イエローマゼンダ・シンドローム - 5/11

「皆本、ちょっといいか」
「?どうした?賢木」

相談ついでに昼でも一緒に食おうと研究室に籠っていた皆本の元を訪ねる。
書類に目を通していた皆本が、身体ごとこちらに向いて反応したのを見て、どうやら多忙なタイミングは避けられたらしいと察した。

「あのさ、相談っつーか。話聞いてほしいんだけど。」
「いいけど。どうした?何か煮詰まってるのか」

ギッと椅子を鳴らして背もたれに背中を預けた皆本が眉を寄せて心配そうにしたのを、仕事の話じゃねぇんだけど、と断って、皆本のデスクにもたれかかる。

「紫穂ちゃんのことで、ちょっと、さ。今いいか?」

俺の言葉に、目をぱちくりさせた皆本が驚いたように俺を見上げる。
そして、ハッとしたように顔を輝かせて叫んだ。

「遂に正式に付き合うことになったのか?!おめでとう!!!」
「…あー…違うんだな、それが。」
「…え?違うのか?」

何だよ驚かせるなよ、と顔全面に書き出した皆本に、俺だってそんな報告だったらどんなに良かったか、と溜め息を吐く。
もう一度、ふぅ、と息を吐いてから、できるだけ簡単に事実を報告しようと頭の中でこんがらがっていることを紐解いた。

「紫穂ちゃんに惚れてる輩が現れた。」
「…は?」
「だから、紫穂ちゃんのことを好きになっちゃった男が現れたの!」

何言ってるんだ?とでも言いたげな皆本に向かって叫ぶ。
何が悲しくてこんな事実報告会を開かねばならんのか。

「…別に、いいんじゃないか?お前と紫穂の関係を見ていたらすぐに諦めるだろう」

心配して損した、と皆本は手元の書類に視線を戻している。
いや、事態はそんな簡単じゃないんだって。皆本クン。

「それがさぁ。俺、宣戦布告されちゃったんだよねぇ」
「はぁ?!お前に挑む大学生がいるのか!?」
「もうね、紫穂ちゃんの事奪う気満々。俺らが付き合ってるわけじゃないっていうのも勘付いてるっぽい」
「…若いって凄いな。で?お前は?宣戦布告されてビビって僕のところへ相談しに来たっていうのか?」

賢木がそんな弱気になるわけないだろう、と言外に含ませながら皆本は俺を見上げてくる。

「それが…その…まさかなんだよねぇ…」
「はぁ!!!??」

今日イチの驚きボイスをありがとう、皆本。
おかげで俺は無事女々しい男に降格できます。
自分だって、こんなことでこんなに弱気になるなんて思ってもみなかった。
見た目だけでもあんなに可愛い紫穂ちゃんだ。
大学でファンクラブくらい作ってくるだろうと想定していなかったわけじゃない。
そん中から、本気で紫穂ちゃんを好きになる野郎が出てくるだろうことも想定していた。
それでも、俺は負ける気なんてこれっぽっちもなかった。
なんて言ったって付き合いの年季が違うし、紫穂ちゃんは何だかんだ言って俺を見てくれているという自信があったから。
まだまだ子供に毛が生えた程度の大学生なんて、社会人の俺がちょっと牽制掛ければビビって逃げ出すだろうと思ってたんだ。
それが、あの、飯塚くんの登場だ。
負ける気はしない。
でも、紫穂ちゃんの気持ちはわからない。
現に、長いこと待っているけれど、正式にお付き合いできているわけではない。
キスだってさせてくれるけど、所詮、彼氏候補だ。
彼女の性格を考えて、好きでもない人間とキスするなんてありえないだろうから、それを考えると俺の事を好きでいてくれてるんだろうなとは思うけど、お付き合いの返事は未だに聞かせてもらえていない。
なんだかそれが答えな気がして、急に弱気になってしまっている。
そんなところだ。

「紫穂が賢木を振って別の男のところへ行くなんて有り得ないよ」

椅子の肘掛けに肘を乗せて手を組んだ皆本が、くるりと俺に向き直る。
その表情は慰めで言っているものではなく、大真面目に答えてくれているもので。

「紫穂は間違いなく賢木が好きだよ。こういうことに鈍い僕だってわかるんだから、間違いないよ」
「…俺だってそう信じてるよ。今この瞬間もさ」
「なら、そんなに不安になることもないだろう」
「…そうかもしんないけど…なんか嫌な予感がするんだよねぇ…」

ふぅ、と溜め息を吐きながら腕を突いてデスクに深くもたれかかる。
あの強い眼。
堂々と手を繋いで現れた度胸。
俺のエスパーの勘というか男の勘というか、何というかその辺のものがビービーと警笛を鳴らしている。
何度も言うが、男として負ける気はしない。
なのに、どうしてこんなに不安になるのか。

「嫌な予感?紫穂と仲がいいのか?その子は」
「そうは見えねぇんだけど。でも、なんか、気になるんだよ」
「えらく抽象的だな。顔がいいとか、性格がいいとか、誠実そう、とかか?」
「皆本クンそれ俺の事ディスってる?」
「そんなつもりはないけど。大学生っていったらそんなものかな、と」
「若造相手に負ける気はねぇよ。ただ…」
「ただ?」
「何か裏があるような気がしてならん」
「…まさか。考えすぎじゃないのか」
「そうだといいんだけどさ。まぁ、要注意人物ってことは変わんねぇわな」

ふぅ、と溜め息を吐きながら頭を掻く。
とりあえず、昼飯にしないか、と皆本に言われ長々と話し込んでしまったことに気付いて、皆本を伴って食堂へと向かった。

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