恋心

「あ、バレット! ティム! ちょうどエエとこに! アンタらもこれから昼ご飯やろ?」
「私たちもなんだ! ちょうど聞きたいコトあったし、一緒に食べよ!」

バベルの食堂へ向かう道すがら、バレットとティムに遭遇して一緒に廊下を歩いていく。自然とバレットと葵ちゃんは隣同士になって喋り始めた。正式に交際していて、その関係をオープンにしている二人だから当然と言えば当然のこと。まぁそういうことになるだろうと思っていたから驚きはしなかったけれど、やっぱり羨ましくなかったと言えば嘘になる。お互いを想い合っている二人はキラキラしていて、恋ってやっぱりこういうものよねと思ったりした。

「あっ! 皆本だ!」

食堂に着くなり、食堂の奥のテーブルで食事を摂っている皆本さんを見つけて薫ちゃんは声を上げた。そしてそのまま皆本さんへ向かって駆けていく。私たちは微笑ましい気持ちでそれを見送って、ゆっくりと後を追いかけた。

「皆本たちも今お昼? 一緒していい?!」

薫ちゃんが駆け寄ったテーブルには、皆本さんと先生が向かい合って座っている。

「もちろん。終業式終わったんだな、お疲れ様」
「うん! 明日から遊び放題夏休み!」
「こら、ちゃんと課題もやるんだぞ」
「はーい。わかってるよ、学生の本分は勉強、でしょ?」

ぷぅ、と頬を膨らませながら薫ちゃんは皆本さんの隣の椅子に鞄を置いた。その横に葵ちゃんとバレット、私は自然と先生の隣に来る形になって、少しだけドキドキしながらティムと一緒に移動した。ティムは当たり前のように先生の隣を私に譲ってくれて、嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気持ちになりながら鞄からお財布を取り出した。

「いいなぁ夏休み! 俺も学生に戻りてぇ!」

定食を食べていた先生が箸を置いて腕を組みながら声を上げる。その笑顔が眩しくて、とくんと音を立てた胸を無視してぷいと顔を背けた。

「今でも中身は学生と変わらないクセに。いつまでも若くはいられないわよ、オジサン?」
「なッ! 俺はまだ若い! オジサンじゃねぇ!!!」
「否定すればするほど虚しいわよ? センセ」

ウフ、と首を傾げて先生に笑いかければ、悔しそうに口元を歪めて呻いている。くそう、と小さく呟いた先生にちょっとだけ口許を緩めて先生にバレないように微笑んだ。

「紫穂、あんまり賢木を苛めるな……ほら、みんな早くお昼ご飯選んでおいで。僕らはここで待ってるから」

皆本さんの鶴の一声に、はーい、と他の皆が返事してぞろぞろと注文口へ向かう。落ち込んでいる先生を皆本さんが慰めているのがちらりと横目で確認できて、ふぅと溜め息を吐いた。

「ねぇ紫穂ー、もうちょっとさぁ、先生に優しくしてみたら?」
「優しくって? 今でも充分優しいわよ?」
「そうじゃなくってさ……可愛げ? っていうの? そういうの演出してみたら? 紫穂、そういうの得意じゃん」
「……今更でしょ。付き合い長いから、急にそういう顔見せたら気持ち悪がられるのが目に見えてるわ」
「そんなことあらへん思うで? なんて言うの? ギャップ萌えやっけ?」
「ギャップ萌えで合ってます。紫穂どのはツンデレ要素もあるので相乗効果マシマシです」
「たまに見せてくれる可愛い顔っていうのを紫穂ちゃんが狙ってできるなら、賢木先生でも効果絶大だと思うよ」
「……ちょっと待って、皆一体私の事をなんだと思ってるの?」

眉を顰めて皆の顔を見つめれば、まるで口を揃えたように、女王様系の俳優、と答えた。ハモりにハモったその返事にふるふると震えながら口を開く。

「はっ、俳優は薫ちゃんでしょ? 私は演技なんか」
「いやいや、私あんなに綺麗に仮面被れないよ! 紫穂はビックリするくらい先生の前でキャラ作るじゃん」
「そ、そんなこと」
「賢木先生、紫穂ちゃんが素直に、好きって伝えちゃえば、コロッと堕ちると思うけどな」
「それウチも思う! 勇気出してみたらエエねん」

ティムと葵ちゃんの言葉に他の皆がこくこくと頷く。皆の反応にかぁ、と頬が赤くなった気がして俯いた。

「そ、そんなの無理だよ」

だってきっと真面目に受け取ってくれなくて、あしらわれるに決まっている。子どもの頃からずっと一緒にいるから、今更私を恋愛対象になんて見れないかもしれない。片想いとも言えないような一方通行の想いを抱えているけれど、いつか弾けてバレてしまうくらいなら、いっそひっそりとこの想いは消してしまった方がいい。

「紫穂さぁ、ソレだよソレ!」
「え? な、なに? 薫ちゃん」
「その可愛さをさ、先生の前で見せればいいんだよ! めちゃめちゃ可愛いんだからさぁ!」
「ちょ、ちょっとやめて、薫ちゃん!」

