プロポーズ大作戦!!! - 4/11

「どうして私が……」

 薫ちゃんと葵ちゃんに腕を引っ張られながら、先生の研究室へと向かう。

「まぁまぁ、たまには紫穂から顔見せて驚かしたったらええねん」
「そうそう! そのついでに誕生日の約束、取り付けちゃえ!」
「だから別に私から誘うつもりはないってば!」

 待っていれば、きっと、先生から誘ってくれるはず。最近、先生の仕事が忙しいから会えていないだけで、決して私から気持ちが離れていってるわけじゃない。そう自分に言い聞かせながら渋々足を進める。

「先生忙しいから余裕ないんとちゃう?」
「確かに! 皆本とずっと研究室に籠ってるもんね?」
「せやから紫穂から言わな予定流れてまうかもせぇへんで?」

 なんで薫ちゃんと葵ちゃんが先生の仕事の状況を知ってるの、と思っても、それを口にすることはできなくて。二人が言うように、自分から動いていればきっとすぐにわかること。それでも私から追いかけたら先生は逃げていってしまうかもしれないと思うと、とてもじゃないけど怖くて自分から動くことなんてできなかった。

「それでのぉても最近先生に会えてへんから元気ないやん? ちょっとイチャイチャして充電したらええねん」
「そーそー! 何ならお邪魔虫は退散するからさ!」

 ニヤリと笑う薫ちゃんにカッと頬を染めながら言い返す。

「充電ってナニ?! 何度も言うけど私は先生に付き合ってあげてるだけで寂しくもなんともないんだからッ!」
「あーハイハイ……ほなら賢木先生の充電の為に顔見せたってや」

 葵ちゃんにヨシヨシと宥めるように頭を撫でられて余計に顔が熱くなってくる。私の為ではなく先生の為だから、とまるで言いくるめられてしまったみたいな雰囲気に、恥ずかしさが込み上げてきてどうしようもない。実際問題、用もないのに先生を訪ねていくなんて、殆ど初めてと言ってもいい。二人の言う通り、本当に先生は喜んで受け入れてくれるのだろうか。仕事の邪魔だと、呆れられたりしないだろうか。ふと頭をもたげるネガティブな感情に溜め息を吐くと、薫ちゃんが横からぎゅっと抱きついてきた。

「……もー、ホント紫穂はその可愛さをもっと先生の前で見せればいいと思うな!」
「ちょっ! 止めて、薫ちゃん!」

 くしゃくしゃとかき混ぜられてしまった髪の毛を手櫛で整えて、無理矢理連れてこられた先生の研究室の前でそっと息を吐く。どこかおかしなところはないだろうか。そもそもなんと言って扉を叩けばいいんだろう。胸の前で握り締めた手にきゅっと力を込めて深呼吸を繰り返す。ちらりと二人へ振り返ると大丈夫、と笑顔で微笑まれる。もじもじしてインターホンを押せないでいると、痺れを切らした薫ちゃんがエイヤとインターホンを押してしまった。

「ちょっと薫ちゃんッ!」
「……開いてます、どうぞ」

 久し振りに耳にする先生の声をインターホン越しに聞いて、ドキリと心臓が高鳴る。ただ声を聞いただけなのに身体が硬直してしまって動けない。ドアは開いているのだからこのまま足を前に出して部屋に入るだけなのに。まるで時が止まってしまったかのように身体を動かせずにいると、なかなか開かないドアを不審に思ったのか、中からドアが開いて先生が顔を出した。

「どちらさん……ってなんだ紫穂か、どうした?」

 ふわり、と笑顔を浮かべた先生と目が合って、思わず顔を背ける。赤くなった頬を見られてしまったかもしれない、と思うと顔を上げることも叶わない。本当に久し振りに会うことができたのに。素直に嬉しいと表現できない自分を改めて自覚する。

「ちょっとちょっと! 私たちもいるんだけど! 先生!」
「あぁ、ゴメンゴメン。最近ここに籠ってばかりだったから、久々に紫穂の顔見れたんだ。君らに気付いてなかったワケじゃねぇよ?」

 入りなよ、と先生は研究室に招き入れてくれて。その瞬間、自然と先生にほんの一瞬肩を抱き寄せられる。その瞬間に伝わってきた思念にキュンと胸が苦しくなって、俯いたまま薫ちゃんたちと研究室へと足を踏み入れた。

『逢いたかったよ』

 それだけで蕩けてしまいそうな甘い想いにくらりとする。何とかそれを表に出さないようにして顔を上げると、不思議そうに薫ちゃんと葵ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫? 紫穂」
「ごめんなさい、大丈夫よ」

 何でもない風を装って笑いかけると、そう? と特に引っ掛かった様子もなく二人は皆本さんの方へと近寄っていった。

「で? どうしたんだ? 三人揃って。皆本に用事か?」

 私から一歩距離を置いた位置で先生が問いかけてくる。人前では必ず保たれたこの距離のお陰で、少し冷静さを取り戻すことができた。ふ、と息を吐いて先生の問いに答えようと顔を上げると、私よりも先に薫ちゃんが口を開いて。

「違うよ先生! 紫穂が先生に会いたいって言うから連れてきたの」

 カラリと笑いながら言った薫ちゃんにぎょっとして目を見開く。

「だッ! 誰が会いたいなんて言ったかしら?!」

 折角落ち着いたと思ったのにまたカッと赤くなる頬を見られたくなくて、薫ちゃんの方へ顔を向ける振りをして先生に背中を向ける。ニヤニヤと笑っている薫ちゃんと葵ちゃんをキッと睨み付けて声を上げた。

