ピンクグリーン・シンドローム - 5/10

「紫穂、大丈夫?」
「…私は大丈夫よ?」

薫ちゃんの問い掛けに、できるだけ平気な振りをして返事をする。

「大丈夫な訳ないやん。不安でしゃーないやろ、フツー…」
「葵ちゃん…」

私を中心にして、三人で待機室のソファに座っている。
二人とも、私の腕を掴んで離れようとしない。

「検査はどうだったの?」
「…視神経が麻痺してるだけだって。失明はしてないみたい」
「取り敢えず、不幸中の幸いってコトやろな」

ひと安心やわ、という葵ちゃんの声に私もふっと息を吐く。
今まで気を張り詰めていたのがわかって、肩の力を抜こうともう一度深呼吸をした。

「でも、珍しいね。紫穂がこんなヘマするなんて」

薫ちゃんの疑問にドキリとする。
確かに、私が中身のわからない箱を開封して事故を起こす、なんて、ヘマとしか言いようがない。

「中身が何なのか、透視、できなかったのよ」
「それ、先生らには言うたん?」
「…ええ、伝えたわ」

透視できなかったのが、プロテクトが掛かっていたせいなのか、私自身の問題だったのか、は何故か言えていないけれど。
とにかく、あのときは上手く透視めなかった。
どうしてか、先生にそれを伝えることは憚られた。

「女の人からの荷物やったんやろ?」

葵ちゃんの問い掛けに、またグッと身体に力が入る。
息が詰まって、返事ができない。

「先生宛に届いた、女の人からの荷物で事故が起きるやなんて、先生、遂になんや逆恨みでも買うようなことしたんやろか。」
「ちょっと、葵っ」
「…大丈夫よ、薫ちゃん」

二人は、私の気持ちを知ってくれている。
知ってくれている上で、応援もしてくれている。
先生の家で勉強することになったときなんかは、二人とも自分事のように進展を喜んでくれた。

「今の先生に、そういう気配はない、って思ってたんだけどね…」

実際のところはわからない。
賢木先生だってレベルシックスだし、本気で隠そうと思えば隠しきれるかもしれない。
それに、怖くて、深くまで知ろうとしなかったのは、私だ。

「透視た訳じゃないから、そういう人が、居たのかも。」
「…紫穂」
「仕方ないよ、先生は大人だし」

恋をして、私は弱くなった。
薫ちゃんみたいに、強く、真っ直ぐに想うことはできなかった。
葵ちゃんみたいに、キラキラと輝くこともできなかった。
私は、弱くて、言い訳ばかりで、自分を傷付けてばかりいる。
今だって、自分で言った言葉に傷付いて。
透視ればわかってしまうからこそ、怖くて、前に進めない。
私のは、恋なんかじゃなくて、きっと、もっと暗いものだ。

「…なんや、でも、先生も過激な女に目ぇつけられて、大変やな」
「過激?なんで?」
「考えてもみぃや、何があったかは知らんけど、爆発物送り付けてくるような女やで。けったいやんか」
「確かに…」

薫ちゃんと葵ちゃんは、私を挟んで送り主の人物像について喋り始めた。
それを聞き流しながら、私はどうして箱を開けてしまったんだろうと考えていた。
普段なら、絶対にしない行為だ。
あの時、私はすごくイライラしてしまって、発作的に箱を開けていた気がする。
どうしてあんなにイライラしてしまったのだろう。
中身が透視できなかったから?上手く力を発動させられなかったから?それとも。

「あ…」
「?どしたの?紫穂?」

突然声を上げた私を、薫ちゃんが不思議そうに見ている。
気付いてしまった。
とても醜い感情に。

「…わたし、嫉妬、したんだわ」

思わず零れ出た呟きに、ぎゅっ、と胸が潰れそうになる。
痛くて、苦しい。
こんなの、知らない。

「大丈夫?紫穂?」
「苦しいんか?賢木先生呼ぼか?」

賢木先生、という言葉に反応して、首をフルフルと横に振る。
言葉が出てこない。
でも、だって。
嫉妬で、人は人を殺してしまうことを、私は知っている。
何度も、そういう事件現場を、私自身が、透視てきたんだから。
そんな感情を、私も、持っているなんて。
この、渦巻く汚い感情を、先生に、知られたくなんて、ない。

「…ちょっと、びっくり、しただけ、だから」

薫ちゃんと葵ちゃんにも、知られたくない。
どこの誰かもわからない女に嫉妬して、冷静さを失った私なんて。

「紫穂、アンタ泣いてるんとちゃう?」

包帯濡れてきとるで、と慌てた様子の葵ちゃんが、私の目許をそろそろと触ってくれる。
先生の指とはまた違う、柔らかくて細いそれに、優しい気持ちになる。
でも、私が、触れて欲しいのは、この指じゃ、ないんだわ。

「…ごめんなさい、目の辺りの感覚が無くって。自分でも泣いてるのか何なのかわからないの」

涙腺もバカになっちゃってるのかしら、と精一杯誤魔化す。
それでも、掠れてしまった声に、薫ちゃんがぎゅっと横から抱き締めてくれる。

「泣いても、いいんだよ。紫穂」

薫ちゃんの声も、掠れていて。
どんな表情をしているのかわからないけれど、きっと今にも泣きそうな顔をしてるのがわかる。
葵ちゃんは私の手を、ぎゅっと掴んでいる。
葵ちゃんも、きっと、眉を寄せて苦しそうな表情で。
長く一緒に居すぎた私たちは、見えなくても、いろんなことがわかりすぎる。

