いとし いとし と なく こころ - 2/6

「うわぁ……やっぱ久々の現場は殺伐としてんなぁ」
「嫌なら帰ってくれて構わないのよ? 私は一人でも全く問題ないんだし」
「そんな冷てぇこと言うなよ。俺がいた方が君の負担も減るだろ?」
「……その気遣いが余計だって言ってるのよ」
 不満を隠さず表に出すと、はは、と乾いた笑いを溢こぼして先生は脱いでいた特務のジャケットを、バサリと音を立てて羽織り直した。
 殺伐としているとは言っても、ここは作戦本部で、薫ちゃんや葵ちゃんたちがいる実働部隊なんかに比べると幾分マシなはずだった。
 それに、今は私たちが子どもだった頃に比べて、バベルと警察との軋轢あつれきみたいなものも薄れてきている。世界が大きく変わった今では、私たちエスパーもかなり動きやすくなった。
 それに、やっと訪れた平和を守りたいと思うのは、人間誰しもが願うことのはずで。
「お待たせ! そろそろ作戦開始だ。二人とも準備はいいか?」
 実働部隊の指揮だけじゃなく、作戦本部の参謀としても動いている皆本さんが私たちの元へ駆け寄ってくる。私はそれに、にこやかな笑顔で答えて皆本さんの腕に絡み付いた。
「もちろんよ、皆本さん。賢木先生の手なんか借りなくてもいいくらい、今日は調子いいの」
 にやり、と口許を歪めて先生を見遣ると、先生は困ったように笑いながら頭を掻いている。それにフンと鼻を鳴らして顔を背けると、皆本さんが私の頭を撫でながらそっと身体を離した。
「ここからは君たち二人に作戦本部の指揮権が移るんだからな。頼むから喧嘩するんじゃないぞ」
 わかってるな、紫穂、と皆本さんに念を押されるように言われて、ぷぅと頬を膨らませる。
「……賢木先生が余計なことしなければいいのよ。それに何回でも言うけれど、これくらい、私一人でも問題ないわ」
 皆本さんの手をぎゅっと掴みながら答えると、皆本さんの手のひらから純粋な心配が伝わって。ホッと心を和らげる。もう一度私の頭を撫でようとした皆本さんの行為を素直に受け入れて、皆本さんの大きな手を特務のベレー帽越しに感じた。
「紫穂。確かに君一人でも、きっと問題はないのはわかってる。でも、今回は僕がずっと側で付いててやれるわけじゃないんだ。だから、必ず、賢木と連携を取ること。その方が君の負担も減らせるし、効率も上がる。おまけに情報の精度も上がるんだ。これは作戦の成功率を上げるためにも、必要なことなんだよ」
 まるで、私を嗜たしなめるようにひと言ひと言丁寧に言い聞かせてくる皆本さんに、ふ、と肩の力を抜いて答える。
「……わかったわ。喧嘩は一時休戦。賢木先生と一緒に任務にあたります」
「よし! いい子だ、紫穂。じゃあ賢木、紫穂を頼む」
「了解」
 そう言って、皆本さんは足早に実働部隊の方へと去っていってしまった。その後ろ姿を見送って、ほ、と溜め息を吐くと、いつの間にか私の隣に並んでいた先生が、にやにやと笑いながら私の方を見ていて。
「ホント、羨ましくなっちゃうくらい、仲良いよな。君ら」
 ニッと眉を寄せて笑う先生に、フンともう一度鼻を鳴らして、腕を組みながら言った。
「そうよ。私たちとっても仲が良いの。だから邪魔しないでくれる?」
「わかってるよ。誰も君らの絆は邪魔できない。ずっと側で見てきたんだから、よぉーくわかってる」
「……ならいいのよ」
 先生の言葉に何となく寂しい気持ちを覚えてキュッと胸元を掴む。
 ――そう。私たちは仲が良いんだから。
 先生は入ってこないで。
「……そろそろ行くか」
「私に指図しないで」
「へいへい。スミマセンね」
「……皆本さんが困るから、今だけは先生と仲良くしてあげる」
 プイッと顔を背けながら足を踏み出すと、クスリと笑って先生も私の後をついてきて。
「そりゃ有難ぇな。今だけなんて言わず、ずっと仲良くしてくれてもいいんだぜ?」
「……調子に乗ってると殺すわよ?」
「冗談だよ、冗談」
 ギン、と先生を睨み付けると、へらりと笑顔で交わされる。
 ああ、もう。これだから嫌なんだ。先生といると調子が狂う。
「……まぁいいわ。とっとと終わらせましょ」
「同感。さっさと片付けて飯でも食いに行こうぜ」
「先生の奢りなら良いわよ」
「モチロン。何だって食わせてやるよ? ほら、俺高給取りだから」
「なら、薫ちゃんと葵ちゃんと皆本さんも一緒ね」
「うわ、マジかよ。俺は紫穂ちゃんを誘ったんだけど?」
「ふざけないで。どうして私が先生と御飯に行かなきゃいけないの」
「紫穂ちゃんひどーい……俺もうヤル気無くしたぁー」
「子どもみたいなこと言わないで! 早く解禁して皆本さんたちに情報送るわよ」
「……りょーかい。いっちょ頑張りますか」
 二人で声を合わせてそれぞれのリミッターを解禁する。キィン、と力が漲みなぎる気配に包まれて、ぎゅっと閉じた手のひらをゆっくりと開く。目を閉じて余計な雑音を掻き消した。クリアな思考回路に息を吐いて、ゆるりと目蓋を開いて目の前の事柄に集中する。先生に目配せをしてアイコンタクトを取ると、ふわりと微笑み返されて。トクンと音を立てた心臓を無視して、対象物にダイブした。

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