「…紫穂ってさ、先生と焼き肉デートしてるよね?」
ちょっとおしゃれなカフェで、薫ちゃんと二人きりのデート。
葵ちゃんは残念だけど、単独任務でバベルに缶詰中。
久々の二人きりに、話も盛り上がってはいたけれど、少し様子のおかしい薫ちゃんが気になっていて。
そんなところにこんな質問。
「デートっていうか、焼き肉食べには連れていってもらうわね?」
でも、焼き肉は匂いが付いちゃうから、焼き肉よりハンバーグとかステーキの方が沢山連れていって貰ってる気がする、と思いながら、薫ちゃんの不思議な質問に首を傾げていると、薫ちゃんが意を決したように私を見つめて口を開いた。
「…紫穂の初めてのときって、どんなだった?」
「へ?」
「やっぱり、先生だから上手でスマートだった?」
何を聞かれているのかわからなくて、ポカンとしていると、薫ちゃんが内緒話をするように口許を手で隠して近付いてきた。
それにつられて私も耳を寄せると。
「紫穂って、先生と初体験、済ませてるんでしょ?」
バッと、薫ちゃんに顔を向けると、耳まで真っ赤にした薫ちゃんがそこにいた。
「…どうだと思う?」
「やっぱり、上手でスマートだったんでしょ?」
薫ちゃんは一体賢木先生のことをどういう風に見ているんだろう?
いつも一人で身悶えてるわよ、なんて言ったら驚くんだろうか?
「あのね、薫ちゃん。」
「なぁに?紫穂」
「何だか勘違いしてるみたいだけど、私、まだ未経験よ?」
「えっ?!焼き肉行った男女は致しちゃってるんじゃないのっ?!」
「ちょっ、声が大きいっ!」
しー!と指を立てて薫ちゃんの口を押さえる。
薫ちゃんは、ごめん、と乗り出した身体を椅子に戻して、小さくなった。
「薫ちゃん、それ、よく言う噂だけど、全員が全員そうだとは限らないと思うわ」
「…透視たことあるの?」
「わざわざそんなの透視ないわよ!…でも、何て言うか、当てはまらないこともあると思う」
だって私達がそうだし、と呟くと、そっかぁ、と薫ちゃんは残念そうに呟いた。
人前で肉を食べるようになるとそういう関係だとはよく言われるけれど、私たちみたいなカップルも存在するのだから、皆がそうだというワケじゃないと思う。
まぁ、私たちの場合、ほぼ手前までいっているようなものだろうから、どうなんだろうという疑問は残るけれど。
「急に薫ちゃんがそんなこと聞いてくるってことは、皆本さんと何かあったのね?」
私の質問に、薫ちゃんはびくりと反応して目を泳がせている。
透視るまでもない、これじゃあ何かあったと言っているようなものだわ。
「薫ちゃん、私相手に隠し事したいなら、もうちょっと上手にしないとバレバレよ?」
「なっ、なんのことかなぁ?」
よそよそしい薫ちゃんの態度に、ふぅ、と溜め息を吐く。
「素直に白状するか、無理矢理暴かれるか、どっちがいーい?」
薫ちゃんに向けて手のひらを翳してにっこりと微笑む。
そんな私に顔を引きつらせた薫ちゃんは、観念したように、ガックリと項垂れた。
「ぜ、全部、白状します…」
「素直でよろしい」
腕を組んで頷くと、薫ちゃんがしくしくと泣き出した。
普段あまり見ない様子の薫ちゃんにぎょっとして、慌ててハンカチを差し出す。
薫ちゃんは素直にそれを受け取って、ありがど、じほ、と涙を拭った。
「あの、あのね、紫穂」
「うん、なぁに?薫ちゃん」
「わ、私、皆本に嫌われたかもしんない」
すごく深刻な顔で、この世の終わりのように吐き出した薫ちゃんが、ずびび、と鼻を啜る。
今までにもこういった深刻な相談は受けたことはあるけれど、いつもより飛びきり弱った様子の薫ちゃんを心配しつつ、でも二人のことを知っているからこそ一蹴できる悩みに、ふぅと溜め息を吐いた。
「有り得ないでしょ。それ」
そう、有り得ない。
