Present for YOU!

 チルドレンや影チルたちが準備し祝ってくれたささやかな誕生日パーティー。感謝の意を込めて片付けの担当を申し出たら、主役は休んでて! と強い口調で言われたけれど、落ち着かないから、と強引に後片付けに参加した。部屋を綺麗に飾り付けていた装飾も取り払って、一気に日常が取り戻されていく。それが何となく寂しいと感じてしまっている自分にほんの少し笑って、リビングからキッチンまで全て元通りに片付ける。ほっと一息吐いて部屋を見渡すと、片付けも落ち着いて皆で談笑しているところだった。エプロンを外しながらその輪に近付いてそっと微笑む。

「皆、今日は本当にありがとう。素敵な誕生日になったよ」

 心からの感謝の言葉を述べると、ぴょん、と跳ねた薫が嬉しそうに笑って僕の腕に纏わり付いた。

「ホント? 嬉しい!」
「そう言うてもらえるとめちゃめちゃ頑張った甲斐あったわー」

 葵もにこにこと微笑んで今日の苦労を物語るようにトントンと肩を叩いている。きゃっきゃと喜んでいるチルドレンと影チルたちの横で、僕がその様子を笑顔で見守っていると、にっこりと笑った紫穂が穏やかな空気に爆弾を投下した。

「誕生日なのに先生に会えなくて寂しいって気持ち、少しは紛らわすことできたかしら?」

 色はきっとオレンジ色。そんなあたたかな空気に包まれていた部屋を一瞬で凍り付かせた紫穂のひと言に、思わず頬を引き攣らせる。

「……紫穂。僕はそんなことひと言も」
「言ってなくても顔に書いてあるし態度に出てるわ。透視する必要もないくらい」

 にやりと笑っている紫穂に引き攣った頬を無理矢理笑顔の形に保って笑いかける。

「そんなことないだろ? 皆のおかげで今日一日すごく楽しませてもらったさ。賢木がいないからって別になんてこと」

 ない、と続けようとする僕のことを見つめる、子ども達の視線が痛い。

「別に無理せんでもエエんやで? 素直に寂しいのが紛れたって言ってくれてもウチら今更退いたりせんし」
「あ、葵……?」
「ホントホント。先生も大概だけど、皆本も大概先生のこと好きだもんね。付き合っちゃえばいいのに」
「か、薫ッ!?」

 あーあ、と急に白けた雰囲気になってしまった場の空気に、バレットとティムも困ったように笑っている。この空気で実はもう付き合ってます、なんてバレてしまえば何を言われるのか恐ろしい。ただ、紫穂あたりは何となく勘付いていそうな気はするけれど。

「……ごめん。そんなに態度に出てるとは思わなかった。でも君たちと過ごす一日が楽しかったのは本当だよ? そこは疑わないでほしい」
「皆本……」

 素直に気持ちを伝えると、感動したようにキラキラした表情を浮かべて薫が呟いた。そんな薫の様子に、はぁ、とひとつ溜め息を吐いて、紫穂が僕に背を向ける。

「ま、及第点、ってトコね。どうせこの後センセイに電話するんでしょ? 私たちは退散するからどうぞごゆっくり」

 この後の行動まで紫穂にバレていることにドキリとしたけれど、もうバレているのならいっそ堂々としてればいいか、と取り繕うのを止めた。

「じゃあお言葉に甘えてゆっくり電話させてもらおうかな? 君たちは先にお風呂を済ませるといいよ。僕は最後に入るから」

 にこり、と皆に笑いかけると、ポカンとしている薫と葵、それから呆れた顔をしている紫穂、状況に追いつけていないバレットとティム、それぞれにひらひらと手を振って自室へと退散させてもらった。あとはもうどうとでもなれ、と苦笑いを浮かべる。今日は僕の誕生日。たまには僕のしたいことを優先したって許されるだろう。普段散々あの子たちの我儘を優先して自分たちのことは後回しにしているのだから。

 さっさと自分のデスクに置いてある端末と、昼間、子ども達が買い出しに出掛けている間に受け取った宅配便の箱を手に取る。端末を操作して賢木の番号を呼び出すと、そのまま迷うことなく通話ボタンをタップした。賢木に繋がるまでの間に箱を開梱して中身を確認していると、質の良さそうな小箱が緩衝材の中から出てくる。ガサリと音を立てながら取り出すと、プツリと音がして賢木と通話が繋がった。

「もしもし? 賢木?」
「おー、お疲れ皆本。どしたの? 誕生日会終わったのか?」
「さっきね。片付けも終わらせて自室に戻ったところだよ」
「そっか。改めて誕生日おめでとう、皆本」
「ありがとう。賢木」

 賢木と会話を交わしながら、緩衝材入りの段ボールを除けてデスクの上に手に持った小さな箱だけを置く。中身はなんだろうか、長細いこの形状からして時計? それとも。

「プレゼント届いたか? 直接渡せなくてごめんなー」
「気にするな。君から貰えるモノは何だって嬉しいよ。今日を一緒に過ごせなかったのは残念だけど」
「ゴメンって。だからせめてプレゼントは当日に、って宅配にしたんじゃん」
「怒ってないよ。君と過ごせなくて寂しいって言ってるんだ」

