穂ちゃんがこの前さ…」
話を聞くと、思い詰めた顔で歩いていた紫穂ちゃんに管理官が声を掛けたら相談を持ち掛けられたらしい。
紫穂ちゃんは俺のことが好きで、俺が紫帆ちゃんのことを好きなのも透視してわかった。
なのに全く進展しないのは何故だろう?と。
で、管理官は、コクっちゃえ!ちょうどバレンタインもあるし、とアドバイスしたらしい。
その結果がこれか…と再び深い溜め息を吐く。
「彼女はまだ中学生ですよ。大人の俺がホイホイ付き合いましょうってなるワケないじゃないっすか」
「えー?紫穂ちゃんは充分大人でしょう」
「そうだけど、もうちょっと、せめて十八になるまではって俺は考えてて…」
「あっまーいッ!!!」
美人が怒ると迫力あるから、ホントやめてほしい。
管理官は眉を吊り上げて、仁王立ちで俺を真正面から睨み付ける。
「女の子なんて中学卒業したら、あっという間に大人よ!」
「いや、それはわかってますけど…」
「あまいあまいあまーいッ!」
なんでこう皆本クンといい、バベルの男は意気地無しばっかりなのかしら!と腕を組ながら管理官が溜め息を吐いている。
いや、人の恋路を邪魔されて、溜め息吐きたいのはこっちの方だ。
「まぁいいわ、ちょっとこっちいらっしゃい。」
腕をぐいっと引かれて引き摺られるように歩き出す。
「いや、あの、俺、紫穂ちゃん追い掛けないと…」
「今行っても逆効果です!先に外堀埋めましょ!」
「はぁ?外堀ぃ?」
ズンズンと歩いていく管理官に着いていくと、そこは局長室だった。
入るわよー、という軽い挨拶で扉を開けると、逃げられないようにか先に中に放り込まれる。
「ん?賢木クン、何か用かね?」
「ええ、ちょっと桐壺クンに話があるんだって」
いや、俺は特に話はないぞと思いながらも逆らえない雰囲気に立ち尽くすしかない。
「ん?どうした?何でも言ってみたまえ」
「いや、俺は、その…」
「桐壺クン、バベルって社内恋愛オッケーよね?」
「へ?え、ええ、まぁ、社内恋愛に制限はないです」
って、オイオイ!一体何を言い出すんだこの人は!突然、社内恋愛の話を持ち出した管理官を、ギョッとして見つめる。
「賢木クン、遂に年貢の納め時だって!」
「はぁッ?」
「おーおー!そうなのか!それはおめでとう!一体お相手は誰なんだね」
そーかそーか、もうそんな年頃だねぇと局長が勝手に感動している。
話を勝手に進めるな!と隣の管理官を睨み付けると、何処吹く風で口笛なんか吹いている。
(ちょっと!管理官!コレ、どういうことですかッ!)
(えー?だから、外堀埋めちゃえばって言ってるの。)
(外堀の意味がわからないんですけど…)
(だからぁ、周りに認めさせちゃえば年齢なんて関係なくなっちゃうでしょう?)
バチコーンっと管理官がウィンクしてみせる。
局長の見てないところでサイコメトリーを駆使した会話を繰り広げる。
何より、納める年貢もなければ、大事に大事に育ててきた紫穂ちゃんとの繋がりはぶっちゃけ今にも立ち消えそうなのに。
(…俺、紫穂ちゃんにフラれるかもしれないっすよ)
(ないない。賢木クンが誠意見せれば紫穂ちゃんもイチコロよ!)
(紫穂ちゃんから見たらオッサンの俺に、そこまで入れ込んでくれるとは思えませんて…)
(わかってないなぁ、自分より年上、大人の男は女子の大好物よ?)
女性関係で珍しく弱気になっている俺を励ますように、管理官は俺の背を叩く。
何を根拠にそんなことを言ってるんだ、この人は。
現に、今の状況はフラれかけと言っていいと思う。
そんな状況で外堀を埋めるなんて、ナニ考えてんだって話で。
「賢木クンね、紫穂ちゃんとお付き合いしたいんですって」
って言っちゃうー?!ソレ言っちゃうー!?だって賢木クン何時まで経っても言わなさそうなんだもん!とテヘペロっと舌だしウィンクを決めている管理官が鬼にしか見えてこない。
さっきから無表情になってしまった局長も、閻魔様にしか見えない。
わーお、俺、超孤立無援!
