イエローマゼンダ・シンドローム - 8/11

「遅ぇーな、紫穂…」

携帯に表示された時計を確認してメールが届いた時間から、経過時間を逆算する。
おかしい。
メールが届いてから十五分は経過している。
いつも通りであれば、十分もしない内にこのメインストリートに現れるはずなのに。
嫌な予感がする。
がちゃり、と車外に出て、校門の守衛に声を掛けた。

「オジサン、もう授業って終わってますよね?」
「いつもお迎えご苦労さん。確かに授業は全部終わってるねぇ」

すっかり顔を覚えられていることに苦笑しながら、もう一度メインストリートに目を遣ると、いつも紫穂が出てくる時に一緒に出てくる顔がちらほら見えた。
やっぱりおかしい。
何故紫穂は出てこない?

「オジサン、ちょっと校内入ってもいいですか?」
「あー…流石にそれはちょっとなぁ…今物騒なんでねぇ」
「そこを何とか!」
「…よし、わかった。俺と一緒に見廻りするんならいいよ!」

丁度交代の時間だしな、とオジサンが懐中電灯を片手に守衛室から出てくる。
そのタイミングで交代の守衛さんがやって来て、また、お迎えご苦労さまです、と挨拶をされて思わず苦笑いしてしまった。
さぁ行こうか、とオジサンに声を掛けられて一緒に歩き始める。

「もしかして、俺って有名人だったりします?」
「ああ。どえらい男前のにぃちゃんとどえらい美人の学生さんのカップルってな。守衛の中じゃああんたら二人は有名人さ」
「…そっすか」

たはは、と恥ずかしい事実に照れながらもしっかりと暗闇に目を凝らして何かしらの痕跡を探す。
何かに巻き込まれてまだ学内に留まっているのか、それとも飯塚くんあたりに捕まっているのか。
その後の連絡を寄越さないということは、紫穂の身に何かが起こった可能性が高い。
かすかな痕跡も見逃さないように集中していると、丁度メインストリートを曲がった角のところが影になっていることに気付いた。
何となく何かがあるような気がして、オジサンに足元を照らしてもらう。
何か落ちてねぇかと屈んで辺りを見回すと、キラリと光が反射するものが視界の端に写って。
溝の奥に挟まるようにして転がっていたそれに、何とか腕を伸ばして引っ張り出す。
何だか手に馴染みのある感触に、取り出したモノを見てみると。

「…何でコレがここにあるんだ!?」

紫穂に手渡したはずの小型ワイヤーガンがコロリと俺の手の中で存在を主張する。
キィンと力を発動させてみると、紫穂が飯塚にスタンガンで気を失わされたところが透視えて。

「あんのヤロォ…」
「どうした?にぃちゃん」
「賢木修二、解禁!」

ぎり、と奥歯を噛み締めながら地べたに手をついて、飯塚の足取りを全力で透視する。
キィィィンと大学内のマッピングを進めながら、ヤツの足跡を追っていった。

「オジサン、ここから南の方角に出入口ってあるか?」
「業者用の通用門があるけれど?それがどうかしたのかい?」
「彼女がそこから連れ去られた可能性がある」
「ええッ!」

驚くオジサンを尻目に、透視み取った通用門周辺の地図を頭に叩き込む。

「…アンタ、エスパーなのか?一体何者なんだい?」

ゆっくりと立ち上がってワイヤーガンをぎゅっと握り締める。
空いた方の手でポケットの中から局員証を取り出し、オジサンに見せた。

「バベルの特務エスパーだ」

飯塚はどうやらもう学内には居ない。
そして、これ以外に他の痕跡は見つからない。
紫穂にも痕跡を残す余裕がなかったところを見ると、ものの十分程度で紫穂を連れ去ったんだろう。
時計を見ると、まだ時間はあまり経過していない。
ひょっとしたら、通用門の方に飯塚自身が遺した痕跡が見つかるかもしれない。