多分、薫ちゃんのこと、目に入れても鼻から出しても痛くないと思ってる皆本さんが、薫ちゃんを嫌うなんて、天地がひっくり返ったって有り得ない。
「どう考えたって有り得ないわよ。薫ちゃんの思い過ごしよ」
別に、大事なことだから二回言ったわけじゃない。
でも本当に、あの皆本さんが薫ちゃんのことを嫌になるなんて、きっと何があっても有り得ないのだ。
薫ちゃんが皆本さんにぶちギレることはあったとしても。
「そ、そんなことない!」
「じゃあ、何を根拠にそんなこと言うのか説明してくれる?」
「う…えっと…実は…じゃなくて」
「素直に白状するのよね?」
「っ!はい、そうです…」
焦れったい薫ちゃんに止めを刺す。
項垂れた薫ちゃんが、恐る恐る私の様子を伺いながら口を開く。
「あのさ…この前、皆本ん家行ったじゃん?一人で」
「ええ、ついこの前のことね?」
「うん…で、それから…目合わせらんなくて、ずっと避けてる」
「……………何それ」
あんまりにもの詳細カットに瞑目する。
いくら、何でもわかり合えると信じて疑わない私たちだって、そこまで内容をカットされちゃうと、わかるとかわからない以前に話そのものが見えてこない。
にっこりと薫ちゃんに微笑みかける。
「ねぇ、薫ちゃん?それじゃあ話がわからないわ。具体的に何があったのか教えてくれる?」
「うっ…やっぱり、話さなきゃダメ?」
薫ちゃんが上目遣いに私を見つめてくる。
私はこの顔にとても弱い。
何でも許してしまいそうになるけれど、ここは心を鬼にしなければ。
「話してくれなきゃ、相談には乗れないわよ?薫ちゃん」
「うう…」
そんなに言いにくい内容なのかしら。
薫ちゃんは、あー、とかうー、とか言いながら、話辛そうに頭を抱えている。
先程の私に対しての質問から考えて、恐らくそういう絡みの内容なのだとは思うけど。
なかなか喋ってくれない薫ちゃんに焦れてしまって、推測の内容をお披露目する。
「…皆本さんに誘われたけど、怖くなって逃げちゃった、とか?」
ピクリ、と薫ちゃんが肩を震わせる。
当たりか、と思って肩を竦める。
本当にわかりやすい二人だ、もう少し、予想の斜め上をいくような展開が待っていてもいいのに。
「…皆本さんは、そんなことで薫ちゃんのことを嫌ったりしないわよ」
「えっ…あー…そうかな…」
「それよりも、勉強教えて貰いに行ったんじゃなかったかしら?なんでそんなことになったのかの方が聞きたいわ」
ストローをくるくると動かしてドリンクの入ったグラスの氷をカラカラと鳴らす。
遂に告白を受けてお付き合いすることになったのかしら?それにしても、皆本さん、その日に求めてくるなんて、意外と積極的。
本人談では耐えに耐え忍んでいるという先生とは大違い。
自分たちとの違いを比較して、ふぅ、と軽く息を吐いていると、薫ちゃんがポツポツと口を開き始めた。
「最初は…ちゃんと勉強してたんだよ?でね、そしたら、皆本の顔がスッゴい近くてさ。気付いたら…その、キスしてて」
「へぇ?」
「なんかもう…何て言うの?これでもかって位、キスされて、ふわふわしてきちゃって。舌、とか、あの、その、でぃーぷなキス?も、その、えっと…」
「しちゃったわけね?」
うん、と顔を真っ赤にして頷く薫ちゃんはとても初々しくて可愛い。
いろいろつっこみたいところがあるけれど、まずは全部聞き出すのが先だ。
「それから?」
「…それから…皆本が、その…寝室に行こうか、って…」
ポッと頬を染める薫ちゃんに盛大につっこみを入れたい気持ちをグッと堪えた自分を褒めたい。
「その、それでね?えっと…途中までは何だかよくわからないけど上手くいってたと思うんだ。でもね、皆本の、その、えっと、アレが見えちゃって、急に怖くなっちゃって…」
「うん、それで?」
「とにかく痛くて、途中で、止めちゃったんだ…」
ああ、私の手に掴まれたグラスがガラス製で良かった。
紙だったら多分ぐしゃりと潰してしまってる。
いいえ、今ならガラスでも割ってしまえそう。
そんな私に気付かずに、薫ちゃんはまた涙を溢しながら話を続ける。
「皆本は気にするなって、言ってくれたんだ。でもさ、なんかもうワケわかんなくて。泣いちゃってさ。皆本は服を着せてくれたり、ずっと撫でてくれたり、優しかったんだけど、もうどうしたらいいかわかんなくて…」
「…ずっと避けちゃってるのね?」
「…………うん」
どよーん、とした空気を背負って、薫ちゃんは頷いた。
最初は予想の斜め上の展開を期待してたけど、思ったよりも予想の斜め上を飛び抜けていて、額に手を当てて、はぁー、と深い溜め息を吐いた。
「薫ちゃん、まず、ひとつ聞いていい?」
「なに?紫穂」
「薫ちゃんと皆本さん、いつからお付き合いしてるのかしら?」
ヒクヒクと、米神がひくついているのが自分でもわかる。
お付き合いの事実を知らなかったこととか、そこまで進展しているのに気付けなかったこととか、いろいろ顔を引き付けさせる要因がたくさんある。
できる限り冷静になろうと、深呼吸を試みてはいるけれど、なかなかに難しい。
そんな私の様子に気付いていないのか、薫ちゃんは唇に指を当てて考え込んでいる。
え?
そこ、考え込むところなの?
っていうか薫ちゃん、その仕草可愛すぎるわ。あまり人前でやらないで。
「んーっと…お付き合い、いつからなんだろ?」
「え?…どういうこと?」
「…はっきり、皆本とお付き合いしましょうって、明確に何かあったわけじゃないんだ」
「…はぁぁぁぁぁ?」
え、薫ちゃんはそんな人とそんなことになっちゃえる人なの?いくら相手が皆本さんだからって気を許し過ぎじゃない?
っていうか皆本さんがそんな曖昧な関係に持ち込む男だなんて信じられない!
「薫ちゃん、聞き方を変えるわ。あなたたち、本当に付き合っているのよね?」
「………たぶん。」
「多分ってなに?!多分ってなんなの!?」
「だって、紫穂に言われて気付いたんだよ!なんかこう、明確な何かは何もなかったなって!」
薫ちゃんは半ば涙目になりながら、顔を赤くして私に反論してくる。
その様子に何でも許してしまいそうになるけれど、気を確かに、しっかりと心を鬼にしなければ。
「…明確な何かは何もなかったけれど、薫ちゃんは皆本さんと付き合ってると思ってたのね?」
「うん。だって、キスとかいっぱいしちゃってるし。そんなのお付き合いしてないって方が変でしょ?」
いやいやいやいや、その発想はダメよ、薫ちゃん。
そんなの都合のいい女宣言を自分からしてるようなものよ。
何より、皆本さんがそんな不純な交際に持ち込むなんて、本当に信じられない。
「薫ちゃん。女の子は、ちゃんと男から言質取らないと、キスも身体も許しちゃダメよ」
にっこりと、笑って薫ちゃんに告げる。
その笑顔が、皆が言う絶対零度の笑みで、薫ちゃんを震え上がらせることになろうとも、私は薫ちゃんの意識を変えさせる為にも厳しいことを言わなくては。
「べ、べ、ベッドで…好きって、言ってくれたよ…?」
恐る恐る、といった様子で口を開く薫ちゃん。
私は告げられた真実に頭がくらりとした。
私の大事な薫ちゃんを、こんな風に蔑ろにするだなんて!今すぐ皆本さんを再起不能にしてやらないと気が済まなくなってきた。
でも、まずは目の前のお花畑にいる薫ちゃんを何とかしなければ。
「薫ちゃん?ベッドでしか好きと言えない男なんて、ろくな男じゃないわ」
「えっ?皆本、ろくでなしなのっ?」
「ろくでなしどころか最低よッ!」
荒ぶる語気を何とか抑えながら、薫ちゃんの肩を掴む。
しっかりして、薫ちゃん!いくら皆本さんだからって何でもかんでも気を許し過ぎよ!
