「あ!紫穂!ちょっと!」
抑え目の音量で声を掛けられて振り向くと、そこには配膳を終えたのかトレイを脇に抱えた先生が立っていて。
「……なぁに、ホールで呼び捨てにしないでくれる?センセ」
オーダーを取った後、キッチンに向かおうとしたところで先生に呼び止められて、きゅ、と眉を吊り上げてツカツカと寄ってくる先生を見上げた。先生は私の様子に気も留めず、私の真正面に立って私を見下ろしていて。
「ちょっと後ろ向け」
「はぁ?」
「いいから。後ろ向けって」
「ちょっと!何するのよ!」
「いいから。そのまま……」
私の肩を掴んで無理矢理後ろ向きにさせた先生は、トレイを脇に挟んだまま、私の髪に触れた。お団子状に纏めてある髪の毛のひとつに触れて、するりと髪の流れを整えてからスッと抜かれたピンはもう一度別の角度で痛みもなく差し込まれた。
「これでよし。ほどけかかってたぜ。気を付けろよ」
「……言ってくれたら、自分で直せるのに」
「あー……まぁ、そう言うなよ。見かけて気になっただけだからさ」
ポン、と先生は私の肩に手を置いて再び真正面に回った。そろりと先生を見上げると、くしゃりと笑う先生がそこにいて。ぷぅ、と頬を膨らませて赤い頬を誤魔化した。
「あ、ありがと」
おまけに目をそらして少し俯くと、先生のクスリと笑う声が耳に届く。
「なに笑ってんのよ」
「いや?どういたしまして?」
キッと睨み付けると、やけに優しい表情をした先生と目が合ってしまって、またぷいと顔をそらした。
「……君たち……仲が良いのはいいことだけど、そういうことはバックヤードでやってくれ」
呆れたような皆本さんの声が耳に届いてハッとして先生から距離を取る。
「べっ、別に仲良くなんかないわよ!」
「はいはいわかったから。早くオーダー通しに行け」
「ッ!了解っ」
たたっと早足でキッチンへと向かいながら、後ろを振り返って先生に向かって、ベーッと舌を出した。先生は余裕の表情でそれを笑って受け止めて、手を振って去っていく。
「……あれで付き合おうてないなんて、詐欺やろ」
「だよね……漂う空気が男女のソレだよ……」
「一体いつになったらお付き合いされるんでしょうか……?」
「はいはい君たちもホールで集らない。お客様に目を配って」
「はーい……」
そんなカフェは今日も元気に営業中です。
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