「私を無理矢理ここへ連れてきたのは二人じゃない! 私は何も言ってないし望んでもいないわ!」

 肩を怒らせながら叫ぶと、益々楽しそうに笑う二人がそんなこと言っちゃってー、とにやける口許を隠している。くふくふと笑っている二人にカッとなって更に言い募ろうとすると、ポンと肩を叩かれて、ゆるりと頭を撫でられた。

「……俺は逢えて嬉しいよ。ここんとこ忙しくてずっと逢えてなかったからさ」

 久々に感じる先生の掌の大きさに、ドキドキしながら見上げると、優しい目で私を見つめ返してくれる先生がいて。本当に忙しくて会いに来てくれなかっただけなんだ、とホッと心が解れた。皆の前だというのに、安心したせいかじっと先生を見つめ返してしまう。まだ、好きでいてくれるよね? と不安を視線に乗せると、私を安心させるようににこりと先生は微笑みを深めた。

「お二人さん、エエ雰囲気のトコ申し訳ないんやけど。はよ目的達成してもたら? 紫穂」
「ッ!」

 葵ちゃんに声を掛けられてバッと先生から距離を取った。急に離れて先生は驚いたようだけど、追い掛けてくることはせずに、距離を保ったまま、どうした? と首を傾げている。そんな先生の仕草に心臓が早鐘を打つのを感じながら、ぷい、と顔を背ける。

「……別に、何でもないわ」
「もー……紫穂、ほら、早く言っちゃいなよ」

 呆れたように薫ちゃんは私の背中をグイグイと押してくる。先生はそんな私たちを不思議そうに見ているけれど、途中で何か気付いたようにハッとして、私のことを見つめ返してきた。その様子に何か引っ掛かるものを感じながらも、じっと見つめてくる先生にドキドキしてフイと視線を外す。

「……忙しいんでしょ。ならもういいわよ」

 ツンとした態度で言い放つと、先生が慌てた様子で私との距離を詰める。

「いや! 忙しいんだけど大丈夫だ! だからさ、今度の紫穂の誕」
「賢木」

 今までずっと黙って私たちの様子を見守っていた皆本さんが、急に先生の言葉を遮った。先生も私も皆本さんの方に顔を向ける。皆本さんは静かな表情で私たちの方を見ていた。

「この前話してたコメリカ赴任の件、出発は二月十二日に決まったから」

 皆本さんの口から告げられた内容に、大きく目を見開いた。一体何のことかわからない話なのに、なぜだか嫌な予感がして、眉を寄せながら皆本さんを見つめる。

「え? ちょっと待て。何で今その話なんだよ」

 先生は動揺を隠せない様子で皆本さんに詰め寄っていて。皆本さんはそれをまるで動じずに受け止めていた。

「だってさっきまでその話をしていたじゃないか。君がいなくなると寂しくなるなって」
「お、前! どういうつもりだッ!」

 珍しく先生が皆本さんに突っかかっていく。私はそれを見ながら、皆本さんの言葉を反芻していた。
 いなくなるって、誰が? 寂しくなるって、どういうこと? 皆本さんがチラリと私の方を確認するように見てから、もう一度口を開いた。

「君のコメリカ赴任、二月十二日に決まったけど、予定があるなら延期できるぞ。どうする?」

 淡々と告げられた皆本さんの言葉に、頭が真っ白になっていく。
 先生が、コメリカ赴任? 何よ、それ。私、何も聞いてない。カッとなって先生を見上げると、バツが悪そうな表情をしてフイと私から視線を逸らした。
 なに、それ。
 知ってたのに、私に黙ってたっていうの? 彼女なのに、知らせてくれなかった? それとも、敢えて知らせなかった? 私みたいな面倒な女から離れられるって、心の中では喜んでた? 縋るように先生を見つめても、先生は何も答えてくれなかった。

「……そう。そうなの。」

 ぎゅっと握り拳に力を込めながら歯を食い縛る。泣いてしまわないように。キッと先生を睨みつけて、震える口を何とか開いた。

「私の誕生日に、先生はコメリカに行くのね」
「ッ! 違うんだ紫穂! これは」
「最近ずっと忙しかったのはそのせいかしら?」
「違う! 紫穂! 話を聞いてくれ!」
「……何処へでも行けばいいわ。自由になれて清々する」

 ふ、と息を吐いて先生に背中を向ける。そのままドアへ向かって震える膝を動かした。

「じゃあね、センセ。お元気で」

 背中を向けたまま呟いて、先生の研究室を飛び出す。葵ちゃんや薫ちゃんの私を呼ぶ声が聞こえた気がするけれど、構わずにひたすら廊下を走った。
 どうして、先生は私に黙ってたの? もう私のことなんてどうでも良かった? 本当は、私と離れられて、先生の方が清々してた? 考えても出ない答えを求めながら自分たちの待機室に駆け込む。ドアが閉まった途端、その場にしゃがみこんで自分の身体を思い切り抱き締めた。パタパタと自分の膝を濡らす雫に目許を拭う。自分が泣いているなんて、走っていたから気付かなかった。

「どうして……やだよ」

 行かないで、の言葉は音にならずに静かな部屋に消えてしまった。

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