「皆本さんだから何でもオーケーっていう発想は今すぐ捨てて!」
「えっ?でも、皆本だよ?」
「だから、その発想がダメなの!男女交際はそれとは別!」
「う、うん…わかった…」
いまいちまだわかってない表情で、薫ちゃんは頷いた。
ダメだ、薫ちゃん、皆本さんならオールオッケー!とでも言いかねない。
何としても理解させなければ、本当に皆本さんとこんな曖昧あやふやな関係のまま、最後まで致しかねない。
「あのね、薫ちゃん。女の子は自分の身体を大切に守らなきゃダメなの。」
これは、先生の受け売りだ。
遊び人だった先生がこんなこと言うなんてと最初は驚きもしたけれど、内容を理解した今は驚きではなく納得の言葉でしかない。
「相手がどんなに大切な人だったとしても、その関係に責任を持ってくれない人だったら、絶対身体は許しちゃダメ。」
薫ちゃんはウンウンと頷きながら私の話を真剣に聞いている。
「確かに、皆本さんは真面目で誠実で信頼できる人よ?でもね、男女交際となると話は別。」
「話は別?」
「男は狼って歌があるでしょ?アレ、本当なのよ。」
「え、でも皆本は狼って感じじゃ…」
「羊の毛皮を被った狼だって存在するのよ、薫ちゃん」
「羊の毛皮を被った狼…」
妙に納得したような表情で、薫ちゃんは呟いた。
皆本さんだって男なのだ。
可愛い薫ちゃんを前にして、冷静でいられないことくらい、簡単に想像がつく。
「エッチしたいなって時、男はバカになってるの。それこそ、エッチできたら何でもいいってくらい。」
これも、先生に切々と説かれた話だ。
男を舐めるな、とそれはもう切々と力説された。
別に舐めたことないわよ、だって透視えるし、と返すと、そんなもんうっかりでも透視んでいい!と何故か私が凄く怒られたのは今でも不服に思ってる。
「エッチできるなら何だってするし、何だって言えちゃうのが男なのよ。」
ごくり、と薫ちゃんが息を飲む。
事の重大さに、薫ちゃんも少しずつ気付き始めたのか、顔を青くしながら涙目になっている。
ああ、少し言い過ぎたかしら。
いくら何でも、相手が皆本さんなんだから、ここまで警戒させなくても良かったかも。
でも!だからこそ!誠実な皆本さんには薫ちゃんと誠実なお付き合いをしてほしかった、と思うのは私の我儘なのかしら。
「…私、皆本に、大事にされてないの…?」
「そんなことない!そんなことあるわけないわ!薫ちゃん!」
今にも泣きそうな顔で私を見てくる薫ちゃんに、思わず叫んだ。
ああ、ごめんね、薫ちゃん。
私、ちょっと言い過ぎちゃったみたい。
テーブル越しに、薫ちゃんの両手をひしっと掴む。
「皆本さんのことだもの。薫ちゃんのこと、大事に思ってないわけはないわ」
「で、でも…」
「そうよね、不安よね。だから、ちゃんと、正式にお付き合いするまでは、これからは一切そういうことをしちゃダメよ」
「…うん、わかった」
きゅっ、と薫ちゃんが私の手を握り返す。