横からがばりと抱きつかれてぎゅうぎゅうと抱き締められる。苦しいよ、と抵抗してみせても薫ちゃんは力を弱めてくれない。

「まぁなぁ……相手はあの賢木先生やし、相手してくれなさそうで怖い、いうのもわかるけど。もうちょっとアピールしてみてもエエんちゃう? 立場とか歳の差とかで考えてへんかっただけで、可能性に気づいたら先生かて真面目に考えてくれるかもせぇへんで」

葵ちゃんの言葉に、皆がうんうんと頷いている。それでも、先生相手にアピールなんて、イメージも湧かなければ具体的に何をすればアピールになるのかなんてこともわからなくて、戸惑うことしかできなかった。
うーん、と小さく唸りながら皆と一緒に今日のランチを選ぶ。女の子らしく、可愛く甘えてみたりすればいいんだろうか? それとも素直に好きと伝えてみる? どれもいまいちピンと来ないまま、ランチセットが載ったトレイを持ってテーブルへと戻った。

「お待たせ、皆本!」
「大丈夫だよ、薫。今日は午後イチの予定、何もないから」

テーブルに戻ると、皆本さんと先生は食後のお茶を飲んでいるところだった。ちらりと先生の方を見ると、自然とアイコンタクトを取るような形になって、俺も昼から予定ないよ、と返事が返ってくる。よかった、とホッとしながら席について、いただきますと皆で手を揃えて食べ始めた。先生と同じ定食を選んでしまったのはやっぱりもう仕方がない。でもきっと先生はそんなこと何とも思ってない。私にできるアピールなんてせいぜいこれくらいが限界だ。私の事を生意気な後輩くらいにしか思ってない先生に、どうやって女の子として見てもらうかなんてどうしたって答えが出ない問題のような気がした。

「あ、そう言えば! ねぇバレット、聞きたいことがあったんだ」
「何でしょう? 任務のことですか?」
「ううん。学校の生徒の話」

あ、と思った時にはもう、薫ちゃんはバレットに話を始めていた。首を傾げているバレットに、一瞬だけこちらを見てニヤリと笑った薫ちゃんが問いかける。

「ウチの高校に、ふかみさとる、っていう生徒、いる?」

意味深に言葉を告げた薫ちゃんに、バレットは一瞬だけ考え込んで答えた。

「はい、いますね。彼が何か?」

澱みなく薫ちゃんに答えたバレットは、少しだけ眉を顰めて口を開いた。

「何かありましたか? 特に警戒すべき生徒ではないと記憶しているのですが……」
「あっ、違うの。そうじゃなくて、どんな人なのか気になって」
「……別に、普通の生徒ですよ? あー、でも彼は」
「それ以上は大丈夫! 普通の生徒だってわかっただけで充分よ」

バレットが彼の情報を話そうとしたのを無理矢理被せるようにして話を止める。それ以上聞きたくなかったというのもあるけれど、ここでその話をされるのは嫌だった。

「ナニナニ? 男の名前? 紫穂ちゃん関係あんの?」

にやにやしながら問いかけてくる先生を無視して、ふいと顔を背けるとこちらもにやにやした顔をしている薫ちゃんと葵ちゃんに目が合った。

「あんだけどんな男子生徒に告白されてもちぃーっともなびかへんかった紫穂が」
「遂に明日のデートを約束しちゃうような格好いい男が現れたんだよね!」
「ちょ、ちょっと待って! 語弊があるわ!!!」

くふくふと楽しそうに顔を見合わせて笑っている薫ちゃんと葵ちゃんに叫ぶ。必死に上手く誤魔化すためのフレーズを考えていると、何か話すよりも先に先生がヒュウ、と口笛を鳴らして口を開いた。

「へぇ、めちゃくちゃ青春してんじゃん。告白されて付き合ってみようと思ったんだろ? いいことじゃないか! よかったな」

若いうちにたくさん恋愛しとかないとな! と先生は笑っている。その表情には曇りひとつなくて、いっそ清々しいくらいに含みのないいつも通りの笑顔だった。
あぁ、本当に脈なしなのかも。その笑顔から読み取れるのはあまりにも悲しい事実だった。やっぱりアピールなんて必要なかった。嫉妬じみた感情のひとつも見せてくれないんじゃ、もう絶対脈なんてないじゃない。
震えそうになる口を何とか引き結んでそっと俯く。じわりと浮かんできそうな涙を何とか堪えて無理矢理笑顔を顔に貼り付けた。それからひとつだけ深呼吸をして、何でもないように皆本さんに顔を向ける。

「……デートじゃないんだけど、明日も学校でその人と会う約束をしているの。だから皆本さん、私はバベルに来ないから、何かあったら携帯の方に連絡してくれる?」
「あ、あぁ……でも、本当に、大丈夫なのか?」

皆本さんの問いかけの意味が理解できないほど鈍くもないし、素直な皆本さんが私の心配をしてくれているのもわかってる。でも、大丈夫じゃないなんて答えることはできなくて、にこりと笑い返して答えた。

「とても素敵な人よ」

皆本さんが求めている答えがこれじゃないということを理解していたけれど敢えてマトモな答えをせずに誤魔化した。だってそうじゃないと、本当に泣いてしまいそうだったから。

「ついに紫穂ちゃんにも彼氏ができるのか……イイ男っぽいし、よかったな」

そんなの、先生の口から聞きたくない。

「まだ付き合うって決めたわけじゃないわ」

何とか口許だけ笑って、精一杯の強がりを口にした。

1

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください