ハッピーハロウィン?

コンコン、と軽いノックの音が聞こえて、どうぞ、と姿勢を正しながらドアの向こうに声を掛けた。さて今日の患者第一号はどんな患者だ? と身構えつつドアに視線を向けるとカラリと軽やかに引き戸が動いた。

「こんばんは?」
「え? 紫穂ちゃん?」

カラカラと扉を閉じながらにこやかに近付いてきた紫穂ちゃんは、そのままストンと患者が座る椅子へと腰を下ろした。フリルたっぷりのドロワーズが見えるくらいに短いスカート丈と、肩と腕が露出した黒い魔女の衣装に身を包んだ紫穂ちゃんは、ニコニコと笑いながら小首を傾げた。

「……どうした? 体調崩したのか?」

今日は皆でハロウィンパーティじゃなかったか? と眉を寄せてクルリと椅子ごと向き直れば、ふるふるととんがり帽子の頭が横に揺れた。

「センセイ、ひとりで寂しいんじゃないかと思って。遊びに来てあげたの」

にんまりと口角を上げた紫穂ちゃんに、眉を八の字にして軽く息を吐く。

「あー……こういう日はさ、馬鹿やって大怪我したりする人がいるから。お医者さんは忙しいんだよ」

俺の言葉に、ふぅん、と小さく相槌を打った紫穂ちゃんに、ふわりと笑って微笑みかける。

「でも、アリガトな。気にしてくれて。衣装似合ってる。直接見れて良かったよ」

皆本に写真は頼んでいたけれど、実際に彼女の仮装が見れて嬉しい気持ちを素直に伝えると、更にふぅん、と呟いた紫穂ちゃんは首を傾げてじっと俺を見つめてくる。

「……え、なに? どした?」
「センセイ、こういうお祭りって積極的に参加してそうだから。なんか意外だなって」
「……まぁ、仕事だからな。参加できるに越したことはねぇけど、今日はしょうがねぇよ」

そう言って再び笑いかけると、紫穂ちゃんはふぅん、ともう一度呟きながら立ち上がった。

「……気分だけでも満喫したら?」
「え?」
「トリックオアトリート?」

スッと差し出された手は黒い手袋に包まれていて、彼女の白い肌を隠している。一瞬だけ目を見張ってから、クス、と笑って白衣のポケットを探る。

「……ほい。飴やるよ」

お洒落なお菓子じゃなくて悪いな、と言いながら紫穂ちゃんの手を取ってそろりと手のひらにキャンディの包みを載せる。きょとんとした顔を浮かべた紫穂ちゃんを笑いながら、そっと手を離した。

「子どもの診察もするからな。飴はいつもポケットに入れてんだ」

コロリ、と紫穂ちゃんの手の上で転がる飴について説明すれば、紫穂ちゃんはぷぅと頬を膨らませてジトリと俺を睨み付けた。

「……つまんない」
「は? お菓子が欲しかったんじゃないのか?」
「……折角だからイタズラしようと思ったのに」

先生ホントつまんない、と繰り返す紫穂ちゃんに眉尻を下げて表情を緩める。

「イタズラしたかったのか?」
「……当然でしょ。イタズラして先生を困らせることができるんだったら、する以外に選択肢はないじゃない」
「ハハ……」

顔を引き攣らせながら乾いた笑みをこぼすと、もぅ、と頬を膨らませて紫穂ちゃんは腕を組みつつ不満を前面に押し出してくる。普段大人びて冷静な彼女が、そんな風に子どもっぽく頬を膨らませているのが何だか可愛く思えて、キシ、と椅子の背凭れに身を預けながら微笑んだ。

「じゃあ……していいよ。イタズラ」

ちょうど今患者さんもいねぇし、と続けると、目をキラキラさせた紫穂ちゃんがバッと身を乗り出した。

「いいの?!」
「お、おう……べ、別に、イイ、ぞ?」

紫穂ちゃんの勢いに若干身を退きながら答える。すると紫穂ちゃんはにんまり笑って身体を起こした。

「じゃ、遠慮なく。センセ、目閉じて?」
「ん? あぁ……」

こうか? と問いかけると、じっとしててね、と紫穂ちゃんの声が届いて。お? と思っている間に紫穂ちゃんの手が俺の肩に乗せられた。あー、落書きでもされんのかな、と大人しくしていたら、自分のじゃない熱い吐息を肌に感じる。ん? と思った瞬間には唇に柔らかくて薄い皮膚の感触を感じていた。

「……は?」

すぐに離れていったソレを追い掛けるように紫穂ちゃんへ手を伸ばしながら目を見開く。俺の腕が捕まえた腰はびっくりするくらい細くて、今にも折れそうだった。

「え? ちょ、紫穂ちゃん?」

動揺を隠しきれないまま表に出すと、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる紫穂ちゃんが俺に絡め取られるがまま俺の膝に乗り上げてくる。

「……イタズラ、大成功?」

緩く目を細めて紫穂ちゃんが俺の首に腕を絡めながら微笑む。

「ちょ……え? えぇー……」

きゅう、と抱き付いてくる紫穂ちゃんの背中に手を回しながら赤い顔を誤魔化すようにぎゅっと抱き締め返した。
何だよソレ。可愛すぎだろ。

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