だから何度も言ってるじゃん。あの二人はアレで付き合ってないんだって!(byティム)

「あっ、ねぇ! 次はアレ行きたい!」
「おー、いいぜ。行こう行こう」

んじゃ俺らちょっと行ってくるわー、と紫穂ちゃんとともに向こうのウォータースライダーへ歩いていく賢木先生の背中にヒラヒラと手を振った。ジュ、と全部吸い終えたフローズンレモネードのカップをぐしゃりと潰して近場のゴミ箱に捨てる。俺も松風を誘ってなんか凶暴なスライダーでも楽しんじゃおっかなと元の場所へと戻ると、なぜかウズウズした表情をした薫ちゃんが恐る恐る口を開いた。

「ね、ねぇ? ティムと松風くんってあの二人と最近よくプール行ってるよね?」

自分の名前が出たことでスマホをいじっていた松風も顔を上げて薫ちゃんの方を見ている。

「あー、うん。賢木先生に誘われるからね? 仕方なく」
「ちょっと聞きたいんだけど……紫穂と賢木先生って」
「付き合ってないよ」
「嘘!? アレで!!!」

質問を全部言い終える間も与えられないくらい間髪入れず返された松風のひと言に、薫ちゃんは大きく目を見開いて驚いている。俺と松風はもう疑問に思うことすら面倒になっているからあの二人が付き合っていようが付き合ってなかろうがどうでも……いや、関係なかった。まぁでも異常に思うのは仕方がないと思うくらいに二人の距離感がおかしいのはわかってる。

「付き合ってないし、どこからどう見ても恋人ムード全開の二人だけど本人たちは全然それに気付いてないっていうか。賢木先生は若い彼女とイチャイチャできていつも浮かれてるし、紫穂ちゃんは賢木先生相手だと素直に甘えるし。でも本人たちが付き合ってないんだから周りがどうこう言っても仕方ないんじゃないの?」

三角座りをした膝の上に顎を乗せつつ、あー俺もせっかくだから彼女と来たかったなあ、とぼやく。

「雪乃ちゃん今日は任務だったっけ? まだ一緒に来れるだけいいじゃないか、僕は理解はあるけど一般人の彼女だからこのバベル面子だと一緒に来れない」

ポイとカバンの中にスマホを放り込みながら、俺と同じように、あーあ、と肩を落とした松風に、好きだった子の前でそれ言っちゃっていいの? と眉を寄せる。でも心配したのは一瞬だけで、薫ちゃんは皆本さんとうまくいってるんだしそれでいいのか、と思い直した。

「付き合ってへんのは紫穂から聞かされとったけど……実際目の当たりにするとちょっと心配になってくるなぁ……」

ほんの少し頬を染めながら二人が消えていった方へを視線を向ける葵ちゃんに、バレットがあわあわと身振り手振りで葵ちゃんに声を掛ける。

「き、きっと! 賢木先生も何かお考えがあってのことだと思います! あんな恋人に向けるような顔、紫穂どのの前でしか見せないですし!」
「……まぁ、確かに。そうやなぁ」
「あ、葵どの! 考え過ぎはよくないです! もし良ければ! さっき賢木先生が紫穂どのにしていたヤツ! 俺もできますから! 俺ならもっと楽しませられます!!!」
「……ホンマ? ウチ、アレ、ちょっとだけ羨ましいなぁ思ててん」
「本当ですか! じゃあ今すぐやりましょう!」

是非是非! と葵ちゃんの手を取ってプールの中へと飛び込んでいったバレットに、周りの迷惑にならないようにしろよー、とどうでもいい声を掛けた。

「……なんかさ、ティムと松風くんがあんまりにも普通に受け流してるからどういう反応したらいいかわかんなくなっちゃってたんだけど……やっぱり、女の子を背中に乗せて泳いでいいのは彼氏である男の子だけ……だよ、ね? 私の感覚がおかしいんじゃなかったらさ、皆本とはソレやっていいと思うけど、松風くんとかティムとソレやっていいのはよっぽどの緊急事態しか有り得なくない……? え……? 私の感覚がオカシイのかな……?」
「……いや。明石の感覚が正しいと思う。俺たちは慣らされて感覚が麻痺してるだけだ」

松風の冷静な返答に、薫ちゃんに男として意識されてる部分には反応しないんだ? と様子を窺いながら、キャッキャと楽しそうに戯れているバレットと葵ちゃんを見つめた。

「そうだよね。俺たちはもう、あの二人が付き合ってるかどうかはどうでもいいっていうか」

追求するだけ無駄なんだ、と何もかもを諦めたように呟く。あの二人は多分もうそういう次元じゃないんだよ。俺たちの理解の範疇を超えている。

「……僕も、賢木に聞いたことがあるんだ。一体いつになったら正式に付き合うんだって」

いつの間にか薫ちゃんの新しいドリンクを手に戻っていた皆本さんが遠い目をして口元だけで微笑んだ。

「そしたら何て答えたと思う? 俺と紫穂ちゃんが付き合う? お前何言ってんの? って僕の頭がオカシイみたいな扱いを受けた」

ハハ、と気の抜けた笑い声を漏らしながら、皆本さんは薫ちゃんの隣に座った。俺と松風は顔を見合わせて、でしょうね、と死んだ魚の目で頷くしかできない。

「ねぇ、ちょっと待って。本当に理解が追いつかない。あの二人はいつもあんな感じなの?!」
「そーだよ」
「もっとイチャイチャしてる時もあるな」

今日はまだ六割くらいかな、と口に出さずウンウンと頷いていると、バン! と床を叩いた薫ちゃんが耐えられないといった様子で顔を顰めて叫んだ。

「嘘でしょ!? 賢木先生は紫穂と付き合ってないのに紫穂のおっぱいの柔らかさを知ってるワケ?! 紫穂もそれを許しちゃってるの!? そんなの私が許せない!!!」

怒りなのか嫉妬なのかよくわからない感情を露わにして叫んでいる薫ちゃんに、ハァ、と肩を落としながら呟いた。

「……もっと言うと、賢木先生は紫穂ちゃんの腰の細さも知ってるよ。この前さりげなく腰抱いてるの見ちゃった」
「あー、それだったら俺は手を繋いでるの見た。透視で会話してたわけじゃないらしい。なんなら見つめあって額も寄せてたな」
「嘘でしょぉ!!!」

どうしちゃったのよ紫穂! あの誰も寄せ付けない紫穂が! どうしちゃったのよぉ!!! と泣きそうな勢いで叫んでいる薫ちゃんを、皆本さんが眉を下げてドウドウと慰めている。
そもそも、なんで賢木先生が最近しょっちゅうプールに行きたがるのかは『自分が選んだ紫穂ちゃんの水着がめちゃくちゃ似合ってて可愛いって自慢したいから』って知ったら、すげー燃料投下になって薫ちゃんがプールを破壊しかねないだろうなと思って黙っておくことにした。

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