先生なんてもう知らない!

「あ、ねぇ賢木先生! この中だったらどの子が好み?」

薫ちゃんの問いかけに先生が顔を上げる。それにつられるように私も葵ちゃんも薫ちゃんが広げている雑誌に目を移した。

「え……好みって……んな急に言われても」

ついさっきまで任務の打ち合わせしてたハズなのになんでそんな話になってんの? と先生は首を傾げている。

「いーじゃんいーじゃん! もう打ち合わせ終わったし! この子がかわいいなーとかあるでしょ? 教えてよ!」

ねぇねぇと半ば圧を加えるように先生に言い寄っている薫ちゃんと先生の遣り取りに、つい耳を傾けてしまう。
だって、うまくいけば先生の好みのタイプがわかる。こんな貴重な機会を逃すことはできない。女の人なら誰でもオッケー、と言ってもおかしくない女性遍歴を持つ先生だ。どちらかと言えばこっちかな、というフワッとした取捨選択でも知れるに越したことはない。

「えー……つーか待機室に持ち込むには肌色が多くねぇかこの雑誌……」
「だって水着特集だもん。グラビアアイドルじゃないからいーじゃん」
「……そういう問題か?」
「もー! ねぇ早く選んで! 先生はどの子が好み?!」

薫ちゃんがチラリと私に目配せして、ハッと薫ちゃんの気遣いに気付かされる。ありがとう薫ちゃん。今度何でも好きなもの奢ってあげる。
ジリジリと先生に迫る薫ちゃんを見守りながら黙々と先生の答えを待つ。すると、うーん、と唸りながらも雑誌を手に取った先生が、ひとりの女の子を指差した。

「……強いて言うなら……この子、かな?」

先生が指差したのはスラリとしたモデル体型のスレンダーで健康的な美を放つストレートヘアの女の子だった。

「……え……なんか意外……先生もっとセクシーな子が好みなのかと思ってた」

薫ちゃんの呟きが静かな部屋に響く。自分とは正反対のその女の子を見つめながら、結構ショックを受けてしまっている自分を心のなかで笑う。

「強いて言うなら、って話だぞ? 見た目だけで選ぶなんて女の子に失礼だろ」
「うわ……先生がすごくマトモなコト言ってる……」
「はぁ!? ひでぇ言われ方だな!」

泣きたくなるわ! と叫んでいる先生の声を聞き流しながら、雑誌の中で微笑む女の子を見つめる。
見れば見るほど正反対で、何だか性格まで正反対のような気がしてくるのだから恋心というのは本当に厄介極まりない。どうせ自分は可愛くない性格をしているのはわかっている。でも見た目までこうも正反対を示されてしまうと、やっぱり自分はどこまでも可愛い後輩にしかなれないと思い知らされているようだ。

「でも意外やわぁ。ウチも先生は胸の大きい子の方が好みや思っとった」
「えー……? そんなことはないと思うんだが……?」
「男の人は胸が大きい方がエエてよく言うやん? 先生はちがうのん?」
「やー……えーっと……それは、だな……大きさでどうこういうモンでもないっつーか……」

葵ちゃんにまっすぐな目で見つめられて先生はオドオドしている。誤魔化さなくてもいいのに。ハッキリ華奢な子の方が好みと言ってもらった方がスッキリする。

「ほんなら先生はウチみたいに控えめなおっぱいの女の子が好き、ってコトなん?」

どこか自分のコンプレックスを払拭したいという希望を抱きキラキラとした目を先生に向けている葵ちゃんが身を乗り出して先生に問いかけた。先生は若干顔を引き攣らせながら葵ちゃんに圧されて身を引いている。あー、とか、うー、とか答えづらそうにしている先生の姿に耐えきれなくなってガタリと立ち上がった。

「ゴメンナサイ。私、用事思い出したから。ちょっと出てくるわね」

にこりと微笑んでパッと待機室を飛び出す。
これ以上聞いていられない。ハッキリ断罪されてしまえば諦めもつくのに、決定的な答えを聞くのが怖くて逃げ出してしまった。行く当てもなく廊下を早足で進んでいく。薫ちゃんの気遣いを無碍にしてしまった。葵ちゃんもうまく先生の本音を聞き出そうとしてくれたんだと思う。答えが思わしくなかっただけで。
わかってたことじゃない。どれだけ背伸びしたって、自分は先生の範疇には入れないってこと。
じわりと浮かんできそうな涙を堪えるように眉間に力を込めると、紫穂ちゃん! と後ろから声を掛けられて思わず足を止めてしまう。こんな簡単に反応を示してしまう自分の身体に嫌気が差す。振り返らずにそのまま無理矢理歩いていこうとしたら引き留めるように手首を掴まれてしまった。

「紫穂ちゃん」
「……なに? センセ」

ハァハァと荒い息を整えている先生に尖った低い声で返事する。
なんでそんな私を追いかけてきたみたいな態度なの。私のコトなんて放っておいてくれればいいのに。
手を引いて振り払おうとしても思ったより強く掴まれた手はなかなか解けてくれない。自分で解くことを諦めて眉を寄せたまま先生を振り返ると、困ったように眉を下げてじっと私を見つめる先生と目が合った。ドキリとして目を逸らすと掴んでいた手首を離してそっと手を掴み直した先生がふるふると首を振った。