薫ちゃんは、目をうるうるとさせてはいるけど、もう迷わないという強い意志が伝わってきて、私はほっとした。
薫ちゃんはもう大丈夫。
あとは、皆本さんだ。
どうしてくれよう。
先生に頼んで外科手術でも受けさせようかしら?とにかく、そんな曖昧な関係を保っている間は、一切薫ちゃんに手を出せないようにしてしまいたい。
私の薫ちゃんをこんな風に傷付けるなんて、本当に許せない。
男として一生の傷を負わせるくらいのことをしないと、私の中の気持ちが収まらない。
そうこう考えていると、薫ちゃんが私におずおずと声を掛けてきた。
「あのさ、紫穂」
「なぁに、薫ちゃん?」
「その…紫穂と先生ってさ、どこまでいってるの?」
「え?」
急に自分の話題を振られて反応に遅れてしまう。
薫ちゃんは、少しだけ頬を染めて私を上目遣いで見上げてくる。
可愛い。可愛いわ、薫ちゃん。
皆本さんにもそんな目をしてるのね。
そりゃ我慢できなくなるのもわかるけど、それとこれとは話が別だわ。
「どこまでって…キスまで?よ?」
疑問形になってしまったのは許してほしい。
だって、今の私たちを形容する言葉を私は知らない。
薫ちゃんはそこに対しては疑問を感じなかったのか、別の質問を投げ掛けてくる。
「二人って付き合ってだいぶ経つよね?なんでキス止まりなの?」
素朴な疑問、といった感じで、首を傾げながら薫ちゃんは不思議そうにしている。
薫ちゃんの中では、お付き合いを始めたら自然とそういう関係になるものだという認識なんだろう。
私だってそう思ってた。
けれど、今は少し違う。
「お付き合いしたからって、皆が皆すぐにそういう関係になるわけじゃないし。それぞれのペースっていうのがあるものよ」
「でもさでもさ!あの賢木先生だよ!手、めっちゃ早そうじゃん」
「それは…そう見えるかもしれないけど…」
薫ちゃんの言いたいこともわかる。
確かに、あの、自他共に認められた女好きの賢木修二なのだ。
もうそういう関係になっていると思われていても仕方ない部分はあると思う。
けど、実際は全く違う。
こちらがどう迫ろうとも、鋼の意志で屈しないのだ。
「賢木先生は、まだ今は時じゃないからって、我慢してくれてるのよ」
正直、最初は寂しかった。
けれど、今はちゃんとそういうことをしたいと思った上で我慢してくれてるのだというのがしっかり、それこそ嫌というほどに伝わってきているから、寂しくなんかない。
それも愛の形なんだってわかってる。
「紫穂は、本当に、先生に大事にされてるんだね」
「そ、そんな…私が、先生の気持ちを大事にしてあげてるのよ」
つい、照れてしまって強がりを言ってしまう。
「愛ですなぁ、紫穂サン」
にんまりと笑った薫ちゃんが私を笑う。
恥ずかしくってなんと返せばいいのか迷っていると、くふくふと薫ちゃんがいやらしい笑顔を浮かべて少し懐かしいオヤジの雰囲気を漂わせている。
ちょっと!さっきまでの可愛い薫ちゃんはどこへ行っちゃったの?!
