「準備、いいか?」
「ええ、大丈夫よ」
静かな部屋に、私たちの息遣いだけが響いている。はぁ、と息を吐いて、心の準備も整えて。
「いいよ、来て?」
少しの恐怖心を誤魔化すようにぎゅっと目を瞑った。
「……痛いと思うけど。できるだけ痛くねぇようにするから」
ちょっとだけ我慢な、と先生は呟いて私の頬にキスをして。
「……いくぞ」
先生の一言にもう一度、はぁ、と息を吐いて、迫り来る恐怖に身構えた。
「力抜けよ。余計痛いぞ」
するり、と腕を撫でられて、ほ、と力が抜けたその時。
「いッッッッッッッたぁぁぁぁぁいッッッ」
「もう終わる!もう終わるから!」
「ムリムリムリムリ早く終わって!!!」
「はい終わった!もう終わった!紫穂ちゃん頑張った!」
カシャン、と注射器がトレイの上で音を立てて、先生がぎゅうと私を抱き締める。
「血はもう止めてあるから。腫れると思うけど数日の我慢だから」
よしよしと頭を撫でてくれる先生に、私もぎゅうとしがみつく。
「嘘つき。超痛かったんだけど」
「いや、流石の俺でも全く無痛にするのは無理だから」
「使えない能力ね」
「これでもできるだけ痛覚刺激しないように打ったんだぜ?その努力は認めてくれよ……」
眉をハの字にして、先生は弱った表情で私を見つめていて。
「まだ腕がジンジンするわ」
「だから、インフルエンザの予防接種はある程度はしゃーねぇんだって……」
最初に痛いって言ったろ、と先生は注射痕を撫でながら呟いた。大人しく撫でられながら、先生の胸に顔を埋める。撫でられているだけなのに、少しずつ痛みが遠退いていく気がして。ほぅ、と深呼吸をしてから先生を見上げると優しい目をした先生と目が合った。もう一度頭を撫でてくれた先生に、ほっこりと心があたたかくなっていく。きゅうと腕の力を強くすると先生の顔がゆっくりと近付いてきて。先生を受け入れようとそっと目を閉じた。
「なぁ、注射を理由に毎回イチャつくの、ホンマ何とかならへん?」
「ホントだよ!それに先生!私たちの時はそんなに優しくないじゃん!容赦なくプスッといっちゃうくせに!」
「そりゃ紫穂ちゃんは特別っていうか……君らに打つときもそれなりに気は遣ってんだぜ?」
「別に注射を理由にイチャイチャなんてしてないわ」
ふん、と鼻を鳴らして先生から離れると、どこが!と二人の大きな声が先生の診察室に響いた。
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