ピンクグリーン・シンドローム - 4/10

「おい、賢木。大丈夫か?」
「大丈夫って、何が?」
「いや、さっきから、すっごい機嫌悪そうだから」

チッと舌打ちをして、横目で皆本を見る。
マジで心配してる顔。
俺、そんなに感情が外に出ちまってるのか。
ふぅ、と一息ついて気持ちを落ち着けようと努力したが、全然落ち着く気配がない。
皆本は俺を気にする様子を見せながらも、持ってきた残骸の検証を始めた。

「で、宛名に見覚えはあるのか?」
「ああ、アリアリの大有り。学会でいつも声掛けてきやがるストーカー。」

もう一度、チッと舌打ちしながら皆本の問いに答える。
ああ、イライラする。
紫穂ちゃんをあんな目に遭わせちまったことも、犯人が顔見知りだってことも、いろいろ自分の不甲斐なさにも、全部全部腹が立って、イライラが倍増する。
皆本が手袋をして閃光弾が入っていたと思われる黒い箱を手に取る。

「仕掛け自体は素人にもできる簡単なものだな。問題はどこで閃光弾を入手したか…」
「あのおばさんは俺が記憶する限り普通の医学博士のハズだぜ」

胸糞悪い顔を思い出してヘドが出そうになる。
今すぐにでもヤツのところへ行って、絶望で死にたくなるような目に遭わせてやりたいが、そうもいかない自分の立場にもヘドが出る。
こんなとき、いつも冷静でいてくれる皆本の存在が有難い。
今、俺が出来ることは、警察なりバベルなりの捜査に協力することだ。

「…ちょっと待てよ、この苗字。見覚えがあるぞ」

今度は配達伝票を見ていた皆本が、ばっと身をひる返してパソコンの方へ駆けていく。
皆本はパソコンに向かってデータベースを検索し始めた。
皆本が開いたのは普通の人々の逮捕者リスト。
ザーッとデータを流し見ながら、ある人物をピックアップした。

「コイツだ。去年捕まった普通の人々のテロリスト。」
「…?それがどうした?」
「ほら、ココ。見てみろ」

皆本が指差したのは、そのテロリストの家族関係を示す欄。
そこに書かれていたのは、間違いなくヤツの名前だった。

「あんのオバサン!普通の人々だったのかッ!」

ダンッ!とテーブルを拳で叩く。
皆本が隣で肩を震わせる。
鏡を見なくても、自分でも凄い剣幕をしているのがわかる。
ここ最近で一番腸が煮えくり返っているんだから当然だ。

「いや、普通の人々の団員ではなかったはずだ。ただ、苗字が珍しいもんだから覚えてた。」

でも、入手ルートはこれで特定できそうだな、と皆本がふっと息を吐く。
未だ収まらない怒りにぎりりと奥歯を噛んだ。

「薫と葵を連れて、捜査を続けてみるよ。賢木は…」
「俺も行く」

皆本の言葉に被せるように自分の意思を告げる。
俺が行ってあのオバサンを何とかしてやらねえと俺の気が済まない。

「いや、賢木はここに残れ」
「はぁ?!何でだよッ!サイコメトラーが必要な案件だろッ!」
「…落ち着け、賢木」

俺の荒ぶった声に対して、皆本の冷静な声が響く。
今にも噛みつきそうな勢いの俺に、皆本は言い聞かせるように続けた。

「冷静になれ、賢木。気持ちはわかる」
「ならッ!」
「私怨は捜査の邪魔だ。」

冷静な皆本が俺の肩に手を置いて話す。

「それに、今回の事件、結果的に被害者は紫穂だが、お前が狙われたと考えていい。」

だから、お前を前線に出す訳にはいかないんだ、と俺を納得させるように告げる。

「お前は医者として出来ることをやれ。今はそれが最善のハズだ」

皆本の真っ直ぐな目が俺を見る。
こんなとき、戦闘向きじゃない自分の力が本当に嫌になる。
確かに、俺には医者として出来ることもあるだろう。
でも、それじゃあ俺の中に蠢く黒い感情がどこに向かってしまうかわからない。
ドロドロとした腹黒い怒りを、外に吐き出してしまいたい。

「大丈夫だ。お前なら」

皆本が俺の肩を叩いて笑みを浮かべる。

「賢木ならやれる。俺は信じてる」

皆本が言っているのは、生体コントロールの話だろう。
紫穂ちゃんの治療に自信がないことも見破られて、皆本には本当に隠し事ができない。

「紫穂ちゃんの一生が掛かってるかもしれねぇんだぞ」
「だからだよ。愛の力は偉大なんだろ?」
「…そんなんで上手くいくか?」
「ずっと賢木と紫穂を見てきた俺が言うんだ。大丈夫だよ」

そう。皆本は俺の気持ちを知っている。
その上で俺に紫穂ちゃんの勉強を任せてくれたし、部屋に通わせることも認めてくれている。
俺に絶大な信頼を寄せて、紫穂ちゃんを任せてくれているんだ。

「それに、紫穂も不安なハズだ。お前が側にいてやれ」

こういうときに側にいて欲しいのは、賢木みたいな存在だよ、と皆本は言いながらパソコンを終了させていく。
立ちすくんでいる俺をよそに、物証を一纏めにしていた皆本は、俺に振り返って言った。

「とにかく、君に今できる一番最善のことは、紫穂の側にいてやることだ」

皆本が確信を持って俺に告げる。
そこまで言われて、やっと少し、気持ちが落ち着いてきた。

「…ありがとう、皆本」

物証を抱えて部屋を出ていこうとする皆本の背中に声を掛ける。
皆本は首だけで振り返って、にこっと笑った。

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