「紫穂クンと、お付き合い…?」
「そう、さっき紫穂ちゃんから告白されたらしくてね、迷ってるそうなのよー」
桐壺クンも何か言ってやって!と焚き付けている管理官は、鬼どころか地獄の遣いか何かかもしれない。
「迷ってる?キミ、紫穂クンの申込みを断ったのかね?」
更に更に無表情になった局長に、背筋がヒヤッとする。
これは、何かヤバイ、気がする。
「断った、というか。今はまだ付き合えない、と答えました。」
「…ほぅ?理由を聞かせてくれるかね」
「彼女は、まだ若いので…」
「ああ、良かった。嫌いだとか受け付けられないからとか言われたらどうしてくれようかと思っていたところだよー」
局長が手をついているデスクがミシリ、と音を立てる。
え、今ヒビ入ったよね、このデスク。
「いや、決してそんなことは!」
「そうだよねそうだよね、可愛いチルドレンの申込みを断るなんて、オカシイよねぇ」
うんうん、と一人頷いている局長に、冷や汗が止まらない。
「でもねぇ、まだ男女交際とかは早いと思うんだよねぇ」
ギロリ、と目を光らせた局長は、口の前で手を組んで、どっかのアニメで見たようなポーズで俺を睨み付ける。
「そ、そう思って、俺もお付き合いはまだ早いと答えたんですけど…」
「…だよねぇだよねぇ、まだ早いよねぇ」
急ににこりと態度を和らげた局長にホッとしていたら、ツカツカと管理官が局長のデスクに歩いていく。
そのままの勢いで、ダァン!とデスクに平手を食らわせた。
デスクはさっきのヒビもあって、見事に真っ二つ。
「二人とも、かったーい!」
無惨な姿になったデスクの前に仁王立ちになって管理官が叫ぶ。
「紫穂ちゃんの賢木クンが好きって気持ち、大事にしてあげましょうよ!」
俺に向かって振り返りながら、管理官は拳を握って力説する。
紫穂ちゃんの、俺が好きって気持ち。蔑ろにしてるワケじゃない。
むしろ、もっと、大事に、大切にしたい。
「賢木クンも、自分の気持ち、大事にしなよ!死んだら元も子もないんだからね!」
今をしっかり生きようよ!と叫ぶ管理官の言葉には、やっぱりすごく説得力がある。
「愛の力は偉大なんだから!愛に年齢なんて関係ないでしょう!」
愛の力は偉大、っていうのは、確かに、俺も同意だ。
でも、年齢はやっぱり関係あると思う。
「ナニびびってんの!?」
「ッ!ビビってなんか…」
「じゃあいいじゃない!賢木クンは紫穂ちゃんが好き、紫穂ちゃんは賢木クンが好き、一体何の問題があるっていうの?!」
「いや、でも、彼女はまだ中学生で…」
「もうあと少しで卒業しちゃうじゃない!それってそんなに重要なのかしら!?」
そこまで言われて、確かに、と思う。
年齢が問題だと思っていたが、彼女ももう少しすれば高校生になる。
高校生になれば、年上の男と付き合っている女子なんざわんさか居るじゃないか。
「確かに、そうっすね。腹、括ってもいいのかも。」
「それでこそ男よ!賢木クンっ!」
「いやいやいやいやいや、ちょっと待ってください!ワシは許さんよッ!?可愛いチルドレンたちをこんな男に渡したりせんよッ!?」
腹を決めようと決意が固まってきたところに、局長の、こんな男、という言葉にグサッと来る。
確かに、俺はオススメできた物件ではないかもしれない。
「どうしてよ?桐壺クン。賢木クンて超優良物件じゃない」
「いやいや、女遊び激しいってワシは聞いてるよ!?そんな男を紫穂クンになんて…」
「一年前くらいから、女性関係はきれいサッパリよ?特務になってそんな暇も無いし」
ねぇ、賢木クン?と同意を求められて、ええ、まぁ、と頷く。
紫穂ちゃんに向き合えるように、と女遊びをキッパリやめた自分を褒めたい。
「医者だし、紫穂ちゃんと同じサイコメトラーだし、高レベルだし、仲間思いで仕事は真面目。これ以上の優良物件があるなら、逆に私が聞きたいわ」
「ぐぅぅ…でもですね、管理官…」
「娘の結婚に反対する父親状態よ、桐壺クン?」
呆れた顔で管理官が局長に向き直る。
悔しくて声が出ない様子の局長に、追い打ちをかけるように頭を下げた。
「紫穂との交際を認めてください。局長」
管理官の、外堀を埋めろ作戦は正しかったかもしれない。
正々堂々と交際できるのであれば、年齢差なんて関係ない。
皆の公認があれば、今までみたいに回りくどいやり方で紫穂を守らなくても、堂々と俺のモンだと言えるし、紫穂の為に身体も心も張ってやることができる。
「もちろん!私がオーケーするわ!」
「いやしかし管理官ッ!」
「見苦しいわよ桐壺クン!紫穂ちゃんの幸せは賢木クンと共にあるのよ」
「ぐぅぅ!…み、認めるよ、賢木クン…」
「あ、ありがとうございます!」
そうとなれば、早く彼女の元へ駆けていって、残りの外堀を埋めつつ、もう一度、俺の答えを届けてやりたい。
「あの、紫穂に交際のことで、誤解させたままなので、弁解に行きたいのですが…」
「いってらっしゃい、賢木クン!」
お幸せにね、と手を振ってくれる管理官と椅子にぐったりと項垂れている局長に見送られて、慌ただしく局長室を駆け出していく。
紫穂の居場所を探ろうかと力を発動させることも考えたが、恐らく、あそこに居るはずだ。
目的の場所へと向かって最短距離を駆けていく。
息を整えながら、普段は鳴らさないインターホンをならす。
「…紫穂を泣かす悪いヤツはこの部屋には入れません!」
薫ちゃんの低く唸るような声がインターホン越しに聞こえてくる。
「その紫穂の涙を止めに来たんだ。開けてくれ」
「泣かした先生に止められるとは思えないんだけど?」
「俺なら止められる。だから、紫穂に会わせてくれ」
折角、ひとつ目の外堀を埋めてきたんだ。
このまま二つ目の外堀も埋めてやる。
俺の真剣さが伝わったのか、インターホンの前で考え込む薫ちゃんの様子が窺える。
「頼む、薫ちゃん。紫穂に会わせてくれないか」
駄目押しで繰り返す。
すると、ガーッと扉が開いて、中から薫ちゃんが出てきた。
薫ちゃんは疑い全開の表情で、俺を見上げる。
「紫穂をフッた先生に、今更何ができるの?」
「ちょっと待ってくれ。まずは訂正。フッてない。誤解だ。」
「え、ええーッ?!」
やっぱり紫穂にちゃんと伝わってなかったか…と頭を抱える。
その紫穂から薫ちゃんと葵ちゃんに話がマトモに伝わるわけもなく。
二つ目の外堀は二人とも全力で誤解中というわけだ。
「俺は今はまだ付き合えないって言ったんだ。決して、フッてない」
「え?ええ?フッてないってことも驚きだけど、今はまだ付き合えないっていうのも意味がわかんない」
「や、だからね、俺は大人ね、中学生の女の子に手を出したら、いろいろ問題なワケ。わかる?」
「そーなの?じゃあ、皆本は…」
「アイツは別。今は考えない。今は俺と紫穂ちゃんの話。オーケー?」
コクコクと、薫ちゃんは素直に頷く。
薫ちゃんは何とか話を聞いてくれそうだ。
問題は葵ちゃん、だな。
「取り敢えず、紫穂の誤解も解きたい。ついでに君たちも話を聞いてほしい。だから、紫穂に会わせてくれないか」
「…うん、わかった。入って」
薫ちゃんに続いて待機室に入ると、ソファで葵ちゃんに凭れて項垂れている紫穂の姿が目に入った。
「薫、何で入れたんや!話とちゃうやん!」
「や、あのね!それが実は…」
「いろいろと誤解なんだ」
恐らく、薫ちゃんは俺を追い返すことになっていたのだろう。
葵ちゃんはカンカンになって怒っている。
そんな彼女を宥めるように、言葉を続ける。
「まず訂正な、俺は決して紫穂ちゃんをフッてない。」
「…?!」
葵ちゃんの驚いた顔に、やっぱりなぁ、と苦笑する。
「嘘よ、付き合えないって言ったじゃない」
キッと紫穂がソファから睨み返してくる。
「俺は、今はまだ付き合えないって言ったんだ」
「そんなの、付き合えないって言ってるのと一緒よ!」
「だから、そうは言ってないだろ」
「今付き合えないなら、いつ付き合えるって言うの?そんなの誤魔化しでしかないわ!」
ワッと顔を覆って再び泣き出した紫穂の肩を葵ちゃんが撫でる。
俺たちのやり取りを見守っていた薫ちゃんたちまで、悲しそうに眉を潜めている。
「だからさ、今から付き合えるように、俺と一緒に外堀を埋めてくれ」
紫穂の前に膝をついて、紫穂の膝に手のひらを置く。
「ここからは二人じゃないと駄目なんだ」
ピクリ、と身体を震わせた紫穂に、懇願するように顔を覗きこむ。
「…ここから、ってどういうことなん?賢木センセ」
