ピンクグリーン・シンドローム - 9/10

カツカツと急ぎ足で目的の場所へと向かう。
皆本から連絡が入ってすぐに移動を始めたから、今頃は事情聴取が始まったころだろうか。
はやる足を何とか抑えつけながら、目的地の扉の前に立つ。
ギッと音を立てて中へ入ると、皆本と薫ちゃん、葵ちゃんが並んで立っているのが見えた。

「あの女は?」
「…取調室にいるよ」

ガラス張りの向こう側を指差す皆本につられて覗き込むと、マジックミラー越しにあの女の姿が見えた。
聴取の担当者の前で、大人しそうに座っているが、その顔には不敵な笑みを浮かべている。

「割と大人しく連行されてくれたよ」
「すぐに犯行も認めたで」

皆本と葵ちゃんが口々に話す横で、ぎりり、と奥歯を噛む。
どんな制裁を加えてやろうか、と頭はそればかり考えている。

「さ、賢木先生、顔、めっちゃ怖いよ?」

薫ちゃんに指摘されて、ちらり、とそちらを見る。
薫ちゃんと葵ちゃんは顔をひきつらせて引いていた。
皆本はやれやれ、といった感じで俺を呆れ顔で見ている。

「…俺の紫穂を傷付けたんだ。当たり前だろ?」

二人をビビらせないように気持ちを落ち着けながら呟く。
そんなにすごい顔してるのか、とマジックミラーに写る自分を覗き込んでいると。

「俺の!」
「紫穂!」

今度は顔を真っ赤にした二人が悲鳴にも似た叫び声を上げる。
ひゃあ、とでも声を上げそうな顔の二人に、何か変なこと言ったか?と疑問符を浮かべながら首を傾げる。

「……賢木、ナチュラルに刺激が強いことをコイツらの前で言うなよ…」

薫ちゃんと葵ちゃんの様子にウンザリした顔で皆本は俺に告げる。

「俺、そんなすごいコト言ったか?」
「…無自覚かよ」

ジト目になった皆本は頭を抱えながら取調室に目を遣る。

「…とにかく!動機は単純。お前の関心を惹くためだ。」
「…だろうな。何されても興味ねぇけど」
「まぁ、賢木は接触しない方がいいだろうな」
「はぁ?報復する気満々なんですけどッ!」
「だからだよ。私怨を捜査に持ち込むな」

先程までとは違うキツい目で注意を受ける。
チッと舌打ちしてマジックミラーから目を離す。

「それで、紫穂の方はどうなんだ?」
「紫穂は大丈夫だ。視力も回復したし、他に異常もない。落ち着いてるよ」
「そうか、良かった」

俺の言葉に、三人がホッとした表情を見せる。
そんな三人の様子に、紫穂が愛されていることを実感して、俺も嬉しくなってくる。

「な、なぁ、賢木先生?さっきから気になっとったんやけど…」
「ん?なんだ?」
「いつの間に『紫穂』呼びになったん?」

葵ちゃんの鋭いツッコミに、薫ちゃんがホントだ!と叫ぶ。
そう言えば、皆本の前では結構前から紫穂呼びだった気がするが、この二人の前では気を付けていたから、驚かせたかもしれない。

「内緒」
「えーっ」
「その代わり、もっと驚くこと教えてやろっか?」

ニッと笑って二人を見る。
興味津々で目をキラッキラさせて首を縦にコクコクと降っている二人に、爆弾を投下する。

「たぶん、俺ら、付き合うよ」

ぎゃあとも聞こえるキャーキャーした声を上げて二人が飛び跳ねて喜んでいる。
その様子をクスリと笑いながら見ていると、皆本に肘でつつかれた。

「おい、たぶんって何だよ」
「ああ、紫穂からまだ返事貰ってないだけ。」

なんだそういうことか、と肩の力が抜けた皆本に、心のなかで、ずっと応援してくれててありがとな、と感謝を告げる。

「っていうか、お前、診察中に何やってんだよ」
「何って…普通に治療よ?」
「だから何で治療中に付き合うとかいう話になってるんだ?!」
「ま、それはね、いろいろありまして…」

興奮気味で俺に詰め寄ってくる皆本をドウドウと沈めながら、ドアの方へジリジリと後退りしていく。
お前、如何わしいことしてないだろうな、と背中に閻魔様を背負っている皆本の前で、縮こまりながら目を泳がせる。

「ま、また現場検証とか協力できることがあったらいつでも言ってくれ!じゃあな!」

バッと身を翻して部屋から飛び出す。
賢木ッ!と皆本の叫ぶ声が聞こえるけれど聞こえない振りをして廊下を駆ける。
堅物の皆本を相手にしてる薫ちゃんはすげぇなと思いながら、紫穂が待っている部屋へと急ぐ。
もう付き合っているようなもんだとは思うけど、やっぱり返事はちゃんと聞きたい。
紫穂はいつ返事をくれるだろうか。
これからの毎日に期待しながら、紫穂の待つ研究室のドアを開けた。

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