イエローマゼンダ・シンドローム - 7/11

疲れた。
本当に疲れた。
今日は一週間の中で一番長丁場になる、朝から晩まで授業が詰まっている日。
しかも、最後の授業が長引いて、とっくに授業の終了時間は超えてしまっている。
きっともう先生は迎えに来てくれている。
せめて、連絡だけでもしたい。
焦る気持ちを抑えながら片付けを進めていく。
何とか片付けを終わらせて、残っている皆に挨拶をしながら足早に教室を出た。
廊下を小走りしながら鞄から携帯を取り出す。
思った通り、先生からのメールが届いていた。
内容を確認して、返信を打つ。

【授業延長してる?いつもの場所で待ってる。気を付けろよ】
【ごめんなさい。今終わったところ。すぐに行くわ】

心配が伝わってくるメールの内容に、クスリと笑みが零れる。
鞄を抱えて先生の待つ校門へと急いだ。
校舎を出たところで一度周りを見回すと、建物の影からゆらりと人影が現れて。

「おつかれ。」
「飯塚、先輩」

電灯の明かりに照らされた先輩が、すっと私に近付いた。
妖しく揺れる影に、つ、と冷や汗が伝う。
近付いてきた先輩から逃れるように、一歩後ずさった。

「随分警戒されちゃってるみたいだね?」
「…当たり前です」
「僕はただ、遅いから校門まで送ってあげようと思っただけなのに」

酷いなぁ、と笑う先輩は、まるで他意などないとでも言うかのように腕を広げて見せた。

「賢木ドクターの言い付けかい?僕を警戒しろって」
「…先輩には関係ありません」
「…随分嫌われちゃったみたいだ」

ぎゅ、と肩に掛けた鞄の持ち手を握る。
先生から借りたワイヤーガンはいつでも取り出しやすい場所に忍ばせている。
やれやれ、と腰に手をついた先輩は、一度顔を俯けてから、柔らかい物腰で私を見つめた。

「今日は何もしないさ。ただ、心配だから賢木ドクターのところまで送らせてよ」

ね、何もしないから、と言う先輩を訝しげに見つめ返す。
男の言う何もしない、なんて信用できない。
何とか隙を見て逃げ出さなくては。
ここからなら、全力で走っても先生がすぐに見つけてくれるはず。
校門までの最短ルートを頭に思い描きながら、先輩の隙を探す。

「わかったよ。隣も歩かない。君を校門まで歩くのを、側で見守るだけにするから。」

それならいいでしょ?と首を傾げる先輩に、気を緩めさせてから逃げる手段を取ることに決めた。

「…わかりました。私の半径五メートル以内に近付かないのであれば、構いませんよ」

先輩から五メートル強の距離を取って、ゆっくりと歩き出す。
あの角を曲がってからが勝負だ。
念のため、鞄に手を忍ばせてワイヤーガンを確認する。
ふぅ、と息を吐いて、角を曲がる瞬間、全速力で駆け出した。

「三宮さんっ!」

呼ばれても振り返ることをせずに、ただひたすら走り続けた。
薫ちゃんみたいに足が速ければいいものの、私はそこまで足が速い方じゃない。
飯塚先輩の男の足だと、すぐに追い付かれるかもしれない。
でも、あの角さえ曲がれば私の姿が先生の視界に入るはず。
あと少し、あと少し、と息切れを誤魔化しながら走り抜ける。
少しでも早く先生の視界に入りたくて、曲がり角に向かって腕を伸ばす。
あとほんの一歩足を前に出せば、というところで腕を掴まれて後ろに引っ張られた。

「なっ!」
「シッ!静かに…」

後ろから口許を押さえられて壁際に追いやられる。
その強い力に、本能的にこのままじゃマズイと状況を判断した。

「酷いじゃないか。逃げるなんて」

耳許で囁いたのは、間違いなく飯塚先輩で。
今まで聞いたことのない冷たい声で、一瞬ヒヤリと背筋が凍ったけれど、バレないように何とか空いている手でワイヤーガンを探り出す。

「僕ってそんなに信用ないかい?」

今にも唇が頬に触れてしまいそうな距離に嫌悪感を示しながら、何とかワイヤーガンを逆手に持ってスイッチに指を掛けた。
片手は私の腕、もう片方は私の口を押さえているのだから抵抗は出来ないはず。
そっと先輩の身体を探り当ててスタンガンを当てた。
その瞬間。

「物騒なモノ持ってるみたいだね?」

腕を捻られて、スイッチの入ったスタンガンが私に向けられる。

「どうしてッ!」

バチバチッ、と電撃が走る。
強烈な痛みに気が遠くなっていった。

「僕は君が特務エスパーだって知ってるし、警戒は常に怠らないよ」

ぐったりと先輩の身体に身を預けて、先輩の言葉を聞き流す。

「君の王子様は助けに来てくれるかな?」
「う、う…」

ぐいっと顎を掴まれて、身体を起こされる。
声を出すことも出来なくて、されるがまま身体を動かすこともできず、抵抗できない。
助けて、先生。
届かない声を心の中で呟いて、そのまま意識を手放した。

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