紫穂の肩を擦りながら、葵ちゃんが意味がわからないと聞いてくる。
「ああ、俺たちがちゃんとお付き合いするためには、ここからは俺一人の力じゃダメってことなんだけど」
「ここからってことはここまでは賢木センセ一人でなんやしとったん?」
「管理官と局長に交際許可、貰ってきた」
紫穂がハッと顔を覆っていた手を退けて俺を見つめ返す。
その様子を見て、安心してホッと息を吐く。
「改めて言う。俺と付き合ってくれる?紫穂ちゃん」
紫穂がヒュッと息を飲んで俺を凝視する。
他の二人も顔を赤くして俺を見ている。
「薫ちゃん、葵ちゃん。二人にも、俺たちの交際を認めて欲しい」
三人とも、耳まで真っ赤にして俺のことを見ている。
そこまで刺激が強かったとは思えないんだが、やっぱりこういうことはまだ不慣れで、幼い部分があるのかもしれない。
それを口に出して言うことは絶対にないが。
「返事、くれる?紫穂?」
「…返事もなにも、付き合ってって言ったのは私の方よ、センセ」
「…そうだったな」
紫穂の頭をくしゃりと撫でて、そのまま頬にするりと手を滑らせる。
本音を言うとキスしたいところだが、刺激が強くて倒れられても困るのでここは我慢。
「で、葵ちゃん、薫ちゃんの返事は?」
「う、ウチが反対するわけないやん!ずっとお似合いや思てたし!」
「わっ、わたしもッ!」
「ありがとう、二人とも。」
二人とも、顔が赤いままで口をパクパクとさせながら、慌ただしく答えてくれる。
これで二つ目の外堀は埋まった。
最難関は最後に置いておくとして、次の外堀に向けて、紫穂に動いてもらわなければならない。
「じゃあさ、次は紫穂ちゃんのご両親にご挨拶がしたいんだけど。」
「え?いきなり?」
「全員からオーケーもらわないと、ちゃんとお付き合いできないぜ?」
「…わかったわ」
紫穂が携帯を取り出してポチポチとご実家の電話番号をプッシュする。
ふぅ、と軽く息を吐いてから、ダイヤルボタンを押した。
「…もしもし、ママ?」
『あら、滅多に連絡してこないのに、どうしたの?紫穂』
紫穂がそっと、膝に置いたままの俺の手の上に手のひらを重ねる。
俺は手のひらを返して、きゅっと優しく紫穂の手を握った。
「あのね、ママ。実は…紹介したい人がいるの」
紫穂は照れたように少し目を伏せながら、俺の手を握り返す。
「だからね、パパとママの予定を知りたくて。」
『あらあらあらあらあら、まだ中学生なのに気が早いこと。ちょっと待っててね…』
「うん…」
『今週の土曜日なら大丈夫よ』
「なら今週の土曜日、家に帰るから」
『ええ、期待せずに待ってるわ。じゃあね、紫穂。身体に気を付けて』
「うん、ママもね。パパにもよろしく。」
ピッ、と通話が終了する。
紫穂はよほど緊張したのか、胸の前に手を置いて、ハァー、と深く息を吐いた。
「今週の土曜日、予定大丈夫?」
「意地でも空けるよ」
土曜日まであと3日。
準備を整えるには充分な期間。
「じゃあ、土曜日、待ち合わせな。」
「うん、詳しい時間とか、また知らせて」
「ああ、じゃあ今日は退散するよ」
泣かせてゴメンな、ともう一度紫穂の頭を撫でる。
紫穂は照れ臭そうにそれを受け入れた。
「な、なんや、もう、すっかり二人の世界が出来上がってるんやなぁ…」
俺たちの様子を見て、ぼそり、と呟く葵ちゃんに、紫穂は顔を真っ赤にして俯いた。
「これで付き合ってのおて、今はまだ付き合えへんとか、ホンマ、詭弁にしか聞こえへんわ」
葵ちゃんの鋭いツッコミに、俺は苦笑いしかできない。
「まぁ、大人にはいろいろ事情があるんだよ」
スッと立ち上がりながら、葵ちゃんに向かって告げる。
薫ちゃんはさっきから顔が赤いまま、何処かの世界へ行ったきりだ。
恐らく、皆本のことでも考えているんだろう。
「じゃあな、紫穂ちゃん。また土曜日に」
「バイバイ、センセ」
名残を惜しむかのように、お互いに手を振り合う。
恋人らしい振る舞いは、全ての外堀を埋めてからでいい。
ご両親へのご挨拶に向けて、使える時間は三日間。
準備の段取りで頭をフル回転させながら、早足で歩き出した。
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