「愛されてるけど、身体は寂しいんじゃないの?」
げへへ、と手をわきわきさせながら薫ちゃんが近付いてきた。
ジリジリと近付いてくる手のひらに、思わず両手で身体を抱き締めて身を守る。
二人の間にあるテーブルが、かろうじて私たちの距離を保ってくれていた。
「あの賢木先生を悩ませるワガママボディ、私が慰めてあげようか?」
「ま、間に合ってますっ!」
「よいではないかよいではないか」
「もうっ!薫ちゃんっ」
「でもさー、実際のところ、どうなんだよー?あの賢木先生だよ?本当に何もないの?」
わきわきする手を納めて、薫ちゃんは訝しげに問い掛けてくる。
そう聞かれてしまうと、うっ、と詰まってしまう。
正直に話せるわけもなく。
ぐぬぬ、と何も言えず黙っている私を、薫ちゃんは更に攻め立てる。
「無言は肯定ってコトかなぁ?紫穂ー?」
「そ、そういうわけじゃ…」
「紫穂こそ、隠し事は上手にしないといけないんじゃないのぉ?」
「くっ…」
形勢逆転、とばかりにニヤニヤしながら私に迫る薫ちゃんは本当に楽しそうで。
何だか凄く悔しいけれど、きっとちゃんと答えるまでは解放してくれないだろう。
「い、イチャイチャくらい、するわよ?そりゃ…」
だって恋人だもの、と呟くと、本当ににんまりと笑う薫ちゃんと目が合って。
「紫穂、顔真っ赤だよ?」
もう隠しきれないくらいに顔が赤くなってしまっているのが自分でもわかる。
でも、仕方ないじゃない。
だって、こんなの、恥ずかしい。
「こ、この話はもうおしまい!」
「えー?もっといろいろ聞かせてよー!勉強になるかもだし!」
「べ、勉強って…皆本さんに教えてもらえばいいじゃない!いろいろ!」
「で、でも、皆本とは正式なお付き合いしてるわけじゃないし!むしろ先生のスキルで魅力的に迫りたいかなって」
「だ、ダメよッ!先生は私のだもんっ!」
思わず口から出た言葉にハッとして口を押さえる。
薫ちゃんはにまにました口許を浮かべて私に言った。
「可愛いねぇ、紫穂」
自分でもビックリするくらい強い独占欲の言葉に、更に顔が熱くなって。
もう、耳までが熱い。
先生は言っていた。
俺が教えて、俺が育てて、俺好みに染まってくのがこの上なく嬉しい、と。
どうしようもなくなるくらいの愛情を先生は注いでくれて、受け止める私はいつもいっぱいいっぱいで。
そうやって培ってきたものを、いくら薫ちゃんにでも見せたくない、と思っている自分を自覚する。
私、いつの間に、こんな、先生に、染まってたんだろう。
「と、とにかく、そういうのは、ちゃんとお付き合いしてから、皆本さんに教えて貰えばいいでしょ!」
「そっか、そうだね!私、ちゃんと皆本に告白するよ!」
ぐっと拳を握り締めて決意表明する薫ちゃんに、急に現実に引き戻された。
「それはダメよ薫ちゃん!」
「え?なんで?」
きょとん、とした様子の薫ちゃんに、がっくりと頭を抱える。
上手く説明できたとしても、薫ちゃんが理解できるかどうか、凄く怪しい。
とにかく、薫ちゃんから告白して、これ以上なし崩しに都合のいい関係になるのは避けないと!
「告白は皆本さんからしてくるのをちゃんと待つのよ、薫ちゃん!絶対に自分から言っちゃダメ!」
「え?どうして?」
「どうしてもよ!いいわね?我慢するのよ?」
「わ、わかった…」
ああ、もう、本当に皆本さんをどうにかしてやらないと、本当に本当に気が済まない!
皆本さんがはっきりしないから!
薫ちゃんが良いように流されちゃってるのよ!!!
「とにかく!薫ちゃんからはもう何もモーション掛けちゃダメだからね!」
私の勢いに圧されたのか、薫ちゃんはこくこくと無言で頷く。
先生なら、皆本さんの下半身と根性を何とかする術をアドバイスしてくれるかもしれない。
今日、先生は皆本さんからの相談という名目で会っているらしいから、あちらでも何かあるのかも。
とにかく明日、先生にお願いして薫ちゃんの危機を救わなくては。
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