「誤解、なんだ」
「……え?」
「えっと……だから、その……誤解、なんだよ」
「はぁ? 何が言いたいの?」
「だからぁ! あれはホント何て言うかちゃんと答えたら俺の好きな子が誰かなんてすぐバレちゃうじゃん! だからできるだけ特徴を外した子を答えただけで! 俺の本音を答えたわけじゃない!!!」

顔を真っ赤にしてわーっと叫んでいる先生の言葉を処理しきれずに首を傾げていると、更に顔を赤くした先生が唇をわなわなと震わせながら再び叫んだ。

「俺は! おっぱいの大きさで女の子の魅力が決まるなんて思ってないのは本当! でもたまたま好きな子がおっぱい大きかったら嬉しいし、たまたま好きな子がめちゃくちゃおっぱい大きいからっておっぱいでその子を好きになったわけじゃねぇし! とにかくその子のことが好きなのは見た目で選んだワケじゃなくてその子の全部を知った上で好きになったっていうか! えーっと、だから、その……あーもう! 俺が本当に好きな子はふわふわで淡い色でできてて抱き締めたらポキッと折れちゃいそうなくらい細いくせに全体的に柔らかそうで寂しんぼで甘えたなクセめちゃくちゃ意思の強い目で俺のコト見てくる小柄で笑った顔がとにかく可愛い……そんな子なの!」

わかったか! と若干キレ気味に私に訴えた先生は見たことがないくらいに顔を真っ赤にして私を睨みつけている。こんこんと訴えられた内容をじわじわと頭が処理しはじめて、ぼんやりとその人物像を描写し始める。もやもやと形作られたその姿にキッと眉を吊り上げて思い切り先生に噛み付いた。

「先生のバカ! おっぱい星人! 誰よその女! 私そんな人知らないわ! なんでわざわざそんなこと聞かされなきゃいけないの! 私は好みじゃありませんってハッキリ言えばいいでしょう!? もういい! 知らない! 私帰る!!!」

ワーッと涙目のまま先生に叫んで先生に背を向ける。そのまま手を解いてズンズンと歩き出せば後ろで先生が喚き始めた。

「ハ? マジかよなんでこれでわかんねぇの!? ちょっと待てオイ紫穂俺を置いてくなちゃんと話を聞けって!」
「イヤよ! 先生の話を聞かなきゃいけない義務でもあるわけ? 私のコトはもう放っといて!」
「ふっざけんな放っとけるかよこの状況で! いいか! 俺の好きな子はなぁ!!!」

早歩きしてその場を立ち去ろうとする私の隣に並んで追いかけてきた先生は、私の肩を掴んで無理矢理身体を向き合わせた。キッと眉を吊り上げて私の顔を睨みつける先生を涙目のまま睨み返す。なんでそんなの直接聞かされなきゃいけないの、と恨みを視線に込めて次の言葉を待っていると、しおしおと勢いが削がれたように眉を下げた先生は真っ赤な顔のまま力無く呟いた。

「……紫の髪の、女の子だ」

まるで頭から湯気が出てるんじゃないかというくらいに顔を赤くした先生は、私の視線に耐えられないとでもいうように視線を泳がせながら目を逸らしてしまう。それを訝しむように見つめてからきょとりと首を傾げて答えた。

「……誰よソレ。そんな人いた?」

眉を寄せて先生を見つめると、ぎょっと目を見開いた先生が驚きのまま口を開いた。

「おい、嘘だろ? これでわかんねぇのかよ? ほぼ答え言ったじゃん? なんでわかんねぇの?」
「はぁぁ? 私のことバカって言いたいの? 先にバカって言った方がバカなんですー!」
「なっ!? そんなん言ってねぇよ! それよりねぇマジで? マジでわかんねぇの? ホントに?」
「ふざけないで! わかんないって言ってるでしょ!? もーいい! 知らない! どうせ私がバカなんです!!!」
「いやだからバカなんて言ってねぇし! ちょっと待てホントにわかんねぇのか!?」
「ついてこないで知らないわかんない先生のバカ!!!」
「マジかよなんでだよわかれよほぼ答えだぞ!!!」
「わーわーわー聞こえません知りません私じゃないってことだけはよくわかりましたさようならお元気で!!!」
「なんっでだよ嘘だろ信じらんねぇ俺がこんだけ言ってわかんねぇってどういうことだちょっと俺を置いてくな紫穂!!!」

ぴゅーっと廊下を駆け抜けて逃げようにも先生の方が足が速くてすぐに追いつかれてしまう。もうやだもうやだと心の中で叫びながら懸命に足を前へ前へと動かし続ける。お互い息を切らしながら捕まるわけにはいかないとしばらくバベル中を追いかけっこして回った。
その後、皆本さんに捕まってこってり絞られた後、喧嘩の原因を問い質されて先生の本当に好きな人が判明するのは、また別のお話。

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