えっちな紫穗ちゃん召し上がれ

「今年の誕生日なんだけれど」
医療研究棟の俺に与えられた執務室。
普通に医者やってた頃よりも莫大な量に膨れ上がった事務仕事。電子書類を確認しては確認済みであることを示す電子捺印の処理をして差し返す。俺の許可が必要な治療やら実験やらなんやらの書類に片っ端から目を通していって、余程のことがない限りひたすらゴーサインを出す簡単なお仕事。
とは言え、気を抜いて適当には済ませられないこの重要な仕事を、紫穂とのデートの時間を捻出するために、通常の倍近い集中力とスピードで必死になってこなしていた。そんな俺の首に、細腕を後ろから絡ませて俺に体重を掛けていた紫穂が、唐突に呟いた。
「誕生日がどうした?」
紫穂の誕生日はもう終わってるし、誰の誕生日の話だろうと頭の隅で考えながらパソコンに向かっていると、ぐいと顎を掴まれて無理矢理紫穂の方へと顔を向けさせられた。
「修二の誕生日の話! もう来月なのよ? 忘れちゃったの?」
ワーカーホリックもここまで来ると重症ね、と言いながら、紫穂は俺を解放した。
離れた体温を追いかけたい気持ちを抑えながらデスクに置かれた卓上カレンダーを見ると、確かに俺の誕生日まであと一月を切ろうとしているトコロだった。俺の背中から離れてしまった紫穂の方へ顔を向けると、ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませて不機嫌を顕にしていて。
あぁ、可愛い。超可愛い。紫穂が足りてない今の俺にはもう天使にしか見えない。
「……スマン。で? 俺の誕生日がどうしたって?」
少しでも紫穂の成分を摂取しようと手を伸ばして紫穂の手を掴む。ゆるりと指を絡ませると、それに応えるように紫穂の指先にきゅっと力が込められて。離れた距離を埋めようと紫穂の手を引いて腰を抱き寄せた。
「あのね、そう言えばまだ、やったことなかったなぁ、と思って」
俺の肩に手を置いて、小悪魔的に首を傾げている紫穂は最強に可愛い。もっともっと紫穂を摂取しようと紫穂のお腹に顔を埋めると、紫穂の甘くていいにおいがして、幸せな気分に包まれた。肩に置かれていた手が頭に移動して、紫穂がするすると俺の髪を梳かしている。あー幸せ、と思いながら、顔を上げて紫穂の顔を上目遣いに覗き込んだ。
「やってないって? いつも祝ってくれてるじゃん」
毎年毎年、俺のために、紫穂が誕生日を祝ってくれている。
それなのに、やったことがない、とはどういうことだ。頭に疑問符を浮かべながら紫穂の返事を待っていると、するり、と紫穂が俺の頬を撫でた。
「……プレゼントは、ア・タ・シ♡って、したことないでしょ?」
ふふ、と緩く口角を持ち上げて笑う紫穂は、もう強烈に可愛くて心臓が潰れるかと思った。
柔らかそうな唇に少しだけ細められた瞳がすごくえっちで、このまま帰って紫穂を堪能したい気持ちでいっぱいになってくる。
「……もう。さっきから可愛いかえっちなことしか考えてないこの頭、どうにかしたら?」
そう言いながらも愛おしそうに俺の前髪を掻き上げて額を撫でる紫穂は、目を細めながらくすくすと笑った。
「紫穂だって、そんな俺のことを可愛いって思ってるくせに」
恋人同士になってから頻繁に行われる表層の透視よみ合い。甘やかな言葉の応酬にふわふわとした気持ちになってくる。甘えるようにぎゅうと紫穂を抱き締めると、ぺちりと額を軽く叩かれた。
「私はお医者様じゃないもの。お医者様がそんなに煩悩にまみれてていいの?」
「煩悩まみれの医者だっているっつーの。俺の煩悩は紫穂に関連することだけだから寧ろ正常」
ニッと笑ってみせると、眉を八の字にして笑った紫穂がそっと俺の頭を抱き寄せた。
「ホント、びっくりしちゃうわ。私のこと好きすぎて」
「マジで好きすぎてどうにかなりそうだ。でも、紫穂サンだってそうなんじゃねぇの?」
再び俺のクセっ毛を撫で付けるようにするすると指を通していく紫穂は、ニコリと笑みを深めて俺を見つめる。
「大好きよ。だから今年の誕生日プレゼントは私なんてどうかしら?」
「……最高」
クラクラと眩暈がするくらいに可愛い俺の彼女の魅力は、天井をぶち破っても留まることを知らず俺を惑わせる。惹かれるままに唇を寄せようと首を伸ばすと、手のひらで防御されてしまって。
「誕生日にとびっきりの私をプレゼントするんだから、今くらい我慢したら?」
「えっ_?!_ 何それ聞いてねぇ_!!!_」
「修二の誕生日まで、イイコトはオアズケ。ね? イイコ、だから」
ちゅ、とまるで子どもにするように、紫穂はその柔らかい唇で俺の額に口付けた。それからゆったりとした動作で俺の腕を解くと、まるで女神が微笑んでいるかのような笑みを湛たたえて、俺から一歩距離を取った。
「私も修二の為に我慢するわ。修二も私の為なら我慢できるでしょ?」
ね、と言い聞かせるように念を押してくる紫穂は、正しく女王様然としていて。
「えぇー……」
がっくりと項垂れながら、それでも諦めきれずに紫穂へ向かって手を伸ばすと、ぴしゃりと叩はたかれてしまう。
「真面目にお仕事頑張ってね、センセ」
ひらひらと手を振って俺の執務室から出ていった紫穂を呼び止めることも出来ずに見送って、嘘だろ、と小さく呟く。
ただでさえ忙しくて紫穂との時間が削られてしょうがないってのに、ひと月近くもオアズケだなんて、そんなん鬼の所業じゃん。
もう一度、嘘だろ、と呟いた俺の声は、俺だけになった静かな執務室の中に飲み込まれていった。

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