「薫ちゃん、葵ちゃん…」

ポタリ、と雫が手の甲に落ちる。
包帯を巻いているはずなのに、そこから溢れるように熱いものが零れてくる。
隠しきれなくなってしまって、自分でも泣いているんだって受け入れてしまったら、どんどん目があつくなってくるのがわかる。
包帯がなかったら、私の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

「醜いね、私。女の人からの荷物だってわかったら、中身が気になっちゃって。嫉妬して、冷静さを失ってたの」

自嘲するように、口許を緩く曲げてみせる。
だって、笑ってないと、愚かな自分が情けなくて、マトモでいられなくなりそうで。
自分を見失わないように、二人の手をぎゅっと掴んだ。

「だから、罰が当たったんだわ。」

泣き崩れてはいけない、と気丈に二人にすがる。
そんな私を二人はしっかり支えてくれている。
グスリ、と隣で薫ちゃんの鼻を啜る音がして、薫ちゃんも泣いているんだと気付いた。

「そんなこと、ないよ、紫穂。」

薫ちゃんは私に抱き着いたまま、ぎゅうぎゅうと力を込めてくる。

「好きなんだから、嫉妬する!」
「え?」
「私だって、同じ状況なら、絶対嫉妬する!」
「そやで。そんなんでバチ当たるんやったら、うちなんか、当たりまくりやで?」

いつも腹立ってバレットより先にフィギュアの箱開封したるねん、と葵ちゃんは笑いながら教えてくれる。
葵ちゃんもそんなことするんだと驚いていると、二人からぎゅうっと抱き締められた。

「だからな、紫穂、自分だけやなんて思わんとき」
「そうそう。嫉妬なんて、私もしょっちゅうしてるもん!」

皆本、誰にでも優しいからさぁ、とうんざりした声で言う薫ちゃんに、くすり、と笑みが溢れる。
ごく自然と笑うことができて、少し安心してほっと息を吐いた。

「むしろ、あの賢木先生が相手なんやから、嫉妬して当然やで」
「そうだよ!紫穂と一緒にいるようになってからは大人しいけど、それまではただの女好きだったじゃん!」
「…ちょっと、薫ちゃん、それは言い過ぎ」

ぷっ、と三人で笑い出す。
不安で仕方がないこの状況でのいつも通りのやり取りに、どんどん心が落ち着いてくる。
先生といるときとはまた別の優しい空気に包まれて、不安が少しずつ取り除かれていくのがわかる。

「はよ、目見えるようになるとエエね」
「きっと直ぐに良くなるよ!」
「…うん。」

今日のことは、事件処理されて、バベルが捜査の指揮をとることになるだろう。
サイコメトラーの私がこの状況だから、先生が現場に出ることになるんだろうか?ちゃり、と手首に着けていた先生のリミッターが音を立てる。
側にいてほしいと言えない代わりに、リミッターが側にいてくれるような気がして、心があたたかくなる。

「…それ、気になってたんだけど、手首のジャラジャラ。」
「…ああ、先生が、これ着けとけって…」
「ってことは賢木先生のリミッターなん?びっくりするくらい全部アクセサリーやな」

紫穂重ないん?と葵ちゃんに問われて、今の今まで何の違和感もなかったことに気付く。
レベル調整も済んでいないから、着けていても意味があるのかわからないもの。
それでも、先生が着けてくれたもので、外すという考えはなかった。
先生だってレベルは高いから、全く意味を為さないわけじゃないと思うけど、外してしまうのは勿体なくて。
先生が着けてくれた、だけじゃなくて、先生が普段着けているもの。
それを身に付けていられる特権を、手放してしまうのは、とても惜しい。

「アクセサリーじゃなかったら、借りることができなかったから、ちょうどいいのよ。」

二人から手を離して、手首に巻き付けられたリミッターを撫でる。
今ここにはいない先生が私を守ってくれているようで。

「愛ですなぁ、愛!」
「愛ですなぁ、薫ハン!」
「ちょ、ちょっとふざけないでよ二人とも!」

イシシ、と悪い笑い声が聞こえてきて、慌てていると、待機室のドアが開く音が耳に届く。

「…何やってるんだ?お前ら」

呆れたような皆本さんの声が聞こえてきて、薫ちゃんがパッと飛び出していく。

「何でもないよ、皆本!どしたの?」
「…ああ、これから、葵と薫と僕の三人で、捜査に行く。」
「え?賢木先生は居らんの?てっきり紫穂の代わりに着いてくるもんやと。」
「賢木は紫穂の治療に専念してもらうよ。犯人も爆発物の入手ルートもほぼ特定できたから僕たちだけで充分だよ」

先生は私の治療に専念、という言葉に、肩が震えた。
それに気付いた葵ちゃんが、そっと私の肩を撫でる。

「紫穂、多分そのうち賢木が迎えに来るから。それまでここで待ってろ」
「…わかったわ」

先生が、私を迎えに来る。
どんな顔をして、会えばいいのかわからない。
さっきだって、すごく怒っているのか、イライラしているのが、見えていないのに伝わってきた。
包帯で私の顔が半分隠れてくれているのがまだ幸い。

「大丈夫だよ、紫穂」
「…?」
「賢木はもう大丈夫。だから、安心してここで待っているといいよ」

久し振りに皆本さんに頭を撫でられて、一気に膨れ上がり掛けていた不安が萎んでいく。
ありがとう、と皆本さんに呟いて、笑いかけた。

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