「あー……ダル……」
研究室に籠って朝から晩まで事務作業。溜まりに溜まった書類を片付けるにはちょうどいいが、こう毎日毎日缶詰になってやらなくてもいいんじゃねぇか? と思わずにはいられない。
「……ねぇ、皆本クン? 俺の軟禁は一体いつまで続くんです?」
何故か俺の研究室に自分のパソコンを持ち込んで一緒に仕事をしている皆本に問いかける。
「取り敢えず紫穂が誘ってくるまで、かな?」
「……マジかよ」
「じゃないと君、自分から紫穂に会いに行くだろ?」
パソコンから目線を動かさずに答えた皆本は、本当に何でもない様子で俺の質問に答えた。
紫穂を焚き付けて何とかする、という意気込みが、何故、俺の軟禁に繋がるのか。俺が紫穂に会いに行くのは別に問題ないんじゃないのか。ふつふつと湧いてくる不満を顕にすると、皆本は、ふぅ、と溜め息を吐いてやっと俺に視線を向けた。
「日頃から、賢木が会いに行かないと会えないという状況がおかしいんだよ。君、仕事の合間を見ては紫穂に会いに行ってただろ?」
「……それのどこがダメなんだよ」
皆本の指摘にぶーたれながら文句を口にすると、皆本は更に深く溜め息を吐いて眼鏡の位置を直した。
「君は紫穂を甘やかし過ぎなんだ。君が片想いしてるっていうなら一方的なのも理解できるが、君らは相思相愛なんだ。紫穂は君にきちんと愛情表現をしたことはあるのか?」
「当たり前だろ? 俺たち、一応恋人同士なんだぜ?」
「二人きりになったら、ってやつか?僕たちの前で紫穂は一切恋人らしいところなんて見せないもんな」
「それはホラ、紫穂ちゃん恥ずかしがり屋さんだからさ」
「……君の前ではそうじゃないっていうのか?」
たっぷりと俺を疑うような目で見てくる皆本にたじたじになりながらも、椅子の背凭れに身体を預けて天井を仰ぐ。
「……本当に時々なんだけどさ、優しい顔で俺の名前呼んでくれんの。そん時めちゃくちゃ可愛いんだぜ? あー、俺って紫穂ちゃんに愛されてんなぁってめっちゃ実感できるんだ」
そう言えば最近呼んでもらってないなぁ、なんて思いながら、距離置いてるんだから当たり前か、と思い直す。求めれば応えてくれるし、つれないながらも垣間見える愛情は確かに感じていて。他人からは歪に見えるかもしれないこの関係も、俺たちがサイコメトラーで言葉にしなくても透視える部分があるから救われているだけなのかもしれない。ただ、将来を見据える方向が違うだけ。自由でいたい紫穂と、生涯添い遂げる覚悟を決めてる俺。たったそれだけの違いかもしれないが、それが大きな壁となって俺の前に立ちはだかっている。
「紫穂の性格を考えて、好きでもないやつと付き合ったりキスしたりセックスしたりっていうのはまず無理だろ。それを考えても、俺のこと、嫌いではないと思うんだよな」
自分で言っておいて、好きだと思うんだ、と言えない自分が憎らしい。自信を持って俺を好きでいてくれる、という確証が、皆本たちの揺さぶりでぐらつき始めていた。確かに、俺ばかり好きなんじゃないか、たまには紫穂からの愛情が欲しい、と思う時が無いわけじゃない。でも、そんな時もこちらから甘えれば多少鬱陶しがられながらも紫穂は愛情を返してくれるのだ。その紫穂の気持ちに嘘偽りはない。
「俺は紫穂のペースで俺と向き合ってくれればいいと思ってるけど、まだ若い紫穂の可能性を潰すことだけはしたくねぇんだよ。だから離れるって決めただけ。俺は多分紫穂のこと忘れらんねぇけど、紫穂はまだ若いから。いくらでも出会いはあるだろうし、俺じゃなくても幸せになれる可能性は充分あるさ」
俺よりいい男なんて世の中には山程いるしな、と茶化すと、大真面目な顔で皆本はそんなことはないと首を振った。
「君にとって紫穂以上が存在しないのと同じで、紫穂にとっても賢木以上なんて有り得ないとは思わないのか?」
まっすぐすぎる皆本の目に、俺は視線から逃れるように俯くことしかできなかった。
「……そうであってほしいと思わないわけじゃねぇよ。でも、皆本みたいな男がどっかにいて、紫穂を見つけてくれるかもしんねぇじゃん。そうなったら、俺はきっとお払い箱さ」
もしそんな男が現れたなら。ただ同じ能力者だからわかってやれるという俺なんかより、そいつの方がきっと紫穂を幸せにしてやれる。
「紫穂にとってのベストが何かを考えたら、自ずと答えは出るんだよ」
「……約束された未来より、まだわからない未来の方を君は取るっていうのか?」
皆本の言葉に、胸が潰されるような思いをしながら、何とか答える。
「……可能性は、無限に広がってる方がいいだろ」
そう、運命に縛られた未来を覆した彼女たちには無限の可能性が広がっている。それは何も薫ちゃんだけのものじゃなくて、紫穂にも同様に用意された未来のはずだ。その未来に俺がいるかなんて、きっと誰にもわからない。
「……賢木はもっと、君が紫穂に与えてる影響を自覚した方がいい」
苦し気に吐き出された皆本の言葉に苦笑を返すと、皆本はぎゅっと眉を寄せて溜め息を吐いてから、ポケットから携帯を取り出した。またこの展開かよ、と成り行きを見守っていると今回もすぐに繋がったのか、俺の方をチラリと見てから皆本は電話口に喋り始めた。
「……薫か? フェーズ2に移行しろ」
電話越しに薫ちゃんの了解、という短い返事が聞こえてきて、皆本が通話を終える。
「……何だよフェーズ2って」
「君たちは見守るだけじゃ進展しないと踏んだんだ。少しだけ強硬手段に出させてもらう」
明らかに作戦参謀の顔をして皆本が俺を見つめる。あまりに真剣なその表情はいつしかの洗脳状態を思い出させて、怖じ気づきながらも何とか皆本に意見する。
「……強硬手段って何するつもりだ? 無理矢理コトを進めようとすると紫穂は絶対頑なになっちまうぞ?」
「わかってる。でも、賢木がこのまま身を引くのを大人しく見ていられるほど、僕も大人じゃないんだ」
僕なりに足掻かせてもらうよ、と言った皆本は、困ったような顔をして力なく笑ってみせた。
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