賢木修二はネコである! - 5/5

全戦全勝のハズなのに。でも勝った気がしないのは、何故?(賢木←紫穗)

「じゃあね、先生! 今日は送ってくれてアリガト」
「気にすんな。じゃあおやすみ、三人とも」
「おやすみなさーい」

 車の中から手を振っている先生に三人揃って手を振り返すと、先生はにっこり笑顔を返してから車を発進させた。それを三人で見送ってから、家の中へと入る。今年もこの日が終わってしまった、と溜め息を吐きながら靴を脱いでいると、薫ちゃんと葵ちゃんに両腕を掴まれてリビングへと連行された。そのまま三人でソファに座り込む。

「ちょ、ちょっと薫ちゃん! 葵ちゃん! 一体なに」
「なに、やない。で? どないやったんや?」
「え? どう、って……」
「今年は何か進展あったの?」

 葵ちゃんと薫ちゃんに問い詰められて、う、と言葉に詰まる。付き合いが長い所為で、この二人には隠し事をしたくても、どうしたってうまくいかない。

「……何も、ないわよ」

 報告できることなんて、と小さく呟くと、二人は、はぁぁぁぁ、と深々と溜め息を吐いて私の腕を解放した。

「ねぇ紫穗ー。一体いつになったら素直に告白すんのー?」
「ホンマホンマ……もうそろそろいい加減ウチらしびれ切らしそうやわ」

 あーあ、と呆れに近い二人の嘆き声が聞こえて、身を縮こませる。

「で、でも」
「妨害工作は頑張った、はナシやで」
「そーそー! 裏で何かしてたって、先生との関係を進展させないと意味ないからね!」

 痛い指摘をされてしまって答えられずにいると、薫ちゃんが私の頭をヨシヨシと優しく撫でながら苦笑いして。

「あんまりグズグズしてると、本当に皆本と先生、結婚しちゃうかもよ?」

 ポンポン、と最後に頭を優しく触れて、薫ちゃんはソファから立ち上がった。それに合わせて葵ちゃんも腰を上げる。

「まぁホンマに結婚することはないやろけど。このままやと皆本ハンが一番有利なんは間違いないで」
「……そんなの、言われなくたってわかってるわよ」

 きゅっと眉を寄せながら答えると、二人はくすりと優しく笑って。

「まぁ、明日からでもいいから、先生にアピールしてみなよ」
「せやせや。時は金なり、ぐずぐずしてる間が勿体ないで」

 じゃあオヤスミ、と二人はリビングから出て行ってしまった。ふぅ、と溜め息を吐いて鞄の中から、先生に渡せなかったプレゼントを取り出す。
 当日に渡せることもあれば、前もって渡したり、後日になってしまったり。いろいろだけれど、今日は他に気を取られることが多すぎて渡す機会を作ることができなかった。
 今年はいつ渡せるのかな、ともう一度溜め息を吐くと、鞄の中でスマホが着信を知らせて。こんな時間に誰だろうと画面を確認すると、表示された名前を見て慌ててスマホを胸に抱え込んだ。周りに誰もいないのに、わざわざ周りに誰もいないことをきちんと確認して、深呼吸をしてからそっと通話に切り替える。誰にも会話を聞かれないように口元を覆いながら小さな声で返答した。

「……もしもし」
「あ、もしもし? 紫穗ちゃん?」

 聞き慣れた、甘くて低い声が耳を撫でる。それだけでもドキドキしてどうしようもないのに、自分から先生にアピールするなんてやっぱり無理だ。

「今、大丈夫? ひょっとして周りに誰かいる?」
「……いないけど……どうして?」
「いや、声が籠もってるからさ。薫ちゃん達といるのかなって」

 すぅはぁと先生に聞かれないように呼吸を整えてから、口元から手を外して小さく答えた。

「ううん。大丈夫。私独りよ」

 普段通りに答えられた気がする。大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせて口を開いた。

「で? こんな時間に何の用?」

 自分にもっと薫ちゃんや葵ちゃんみたいな可愛げがあれば、素直に先生に甘えてみたり可愛くアピールしたりもできたのに。冷たい言い方しかできない自分が憎らしい。

「あー……あのさ」
「……ナニ?」
「……ちょっと、外、出てこれるか?」
「外?」
「うん。無理そうなら、別にいいんだけど……」

 先生らしくない弱気な声色に疑問を覚えてふと窓の方へ目を遣ると、チラリと先生の車が見えたような気がして窓に駆け寄った。窓から見える玄関の門扉のところに、先生が立っているのが見えて口元を押さえる。

「せ、先生!?」
「あー……うん。えっと……ちょっとだけ、外で話さないか?」

 門扉の隙間から、先生が手を振っているのが見えて、思わず物音を立てないように玄関へと走った。慌てて靴を履こうとして、手に持ったままだったプレゼントの存在に気付く。それに願いを込めるようにぎゅっと両手で握りしめてから、静かに玄関の扉を開いた。

「よっ」

 できるだけ音を立てないように扉を閉めると、先生が軽く手を振りながら声を掛けてくる。

「……センセ」

 なんで、とかどうして、とかいろんなものが溢れてきて、上手く言葉にならない。ゆっくりと先生に近付いて、そっと門扉を開いて外へ出た。そろりと顔を上げると、優しい顔で笑っている先生と目が合って。思わず視線を外した。

「悪いな。出てきてもらって」
「……別に」
「薫ちゃん達、もう寝たのか?」
「……知らない。それぞれの部屋、にいる、わ」
「そっか」

 自然と上がっていく心拍数を何とか誤魔化しながら、ぽつぽつと先生の問いに答える。
 もっと可愛げのある言い方ができればいいのに、とぎゅっと目を瞑って、手の中にあるプレゼントを指でそっと撫でる。ふぅ、と息を吐いて、キッと先生を睨み付けた。

「……ていうか。なんでいるのよ? 帰ったんじゃなかったの」

 確かに車が発進するのを見送ったハズだ。先生の行動が怪しいから冷たい言い方になるのは仕方がない、と可愛くなれない自分にめいっぱいの言い訳をして先生の返事を待った。

「車で一周して戻ってきた。電話でも良かったんだけどさ、できれば直接話したいなと思って」

 ごめんな驚かせて、と優しい声で言うから、余計にドキドキしてしまって。とてもじゃないけど先生の顔なんて見れない。
 壁に凭れる振りをして先生から距離を取りつつ顔を俯ける。きっと顔も赤くなっているけれど、暗闇に紛れて見えないハズだ。

「……ナニソレ」

 まるで私には用事なんて無い、というように返事をする。
 やっぱり自分には可愛らしさなんて備わってないんだわ、と半ば諦めながら溜め息を吐く。
 こんなのでどうやって先生にアピールすればいいの? こんな私から好きなんて言われたって、先生だって困るでしょ?
 そう思うと、プレゼントを渡すことも気が引けてしまって、どんどん弱気になっていく。
 すると、先生が小さく溜め息を吐いたのが聞こえて、あぁ呆れられたかな、と諦めていると、先生の気配がゆっくりと近付いてきて。離れたはずの一歩分の距離が詰められてしまった。

「なぁ、紫穗ちゃん」

 静かに先生が問いかけてくる。心臓の音がうるさくて仕方がない。次に続く言葉が想像できなくて、震える手をきゅっと握り締めた。

「……ナニ」
「……今日、ずっと俺のコトつけてたろ?」
「え」
「……バレてないとでも思ってたのか?」

 嘘だろ、と先生はクスクスと笑っていて。気配を消しきれていなかった自分が恥ずかしくて情けない。
 何も答えられずにいると、先生が更に距離を詰めて私の隣の壁に凭れた。うっかりすると触れてしまいそうな距離に、思わず身体を硬くする。どんどん跳ね上がっていく心拍数に胸を押さえると、急に先生の気配が近付いて下から顔を覗き込まれた。

「……俺としてはいつになったら声掛けてくれるんだろうって気が気じゃなかったんだけど?」

 先生の優しい目に見つめられて、ひゃ、と小さく悲鳴を上げる。逃げようとしても後ろは壁で、固まってしまった身体は上手く言うことを聞いてくれない。べたりと壁に張り付いて少しでも先生と距離を取ろうとすると、クス、と小さく微笑まれて。

「くれないのか? プレゼント」

 そっと大きな手が目の前に差し出された。

「な、なんで、私が、プレゼントなんか」

 きっと良いタイミングなんて今しかない。
 なのに口から出てくるのはいつもの憎まれ口。
 本当にどうしようもない自分が嫌になって、じわりと目が熱くなってくる。泣いてしまうのは何とか避けたくて、ぎゅっと目に力を込めた。

「毎年楽しみにしてるんだけどな。紫穂ちゃんからのプレゼント」

 残念そうな先生の声に、バッと顔を上げて先生の顔を見つめる。

「……ほ、ほんとに?」
「当たり前だろ。今日だって、何くれんのかなー、とか、いつ渡してくれんのかなー、とかずっと考えてた」

 先生は再び壁に凭れながら、空を見上げて呟いた。

「そ、そういうこと、誰にでも言ってるんでしょ」
「……信用ねぇなぁ」
「だ、だって」

 今日だって、いろんな、本当にいろんな人からプレゼントを貰って、その都度嬉しそうにありがとうと伝えて。
 そんな先生を一日中ずっと見てきた。自分からのプレゼントを特別楽しみにしてくれているなんて、とてもじゃないけど思えない。

「……まぁいいや。それよりも今はプレゼント」
「え?」
「くれねぇの? プレゼント」
「あ」
「わざわざ紫穂ちゃんからプレゼント貰うために戻ってきたんだぜ? これで受け取れませんでしたってなったら、俺ホント馬鹿みたいじゃん」

 用意してくれてるんだろ? と先生は優しい目をしてもう一度手を差し出した。緊張で震えが止まらなかったけど、今しかない、と勇気を振り絞って持っていた小さな包みを先生の手のひらにそろりと乗せた。たったそれだけのことなのに、息苦しくて堪らない。そこで自分が呼吸を忘れていることに気付いた。何とか息をゆっくり吐き出して、新鮮な空気を吸い込む。

「ありがとう。開けて良いか?」

 静かな先生の声に、こくこくと首を縦に振って返事をする。すぐにかさかさと包みを開ける音が聞こえてきて、そわそわと落ち着かない。

「……香水?」

 パッケージをじっと見つめている先生に、こくりと頷いて答える。何か喋ろうとすると余計なことを喋ってしまいそうで。きゅっと唇を引き結ぶと、先生はパッケージも開封して中のボトルを取り出して蓋を開けて香りの確認をした。

「あ、いいにおい。これ、紫穂ちゃんが選んでくれたのか?」

 くんくんとにおいを確認しながら問いかけてくる先生がじっとこちらを見てきて。流石に首を振るだけでは答えられない質問に、深呼吸をしながら何とか答えた。

「あ……えっと……えっと、ね、誕生日ごとにね、それぞれ、決まった香りがあって……366日分、全部香りが違うの。だから、それは先生の誕生日の香りで、私が、自分で選んだわけじゃ、なくて……」

 その、えっと、としどろもどろになりながら答えていると、でも、と先生が私の言葉を遮った。

「でも、いいにおいだと思ったから、これをプレゼントに選んでくれたんだろ?」

 じっと私の目を見つめてくる先生に、かぁぁ、と頬に熱が集中してくるのがわかる。慌ててそっぽを向いてから、首を縦に振った。

「ありがとう。大事に使うよ」

 香水のボトルをパッケージに戻して、包みも元通りにした先生は、プレゼントを大事そうにポケットに仕舞う。

「紫穂ちゃん」
「な、ナニ」
「これ、紫穂ちゃんの分もあるのか?」
「へぇッ?!」
「いや、この香水、紫穂ちゃんの分もあるのかなって」
「も、持ってるわけないじゃない先生の誕生日の香りなのに自分の分もなんて買ってるわけないでしょ!!!」
「あ、そういう意味じゃなくて。毎日違う香水があるってことは、紫穂ちゃんの誕生日の香水もあるってことだよな?」

