ピンクグリーン・シンドローム - 10/10

「あー、それ難しく考えすぎな。もっとシンプルで大丈夫」

先生が私のシャーペンを手に取って、さらさらとノートに計算式を書き込んでいく。

「一見この公式を当てはめて計算できそうな気もすっけど、分解していくとこっちの公式を当てはめた方がすんなり解ける」

きれいに整えられた先生の指が、ノートを指差しながらさかさかと計算式に解説も追記していった。
解説を書き終えた先生からシャーペンを受け取る。

「…すごい。学校の先生より、わかりやすい」
「だろ?なんたって紫穂サン専属の家庭教師だかんな」

にやっとテーブルに肘をついて笑う先生が憎らしい。
でも、実際に参考書の解説なんかよりもわかりやすくて、勉強がよく進む。
何処かで躓いても、ほぼ全てと言っていいほど先生が解説を付けて両手で起こしてくれて。
さっきの問題を復習して、自分でも解いてみる。
先生と同じ解にたどり着いたところで、ふぅ、と溜め息を吐いた。
シャーペンをテーブルに置くと先生がグッと顔を寄せてきて頬にキスをした。

「なっ、なにするのっ」
「ちょっと休憩にすっか」

先生がスッと離れてキッチンへと向かった。
キスされた頬を撫でながら、火照った頬を一生懸命冷ます。

「ほい、お待たせ。」

既に準備されてあったのか、直ぐに出てきたミルクティを受け取って、ひとくち口に含む。
相変わらず甘い。ここのところ、どんどん甘くなっていってる気がする。
先生は隣に座っていつものコーヒー。
あの日から、私たちの習慣がひとつだけ変わった。
それは、先生の定位置。
あれから先生は常に私の横に陣取るようになった。

「?どした?まだわからないとこある?」

先生がコーヒーカップをテーブルに置いて、参考書を覗き込む。
また近くなった距離にドキドキして、首をふるふると横に振る。

「え、ちょっと、近くない?」
「えー?俺としては紫穂を膝に乗せて勉強会したいくらいなんだけど」
「はぁッ?そんなの勉強会って言わないし!」

そんなの家庭教師じゃなくて変態よ!と先生の身体を押しやる。
抵抗虚しく、先生に手を取られて指先にキスをされた。

「か、家庭教師はキ、キスなんてしないでしょ!」
「俺としては紫穂の彼氏になりたいんだけど?」

ウインクをしながら私を見てくる先生が、本当に憎らしい。
あの日から、先生は開き直ってしまったかのように、攻めに攻めてくる。
ついこの前まで恋に弱気だった恋愛偏差値低めの私には、本当に心臓に悪くて。

「ねぇ、いつ返事聞かせてくれるの」
「な、何の話かしら?」
「俺と付き合おうよ」

先生の言葉にミルクティのカップを落としそうになる。
何とか持ちこたえてミルクティを飲むと、やっぱり甘い。

「こ、こんなんじゃ、勉強に集中できないわ」

ドキドキを誤魔化すように的外れな回答をして、赤くなった頬を隠す。

「ちぇっ、いつになったら堕ちてくれるんだ?紫穂ちゃん」

ぼそりと呟いた先生に、心のなかで、もう堕ちてるわよと突っ込む。

「じゃあさ、大学生になったら付き合ってよ」

妥協案、とでも言うかのように提案してきた先生に、両手で顔を隠しながら首をふるふると振る。
私にはわかる。
たぶん、そこまで、もたない。
そして、たぶん、先生は。

「知ってるくせに」
「何が?」

ニヤニヤと笑う先生が、心の底から憎らしい。
やっぱり、知ってるんだ。
私がそこまでもたないことも、どうしたらいいのかわからなくて戸惑っていることも。
とっとと透視んで、強引に事を進めればいいものを、敢えてそうしないのは。

「はぁ…いつになったら聞かせてくれるのかなぁ、返事。」

この男は何がなんでも私の口から聞きたいんだ。

「…ぜっっっったい、言わない!」
「ええ!そりゃないよ、紫穂ちゃーん」

眉をハの字にしながらも楽しそうな先生がこの世で一番憎らしい。
身を乗り出して抱き着こうとする先生を制止しながら、何とか勉強の空気に戻そうと参考書の文字を読む。
流れていってしまう文字に全く集中できていないことを悟って、シャーペンをくるりと回す。
本当に、集中できない。
もう、これからは家で勉強しようかしら。
そう考えながらも、多分、私は明日もここへ足を運ぶのだろう。

「…い、今は、私、の家庭教師、でいてほしい」

かあっと、頬が顔があつくなっていくのがわかる。
でも、今の私にはこれが精一杯。
遂に先生の両腕に捕まって、目許にちゅっとキスされる。

「いいよ、俺はもう紫穂のモノだから」

蕩けるような甘い声を耳に吹き込まれて、ふわふわとした気分になる。
くたり、と先生の胸に力が抜けた身体を預けると、先生は気を良くしたのかぎゅうぎゅうと私を抱き締める。

「ちょっ、センセ、苦しい」
「んー?もうちょっとだけ」

甘えるように私の首筋に鼻を擦り寄せる先生に、ふるりと身体を震わせる。
そのままちゅっと首筋にキスを落とされてペロリと首の柔い部分を舐められたところで、ベリッと先生の身体を剥がした。

「調子に乗りすぎッ!」
「はは、ごめんごめん…」

歯止めが利かなくなっちまった、と先生が頭をガシガシ掻きながら苦笑する。
なし崩しだけは嫌だ。
いろいろもう手遅れなのはわかってるけど、私にだって夢を見させて欲しい。

「待ってて!」
「へ?」
「いつかちゃんと言うから、それまで待ってて!」

ガタン、と逃げるように椅子から立ち上がって叫ぶ。
先生は一瞬ポカンとした表情を見せたけれど、すぐに笑って、うん、待ってると嬉しそうに頷いた。

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