 電話の向こうで、ヒュッと息を呑んだ音が耳に届く。そのあと、はぁぁ、と深い溜め息の音も届いて首を傾げていると、わしゃわしゃと頭を掻く音が聞こえてきた。

「……お前ってさぁ、ホントこういうとき素直だよな」

 溜め息と共に吐き出された賢木の言葉に、首を傾げる。

「そうかな? 別に特別素直なつもりはないんだけど」
「そういうとこだよ。さらっと寂しいとか言えちゃうところが素直で羨ましい」
「……それはつまり……君も寂しいと思ってくれてると受け取ってもいいのかな?」

 またヒュッと息を呑む音が聞こえてきて、思わずくすりと笑ってしまった。

「お前! ホントそういうとこだぞ!!!」
「どういうとこだよ。で? 君は寂しくないの?」
「うッ……くッ……さ、寂しいと思ってるよ。電話くれてめちゃめちゃ嬉しいと思ってるよ!!!」

 どーだこれで満足か! と賢木は電話の向こうで叫んでいる。きっとネコが威嚇してるみたいに毛を逆立ててフーフー言っているんだろうと思うともう堪らなくて笑みが溢れた。

「本当に君は可愛いね、賢木」

 ニヤける口元を抑えながら伝えると、今度は子犬がきゃんきゃんと噛み付いてくるように賢木は叫んだ。

「俺は! カッコイイの!!! 俺を可愛いとか言うのは! お前だけ!!!」
「そりゃ光栄だ。可愛い君を知っているのは僕だけだなんて、身に余る思いだよ」
「なッ! おまッ! マジでそういうとこだかんな!!!」

 ほんの少し涙声になりながら叫んでいる賢木が微笑ましくて、自然と顔が綻んでしまう。きっと今も可愛い顔をしているんだろうなと思うと、その顔を直接見れないことが残念で仕方がなかった。もっと言うと、折角の誕生日なんだから賢木を独り占めして触れ合いたい。それを言うのは流石に我儘だとわかっているから口にはできないけれど。

「とにかく、誕生日プレゼントありがとう。大切に使うよ」
「……気に入ってくれたなら何より。別にいつもソレ使ってくれとは言わないからさ。壊れた時の代用品、くらいに思ってくれ」
「ん? 一体何をくれたんだ?」
「はぁ? お前まだ中身見てなかったのかよ!? それで大切に使うって……」
「君から貰えるモノは何でも嬉しいし大事にするよ、当然だろ?」
「おまえ~ッ! ホントそういうとこだって……」

 恥ずかしそうに呟いた賢木に笑いながら、デスクの上に置いた小箱を指先で撫でてそっと箱を開ける。すると中にはよく見慣れたブランドのケースが入っていて。かぱりと開封すると黒く光る僕の愛用品が納めされていた。

「……ボールペン?」
「そ。任務でよく壊すって言ってたじゃん。だから、予備にと思って」
「よく僕の愛用してるブランドがわかったな? まさか透視……」
「してねぇよ。使ってるトコ何度も見てるんだからブランドくらい調べればわかるだろ?」
「いやでもこういうのって似たようなデザイン多いじゃないか。よく見た目だけで判断できたな?」
「そこはさ、ホラ。俺の観察眼っていうか。あと同じヤツの方が使い勝手いいだろ?」
「……実物で確認したな?」
「……スミマセン。この前デスクに置きっぱなしになっていたのを確認しました」
「素直でよろしい」

 一気にシュンとしてしまった賢木に笑いながら、プレゼントされたボールペンを手に取る。まだ新品だというのによく手に馴染むそれは間違いなく自分が愛用しているものと同じもの。

「大切に使うよ」

 心を込めてそう告げながらつるりとした本体を指先でなぞると、指先に小さな引っかかりを覚えて。じっと本体を観察してみると本体の胴部分に本体と同じ色で文字入れ加工がしてあった。S to M。よく見ないとわからない小さな自己主張に、意外と遠慮がちな可愛い賢木の思惑が見て取れてくすりと笑みが溢れた。

「……このボールペンは壊すと替えがないから、内勤用に大切に使わせてもらう」

 そっと加工部分を指先で大切になぞりながら想いを口にする。もっと我儘言って困らせてくれたっていいし、もっと僕を独り占めしようとしてくれたって構わないのに、どうしたって自分をチルドレンの二の次にしてしまう賢木が愛しくて。でもきっとそれが賢木なんだろうな、と思いながらこのボールペンを贈ってくれた賢木に想いを馳せる。

「いや、むしろバリバリ一軍で使ってくれ。ひょっとしたら任務中、身代わりになってくれるかもしんないじゃん」
「最近はそんな頻繁にボールペンが壊れるような事態にはならないよ。チルドレンたちも落ち着いてきたしね。だから賢木のくれたボールペンはこれしかないんだし、大事にする」
「……そんなんでよければ毎月だってプレゼントするぞ?」
「それじゃあ有難みがなくなっちゃうだろ。君がくれたこの一本を大切にするよ」

 貰ったボールペンを大切に箱に仕舞いながら、僕がこのボールペンに込められた想いに気付かないと思っている賢木のツメの甘さに微笑む。

「ありがとう、賢木」

 おう、と照れたように呟く君に、ますます頬が綻んだ。

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