「え? アレ? 今日迎えに行くって言ってたよな? とりあえず……おはよう?」
わけがわからない、と言った顔で玄関に立っている先生を部屋の中に押し戻しながら自分も無理矢理部屋に上がり込む。
「……おはよ。気分が変わったの。それだけ」
ダルい身体を何とか動かしながら、先生の背中を押してリビングへと進む。突っ立っている先生をそのままにして私はソファへと腰掛けた。ふぅ、と息を吐いて身体の力を抜くと、眉を寄せた先生が私の前にしゃがみ込んでそっと額に手を当てる。表情をほんの少し険しいものに変えた先生は、肩を竦めて私の横に座った。
「体調悪いなら言えよ。デートより身体の方が大事だろ?」
「でもッ! 今日は久々に一日一緒にいられるのよ!? 鎮痛剤なら飲んできたし、ちょっと我慢すれば大丈夫だから」
だから大丈夫、と小さく呟けば、あからさまな溜め息を吐いた先生が私の顔を覗き込んだ。
「……だから無理して俺の家まで来たのか? 予定通り待ち合わせても俺が車で君を家に送り帰すと思ったから?」
自分の浅はかな魂胆を先生に言い当てられてしまって、じわ、と視界がぼやけてくる。この時期は独特の情緒の乱れに振り回されてしまってダメだ。いつもなら泣いたりしないしパッと言い返すところなのに。はやくいつもみたいに言葉で言い負かしてしまわないと、折角の一緒に過ごせる今日一日を無駄にしてしまう。
「……私なら大丈夫だから。ね? 今日会えるの、本当に楽しみにしてたの。だから、お願い」
先生の手をぎゅっと掴んで顔を俯ける。目尻に堪った涙が零れてしまわないようにきゅっと目を瞑ると、先生のあたたかい手が頬に触れて、そろりと私の顔を持ち上げた。
「泣くなよ。俺も楽しみにしてたんだから。何も、折角来てくれたのに、紫穂を追い返したりしねぇさ」
な? と宥めるように言った先生は、優しく笑っていて。ポンポンと大きな手で頭を撫でてくれた。
「んー……でもさ。紫穂、貧血でフラフラだろ? 今日は出掛けるの止めて、お家デートにしようぜ?」
たまにはそういうのもいいだろ? と先生はそのまま私の肩を抱くようにしてソファに腰掛ける。あたたかい手で肩を優しく撫でられて、身体に入っていた力を抜いた。そのまま先生の身体に凭れると、先生は嬉しそうに笑って私の肩を抱き寄せた。
「ちょっと待ってろ。あったかいミルクティー淹れてきてやる」
私の頬に軽く音を立てて口付けた先生は、パッと立ち上がってキッチンへと向かう。どうやら追い返されることはないとわかって、ホッとソファの背凭れに身体を預けた。そのままズルズルと身体が横に倒れてしまいそうなのを何とか持ち堪えながら側に置かれたクッションを抱き締める。綿がしっかり詰まっているのに柔らかいソレは抱き心地が良くて、身体が辛い今の私に優しさを分けてくれているようだった。埋もれるようにその大きなクッションに顔を埋めていると、コト、とテーブルに何かが置かれた音がしてそろりと顔を上げる。
「……お待たせ。ミルク多めのアッサムティーだ」
「……アリガト」
「どういたしまして。でさ、どうせ甘えるならこっちにしない?」
そう言ってどこからか持ってきた毛布をバサリと広げた先生は、それを自分の肩に掛けてマントのようにしてから悪戯っぽく微笑んだ。
「え?」
「ちょっと失礼」
私の隣に腰掛けた先生は、よっと、と小さく声を上げて私を横から抱きかかえる。突然のことにされるがままになっていると、先生の膝の間に座らされて、抱えていたクッションを取り上げられてしまった。
「あ、クッション!」
「クッションよりもあったかいと思うぞー?」
先生に批難の声を上げると、にこにこ笑った先生がすっぽりと包むように私を後ろから抱き竦めた。そのまま毛布で二人一緒に包まるように前を合わせて、先生の手が私のお腹を優しく撫でる。大きくてあたたかい手のひらが心地よくて、つい、先生の胸に凭れると、先生は少しの隙間も許さないと言うように私の身体を抱き寄せた。ぴっとりとくっついた背中から伝わってくる熱も気持ちいい。何だかぴりぴりとしていた身体が解れていくようで、思わず体重を先生に預けた。
「……ねぇ、何かしてる?」
うっとりと目を閉じながら問いかけると、先生はクスリと笑ってぎゅっと私を抱き締めて。
「なんもしてねぇよ? あっためてるだけ」
今日は君の湯たんぽになってやる、と嬉しそうに笑った。
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