「オジサン、ありがとな。悪い方の勘が当たったわ」

局員証を仕舞いながらオジサンに軽く頭を下げる。
びっくりして固まったままのオジサンが慌てて敬礼をしているのを流し見ながら、元来た道を駆け出した。

「け、警察に連絡しなくていいのか?!」
「バベルで捜査回すから後でいい!」

駆け出した俺の背中に叫んだオジサンを振り返りながら、軽く手を振る。
警察なんて呼んでる場合じゃない。
まずは皆本に連絡して、それから。

「アイツ、やっぱり何か裏があったんだ」

警察のトロイ捜査に任せて飯塚に時間を与えてしまったら、紫穂の身に何が起こるかなんて想像もしたくない。
俺が直々に居場所を掴んでとっちめてやる。

「もしもし、皆本?紫穂が連れ去られた」

車に乗り込みながら携帯で皆本に連絡する。
シートベルトを締めながら、念のために持ってきていた自身の仕込みを鞄から引っ張り出した。

「連れ去られた?確かなのかッ?」
「ああ、例の野郎にな。今から痕跡を追いかける。」
「今どこにいる?僕にできることは?」
「紫穂の大学。痕跡拾ったらまた連絡するから待機しててくれ」

手短に会話を終了させて、車のエンジンを掛ける。
荒っぽく車を切り返して反対方向へと車を滑らせた。
この校門から五分も掛からずに通用門には辿り着くだろう。
自分の車で貴重な痕跡を消してしまわないように、少し離れたところに停車して、通用門へ向かって走った。
携帯していたペンライトで足元を照らし、丁寧に痕跡を探していく。
通用門に辿り着いたところで、壁やらガードレールやら触れられるもの全てをなぞりながら透視を進めていった。
通用門の扉の取っ手に触れた時、憎悪にも似た粘っこい嫉妬心を透視み取って、ぞわりと背筋に走った冷たいものに思わず手を離してしまう。
強烈なそれに一瞬怯みながらも、飲み込まれないように注意しながら落ち着いて透視し直した。
それは間違いなく飯塚の遺した感情の痕跡で。
向けられているのが俺に対してだからか、どろりとした気持ち悪いものが容易に俺の中に広がってしまう。
吐き気を覚えながらも何とかやり過ごしつつ、その奥にある飯塚の目的を拾おうと深く潜っていく。
身体にまとわりつくようなどろどろした憎悪のせいで寒気に襲われながら、何とか飯塚の姿を捉えて直接触れた。
透視して見えた場所は海沿いの倉庫街。
大学生がそんなところに宛があるとは思えないが、何かしらの手段で空き倉庫を手に入れたんだろう。
特定した場所を記憶して、すぐに浮上した。
ハッと目を開いたら、くらりと視界が揺れて、思わず壁にぐったりと凭れる。
こんな不快なダイブは初めてだ。
エグい事件の遺留品の透視なんかも大概酷い気分にさせられるが、こんなにも自分に向けられた負の感情に触れることなんてなかったからか、抜け出した後もまだねっとりとした感触が身体中に這い回っているみたいで。
ふぅ、と深く深呼吸をして何とかやり過ごす。
早く紫穂を助けに行かねぇと、と、ふらつく身体を叱咤して車に戻った。
携帯を操作して、皆本の番号を呼び出す。

「賢木、紫穂の行方はわかったのか?」

ワンコールもせずに、電話に出た皆本が早口で反応する。
くらくらする頭を何とか持ちこたえながら、突き止めた場所を皆本に伝えた。

「海岸沿いにある倉庫街。その中の空き倉庫。俺、先に向かうから、応援部隊、頼むわ」
「相手は大学生だろ?Aチームの派遣でいいか?」
「多分問題ない。今のところ単独犯。また状況変わったら連絡入れるけど、入れられる状況なのを祈るわ」
「…お前も単独行動なんだから、あまり無茶するなよ」
「わぁーってるよ、じゃあ、切るぞ」

冷静な皆本に、いつも救われる。
皆本と会話して、少し落ち着いた自分にホッとしながら、エンジンを掛けた。
一刻も早く、紫穂のところに行ってやらねぇと。
いや、一刻も早く、紫穂の無事な姿を見たいんだ。
焦る気持ちを抑えつけながら、車を湾岸地帯へと走らせた。

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