「松風の作戦、聞いたんだろ?」
「ええ。」
サイコメトリーを使った形跡がないのに、どうしてここがわかるのかしら。
一人、海を見つめていた私の横に、先生がさも当然かのように並んで立つ。
「あいつの作戦、どう思う?」
「…いいんじゃない?なかなか良い線いってると思うわ」
ザァッ、と船が波を切る音が沈黙を支配する。
はぁ、と先生が溜め息を吐いて私に困った笑顔を見せた。
「…こんな時くらい、俺と離れて、寂しいとか言ってくれよ。」
「なに言ってるの?寂しいとか、バカじゃないの?」
これは作戦なのよ、と自分にも言い聞かせるように強く言い放つ。
先生が、こちらをじっと見つめている視線が、いたい。
「…俺は、皆本も大事だけど、紫穂だって大事だ」
「私はッ!」
先生の言葉を遮るように叫ぶ。
苦しくて、眉間にシワが寄るのがわかる。
それでも、強く、先生を見つめ返した。
「私は、先生みたいに割りきれない」
しんとした空気に、はりつめた私の声が響いて。
冷たい風が、私たちの間をすり抜けていく。
「…私は一生、先生の中の皆本さんに嫉妬するし、薫ちゃんの側から離れることも出来ない。」
どっちつかずな自分。でも、両方の手を繋いだら、私の身体はきっと、裂けてしまう。
大切な人を全部抱え込んで守れるほど、強くない。
「…私たちは、所詮、ひとりぼっちなのよ。」
「そんなことねぇよ。俺が側にいるだろ?」
「サイコメトラーなんて、実戦でなんの役にも立たないのは、先生だってわかってるでしょう?!」
私は薫ちゃんと肩を並べて戦えない。私には、私自身にはその力がない。
それでも、と思う。
側にいて、一人じゃないんだと、私が側にいるから、と伝えてあげられることはできる。
結局、私は薫ちゃんを一人にしておけない。一人残して死んだりできない。
その時が来たら、先生じゃなくて、私は薫ちゃんを選ぶだろう。
「たとえ何もできないとしても、先生は皆本さんの側にいるべきよ。もし必要なら一緒に死ぬのが先生の仕事。」
皆本さんを、一人にしちゃダメ、と先生に訴える。
一歩分離れていた距離を詰めて、先生に軽く拳をぶつけた。
「今度こそ、皆本さんのこと、頼んだわよ。」
先生を強い目線で睨み付ける。
先生は、ぶつけた私の拳を掴んで、力強く握り締めた。
「ああ、わかってる。」
もう、次はねぇからな、と先生が空を見上げながら呟いた。
「…紫穂も。生きろよ。」
先生は笑顔を消して、真剣な表情で私を見つめる。
私はそれに、笑って頷いた。
先生は満足したのか、おやすみ紫穂、と一言だけ残して去っていく。
私はその大きな背中が見えなくなるまで、じっと見つめた。
お願い、私の透視える範囲で死なないでね。
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