 先生に改めてそう説明されて、ハッと自分が勘違いをしていることに気付く。先生の分をプレゼントとして買った時に、同じものを自分用にと一緒に購入したことがバレたのかと焦ってとんでもないことを口走ってしまった。これじゃあ先生に自分も同じものを持っていますと自分から言ってしまったようなものだ。慌てて軌道修正しようと先生の質問に力強く答える。

「そう! ある! あるわよ! でも、えっと、そう! さっきのは、自分の香水は持ってないって意味で言ったの!!!」

 あわあわと挙動不審になりながら言い繕うと、先生はまるで気にしていない様子で私に向かって微笑みかけた。

「じゃあさ、今度この香水売ってるお店教えてよ」

 じ、と緩く弧を描いた目に見つめられて、ドキドキと心臓が耳元で脈打っているみたいにうるさくなってくる。ぎゅっと目を瞑って視界を遮断しながら、何とか答える。

「わ、わかったわ。お店の場所、メール、しておくから」

 今日、寝る前に、忘れずに、するから、とおどおどしながら答えると、あーそうじゃなくて、と先生は告げて。

「今度、一緒に、そのお店に行こうって言えば、わかるか?」

 言われている意味がわからなくて、ぽかんとしながら先生を見上げると、えーっと、と少しだけ言い淀んだ先生が、意を決したように真剣な表情で言った。

「二人で、デートしようってこと」
「え」

 ぎょっと目を見開いて先生を見つめ返すと、少しだけ表情を緩めて眉を八の字にした先生が困ったように笑った。

「……嫌か?」
「え、っと……」

 こういうときなんて答えればいいんだろう。頭が真っ白になってしまって何も言葉が浮かんでこない。先生は動揺している私を違う意味で受け取ったのか、少しだけ寂しそうに笑った。

「あー……嫌なら、いいんだ。また、気が向いたらで」

 うん、と顔を逸らした先生の服の裾を思わず掴んだ。

「そ、そうじゃ、なくて。えっと、いや、なわけじゃ、なくて、その」
「……デート、してくれる? 俺と」

 そっと問いかけられて、こくり、と頷く。すると服の裾を掴んでいた手を優しく掴まれて。

「うれしい」

 見たこと無いくらい嬉しそうに微笑んだ先生と目が合って、動揺に手が震えた。

「デートの日取り、メッセージで遣り取りしよう。やっぱナシとかやめてくれよ。絶対二人でどっか出掛けるまでメッセージ送り続けるし約束守るまで追っかけ回すからな!」
「え!? や、約束って、ちょっと待って」
「これを機に既読スルーもやめること! アレ地味に傷付くんだからな!」

 ビシ、と鼻先を指差されてはくはくと口を震わせていると、つん、と優しく鼻先を突かれた。

「プレゼントありがとな。遅くまでゴメン。今日は帰るよ」

 繋いでいた手が解かれて、先生が車に戻っていく。車に乗り込んだ先生が、窓を開けながら手を振って。

「絶対返信しろよ! 帰ったらメッセージ送るから」

 じゃあな、と手を振りながら車のエンジンを掛けた先生に、呆然としながら手を振り返す。見たことが無いくらい甘い笑顔を返されて、口パクでおやすみ、と伝えてきた先生は、もう一度手を振ってから車を発進させた。ただただ呆然とそれを見送って、車が角を曲がって見えなくなったところでハッと意識を取り戻した。
 ど、どうしよう。
 一体なにがどうなってるの。
 わたわたと動揺で思うように身動き取れない身体を何とか動かして玄関へ向かって足を繰り出す。勢いよく扉を開けて家の中に向かって叫んだ。

「か、薫ちゃん! 葵ちゃん! どうしよう!!!」

 今夜は眠れない夜になりそうだ。

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