美味しそうにパンケーキを食べる紫穂ちゃんをしっかり堪能させてもらって、紫穂ちゃんが化粧室に行っている間に会計を済ませる。
時間的にも、ここらへんが限界。
紫穂ちゃんを送り届けなきゃいけねぇし、これ以上、一緒にいる時間を引き延ばすネタがない。
「おまたせ」
「…じゃあ、行こっか」
ああ、デートが終わってしまう。
俺ばかり舞い上がって、空回りしていたような気がしてならない。
マジで落とし神の名が泣くぜ。
いや、俺は今までここまでの大本命に出会ったことがなかったんだ。
大本命相手には、男なんて皆こんなもんなのかもしれない。
カフェを出て歩き出そうとすると、少し膨れ面の紫穂ちゃんが立ち止まってこちらを見ている。
ここにきて機嫌を損ねるようなことをしちまったか、と焦るが、店を出たばかりで身に覚えがなく困惑していると、紫穂ちゃんが、ん、と手を差し出した。
「…?」
「…エスコートしてくれるんじゃなかったの?」
プイッとそっぽを向いた紫穂ちゃんの頬は、少しだけ赤く染まっていて。
差し出された手を、まるで壊れ物を扱うようにそっと捕まえる。
華奢な指先に愛しさを感じながら、味わうように指を絡めた。
「…そうだったな」
食事もしない、酒も飲まない、キスもしない、セックスもしない、そんなデートが成立するなんて、多分、前の俺じゃ想像もつかなかった。
それが、手を繋ぐだけで、こんなにもあったかくなれて、切なくて、甘い気分に浸れるなんて。
きっと、繋いだ手から、俺の溢れてしまって仕方がない気持ちは、紫穂ちゃんに伝わっちまってるだろう。
ただ、二人でこうして歩いているだけで、充足感に満たされるなんて。
こんな、恋を、俺は、知らない。
車で紫穂ちゃんのご実家へ移動する。
二人とも、移動中は終始無言だったけど、切なくて、でも、何だか甘くて。
この時がずっと続いてほしいと、やっぱり心から願ってしまう。
「今日はありがとう。楽しかったわ」
車から降りようと、ドアに手を掛けた紫穂ちゃんが、後ろ姿のままで言った。
その後ろ姿に手を延ばすこともできないで、ハンドルを握り締める。
「…また、行こうぜ」
やっとの思いで吐き出した、次へと繋げる言葉に、紫穂ちゃんはこちらへ振り向いて、柔らかい笑顔を見せた。
「…またの機会があればね」
昼間と同じセリフに、胸が高鳴る。
「ああ、また、誘うよ」
次の誘いを許してもらったと確信して、紫穂ちゃんに向けて、甘い声で囁く。
くすぐったそうに、でも満足そうな笑顔を浮かべた紫穂ちゃんは、じゃあまた明日ね、とドアを開けて車から出ていった。
それに向かって、俺もじゃあな、と手を振る。
紫穂ちゃんは門の前に立って、こちらに向かって小さく手を降ってから、家の中へと入っていった。
また明日会えるのに。
もう会いたい。
今日紫穂ちゃんと繋いだ手のひらを見つめて、ぎゅっと握り締めてから、車を発進させた。
明日から、もう、普通になんて戻れない。
「俺とデートしてよ、紫穂ちゃん」
いつものように紫穂ちゃんを訪ねて、いつものように紫穂ちゃんに声を掛ける。
いつもと違うのは、紫穂ちゃんの口が緩く弧を描いていること。
どうか、ああ、どうか。
次の機会が、すぐに訪れますように。
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