2021年20号の幕間 - 1/2

「もう誰も止められないわよ」

意思の強いまっすぐな目に、はぁ、と肩を落とす。

「……わかってる。言われなくてもな」

組んでいた腕を解いてそっと帽子の位置を崩さないように頭を撫でてやると、前髪で表情を隠すように俯いた紫穂ちゃんが小さく震える唇を動かした。

「薫ちゃんは、覚悟を決めたの。だから、私も行かなくちゃ」

素直に表情を見せてくれないけれどいつもより遙かに硬い声に溜め息を吐いた。顔を見せなくたってどんな表情をしているのか、俺にはわかってしまうってコトも忘れるくらい思い詰めているんだろう。そもそも、透視なんてなくたって、今この子がどんな顔をしているのか想像できるくらいには、俺はこの子に心を砕いているつもりだった。

「……そんな顔するくらいなら、最後まで足掻けよ。前にも言ったろ? もっと周りに頼れ」

負担にならないように、柔らかい声色を使って、大丈夫だと言い聞かせるように華奢で丸い肩を撫でるようにそっと叩いた。

「俺だって誰かが悲しむ未来なんてゴメンだからな。最後まで足掻いてやるよ」

もう一度トンと軽く肩を叩いてからふてぶてしく口角を持ち上げてニヤリと笑う。それから穏やかに表情を緩めて、丁寧にひとつだけ深呼吸をした。俯いたままの紫穂ちゃんをじっと真剣に見つめて口を開く。

「君が本当にしたいことを言ってみろ」

静かに告げたその言葉に、ハッと紫穂ちゃんが俺の目を見つめる。きらきらと大きく揺れている瞳に頷いて、先を促した。

「……お願いが、あるの」

きゅっと寄せられた眉が、切実な想いを俺に訴えかけてくる。それにもう一度だけ頷いて、紫穂ちゃんのお願いに耳を傾けた。

「薫ちゃんを止められるのは……もう、きっと、皆本さんだけだわ。私たちには無理なのよ」

そこまで言って、一度苦しそうに目を瞑った紫穂ちゃんは縋るように俺の服の裾を掴んで俯いた。

「私は薫ちゃんが死ぬなんて絶対イヤなの。たとえ世界が崩壊するのだとしても、薫ちゃんが死ぬくらいなら世界が崩壊する方がマシよ」

切々と訴えてくる言葉に耳を傾けて、細い指先に手を重ねた。

「薫ちゃんが死ななきゃいけないなら私が代わりに命を捧げるわ! でもそれじゃあ何も止められない!」
「……うん」
「薫ちゃんの暴走を何としても止めてほしいの! 自爆とか相打ちとか、薫ちゃんがいなくなるのだけは絶対イヤ!」

ぎゅう、と服に食い込む指先を宥めるように撫でてやりながらそっと指を解いて手を握った。重ねた手にきゅうと力がこもる。応えるように優しく手を包みながら、ずっと堪えていたのであろう悲しみを労るように微笑んだ。

「何度も言ってるが俺たちに任せろ。策がないわけじゃないんだ。俺と皆本を信じてくれ」

でも薫ちゃん不安定なままじゃない! とキッとキツい目が俺を見上げて、思わず苦笑いを溢した。

「俺たちだって何も考えてないわけじゃないし、手の打ちようがなくてお手上げ状態、ってわけでもねぇんだ。まだやれることはある。だから君は君のしたいように動け。俺がそれを支えてやる」

本心からのその言葉を伝えてやれば、クッと涙を堪えるような目をして紫穂ちゃんは俺に言い募った。

「絶対よ! 絶対だからね!? 今度こそ死亡フラグなんて立てたら許さないんだから!!!」
「おう! 任せろ」

ニッと笑って返事してやると、バシンと胸板を思い切り叩かれた。いてぇ! と叫んだときにはもう、あの子は俺に背を向けて、ズンズンと歩き出していた。

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